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想定内と想定外

「……マルコシアス…………?」


 白い狼がそう名乗ったのを、リィケは呆然と聞いていた。



【魔王マルコシアス】


 姿は背中に鷲の翼を持つ大きな白い狼。

 人間界では戦士になることもあるほど戦闘力が高く、魔界では軍団を率いていると云われている。

 悪魔の中では実直で裏表はないが、全てを語るとは限らない。




 姿だけならリィケが読んだ教科書通りである。

 よく見ると、腰の辺りから緑色の蛇が頭を揺らしていて、それが尾であることが分かった。


「【魔王】……あれが【魔王階級(サタンクラス)】……。何故、町の中の教会に……レイニールも…………」


「「……………………」」


 大扉のところで駆け付けた三人は、それ以上中へ入れずにいる。


 ミルズナは声を震わせながらも、その場で何とか平静を保って佇む。レバンは一言も発せずマルコシアスを見つめ、サーヴェルトも睨み付けながら微動だにしていなかった。




「聞くがいい、この町にいる人間全てに我は警告する」


 マルコシアスの声が響く。それも大声ではない。

 どこの位置に立っていても、同じ大きさの声で聞こえてくることから、魔力を通して話しているのかもしれない。



「今すぐこの教会を破壊せよ。この町の教会は祈りの家ではなく、大昔に悪魔どもを増産するために造られたものだ」


「な……!?」

「どういう、こと……?」


 あちこちで悲鳴と困惑の声があがる。



「“魔女の墓標”とはよく言ったものだ。ここでは悪魔が、魔女とされた力ある人間を食っていた。食われた者たちは人柱として、この地で怨嗟の念を出し続けている」


 見ろ……と言って、マルコシアスの翼が動きそれと同時に、近くの太い石の柱の表面が砕けた。石の表面が落ちて柱の中心が顕になる。


「え? ……うわっ!?」

「…………う」


 柱の裂け目から、白く細い棒状のものが飛び出ている。それも何本もでていたので、薄暗い中では一瞬だけだと何か分からなかった。


 しかし、目が慣れてくるとそれがどんな形で、何を模しているのかハッキリと分かってくる。


 何年前のものか定かではない『人骨』だ。



 リィケはその柱に埋め込まれたものを理解して、思わず近くにいたライズにすがってしまったが、ライズは気にすることなくリィケの肩を抱えるようにして動かない。柱を見据えたまま、嫌悪の表情を浮かべている。




「ここには『こんなもの』があちこちに埋まっている。お前たちが年に一度“鎮魂祭”を行ったところで、()()しか消えなかったであろう」


 翼をたたみながら嘲笑するように言った。


「もう一度言う。悪魔のエサ場と化した、この教会を破壊せよ……!! 我らはそのためにここへ来た!!」


 バサァッ!!


 大きな羽音をたてて、マルコシアスが祭壇から床へ降り立つと、その両脇にルーイとロアンが並ぶ。


 マルコシアスが立つ場所には、シザーズの残骸が散らばっている。すると、ルーイがその破片の中から何かを拾い上げた。


「やはり、()()が在ったか……」

「はい、回収していきます」


 ルーイが手に持ったそれは、近くにいたルーシャの目に留まる。どこかで見たものだとぼんやりと考えていた。





 指ほどの大きさ、六角柱の形。

 鈍く光る水晶だ。


 ――――あれは……どこかで……?


