番外編
注):シリアスはどこかへいきました。ちょっと長めの詰め合わせです。雰囲気崩れるので注意。
読まなくても本編には差し障りはありません。
+++++【捕まらなかった男】+++++
「でも、なんで君は捕まらなかったの?」
クラストでの最後の夕食時、レバンは同じ祭事課のローディスに、ある疑問を投げ掛けていた。
少し前、レバンたちトーラストとハーヴェの手伝いに来ていた者たちが、クラストの僧侶たちに閉じ込められた件。
あの時、何故かローディスだけが捕まらずに済み、結果、トーラスト支部へ緊急の連絡をすることができた。
「あ! それ、私たちも思いました!」
「班長、僕らと一緒に町を見回ってましたよね?」
他の僧侶たちも、その答えに興味津々である。
「そうですよね。私たちはそれで助かったのだし」
「そうそう!」
「隠れるコツとかあるんスか!?」
ハーヴェの者たちも注目していた。
「何で?」
「え~と…………」
レバンは薄くスライスした堅いパンにハムとチーズ、玉ねぎのマリネを挟んだ『宿屋の親父のオリジナルサンド』をかじりながら、ローディスの回答を待つ。
ローディスは途中まで食べていた『宿屋の親父作ササミと温野菜サラダ』をどけ、水を飲んで深くため息をついた。
「……いや、しゃべるのも、お恥ずかしいことなのですが…………」
「いや、しゃべってもらわないと、もやもやするんだけど………………あ! ちょっとルーシャくん、ちゃんとこっちの肉も食べなさい。何をさっきから『葡萄チーズと花レタスの七色サラダ宿屋の親父風』ばっかり食べてるの?」
「……そのステーキ……脂身が…………」
「退治員が女子みたいなこと言わない! はい、これノルマね!! …………で? ロディは何でいなかったの?」
一口大に切られた『宿屋の親父絶賛! 砂鶏と森豚と水牛のミックスステーキ』を、ルーシャの皿に大量に取り分け、レバンは再びローディスの顔を覗く。
「…………何で?」
「………………実は」
ローディスは俯きながら話し始めた。
その日、ローディスは自分の祭事課四班を連れて、クラストの祭の店が並ぶ通りから裏通りまで、くまなく異常が無いか調べていた。
しかし、クラストの町もそれなりに広い。
仕方なく、ローディスは見回る範囲を分け二人一組で探索する提案をした。一班はローディスも入れて十一人なので、彼は一人で回り何か有ったら彼の所へ来るように指示をだした。
ローディスは一番人通りの少ない場所へ行くことにした。
人通りが少ないのは、ここが住宅が並ぶ通りが多いため。大通りの方から数人の子供たちが、はしゃぎながらローディスの方へ走って来るのが見えた。
……あ、お祭りに行ってきたんですねー。
子供たちは手に手に、出店で買った菓子や飲み物を持っているのが見え、ローディスは微笑ましく眺めて…………
ガッガッ!
「「うわっ!」」
「「「きゃっ!」」」
ズシャァアアッ!!
ベチャベチャベチャベチャベチャッ!!!!
「……………………」
――――今、何が起きましたか?
「「「「「あ………………」」」」」
背の高いローディスの首から下。
ゆっくり視線を落とすと、祭事課の司祭、班長の緑色のローブが、色とりどりのクリームや砂糖菓子まみれになっている。
ローディスの目の前で子供たち全員がつまずき、転んだ拍子に全ての食べ物が吹っ飛んできたのだ。
「「「「「ごめんなさい!!」」」」」
子供たちは涙目になっている。
「え~と、私は大丈夫ですよ~、皆は怪我はないですか?」
子供たちは膝を少し擦りむいていたので、軽く回復術を使い笑って別れた。
「……どう、しましょう……?」
身体中から甘ったるい匂いが漂ってくる。
「とりあえず……着替えてこないと……」
仕方なく荷物を置いている寄宿舎へ戻り、予備で持ってきた班長の制服に着替え、洗濯屋に汚れた制服を預ける。
そして、再び外へ見回りに…………
ドンッ!!
ドサドサドサッ!!
「まぁ!! ごめんなさい!!」
「…………いえ、私は大丈夫、です」
今度は大量のゴミをもった婦人とぶつかり、首から下に思いっきり生ゴミが降ってきた。
仕方なく荷物を置いている寄宿舎へ戻り、予備で持ってきた普通の司祭の制服に着替え、洗濯屋に汚れた制服を預ける。
そして、再び外へ見回りに…………
ガラガラガラッ!!
ビシャアアアアッ!!
「………………………………」
どうやら、舗装のされていない道に、誰かが水を撒いていたらしい。そこに急いでいる馬車が走り抜け、ローディスの首から下に思いっきり泥水を掛けていった。
――――まいったなぁ…………。
班長の制服が二枚、普通の司祭の制服が一枚が洗濯屋へ預けられた。
あと持ってきたのはローディスの私服である。
「制服じゃありませんが、大丈夫ですよね……」
十字架の付いた細い杖も持っているので、例え私服でも聖職者と解ってもらえるだろうと考えた。
三度、町の見回りへ出掛ける。
今度は何事もなく終わりそうだったのだが…………
きゃあああああっ!!
