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奈落にて輝くもの

 姉の婚約を期に、彼がある退治員のパートナーになったのは、まだ学生で十二才の頃だった。



 ――――退治の時はいつも、あいつが前に出て自分は後ろ。


 相手は経験、年齢、体格と何もかもが少しだけ彼より上だった。




『危ないから、お前は出るなって言っただろ』


 彼がパートナーの義兄に最後にそう言われたのは、もう五年以上も前だ。




 神学校では退治科に所属していた彼だが、祭事科のクラスの女子よりも背が低かったため、よく馬鹿にするような物言いをしてくる者もいた。しかし、そういう輩は試験と実技の授業で黙らせていく。


 確かな努力と実力で、周りを認めてもらおうと必死だった。


 だが、実際の退治の現場は授業のようには上手くいかず、焦りばかりが募っていく。





『そりゃ、オレとお前は五年も歳が違うんだから、経験の差が出ても仕方ないだろう? 今のところ、お前の課題は怪我をしないことだ』


『何、焦っているのよ? あなたはまだ学生なんだから、本格的な実戦は卒業して退治員になってからでもいいのよ?』



 ――――あいつも姉さんも、いつも俺のことを子供扱いする。前に出なきゃ実戦にならない。俺は早く、父さんや姉さんみたいな退治員にならないと駄目なんだ。


 反抗期も重なって、身内の評価は突っぱねてしまう。


 そして、それ以外の人間が言うことばかりが耳に入ってくるのだ。



『君は優秀なフォースランの家系だと聞いたよ。きっとすぐにお父上のようになるだろう。期待しているよ』


『【聖弾の射手(シルバーバレット)】の名をすでに継いでいるのなら、君は王宮で試験を受けてもいいのではないか。君ならきっと大丈夫だろう』



 ――――大丈夫、それくらいの努力はしている。



『さすが【聖弾の射手(シルバーバレット)】だ』


『優秀な血筋の君なら、こんなことは簡単にできるのだろうね』


『さすがだ! やっぱりフォースラン家の者は優秀だな』



 ――――別に血筋は関係ない…………




『あいつ……【魔王殺し(サタンブレイカー)】のパートナーに指名されたって。姉ちゃんが結婚するからって、弟まで将来安泰になるんだな』


『いいよなー、人生設計で()()がある奴って。先生もあいつは贔屓にしてんだろうなぁ』


『ケッセル家とフォースラン家だろ。政略結婚じゃねえの? だから、身内も優秀にしとかないと見栄えが良くないよな』



 ――――家は……成績に関係ないだろ!


 彼は頭を抱え込んだ。





『起きて、ライズ』

『……ライズ、大丈夫か?』


 ――――えっ……?


 気付けば、彼は仰向けに倒れている。

 目の前には心配そうに彼を覗く、姉と義兄の顔があった。


「姉さん? ルーシャ?」


 ――――まただ。この二人はいつも、年下の自分を子供扱いして心配する。


 彼の前にどちらのものか、手が差しのべられる。


 一瞬、手を伸ばしかけて止めた。


 ――――俺は、もう子供じゃ……



 宙をさ迷っていた手が横から握られたと同時に、


「起きなさい、ライズ!」

「……ライズさん、大丈夫ですか?」


 呼び声がはっきりと聞こえて覚醒した。





「…………あ……」


 目の前には心配そうにライズの顔を覗く、ミルズナとリィケの顔があった。


「……痛…………ここは……?」


「あ、そのままで。たぶん、牢屋……だと」


 三人がいたのはかなり広い牢屋だった。

 古いものなのか一部の壁や床の石が崩れて、土砂が部屋の三分の一を埋めている。


「おそらく、敵の転移魔法にかかって、私たちはここへ送られたのです。私と()()()はそこの砂の上に、あなたは石畳に落ちて…………頭と全身を打ったと思います。そのままでいなさい、少しずつ回復の法術を掛けていますから……」


 ライズの頭を一通り調べた後、回復する箇所に触れて頷く。


「癒しの光よ、『身体回復術(リカベリア)』!!」


 ミルズナが手の平をライズの額近くにかざすと、淡い緑色の光が発生する。光は温かく、ライズの皮膚に染み込むように消えた。



 どこかぼんやりとした表情で、ライズは目だけを動かす。自分の手を握っているのが、リィケの手だと分かったが放すこともせず見ていた。


 逆にその手を握り返すと、片手にすっぽりと収まるくらい小さな手だと気付く。


 ――――あぁ、当時の自分の手も、これくらい小さかったのか。だから、二人は俺を戦わせたくなかった。



「…………今さら……か」

「あ、あの……ライズさん……?」


 ライズが手を放さないことに、リィケはだんだん不安が募る。もしかしたら、相当ひどい状態なのかと思ったのだ。そんなリィケの焦りも知らず、ライズは視線をリィケの顔にずらし口を開く。



