ライズとミルズナ
『……首がまだ付いているうちに答えろ。貴様らの目的は何だ?』
『ぐっ……』
悪魔の背後を完璧に捕らえ、ライズはショットガンの引き金に指を充てつつ交渉……いや、もはやこの状況は、悪魔には少しの同情も与えない、圧倒的な脅しである。
『裏』から様子を探っていたリィケとロアンは、一瞬で決まった勝敗に、やや呆然としながら見入っていた。
「…………すごい……」
『うん…………』
珍しくロアンが言葉を洩らす。
ライズは先ほど小銃を二発撃った時に、武器で弾が防がれるのを予想し、武器をかざすことでできる死角から回り込んで背後を取ったのだ。
ロアンには見えたらしいその流れが、リィケには全く見えなかった。
同じ銃使いとして、苦しいような気分になる。
『僕……強くならないと…………』
「リィケ?」
目を閉じたまま、ロアンはクキンと首を傾げた。
何も知らないならば、大物を誘き寄せるためのクラッカーの代わりになってもらう。
――――そう思っていたが、どうやらこいつは、その役目さえも果たせない雑魚だろう。
首に突き付けた銃口から銃身、それを持つ手に相手の『思考』が伝わってくる。
呼吸、鼓動、体の震え…………悪魔も人間と変わらない。まともなハッタリもできない小物は、どんなに強気な姿勢を貫こうとも、必ず本音をこちらに洩らしてしまうのだ。
少なくとも、ライズが倒してきた小物悪魔はそうだった。
「き、貴様らに話すことなど……!!」
「そうか。分かった」
ライズは少しの躊躇いもなく、銃を持つ手の人差し指を引く。
ズガァンッ!! ドスッ……!
重く鈍い音が聞こえ、塊が下へ叩き付けられる。
聖職者であるが故の厳しい視線が、悪魔の死骸に降り注ぐ。
「何も知らないようですか……」
「はい、所詮は下っ端。頭になっている悪魔を叩かないと、使い魔は無限に増え続けるでしょう……」
「そう。では先へ。ここはあまりにも…………静かです。教会の朝は厳かであり、賑やかでなくてはならないというのに」
ミルズナは目を細めて辺りを見回した。
「これだけ派手にやって、他の僧侶たちが出てこない……もう、この教会は、いや、町全体が悪魔の支配下で間違いなさそうです」
「そうですね。少なくとも、情報操作は上手くやっているのでしょう……」
ため息をついて視線を床へ落とすと、ライズに首を飛ばされた悪魔たちは、白い蒸気を上げながら消滅し始めている。
ミルズナとライズは足音を最小限に抑え、聖堂への廊下を進んだ。
廊下には誰もいない。
「……あの者たちが正体を現したということは、この町を棄てる覚悟があるのか、もしくは私たちを生かす気はないのか……ということでしょうか?」
「後者……だと思います。町全体は後でいくらでも誤魔化すことができますので、本部へはミルズナ様の『傀儡』でも作って帰すつもりかもしれません」
「い~い、度胸です。小娘ひとりだからと馬鹿にしていますと、痛い目に会うということ……存分に思い知らせてあげます」
ミルズナは悪魔の亡骸を思い出して口の端を上げた。
その時、
『これ以上……行かせない……』
『殺す……殺す……!!』
『我らの邪魔をするな……!!』
複数の声が響く。
廊下の床、ミルズナたちの前後に、草の蔦のような模様が現れ赤い光を放った。
禍々しい光は魔力によるものだと、二人とも瞬時に判断する。廊下が光に包まれ、視界が塞がれると同時に複数の気配が急に現れた。
「……これは」
「まぁ……無駄なことを……」
すぐに光は収まったが、ミルズナとライズの周りにはぐるりと、十数人の僧侶たちが犇めきあっている。
今の魔法陣で召喚されたのだろう。いくら烏合の衆とはいえ、この廊下にこんなに詰まっていては動き難い。
ミルズナは自分たちを囲む僧侶たちを一瞥する。
「ライズ、ここに何種類いらっしゃいます?」
「見た限り、四種類かと……」
二人を囲む人間たちの顔は、よく見ると同じ顔が並び、パターンは四つであった。
「そう、クラストの僧侶のどなたかが四人……犠牲になったということですね……」
悪魔は人間に化ける。
一般的なのは、人間を殺して化けること。
「あなた方に取って代わられてしまった方々は、さぞや無念だったでしょうね。ライズ、犠牲者に弔いを……」
「はい」
「そして、この者たちに鉄槌を……!!」
「はい、ミルズナ様」
ライズはミルズナに自分の背中を合わせる。
ミルズナは持っていたメイスを床へ突き、大きく深呼吸を始めた。ライズはショットガンともう片方の手に、先ほどの小銃とは違うハンドガンを持つ。
「覚悟しろ! 小娘!」
「前列がやられても押し込め!」
「これだけ密に囲まれれば、銃使いでは戦い難かろう!」
悪魔たちはミルズナとライズを囲む輪を一気に狭め、一斉に押し寄せていく。
例え、数体がやられても、消滅前のその遺体ごと二人を押し潰す作戦のようだ。
僧侶の姿が膨張し、牛の頭の悪魔へ変貌していく。
「「「うぉおおおおおおおっ!!!!」」」
「神よ! “絶対なる聖域”!!」
悪魔が二人に迫る瞬間、ミルズナが叫んだ。
次々と悪魔たちは二人に覆い被さっていき、すっぽりとその姿を隠していく。
――――しかし、
ダンダンダンダンッ!!