うわぁああああっ!!
悲鳴が聞こえ、前方から大勢の町人がローディスに向かってくる。
「あ、あの! どうしたのですか?」
「悪魔だ! 泥の悪魔みたいなのがあっちの通りに!!」
「えぇっ!?」
「退治員が戦ってるから、一般人は近付くな!」
退治員が!? トーラストやハーヴェの人間が来たんだ!!
「それなら、私も手伝いに……」
「おい!! あんた、一般人は近付くなって言ってるだろ!!」
「え、ちょ……私は、違…………」
え――――――っ!?
ローディスは見知らぬ町人に両脇を抱えられ、どこぞの公園まで引きずっていかれた。
「……あの、私は聖職……」
「いいから、待機してろ! 危ないから!」
「聖職者の誰かが来るまで居なさい!」
おじさんやおばさんに押さえられ、ローディスが公園から出られたのは一時間後だった。
その間、トーラストとハーヴェの者はクラストの教会へ連れていかれ、まだ状況が分からなかったローディスも教会へ行ってみた。
しかし扉は閉ざされ、僧侶たちの対応もあやふやで、これはおかしいと感じ、すぐに荷物から『通話石』を持ち出してトーラストへ連絡を入れた。
ついでにわざと捕まってみる、という方法も考えたが、誰も私服のローディスを聖職者だと思わない。
トーラストの聖職者だと訴えても「嘘をつくな!」と一蹴され、サーヴェルトがくるまで聖書を黙読して、心を落ち着かせていた。
……………………。
「――――と、いうわけで色々と偶然がありまして……」
シィ――――――――ン…………
賑わっていたはずの酒場が、水を打ったように静まりかえった。
ある者は両手で顔を覆い、ある者は哀愁の目で彼を見つめている。
ローディスの話から、その場の者たち全員が思ったであろう感想は、
――――この人、地味なうえに絶妙に運が悪い!!
と、口から出かかっているが、本人に言うことなどできない。僧侶たちやルーシャ、ハーヴェの退治員までもが同情の色を隠せないでいる。
もはや、ここは葬儀会場のようだった。
ポン。
ローディスの肩に手が置かれる。
「……ロディ、いいじゃない。みんなそれで助かったんだから。それに、地味で運が悪いって、今に始まったことじゃないよ?」
――――遠慮なく言ったぞ、この片眼鏡!!
二人を見守る全員の顔がひきつった。
「ありがとうございます…………後半は悪口に聞こえますが。あはは」
――――あ、この人、簡単に流した。
ローディス本人がそんなに悲観していないようなので、その場は徐々に賑わいを取り戻していく。
「あ! ルーシャくん、また! さっきから水ばっかり飲んで、全然食べてない!」
「いや……もう、いいかな……って……」
「退治員が年寄りみたいなこと言わない! ほら、これ食べな! あとこっちも! しっかり食べる!!」
レバンは『宿屋の親父のおすすめ! 鴨の燻製とチーズのブリトー』と『超厚切りベーコンと宿屋の親父が栽培した野菜たっぷりのポトフ』を盛った器をルーシャの前に置いた。
+++++【胃腸薬、あります】+++++
翌日の早朝。
クラストに残る以外の職員は汽車に乗り込んだ。
「……あの、ローディス神父。胃腸薬とか……持ってますか? うぷ……」
「ありますよ。あぁ、朝食は無理そうですね……」
対面の席に座ったルーシャとローディスは、宿屋から渡された朝食用の『宿屋の親父の朝食! ボリュームサンドイッチ』を脇に置いてそのままにしていた。
ひじ掛けにしがみつくルーシャのぐったりした様子に、ローディスは苦笑いをしている。
「レバン、けっこう大食いなんですよね。全然太ってないのに。彼のペースに併せると、必ず胸やけをおこしますよ」
「先輩は何て言うか……昔から兄心みたいな感じで、オレに食べ物押し込んでくるんです……」
ふらりと体を起こして薬を受け取ったルーシャは、それを水筒の水で一気に流し込む。
「ハーヴェの大柄な退治員の二人と、同じ量を平気でたいらげてましたね。しかも、何事もなく朝ごはん食べてましたから…………でも、ルーシャくんは、けっこう少食なんですね」
「うぅ……あの人、今年で三十越えたはずなのに」
ルーシャは席に倒れるように寄りかかった。
汽車が動き出し、駅からどんどん離れていく。
朝一番のホームにポツンとひとり、その汽車を見送る人物がいた。
浅黒い肌にスキンヘッド。黒いあご髭の筋肉質の大きい中年の男性。どこぞの戦士のような風貌だが、服装は黒いエプロン、白いタンクトップにハーフパンツであった。
男性は不敵な笑みを浮かべて、両手で大きな板の看板を汽車へ向かって振っている。
そこには『またの御越しをお待ちしております♡』と書かれていた。
+++++【優しさで泣きそう】+++++
その日の夜。
