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家路に待つ者

「それでは、ぼっちゃま。私とセルゲイは屋敷へ戻りますので……」

「ああ。こんな夜まで、ありがとう、マーテル」


 ルーシャが入浴を終えて居間へ行くと、マーテルが片付けをして帰り支度をしていた。

 家の格子門のところまで見送ると、マーテルは一礼をしてにっこりと微笑んだ。


「はい。今夜はゆっくり、お休みなさいませ。ぼっちゃま、リィケ様」


「うん。マーテル、おやすみなさい」

「おやすみ……」



 マーテルが乗り込むと、馬車はすぐに走り出しまもなく見えなくなった。



「さて、今日はもう…………」

「……ゲームは?」

「………………一回だけな」

「うん!」


 ルーシャとリィケは家の中へ向かう。


 リィケは昨日から、正確にいうと今日から、この家でルーシャと一緒に住むことになった。







 時は遡って、ラナロアの代わりにクラストへ向かう駅のホーム。

 ラナロアはルーシャに提案をした。


「ルーシャ、この出張が終わったら、リィケと一緒に住む気はありませんか?」

「え……?」


「もちろん、あなたの意思を尊重しますし、一緒に住むなら、困った時は助けになります」


「リィケと……?」


 ルーシャは少し俯いて考え込んだ。

 汽車の出発まで時間はない。


「無理なら…………」

「いや、オレは構わない。リィケが良いならそうしてくれ」


 いつもなら「考えさせてほしい」と、言うだろうと思ったラナロアは、ルーシャの意外な即決に少し驚いた。


「リィケは喜ぶと思いますよ」

「……だと、良いけど」


 ラナロアと予定を話し終わると、ルーシャは苦笑いをしながら汽車に乗り込んでいった。








 そして、クラストでの騒動が終わり、一足早く街に帰ってきたリィケは、馬車がルーシャの家の前で停まったとき、状況がすぐには飲み込めなかった。


「リィケさま! 着きましたよ、()()()です!」


 馬車のドアを勢い良く開いて、メイドのマリエルが人懐っこい笑顔を向ける。

 マリエルはマーテルの妹で、薄い茶色の瞳と金髪の長いツインテールの小柄なメイドだ。歳は16才だが、やや幼い印象がある。


「今、鍵開けますね~!」

「な、なんで?」


「さ、リィケ様。もうお部屋はご用意してありますよ」

「え? え? どういう……」


 メイド姉妹は顔を見合わせて笑いだす。


「ぼっちゃま…………ルーシャ様から、了解は得ております」

「お父さんが……」


 格子門が開かれ、玄関の鍵も開けられた。

 扉を開けると広めのエントランスがあり、二階までの吹き抜けになっている。


 そうだ……僕、初めてこの家に入ったんだ……。


 本来なら、この家で産まれて育っていた。

 そう考えると、リィケは不思議な気分になっていく。



「リィケ様のお部屋は二階の角です。そちらを子供部屋にしていいと許可をいただきましたので、昨日までに屋敷の者たちで家具や衣類を運んでおきました」


 屋敷の者たち……というのは、ラナロアの屋敷に勤めている使用人たちのことで、彼らはリィケだけでなくルーシャにも甘い。




 リィケは玄関からすぐの階段を上がって奥へ進み、白いドアの部屋へ案内された。


 その南向きの角部屋は、日当たりも良く広さも充分にある。

 ベッドやチェストなどは新調したらしい。子供らしくぬいぐるみや絵本の並ぶ本棚もあった。



「ルーシャ様がお帰りになるのは、明日の夜になると思います。今日はこれくらいで、一度、ラナロア様のお屋敷に帰られるのがよろしいのではないかと……」


 リィケは首を横に振る。


「お父さんが帰るまで居たらダメ……?」


「いいえ。リィケ様が望むなら構いません。ですが、お独りにするわけにはまいりませんので、私かマリエルもご一緒します」


「…………あ! お泊まり!?」

「そーですね! お泊まりです!」


 嬉しそうにマリエルとはしゃぐリィケを見て、マーテルは胸を撫で下ろした。


 良かった……リィケ様がここに住むことを、嫌がったりしないで…………いえ、嫌がる理由はありませんか。


 その後、さすがに二人もリィケに張り付いているわけにはいかず、マリエルだけは翌日屋敷へ帰し、マーテルはリィケと共に、ルーシャの帰りを待つことにした。








 現在。

 マーテルは屋敷へ向かう馬車に揺られている。


 …………ぼっちゃま、大丈夫でしょうか。なんだかいつもより、元気がなかったような…………何か、考えていらっしゃるような?


 幼なじみの勘というか、小さな不安が過った。


 でも、それに踏み込んでいいのは、リィケ様だけです。私はその役目は与えられておりません。


 御者台のセルゲイからは見えないが、マーテルは感情を(おもて)に出さぬよう背すじを伸ばす。



 ラナロアの屋敷にはすぐに到着し馬車を降りると、屋敷の執事カルベ・リッヒがいそいそと外へ出てくる。


「おぉ、戻ったかマーテル。すぐに旦那様に報告を、サーヴェルト様も待っているのでな」

「……サーヴェルト様も?」


「ぼっちゃまたちの様子を知りたいそうだ」

「…………そうですか」


 どうやら、先ほどマーテルが引っ込めた不安感は、サーヴェルトに全て報告しなければならないようだ。












 ルーシャたちがトーラストの街へ着いた同時刻。


 曇り空で月も出ていない、夜のクラストの町は表通りにも人の姿は見えない。


 自分たちの町が悪魔に乗っ取られそうになっていた噂は、町人全員の知ることとなり、そんな夜に出歩こうと思う者はいなかったからだ。




 しかし、町外れの荒れた廃屋の庭、何やら蠢く影があった。


『くそぉ……なんで……【魔王】が……』


 小さな呟きが影から発せられる。


『邪魔さえ……邪魔さえ無ければ、私は……大悪魔になれたのだ…………!!』

「大悪魔? お前が?」


 ジャララララララッ!!