悪魔の山の中から発砲音が鳴り響き、まるで雪崩のように重なった体がずり落ちる。
悪魔が退けた、その下はオレンジ色の光が存在した。
床へ立てたメイスに祈る姿でミルズナが座り込み、そこを中心にライズまでを包むように、その光はドームの形を作っている。
「な、何だこの光は!?」
「くそっ! 結界か!? びくともしないぞ!!」
「当たり前だ。ミルズナ様の力はお前たちなんかでは、到底破ることはできない」
ダンダンダンダンッ!!
再び銃が撃ち放たれ、近くの悪魔たちはどんどん倒れて消滅を始めた。
「この小僧!」
「殺してや……ぐあっ!?」
攻撃をしようと武器を振るうが、悪魔たちはその光にぶつかり、ミルズナとライズに指一本触れることができないでいた。それなのに、最初に重なった悪魔は、ライズの銃によって撃ち抜かれている。
「我らを遮断して、あちらの攻撃だけを通しているのか!?」
「そんな魔法……聞いたことがないぞっ……ぐあっ!!」
「魔法じゃない。本当は貴様ら小物にはもったいないほどの『業』だ……!」
「………………………………んっ!!」
ズダダダダダダンッ!!
驚愕する悪魔たちを次々と撃ち倒し、結界の側の死骸は消滅を始める。
メイスにすがるようにその場にしゃがみ、ミルズナは口を真一文字に閉じて険しい顔で周りを睨む。
ミルズナの顔は真っ赤になり、体は微かに震えている。
他の人間から見たら、それは怒りに震えていると思われるだろう。
しかし、“赤い顔”は次第に“蒼白”になっていく。
「…………~~っんむぅっ! む、む~っっっ!!」
メガネの奥の目に涙を溜めたミルズナは、メイスを支えながら口元を手で押さえ、必死の形相でライズの服の裾を引っ張った。
「っ!? “限界”ですか?」
「んむぅっ!!」
ライズは慌てたようにショットガンを床へ放し、小銃を太もものホルスターへ収めた。拳を握り、足を引いて構える。
「いけます!! どうぞ!!」
「ふっ……ぷはぁっっ!! ゴホッゴホッゴホッ!!」
ミルズナが息を吐いて咳き込みながら床に伏すと、今まで二人を囲っていたオレンジのドームは、薄い飴細工が砕けるように散って消えていく。
「は!? 結界が消えたぞ!!」
「今だ、殺れっ!!!!」
残っていた数体の悪魔が、仲間の遺体を蹴散らしながら突進してくる。
ライズはミルズナを庇うように、素手で悪魔を迎え討つ。
「はぁあああああっ!!」
「ぐはっ!!」
「ぎゃあっ!!」
迫る悪魔の武器をかわし、受け流してへし折り、弾き飛ばす。
ある悪魔の首を蹴り飛ばし、別の悪魔は床に倒れたところを銃でトドメをさした。
数分もしないうちに、ライズとミルズナ以外に立ち上がる者が見えなくなる。息を整えたミルズナがフラフラとライズに近寄った。
「ふぅ……私の肺活量がもう少し多ければ、あなたは銃だけで楽に戦えるのに…………」
「いえ……私が早く倒せれば、ミルズナ様に苦しい思いをさせずにすみました。申し訳ありません」
膝を突き深々と頭を下げるライズに、ミルズナは困ったように微笑む。
「顔を上げなさい。私はライズがパートナーで助かっています。私の為に銃使いであるだけでなく、武闘僧の修行まで……」
「貴女の側近として、当たり前のことです」
「さすが『聖弾の射手』の名を護っているだけはありますね。もっと自分を誇っていいのよ?」
「………………はい」
一瞬、返事をしたライズの顔が、苦いものを噛んだように悲痛な表情になった。
ミルズナはライズから、廊下の先へ視線を移す。
「…………では、行きましょう。聖堂を調べなくてはいけません」
「はい……」
少し項垂れているライズが体を起こす瞬間、ミルズナの前方へ槍を構えた大きな影が飛び出した。
「死ねぇぇぇっ! 本部長ぉっ!!」
「っ!?」
比較的傷の軽い悪魔が、仲間を盾に隠れていたのだ。
「ミルズナ様っ……!!」
ライズが小銃を手にし、ミルズナがメイスを構えた時、
――――ズドォンッ!!
