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Thousand Sense〈サウザンドセンス〉  作者: きしかわ せひろ
第三章 五年前と二年前
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【聖職者連盟】聖王都リルディナ本部

『あなたは若くて顔が良かったから決めたの。今より強くなりたいのならば、私の側で私と共に戦いなさい』



 そう、上司となる年下の少女にハッキリと言われたのは、ライズが本部へ移動して三年が過ぎる頃…………つまり二年前のことだった。


 この少女が本部長となったある日。

 ライズを含む数名が本部長室へ呼ばれて言われたことがある。



『私は退治の家柄なんて分かりません。でも部下になる人間は自分で選びたいので、本部(ここ)での成績や普段の素行、見掛けなどで決めました。それ以前の評価や他人の推薦なんかはほとんど()()にしておりません』


 当時、まだ15才王女ミルズナの前に並んだのは数人の側近候補たちだ。

 出身も家柄もまちまちだが、神学校を卒業して王宮や本部で働いてきた者がほとんどで、年齢はそれなりに高い。

 この中では18才のライズが一番若いだろう。


 ライズはトーラスト支部から本部に移動して以来、一心不乱に職務に向き合ってきた。ミルズナはその部分と容姿だけ参考にしたのだ。



『あなた方の中には普通の司祭だけでなく、上級護衛兵(インペリアルガード)になったばかりの者もおりましたね。なので、実戦で戦えるとみなせば、すぐに私の側近として働くことになります。忙しくなりますよ? 覚悟しておいてください」


『『『はいっ!!』』』


 その宣言から僅か数日、彼女は通常の業務以外にも王族としての公務、果ては退治員としての実戦の予定を次々と入れていった。

 彼女は部下全員の特性を覚え、それに合わせて連れていく人間を選んでいるようだ。


 気付けば一年近くが過ぎ、ライズだけがミルズナの全ての業務についていくようになっていた。


『今日からあなたには正式に、退治の時の私のパートナーになっていただきます。今まで以上に業務に励んでくださいね』


 王女の公式な側近でありパートナー。


 ライズは司祭の資格を取ったばかりであったが、王女の隣に立つということで司祭よりも上の『司教』の地位を与えられた。


 若干二十歳の貴族でもない若者が、年若い王女に気に入られたことに何か含みを持つ者もいたが、ミルズナはそんな輩たちを笑ってあしらった。


『陰でこそこそと言う者たちなど、相手にしなくてもよいでしょう。あなたは地位に見合った努力と才能がある。“聖弾の射手(シルバーバレット)”の名を守っているのだから、もっと自信を持ちなさい』


