我が主
――――今から二十年ほど前。
ルーシャがそれを祖父から継承したのは、リィケと同じ5才の時。
【宝剣レイシア】
ケッセル家に代々伝わる家宝で『魔王殺し』の象徴だ。
ルーシャはその頃までに、何度かレイシアに触れて刀身を現せることには成功している。
本来なら、ルーシャの父親に渡すはずだったのだが、父親はある出来事で亡くなっており、同じ名を持つ祖父からルーシャに受け継がれることになった。
「俺はお前には厳しくしなければならない。今日から『宝剣レイシア』を持つお前が、事実上の魔王殺しなのだから」
元々厳格なケッセル家の当主である祖父は、その日からルーシャに対してますます稽古が厳しくなったのはいうまでもない。
そして現在。
廃墟の教会の聖堂では、ロアンが青白く光るショートソードほどの『宝剣レイシア』を手に悪魔と対峙していた。
「…………なんで、あの子が“レイシア”の刀身を出せるんだ…………?」
ルーシャでさえ、初めて触った時にはナイフ程度の刀身しか出現させられなかった。
直系の者以外は宝剣は反応もしない。親戚の中でケッセルの直系に近いレバンでさえ、宝剣を触っても何も起きなかったのをルーシャは見ていた。
…………あのロアンって子は、何者なんだ?
ケッセル家にああいう子供がいたという記憶はない。
ライズは彼を『レイニール』と呼んでいたが、その王子様とやらは単なる他人の空似なのだろうか?
知性の剣を操り、見掛けよりもかなりの腕力と戦闘力を備えているのは何故か?
レイラの姿をした【魔王】らしき悪魔を『ははうえ』と呼んでいるのは?
そして、まるで息を吸うように『神の欠片』を使い慣れている…………
リィケ以外の【サウザンドセンス】
再びルーシャの脳裏には、街道でリィケがベルフェゴールに連れていかれそうになった時のことが浮かぶ。
今度はロアンがリィケを連れていくのではないか?
「……それは、駄目だ。絶対に」
「お父さん……?」
ルーシャはリィケの肩を掴んで自分に引き寄せる。掴んでいないと、また自分の元からいなくなるような気がしてしまう。
「きえろ、おまえは、ならくにかえれ」
『「ガキがぁぁぁっ!!」』
ロアンが“レイシア”を振り、デス・サイズへ切先を向け祭壇から飛び降りた。
“モア”と“ダグ”は暴れるデス・サイズを尚も押さえ付け、主が止めを刺すのを待っている。
刃はまっすぐに悪魔の本体へ――――
ガイィィィンッ!!
「――――えっ?」
鈍い音と共にロアンが声をあげた。
まるで切れ味の悪い包丁で固い肉を叩いたように、デス・サイズに刺さるはずの“レイシア”は弾かれて、刀身に振り回される形でロアンは数歩後ろによろめいた。
「………………なんで?」
ロアンが呟く。
それは独り言というよりは、“レイシア”に向けられた台詞のようだ。
「…………そう、わかった」
「「「…………?」」」
ロアンが顔を上げるとルーシャと視線がぶつかる。無表情なロアンがプクッと頬を膨らませて、不満そうに“レイシア”を投げた。
「うわっ!」
サンッ!!
ルーシャの足のすぐ真横、石の床に“レイシア”はいとも簡単に突き刺さる。
「お前、何す……」
「『われはしゅごしゃ。ひかりをしめすもの』……」
「へ……?」
「『わが、あるじとおなじちからなくば、われをもって、まをたつことゆるさん』……だって……そのこに、いわれた」
言われたって……?