「……がっ…………」
ズンッ……と重い音をたてて悪魔が倒れ、蒸気をあげ始める。
「…………お前は……」
「まぁ、あなたは……!」
倒れた悪魔の後ろに、小さな人影があった。
金色の髪に緑色の瞳。手に余るほどのリボルバーを構えた子供の姿。
リィケが至近距離から、悪魔の脳天を撃ち抜き一撃で倒したのだ。
ミルズナに駆け寄り、リィケは彼女の無事に安堵する。
「よ、良かった……ミルズナさん……」
「リィリアルド! ありがとう、助かりましたわ。でも……いつの間にそこに?」
「えーと……話すの難しいけど……その……」
数分前。
リィケはすっかりライズやミルズナの戦闘に目を奪われていたのだが、身体の主導権を握っていたロアンがポツリと一言。
「…………ねむい……」
『え?』
その瞬間、身体の意識はリィケ本人に戻った。
「……ロアン、どうしたの?」
『ちから、つかいすぎた…………このまま、ついていくけど…………すこし……ねる…………』
「え? このままって……ロアン? ロア~ン!」
頭に響いた声から応答がない。
どうやら、リィケの中で眠っているらしい。
どうしよう……僕だけで神の欠片使えるかな……?
リィケがそう思案していると、消滅しかけている悪魔の死骸が少し動いた。よく見ると、下にはまだ生きている悪魔がミルズナを狙っている。
「っ!! させないっ……!!」
悪魔が立ち上がりそうになっているので、慌てて悪魔の背後に回り、目を開くと『表』の世界に戻った。
あとは咄嗟に銃を構え、それを仕留めるのに成功した……ということだ。
リィケは「う~ん」と唸り、ミルズナの目を見つめる。ミルズナは真剣な顔ではあったが、目を輝かせていて好奇心を隠せないようだ。
…………後で、説明しよう……こんな所で落ち着いて話す自信がないもの……。
「……ごめんなさい。説明が上手くできないです」
「分かりました。後で聞かせてくださいね。でも、ひとつだけ……これがあなたの神の欠片、なのですね?」
「…………はい」
「解りました」
ミルズナは微笑みながら大きく頷く。
「一緒に行きましょう。ですが、その前にリィリアルドはここで何を?」
「僕は、悪魔たちに捕まっていたのを逃げてきて……今はお父…………パートナーのルーシャを助けに行こうと…………」
「えっ!?」
リィケの言葉に、心底驚いた声をあげたのはライズだった。
「ルーシャが……ここに? あいつが退治員に復帰しているのか!? いつから!?」
「へっ!? あの、その……」
ライズは眉間にシワを寄せてヅカヅカとリィケに詰め寄り、両肩を掴んで顔を覗き込む。
何!? 近いっ!!
リィケはライズのあまりにも真剣なその迫力に負け、アワアワと目を游がせてしまう。ついでにいうと、ライズは顔や容姿も整っているで、リィケは余計に緊張している。
「あ、あの…………」
「あ……」
そのリィケの様子にライズはハッとしたように離れた。思わず掴み掛かってしまったようで、赤らめた顔を慌てて背ける。
「いや……、す、すまない……」
「あ、いえ……」
何となく気恥ずかしくなって、リィケも落ち着かなくなった。
「ごめんなさい、リィリアルド。ライズはルーシアルド……あなたのお父さんのことになると、ちょっと慌ててしまいますので……」
「ミルズナ様……」
「え……お父さん?」
ライズはミルズナをむくれたような視線で睨む。ミルズナはそれを見て笑っている。
「ライズはね、あなたのお父さんの元パートナーで、あなたにとっては『叔父さん』になるのですよ」
「えぇっ!?」
リィケは目を見開いて硬直した。
愉しそうに笑うミルズナの隣で、ライズは堅い表情になっている。
「ルーシャが居るなんて、聞いていない……」
ライズはポツリと、視線を床へ落としながら言った。