『ぎゃあっ!?』


 雑草を裂きながら縄状のものが影に巻き付き、思い切り廃屋の屋根の上まで引っ張り上げた。


『ひぃいいいっ……!!』


 叫びをあげたのは、灰色で猫のような大きさの『巨大なネズミ』。そのネズミに巻き付いているのは所々棘がつき出している有刺鉄線であった。


『ひっ……ぎゃっ……い、痛いぃ……!!』


 何本もの有刺鉄線が、廃屋の周りで蛇のようにうねっている。

 ネズミがじたばたと暴れると、鉄線の棘が体に食い込み血が滲んだ。


「五月蝿いよ。雑魚が……」


 暗がりの中、廃屋の屋根の上には人型の何かが座っている。しかし、その姿は黒い塊のようで顔はおろか輪郭以外は、何も判別がつかない。


『あ、あなたはっ……!!』


「……ったく、お前には『老舗』を与えてやったのに、たった五年そこそこで潰して…………なにやってんの?」


 黒い塊がため息をついた……ように思えた。


「ラナロアの代わりに魔王殺し(サタンブレイカー)が来た。その時点で今年は中止にすれば良かったんだよ」


『し、しかし! 【魔王マルコシアス】が邪魔を……!!』


「あ?」


 ぎゅうううううっ……


『ギャアアア……!!』


 有刺鉄線がネズミをさらに締め付けた。


「“狼”が来たことくらい分からなかったの? こちらで殺られた仲間の死体を人間に見えるよう細工したのに…………彼に見付かった時に“拘束”じゃなく、哀れな“被害者”を装うくらいできない? 君、悪魔だろ? 悪知恵ないの?」


『あ、ああ……ああ……私は……私は…………』


「あぁ、そっか。君は単なるネズ公だもんね。『ベクター』なんて御大層な名前ももう要らないね?」


『そんな……私はこんなところでは…………つ……次は!! 次こそはあなた様を、失望はさせません!! 次の場所を与えてくだされば、必ずやお役に…………』


「は? 何言ってんの? せっかく作った『聖者の灰』を“狼”に回収されたのに?」


 元ベクターであるネズミの必死の訴えを黒い人型は鼻で笑う。


「このクラストは大昔から土壌が()()()()()だったんだよ。そこで魔力も溜め込めず、『聖者の灰』もろくに作れないなら、お前は何処へ行っても役立たずだ」


 ぎゅうううううっ……


「次は、ただのネズミに戻りたい……と言ったら、大目にみようと思ったんだけど…………」


『ぎゃっ……やめ、ど、どうか……お慈悲を……!!』


「慈悲? 悪魔に? 人間みたいな命乞いしないでよ。こんなことなら、シザーズだけ大量に作って、町の人間を皆殺しにでもすればよかったよ……その方がこの土地は呪われて、悪魔たちの別荘くらいはなった。ベルアークの都のように…………」


『ひ……ひ……』


「“『道具』に徹している分、あいつらの方がずっとマシな仕事をしてくれるな”……だっけ? 知恵を与えても、お前は道具以下、だね……!!」


『ひぃっ!!!!』


 ぎゅうううううっ…………ぐしゃっ!!


 絞れた有刺鉄線から、細切れのものが地面へ落ちて蒸発していく。


「こっちも……ベルフェゴールを笑えなくなったな。茶菓子でももって謝っておくか……」


 黒い人型の輪郭が崩れ始めた。

 それと同時に、鉄線が黒い人型へ吸い込まれるように消え、廃屋の上には何者も存在しない。


 クラストの町の夜は完全な静寂に包まれていた。










 再び、ルーシャ宅。


 子供部屋のラグマットの上では、リィケが幸せそうな寝息をたてて転がっていた。


「急に()()()な…………」


 リィケの横ではルーシャが座っていて、その前には途中で止まっているボードゲームが置いてある。


 ルーシャとリィケはほんの数分前まで、それで遊んでいたのだが、ルーシャが駒を動かしている間にリィケが眠ってしまったのだ。


 一瞬でここまでぐっすりなんて…………


 生ける傀儡(リビングドール)のエネルギー切れはとても分かりやすい。それでも外では気を張っているのか急に倒れることはないが、家にいる安心感で遠慮なく意識を放棄したようだ。


「……続きは明日だな」


 ボードゲームをそのまま床に置き、ルーシャはリィケを抱えてベッドに寝かせてやる。

 そしてそのまま、ルーシャもベッドの端に静かに座る。


 もしかしたら、昨夜はよく眠れなかったのかもしれない。リィケの前髪を撫でながら、ルーシャはふと思った。


 明日は二人とも休みにされ、連盟に出勤するのはその次、明後日になる。出勤すればきっとリィケと共に支部長に呼ばれて、クラストでの出来事の詳細を話さなければならないだろう。


 だいたいの事は報告書としてサーヴェルトに渡しておいた。


 しかし、ルーシャにはまだ、誰にも話していないことがある。




 思い出すのは、口付けをされた後、すぐ目の前にあった【魔王マルコシアス】であるレイラの顔。



 金色ではない、濃い緑色(ビリジャン)の瞳。




『私といては駄目。リィケのこと、お願い……』



 他には聞こえない、ルーシャだけに囁かれた声。

 その声は確かにレイラのものだ。



 ――――お前は何がしたいんだよ…………レイラ。


 何もかも、ルーシャには解らなかった。


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