ルーシャは床に刺さる『宝剣レイシア』に視線を固定した。
“我は守護者。光を示す者
我が主と同じ力無くば
我を持って魔を絶つこと許さん”
「“レイシア”は、『ほごしゃ』のこと、だいすき……みたい」
「そう……なんだ……?」
ルーシャが宝剣を引き抜くと刀身が青白く光り、いつもの大剣の姿になる。
「おかえり……」
ロアンから言われたせいもあって、ルーシャは宝剣が生きているものに見えてきた。全体的に緩く瞬く光が『ただいま』と言っているようだ。何だか昔飼っていた犬を思い出すルーシャである。
『ギィイイイッ!!「ぐぁああ……!!」』
「っ!?」
ルーシャが少し感慨に耽ってしまった間に、デス・サイズが半身を起こしていた。
しかし、ベクターだった部分がおかしい。どんどん体が萎んでいき、大鎌を床に立てたまま倒れていく。
悪魔の腕と大鎌がほぼ同化していて、血管が通るように脈をうっている。どうやら、ベクターは大鎌に魔力を吸収されていると思われた。
死神の大鎌であった大鎌単品が、利にならないと判断した使い手を見限ったのだ。
「お父さん、悪魔が…………」
「分かってる……」
どんな悪魔でも、悪魔を使うということは油断できないものなのだ。同じ悪魔でも利害が一致しなければ、弱っている者はより強い者に食われる。
リィケが数歩下がったのを確認したルーシャは、改めて宝剣を構えた。いつの間にか、リィケの横にはロアンが立っている。
「モアとダグ……さげる。あくま、たおして」
「……わかった。下げるタイミングは任せた」
やることだけ……倒すことだけを考えた。
ロアンやこの世界、そして悪魔のことなど……ロアンに詰めよって聞き出したいことは山ほどある。だが、今だけはルーシャは雑念を追い払うことにした。
こくんと、ロアンは固い動きで頷き、リィケとライズの服を引っ張った。リィケは素直に従うが、ライズはかなり戸惑いながらロアンに向き合う。
「あの、その……俺も、戦えるが…………」
「このせかい『しゅごしゃ』いちばん、つよい。おにいさん、『しゅごしゃ』?」
「??? どういう意味だ、リィケ……」
「ライズさん……僕も分からないんです」
一度、分からないままロアンに答えて、ルーシャを攻撃されたことがある。下手に何か言うより従った方がいいと、リィケは肌で感じていた。
しかし、一部腑に落ちない。
「……でもロアン、お父さんは守護者じゃ…………」
「しゅごしゃ、いるよ。あのこ」
「……まさか…………“レイシア”?」
「うん。じぶんで、いったよ」
“我は守護者”…………確かに言っている。
リィケはルーシャが構える『宝剣レイシア』に目を向けると、青白い光は剣全体からルーシャの手元までを覆い強く輝いていた。
知性の剣に押さえ付けられても尚、デス・シザーズは膨張を続ける。使い手はすっかり大鎌に吸い上げられ、柄の途中にぶら下がるストラップになっていた。
普通ならあのサイズの奴は『上級悪魔』だ……。
ルーシャは宝剣に法力を溜めながら、恐ろしく冷静に悪魔を見据える。
精霊や悪魔の力が付与されている『魔法武器』を持つ“使い手”は、武器の力を最大限に引き出せる者が相応しい。それと同時に、武器の意思に同調こそするが飲まれてしまってはいけない。
――――“我が主”
ロアンが言っていたこととはいえ、宝剣が自分のことをそう呼んでいたのだ。ルーシャは口の端を上げる。
宝剣の法術の言葉を唱えると、刀身の光が一層濃くなっていく。
『汝、我の力の道標なり
悪しき暗闇より道を探し
汝が咆哮 愚者を祓い
光の道を指し示せ』
「祓え!! “光を示す者”!!」
宝剣の名を叫ぶ。
上から下へ。
宝剣が辿った軌跡がそのまま、前方のデス・シザーズへ向けて走りだす。
“モア”と“ダグ”が素早く横へ飛んだ。
縛めが解けた悪魔の正面には――――――
『ギィアァァアアアアッ!!』
宝剣から放たれた青い光線が、悪魔全体を突き抜けていく。
聖力の塊である法術の光をまともに受けたデス・シザーズは、その場で激しく床を打ち、苦しむようにめちゃくちゃに動いた。
ピシピシピシ…………
やがて、小さな音が連続して聞こえてくると、細かいヒビが大鎌全体に広がり、パラパラと体を破片に変えて消えていく。
廃墟の聖堂に静寂が戻る。
悪魔がいた床に残ったのは、錆びたハサミなどの欠片だった。
「……消えたか…………」
言うとため息が出る。
気が抜けたせいなのか、ルーシャの手に握られている『宝剣レイシア』は、元の金の十字架に戻っていた。
「お父さんっ!」
「えっ……?」
ホッとして祭壇の前に立つルーシャだったが、不意にリィケの声に我に返る。
リィケが強張った表情でルーシャを見ていた。
ロアンがリィケの腕を掴んでいることから、最初はリィケがルーシャに助けを求めているのかと思ったのだが、どうやらロアンは慌てているリィケを押さえているだけのようだ。
横にいるライズもルーシャの方を見て銃を構えている。
――――後ろ……?