 まるで彼を年下のように扱うことがあるが、ミルズナはライズの働きをいつも誉めている。


 気付けばライズの下には小隊が出来上がり、年の若い上級護衛兵(インペリアルガード)をまとめる立場になっていた。


 ――――自分には過分な役割だ。それでも、王女の助けになるのであれば、自分はその役を演じきるまでだ。


 ライズはそう決心していた。

 ミルズナが本部長に名乗りをあげ、必死に職務をこなすだけでなく、悪魔退治にまで取り組むのか、その理由を知っているからだ。


『ある出来事がありました……とても、恐ろしいこと……』


 国家の信用を傾かせるには充分な『ある出来事』。その内容と似た事件をライズは目撃している。


 ミルズナは慎重に慎重を重ね、自分の目的を果たすための人材をえらんでいた。


『私には捜さねばならない方がいます。その方は将来、この国を背負って立つ器を持っています』


 その“王の器”を持つ人物を捜す。

 悪魔が関わったと思われる事件に巻き込まれ、ずっと行方不明であるそうだ。


 そのために彼女は悪魔と戦い続け、少しでも悪魔を知り、その行動から解決の糸口を見付けたいと思っている。



『皆が望む女王になるつもりは、私の中には微塵もありません。そんな私についてくる覚悟はありますか?』


 そこまで聞いたライズには拒否という選択肢はない。


 ――――ミルズナ様が望むなら。


『ありがとう。その答えしか期待していませんでした』


 ミルズナは忠実な側近に不敵に笑いかけた。










 そして、――――――現在。


「うふ……うふふふふふ……」


「ミルズナ様……急に笑い声を出されるのは、些か不審な振るまいかと思われますが」


「だって、明日にはリィケが此処へ来るのですよ。これを楽しみにして何がいけないのですか?」



 聖リルダーナ王国、聖王都リルディナ【聖職者連盟】本部、本部長ミルズナの執務室。


 まだ午前中の白い光が射し込む部屋では、執務用の堅く大きな樫の机ので、本部長でありこの国の王女ミルズナが山になった書類に囲まれていた。


 昨日、トーラスト支部から、リィケとルーシャが王都へ向かうとの連絡が入っていたのだ。

 そのせいで、彼女のその顔には先ほどから隠しきれない嬉しさが、口の端に怪しいひきつりとなって溢れている。


 その本部長とも、ましてや国の将来を背負うかもしれない王女とは思えない微笑みに、側近で司教のライズは少々厳しい突っ込みを入れていた。


「明日の昼には着きますから……それまで私も仕事の調整をしなくてはなりませんね。うふふふ……」


 卓上にある置時計を見ながら、何かを指折り数え出すミルズナの姿にライズは眉をひそめる。


「ねぇ、ライズ。明日は私が――――」

「明日、駅への迎えの馬車は私が用意します。王女はこちらで大人しく執務を行いながらお待ちください」


 ミルズナに最後まで言わせない、ライズの完璧な対応が突き刺さった。


「うぅ…………どうせ本部施設の案内は私がするのだから、いっそ駅から出迎えくらい用意したいものですが…………」


「リィケがここへ来るのは“トーラスト支部の代表として【サウザンドセンス】の研究施設の見学をする”という名目があります。あからさまに王女(あなた)が歓迎してしまっては、他の聖職者や貴族が不審に思い、余計な探りを入れてくるかもしれません」


 口を尖らせながら渋々黙るミルズナを一瞥して、ライズはミルズナの机の、大量の書類の半分を自分の机に運んだ。

 書類の大半は、ミルズナが直接読まなくても支障のないものである。ライズはミルズナに必要なものだけを取り分けていく。



「それと、()()()ですが……数日中に信用できる部下と同僚の中から、事務能力に長けた者を数人選んでおきます。そこからミルズナ様のほしい人間を抜粋してください」


「そうですね。貴方の()()()は五人くらいいればいいかしら?」


「多すぎます。二人くらいにしてください」

「大袈裟ではないと思うのだけれど……」


 頬を膨らますミルズナに対し、ライズは少しだけ眉を下向きにする。


「いいえ、大袈裟ですよ。足りないとお考えならば、貴女がその分の人数を補うつもりになっていただかないと…………お帰りになるかもしれないレイニール王子を、側で護ることなど出来ませんよ」


 普段はここでピシャリと「大袈裟です」と言うだけで、あとはミルズナの文句を無視するようにしているライズが、ため息をついて彼女の方に体を向けていた。


「どんな力でも、身に付けておけばいいのです。いざ、誰かを護りたいと考えても、何の手段も無いというものほど情けないと感じるものはありません」


「……………………」


 元々、『馬鹿』が付くほどの真面目なライズは、常に自分に足りないものを補おうと努力している。


「五年前、あなたは……力の無さに失望したのでしたね」


「…………つい、最近も。先日のクラストで感じました」


 ミルズナはため息をつく。


 クラストの町の騒動において、ライズはミルズナ以上に動き回っていた。戦闘はもちろん、部下への指示、さらには町の人間への説明にも他の者たちと一緒に行動もしている。

 ミルズナから見れば、ライズは充分過ぎるほどよく動き、実力だって同年代の若者とは比べ物にならないほど優秀だと思えた。


「私は常日頃、あなたには『自信を持て』と言ってきました。あなたはこの五年、誰よりも努力しています。私はそれをこの二年で知ったつもりです……それでも、あなたはまだ足りないと言いますか……」