 虚ろな目で眺めていると、ルーシャの頭の中の記憶がその水晶の事をゆるゆると引き上げてくる。


「それ……は、ベルフェゴールが持っていた……」


「「っ!?」」


 マルコシアスとルーイが同時に振り向く。


「貴様…………ベルフェゴールに会ったのか?」


「え……?」


 白い狼の口元が歪み、噛み締められた牙が覗いた。ルーイも口をぎゅっと結んでいる様子から、何かまずいことだったと推測できる。


「奴らに会って『聖者の灰』を見たのか?」

「聖者の……灰……?」


 ルーイが黙って水晶をルーシャの方へかざした。

 この水晶が『聖者の灰』だと言っているのだろう。



「そうか、奴らは貴様のことを……いや、奴らにリィケの存在を知られているということか?」


「っ!?」


 ルーシャはヒュッと息を飲む。


 そうだ、リィケは【魔王】に連れて行かれそうになったんだ……。


「リィケは……渡さない……」


 フラリと体を起こすと、手の十字架を大剣に変化させる。しかし、ルーシャは構えるどころか、足がおぼつかず杖がわりに立ち上がるのがやっとだ。


「お、お父さん!?」


 リィケが駆け寄りルーシャの体を支えた。

 その様子をマルコシアスは目を細めて見ている。



「……なるほど。では、魔王殺し(サタンブレイカー)よ……」


「………………」


「我が言ったこと、ゆめゆめ忘れるでないぞ…………悪魔と戦うならば、な……」


 少しの間ルーシャを見つめると、マルコシアスは体の向きを変えた。先には主祭壇がある。


「帰るぞ、ルーイ! ロアン!」


 マルコシアスが祭壇の方へ歩き出すと、祭壇の上に黒い靄が現れた。ルーイが黙ってついていく。ロアンもそれに続こうとしていたが、一瞬だけ足を止めてリィケの方へ振り返った。


「ロアン……?」


「リィケ、これ、あげる……」


 ロアンは懐から何かを取り出すと、リィケに向かってそれを放り投げる。


「え!? うわっ……と!?」

「……と、大丈夫か?」

「うん……ごめんなさい……」


 軽々と投げられたものを、ルーシャを支えながら片手で受け取ったリィケだが、意外な重さによろめいてしまい逆に支えられてしまった。


「何? 本?」


 表面だけ見ると、リィケの手の平くらいの手帳のようだが厚さがかなりある。まるで立方体のように見える、ごろっとした分厚い本だ。


 表紙にはリィケが見たこともない、模様に見える細かい装飾文字が並んでいる。


 …………こんなの、ロアンの服の中にどうやって入ってたのかな?


 そんな疑問が頭を過ったが、ロアンがマルコシアスを追って靄の中へ向かっているのを見て慌てて声をかけた。


「ロアン!! これ、何!?」


「…………この、きょうかいにあった。リィケならよめると、おもうよ?」


「僕……?」


 三人の姿が完全に靄の中へ入ると、どんどん薄くなっていく。最後には白い湯気のようになって消えた。主祭壇の周りには何もない。


「帰ったの?」

「たぶん……」


 教会の聖堂は小さな声も反響するくらい、いつもの静けさを取り戻した。







【魔王】が消えたと完全に分かるまで、おそらく数分は掛かっただろう。


 沈黙の中、最初に口を開いたのはレバンだった。


「…………『お父さん』? リィケくん、今……ルーシャくんのこと…………?」


 口の中が乾いて思うように声がでなかったが、すぐ近くのサーヴェルトには聞こえたようだ。サーヴェルトは眉間にシワを寄せた後、片手で顔を撫でると大きくため息をついた。


「レバン、後で説明してやるから、黙っていられるか?」

「……はい。ルーシャのためになるのなら……」

「そうか。聞いていたのがお前だけで良かっ…………」

「サーヴェルト様?」

「サーヴェルト……?」


 サーヴェルトが後ろを振り向く体勢で固まっている。広場の方ではその他大勢の僧侶たちや、何事か集まってきた一般人がひしめいていた。


 大扉の所まで来ているわけではないので、今のリィケのことに関する話は聞こえていないはずなのだ。しかし、サーヴェルトが見ている場所に、目をやったレバンとミルズナまでもが動きを止めて硬直する。



 いつの間にか、大扉の側に四人目が立っていた。



「あ……あの……これは一体……どういった状況なのでしょうか……?」


 恐る恐る目の前の三人に尋ねてきた人物は男性だった。


 痩せていて背が高く、金髪が肩までかかるかどうかの長さ。鼻の周りに薄くそばかすがある以外は、これといって特徴のない容姿である。


 服装もシャツにパンツ……これも特徴がなく、どう見てもその辺を歩く町人にしか見えない。唯一、手に十字架の付いた細い杖を持っていることから、聖職者だというのだけは判った。