「これは、ずいぶんと人の子が入り込んだものだ」
「……えっ!?」
ルーシャの背後すぐ近くから、低い女の声が響く。
この……声は…………
弾かれるように振り向くと、夕陽を弾くような鮮やかな金色の髪の毛と金色の瞳が、ルーシャの目に飛び込んでくる。
「レイラ……」
「頭を下げよ、無礼者!!」
「――――――っ!?」
周りの空気が鉛に変化したように、急激な重さと圧迫感をもってルーシャを床へ叩き伏せた。
「うっ…………」
ルーシャはその場に座り込み、なんとか体を起こそうと両手も床から離すことができなくなる。
魔法? いや、魔力による圧迫か!?
ほとんど土下座に近い体勢で、妻によく似た悪魔の顔を見上げるしかなかった。
「ね……姉さん……?」
ガシャン……!!
普段、けして放すことがない銃が床へ落ちる。
少し離れた場所で、ライズは祭壇の前の人物の姿を呆然と見つめた。
ルーシャの妻のレイラはライズの姉である。
死んだはずの姉に瓜二つの顔が急に現れたため、ライズの思考は停止するしかなかったのだ。
妻や姉……レイラによく似た悪魔は、ライズからリィケとロアンに視線を流し、再びルーシャへ向く。
「……ふん。ロアンがここへお前たちを連れ込んだか。まぁ良い……低俗な悪魔どもはこれで消えた。我が来るまでもなかった……だが……」
金色の目がルーシャを見下ろしている。
レイラの片手が何もない空間を撫でると、ルーシャの前にバラバラと何かが落ちてきた。
床の上に散らばったのは、ルーシャが捕まる前に身に付けていたコートやブーツなど一式。
「……邪魔だから引き取れ。我はコレだけを返してもらえればよい」
手には白いヴェールが握られている。
「それ……は……」
オレの上着にしまっていたっけ…………
先ほどから変わらず、身体全体が見えないもので押さえ付けられているため、顔だけを必死に上げレイラを見上げ続けた。
ルーシャが気を抜くと、意識も身体も下に沈みそうになる。
「ふん……悪魔と渡り合おうとする人間が、ずいぶんと間の抜けた顔をするものだ……」
「く…………」
身動きの取れないルーシャを見てスゥッと目を細めると、おもむろにしゃがみ込み、少しだけ口元に笑みをこぼす。
「そうだな……我らの面倒に巻き込んだ詫びと、ロアンが世話になった礼はしなければならないな」
白く指の長い手がルーシャのアゴに添えられた。
金色の瞳をしたレイラの美しい顔が至近距離にある。
「え…………?」
一瞬だけ。
ふわりと空気が動く。
ルーシャは何が起きたのか、すぐには理解できなかった。
「っ…………!?」
やっと解ったのは、自分の唇に暖かい同じものが重ねられている……ということ。
頬に掛かる金色の髪の毛からは、喪ったはずの懐かしい香りがした。