「足りません。私はあの日、姉の姿をした【魔王マルコシアス】を前にして動けませんでした」


 あの日、ライズは自分にしがみつくリィケを抱えて、茫然と見守るしかできなかった。


 姉のレイラが悪魔に殺されたということを、五年経った今は冷静に考えられるようになったつもりである。当然、悪魔が殺した姉の姿を()()という所業も想定できていた。


 しかし実際は【魔王マルコシアス】を一目見るなり、銃を手から落とし、攻撃どころか一歩も動けなくなった。


 その点、ルーシャは【魔王】の間近にいて、レイラの名を叫んでいたのだ。



『お父さんは、僕のために【魔王】とも戦ってくれた。絶対に独りにしない、絶対に死なないって、僕と約束しました』


 ミルズナと共に落とされた地下牢で、リィケから聞いた言葉が頭から離れない。


 あいつは覚悟を決めたのだろうが…………いくら子供だからといって、急に人は変われるものなのか?


 リィケというレイラに代わる存在を護るため、五年間変わらなかったものを曲げて立ち上がったということ。


 すべてを吹っ切ったようには思えない。それでも、リィケはルーシャに絶対な信頼を寄せているのがわかった。




 何故、五年間も停止していた奴に焦りを感じたのだろう?


 ライズはクラストから帰ってきて、この事ばかり考える。


『僕もお父さんも聖職者として、悪魔と戦うつもりです』


 自分も、もっと悪魔と向き合った方がいいのではないか?



 ライズは少し悩んだが、しばらく連盟本部の退治員として悪魔退治に専念するつもりでいた。

 しかし、そのためにはミルズナのパートナーを辞めなければならない。王女であり本部長であるミルズナを、自分の都合で振り回すなどということは許されないからだ。


 ライズはミルズナに自分の考えを正直に伝え、上級護衛兵(インペリアルガード)と司教という立場の継続、そしていつかはミルズナの側近に戻ることを条件に、悪魔と向き合うことを許された。




「まったく……あなたの真面目さには愛想が尽きそうです。自己を見つめ直すなんてしなくても、ライズは聖職者としてもよくやっていると思っていますのに……」


「申し訳ありません」


 この五年、ライズは本部で聖職者としての評価も高かった。


「……ライズがいない時、誰が私のティータイムの菓子を作ってくれるのかしら…………」


「人選に菓子職人も追加しますか?」

「要りません。でも、作るなら持ってきなさい」

「承知しました」


 ついでに、この二年で料理や菓子作りもプロ並みになっている。ミルズナの口に入るものを徹底的に管理したせいだ。



「ふぅ……とにかく、あなたの仕事の件はリィケたちが帰ってから、ということになりますね」

「はい……」


 話ながらもミルズナは仕事の手を休めなかったのだが、一瞬、眉間にシワを寄せると、手から書類を放し険しい顔でライズの方を向いた。


「…………ひとつ、良いかしら?」

「何でしょうか?」


「あなたは本部ではなく、トーラスト支部で退治員になる気はないのですか?」


 ライズも一瞬、仕事の手を止める。


「本部では、いけませんか?」


「いえ、あなたを本部に置いておく方が私はとても助かります。しかし、あなたはルーシアルドの元パートナーだったのでしょう? 義兄弟なのだから、あなたが言えば助けてくれるはずです」


「……………………」


「それに、リィケの側の方が【魔王】や“彼”を見付け易いのでは……と思いまして……」



 ライズの姉であり、リィケの母親の姿をした【魔王マルコシアス】。


 クラストで『ロアン』と呼ばれていた、レイニール王子に瓜二つの少年。


 確かに、再びリィケと接触する確率は高い。


 だが…………


「今のところ、本部以外は考えていません」


 ハッキリというライズだったが、ミルズナの顔から視線をそらしている。


「そう……」


 ミルズナもそれ以上は何も言えない。



 ――――ルーシャの話はしないでください。


 黙々と仕事を片付けているライズの顔には、その言葉が分かりやすいくらい現れていた。




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