「ルーシャは……」

「え……?」


「今のルーシャは、私怨じゃなく……聖職者として、悪魔と……向き合えているのか?」


 ライズに突然尋ねられて驚いたリィケだったが、少しの間の後、にっこりと笑いライズの手を強く握った。



「ルーシャは……お父さんは、僕のために【魔王】とも戦ってくれた。絶対に独りにしない、絶対に死なないって、僕と約束しました。僕もお父さんも聖職者として、悪魔と戦うつもりです」


「…………そうか」


 ため息を吐くように返事をして、ライズはミルズナの回復術に身を任せるため目を閉じた。






 しばらくして、ライズが首や肩を回しながら起き上がる。


「具合いはどうですか? まだ身体に痛みはあるとは思いますが……頭が重いなど、おかしいところはありませんか?」


「いえ、ほとんど問題ありません。これなら、すぐに動けます」


 ライズが立ち上がり、屈伸を始めた。



「ふぅ……私ごときの法術では、全身の打撲傷を一度に治すのは無理でしたね……三回も掛かりました。とりあえず、頭の傷は大丈夫そうですね」


「ミルズナさんは回復術が使えるんですね」


「えぇ、私はそんなに法力は強くありませんが、これだけは子供の頃から使えました」


 法術における回復術は、実は生まれもっての才能で使える者は決まってくる。


 つまり、法術を習い始めてすぐに、回復術の才能が無いと判断された者は、その後もその能力が伸びることはあまりないのだ。



「【サウザンドセンス】の中には、法術などよりも強力な回復の神の欠片を持つ者もいるとか。私もそっちの方がよかったです……」


 ミルズナは「ふぅ……」と、心底残念そうにため息をついた。



「あの……神の欠片って、誰が何を使えるか……途中で分かったりするんですか?」


「いいえ。本人も使って初めて分かるのです。私が使えるようになったのは、7才の時でした。そこから増えて、今は三つほど使えます」


「三つ!? 神の欠片って、ひとりで沢山使えるの?」


「はい。記録に残っているだけでも最高は十個でしたね。興味があるのなら、本部へ来てみませんか? 【サウザンドセンス】を研究する特別機関を置いていますので、リィケの神の欠片のことも調べることができるでしょう」


「え、ほんと? うん、絶対に行く!」

「じゃあ、約束ですよ。これが終わったら、予定を立てましょう!」


 リィケとミルズナは、キャッキャッと手を合わせて仲良さげに会話をしている。


 先ほどから、ミルズナが『リィリアルド』ではなく『リィケ』と呼んでいることから、ライズが気を失っている間に親睦を深めていたようだ。


「――――ゴホン……あの、ミルズナ様、それにリィケ」


「あら? 何ですか、ライズ」

「……はい?」


「ミルズナ様は気安く物事をお決めにならないように。立場をお考えください。リィケ、この方は本当なら、こんなふうに話せない位の人だ」


「もう……いいでしょうに……」


「あ、そっか……ミルズナさん、連盟の本部長さんなんだよね……」



 ミルズナと悪魔の戦闘を見ていたリィケは、その中でミルズナが本部長だと言われていたのを分かっていた。

 しかし彼女があまりにも話しやすく、リィケに対して優しく丁寧だったため、リィケはつい普通のお姉さんとして仲良くなってしまったのだ。


「別に私は構わないのよ。私は一人っ子だから、リィケみたいな弟か妹が欲しいと思っているくらいだし」


「いけません。王都へ行った時に困るのはリィケの方です。()()()()()()()に何を言われるか…………」


「王族……?」



 ライズはリィケを見ながらため息をつくと、少し間を置いて口を開いた。


「リィケ、ミルズナ様は【聖職者連盟本部】本部長であり、この国の王女でもあられる。このままいけば、将来は『女王陛下』と呼ばれる方だ」


「じょ……女王陛下!?」

「もう、ライズったら。えぇ、今のままだったら……そうですね……」


 ポカーンと口を開けたまま、リィケはその場で硬直した。


「陛下……へいか、って……国の王様……」

「そうだ。この国は【サウザンドセンス】として生まれた王族が、優先的に国王になる。それは知っているな?」

「え~と……そうだっけ……」


 国の人間ならば、ほとんどの者が知っている話だが、リィケは日常の振る舞いや退治員としての修行を優先させられたので、国の歴史や仕組みは後回しにされた。


 困った顔で固まるリィケの頭を、ミルズナは優しく撫で、「別にいいですよ。後で覚えればいいのです」と、にっこりと笑ってライズの話を制止する。



「ライズ、今はそんな事よりも、ここから出る方が先決です」

「はい、解りました。では脱出方法はどうしましょうか……」


 話題を変えられたライズだが、あっさりそれを受け入れ、牢屋全体を調べ始めた。




「……場所はおそらく地下。壁も床も頑丈な石を組み合わせています。一部壁に破損がありますが、そこから大量の土砂が入り込んでいるので、土の層はかなり厚いと思っていいでしょう」