「あの、貴方は?」

「え? あ、あの、その……私は……」

「名を。どちら様でしょうか?」

「あ~、その~……」


 ミルズナが訝しげに男性を見上げる。

 見た目が三十才前後の男性は、少女に気圧されオロオロと周りを見回し始めた。


「あー、本部長。すまん、そいつはトーラスト支部( うち )の人間だ。こいつがクラストの異変に気付いて、連絡を入れてくれたんだ」


「あら、そうですか。それは……申し訳ありません」

「いえ、こちらもスミマセン……」


 サーヴェルトが申し訳なさそうにミルズナに言うと、男性はホッとしたように肩を下げる。


 実は彼はサーヴェルトと一緒に広場まで来たのだが、駆け付けるサーヴェルトの脚が早かったことと、広場で悪魔を倒した後だったためにサーヴェルトに視線が集中していた。


 つまり追い付いた彼に、誰も気付いていなかったのである。




 レバンが男性に近付き、ポンポンと肩を叩く。


「ロディ! もう、君がいないって分かった時には、大丈夫かと心配したんだよ~!」


「あぁ、スミマセン、レバン。皆が連れていかれたのは分かっていたのですが、先にトーラストに連絡しようと隠れていまして……」


 隠れるといっても彼は公園のベンチに座り、走り去るクラストの僧侶たちをやり過ごしただけだった。

 制服を着ていないので誰も気付かなかったのだ。



「あー、すまんが、話は後だ。ローディス! あいつらの怪我を診てくれるか?」

「あ! はい!」


 男性は慌ててルーシャたちの方へ駆け寄った。

 ミルズナも続いてライズの無事を確認する。


「ライズ、無事ですね、良かった。すぐに話を聞くと思いますが、大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です。あの……私よりも、ルーシャが……」


 ライズが顔を向けた先には、宝剣を十字架に戻し、その場に崩れたルーシャがいた。

 そこへローディスとレバンが心配そうにしゃがむ。


「大丈夫……じゃないよね。ロディ、お願い」


「あ、はい。えっと……はじめまして……私は『ローディス・A・サウスライト』といいます。地位は司祭、祭事課四班班長をしています」


「あぁ……レバン先輩より、先にクラストに来ていた……」


 ローディスに丁寧に頭を下げられたので、ルーシャも返そうとしたのだが、体が思うように動かない。

 どうやら、悪魔にいたぶられた傷が今になって効いてきたようだ。力なく床に座りリィケに支えられている。


「あ、そのままで。今、体の状態を拝見しますね。では、ちょっと失礼いたします」


 ローディスはルーシャの顔を覗き込んだあと、服の上からあちこちをポンポンと触っていく。


「え~と、左肩脱臼、右の肋骨にヒビ、打撲傷、内出血、あ……内臓も少し損傷、靭帯損傷もありますね。よくこれで動いていたものです……表面は火傷と切傷ぐらいでしょうか……」


「体の中……外から触って分かるんですね……」


「ええ、お医者様ほどではありませんが…………じゃあ、回復術をかけますので」



 うんうんと頷いて、最後にルーシャの胸に片手を置いた。


「癒しの光よ、集え……『身体回復術(リカベリア)』」


 ルーシャの全体を包むように明るい緑色の光が膨張した。しばらく球状に留まると、ルーシャに染み込むように消えていく。


「…………あ、すごい。ほとんど痛くない」


 ルーシャが立ち上がり手首や肩を回すと、今まであった痛みやぎこちなさがなくなっている。


「あ、でも、まだあまり動かないでくださいね。もう少ししたら、もう一度回復術をかけますので……」


 怪我が複数ある場合、一度に回復させると血が足りなくなって余計に不調になるらしい。




「なるほど……司祭でもここまでの素質がある人は珍しい」


「ロディは祭事課では一、二を争うほど優秀な法術師なんだよ。地味だけど」


「あはは……地味は余計ですよ、レバン。えっと、じゃあ……次は()かな?」


「え?」


 ――――――ポン。


 ローディスが片手を置いた。


 リィケの胸に。


「――――…………え?」

「あ…………」


 和やかな雰囲気の下、あまりにも自然な動きで誰も気付かなかった。


 ローディスがリィケの怪我も診ようと手を動かしたことに。


 全員の時が止まった。


 そして、次の瞬間、


「……君の身体……肉じゃない…………『人形』みたい……な?」


「……………………あ………………」


 サァアアアア…………


 ローディスの顔が真っ青になっていく。



 リィケとルーシャが『まずい』という空気を纏って硬直し、レバンも眉間にシワを寄せてローディスとリィケを見つめた。


「人形……が、動いて……る?」

「に、人形って……リィケくん? ルーシャくん、これは……」


「いや、別に、リィケは……!」

「あの、僕は…………」


 リィケは今にも倒れそうに震えている。



「――――バレたか……」

「「ひっ!?」」


 レバンとローディスのすぐ背後に、サーヴェルトが立っている。それも、かなりの凄味を醸し出して。



「……オレがこん棒で撲るのと、ラナロアが魔術を使うの…………記憶を消せるのは、どっちだろうか……?」


「「ひぃいいいいいいっ!?」」


 悪魔がいなくなったはずの聖堂で、司祭二人が盛大な叫び声をあげた。



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