――――帰ってきた……。
心底安心したルーシャは、セルゲイが操る馬車に乗って自宅へ帰った。
玄関を開けると、今日から一緒に住むリィケと、手伝いにきているマーテルが出迎える。
「先に食事になさいませんか? その間に入浴の準備をさせていただきます」
マーテルがにっこりと微笑む。
………………食事……。
薬をのんでいたおかげで具合は悪くないのだが、ルーシャは食事をあまりしたくない気分だった。
「はい、どうぞ。『ソラマメのポタージュ』と『すりおろしリンゴの蒸しパン』です。胃に痛みがないなら、少しは食べた方がいいですよ」
「え……いや、なんで…………?」
マーテルはぬるめの水をカップに注いでテーブルに置く。
「クラストは畜産が有名で、乳製品と肉料理がよく食べられるとか。ぼっちゃまには少々お辛かったかと思いまして、簡単にあっさり食べられるものをご用意しました」
「……………………うん」
できたメイドのマーテルである。
ルーシャは素直に感動していた。
+++++【同居人】+++++
帰宅した次の日は休日である。
疲れも溜まっていたせいか昼近くまで眠ってしまい、ルーシャはボォッとしながら居間へやって来た。
「お父さん、おはよう!」
「おはよ…………」
リィケはすでに目を覚まして、白いぬいぐるみで遊んでいたようだ。
ルーシャがケトルでお湯を沸かしていると、リィケがパンの入ったバスケットとドライフルーツの皿を、テーブルに持ってくる。
昨夜のうちにマーテルが用意しておいたものだ。
「どうぞ、お父さん!」
「……ありがと」
コーヒーを置いてイスに座ると、向かい側にぬいぐるみを抱いたリィケが座る。そして、そのぬいぐるみをテーブルに置いた。
「ハイ、ムゥちゃん、ごはんだよー!」
大きいパンを一つ持ち、ぬいぐるみに近づけている。
……ままごとかぁ、やっぱりまだ5才だな。
微笑ましく見ながらコーヒーカップに口を付けた時、
モグモグモグモグ!
大きなパンが、消えた。
「っぐふぅお!! ゴホゴホッ!!」
ルーシャはコーヒーを吹き出して噎せる。
そんなルーシャを気にせず、ぬいぐるみは二つ目のパンを頬張っていた。
「生き……ぬいぐるみが、生きてるぞ!?」
「ぬいぐるみじゃないよ。ムゥちゃんだよ」
「ムキュー!!」
ぬいぐるみ……いや、白い生物がパンを片手に嬉しそうに鳴いている。
え…………生き物……って、これは…………
その生物は奇妙だった。
白くて真ん丸な体に、小さくて短い手がついていて、足は無く代わりに尾っぽのように先細りしている。
大きな口に牙などは無く、小さな丸い瞳で、頭 (?)の上には猫の耳のように二本の角があり、背中には黒いコウモリの羽がついていた。
「…………これ………………悪魔だろ?」
ビクンッ!!
リィケと悪魔が一瞬、体を震わせる。
「え、チガウヨー! 猫ダヨ、白猫ダヨー!」
「………………こんな猫、いない……」
リィケの表情は笑顔だが、目は完全に泳ぎ言葉が棒読みだ。
「まずいだろ……神父の家に悪魔…………」
「ムゥちゃん、いいこだよ? ダメ? 退治するの?」
「ミキュ~~…………」
うるうると瞳を潤ませて、リィケとムゥちゃんはルーシャを見上げる。
聞けば、ラナロアの屋敷の敷地で迷子になっているのを拾い、こっそり飼っていたという。
まいったなぁ……たぶん、ラナにはバレバレだったよな。
悪魔の中でも、あまりにも魔力が少なすぎて、街の結界を通り抜けてしまう類のものだ。普通の小動物のようになっているものもいて、たまに野良猫などに追いかけられているのを見掛ける。
ラナロアが黙っていたのなら、きっとこの悪魔は無害なのだろうと思ったが、ルーシャは頭を抱え心の中で葛藤を続けていた。
…………子供が犬猫を拾ってくることって、よくあるのかな?
一回はダメって言っておかないと…………っていうか、よりにもよって何で悪魔拾ってくるの?
チラリと見ると、じっとルーシャを見ている子供と小悪魔。
「…………はぁ~~~…………」
ルーシャは力一杯、ため息をついた。
そして一日は過ぎ、夜更け。
「リィケ! もう寝ないと、明日は連盟だぞ!」
「はーい! ムゥちゃん、行くよー!」
「キュ~~~!!」
おやすみなさ~いと、リィケはムゥちゃんを抱っこし、二階へ駆け上がっていく。
「…………はぁ~~~……」
オレ、以前はリィケに怒れたよな……?
全力のため息をついて、ルーシャは居間のソファーで小一時間うなだれていた。
長めの番外編、お読みいただきありがとうございます。
※ローディス神父……。
※宿屋の親父のメニューが気になる。
※仔悪魔ムゥちゃんはリィケのペットです。よろしくね。
これで、二章は終わりです。
三章でお会いしましょう。