「……脱獄というなら、土砂が入ってきた場所を掘る、という選択もありますが、それでは時間が掛かりますね。やはり……ここで一番出口に近いところは……」


「正面……です」

「ですね……」


 ライズとミルズナは鉄格子を睨む。


 格子は全部で三十本ほど。扉は端についているが、格子にがっちりとはまりびくともしない。もしかしたら、錆び付いて動かないのでは? と、リィケは思ってしまう。


 ……正面、この鉄の扉を破るの?



「ちょっと乱暴なやり方ですが……。ライズ、リィケ、私の側へ。『能力』を使います」


「はい」

「能力? 神の欠片?」


「えぇ、()()()()しか、私にはできません」



 ミルズナは格子の前に立ち深呼吸を始める。


「……私は神学校で成績こそ良かったのですが、法術は回復が少ししか使えませんでした。はっきり言うと、法術師としては落ちこぼれでしょう」


 ライズとリィケが背後に立つと、ミルズナは両手にメイスを握り、格子の間から自分の腕を外へ出した。


「力の弱い私は攻撃もできない。そんな私の神の欠片は『防御』でした」



 防御……そう聞いてリィケが思ったのは、群がる悪魔を弾いたオレンジの光の結界。


「では、いきます。ちょっと派手にいきますので、絶対に私から離れないでください」



 ミルズナは大きく息を吸う。


「“絶対なる聖域(セラフィックヴェール)”っ!!」


 パリッ……!


 叫んだ刹那、ミルズナの体全体に細く赤い光が走る。それが赤からオレンジ色に変わって、瞬時に爆発のように拡がった。



 ズドォオオオオオンッ!!


 大規模な音と共に土煙や石の破片やらが、三人に降りかかってくるが、全ては途中で止まり床へ滑るように落ちていく。

 リィケの上には、あの時に見たオレンジの光が三人の周りにドームのようになって存在していた。


 どうやら、これだけの煙が発生しているのに、それらは少しもオレンジのドームの中にはきていないようだ。リィケからはミルズナの背中と、隣にいるライズがはっきりと見える。


 パフッと音がして、ライズがリィケの顔にハンカチのような布を押し付けた。よく見ると、ライズも口を腕で覆っている。


「ミルズナ様、こちらは大丈夫です。そちらも結界を解く準備を」

「んむぅっ!」


 ミルズナは口を押さえながら応えた。

 そして目を閉じると口を開く。


「ぷはぁっ!!」


 息を吐いたと思われた瞬間、ドームの光は叩かれたガラスのようにひび割れて砕けた。


「うわっ……」

「…………っ!!」


 空気中の埃が一気に襲ってきて、ライズがリィケとミルズナを庇う形でしゃがむ。


「ゴホッゴホッゴホッ! ぷは……」

「ゴホッ……、ミルズナ様、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です。ゴホッ……ちょっと噎せて、ゴホッゴホッ! リィケは……大丈夫?」

「は、はい……僕は何とも……」



 人形の身体は呼吸をしておらず、埃が目に入ってもすぐに払ってしまえる。

 リィケは二人よりも早く立ち上がり、周りを確認した。


「…………うわぁ……」


 見えた光景に思わず感嘆の声が出る。

 ミルズナが埃を払い立ち上がって、リィケの隣に立った。


「……これが私の神の欠片【絶対なる聖域(セラフィックヴェール)】です」


 土煙が引いた眼前には、ひしゃげて潰れ、弾かれて床に転がる幾つもの鉄の棒。


 この牢屋の格子は失くなっていた。


「物理、魔法……ありとあらゆる攻撃を私に寄せ付けません。つまり、私が防御の範囲として許可しないもの全て()()()()()()ます」


「すごい……」


 呆然とするリィケの顔を覗き込んで、ミルズナははっきりと宣言する。



「えぇ。これだけは【魔王】にも負けません。神が私に与えた『最強の防御である攻撃』だと自負いたします」



 ミルズナはにっこりと淑女らしい笑顔を見せた。


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