共闘
ドシャアアアッ!!
泥人形が三体ほど、千切れて宙を舞った。
「…………っ!? みんな……!!」
『オォオオオオオオッ!!』
ロアンが泥人形の方を向くと、動きを止めていた彼らが動きだし靄の中の何者かを攻撃し始めた。
「…………きた」
ロアンは主祭壇の前に向かい、床に突き刺さっていた大鉈のような大剣を引き抜くと、それを肩に担ぎ片方の手で側のダガー二本を取る。
大剣はロアンの体と同じくらいの大きさだが、ロアンはそれを軽々と支え、泥人形のところへ走り出す。
「リィケたちは、かくれて……!!」
「え!? ロアン!?」
すれ違う際にロアンはリィケを見ずに言う。
あっという間にロアンの姿は泥人形に隠れて見えなくなった。
向こうで発生した黒い靄はどんどん膨れていく。その度にその周辺から聞こえる何かの叫びと、争う音は比例して大きくなっているようだ。
ルーシャは目の前の戦いを見据えた。狭い場所へ敵味方も分からないまま突っ込んでも意味がない。しかし、この状況に余裕がないのも、空気を伝ってくる緊張感で解った。
「どうしよう!? お父さん……!!」
「……っ!? ちょっと待て!!」
飛び出そうとしたリィケを制止した瞬間、
『グォアアアアッ!!』
再び咆哮が聞こえると、全ての泥人形が上下、真っ二つに別れる。
何者かが真横に凪ぎ払ったのだ。
『オォオオオ…………』
泥人形は次々と乾いた『泥』になって床を埋め尽くしていく。その土くれの中に立っていたのは、大剣を盾のように前に掲げたロアン、そして……
「お父さん…………あれは?」
「…………『シザーズ』だ……」
ロアンの前に黒い靄を背に、巨大なハサミや鎌、槍のような釘が十体ほど浮いている。しかし、それらの持ち手の側をよく見ると、半透明の人型が漂っていた。
「……まずいな」
ルーシャは険しい顔で宝剣を持って立ち上がる。
「リィケ、お前はここから動かずに、自分の身だけ守っていろ! いいな!!」
「え……待っ、お父さん!?」
「あのロアンって子に加勢する!!」
状況が分からないはずのルーシャだったが、ロアンの味方をすることに決めた。
――――どんな理由があったとしても、子供だけを悪魔と戦わせるのはおかしいだろ。『シザーズ』は中級の悪魔だぞ……!?
ルーシャはロアンの前に回り宝剣を構えた。
「っ……!? じゃま、するな……!!」
「邪魔じゃない!! あれの倒し方分かるのか!?」
「しらない……でも……たおす!!」
言うや否や、ロアンはルーシャを避けて大剣を振り回し、その勢いのまま、大バサミを持った一体の人型を両断する。
しかし、それに手応えは無く、すぐさまロアンの真横から刃が迫ってきた。
「……っ!?」
ロアンが振り返ると同時に、目の前に素早く人影が割り込んでくる。
ガキィンッ!!
開いたハサミに剣を押し付け、ルーシャがシザーズの動きを止めた。
「他の奴が来る! 避けろ!!」
「……!!」
ぐるぐると辺りを漂うものが、次々にロアンへ飛んでくるが、ロアンは取り乱すこと無く、一体一体攻撃を捌き剣で弾いている。
……この子、剣の型はあまり見たことないものだ。でも、強い。
おそらく、同じくらいの年頃の子供……いや、その辺の並の大人の退治員よりも戦えるんじゃないのか?
ルーシャから見て、この少年は戦い慣れていた。
ロアンは廃墟の教会で、送り込まれる悪魔を倒すのが役目だったようだが、もしかするとそれは、そう無茶な判断ではないかもしれないのだ。
……それでも、何かあったらどうする。何考えてんだこの子の『ははうえ』ってのは!?
ロアンに飛ばされたシザーズは、ふらふらと浮かびながら間合いを取り始め、ルーシャとロアンは徐々に囲まれていった。
ルーシャはハサミのシザーズを蹴り飛ばし、ロアンの背後を塞ぐように立つ。
「シザーズは…………あの武器そのものが『本体』だ。武器を粉々に破壊するか、法術で魔力を消せばいい……」
「ほう、じゅつ?」
シザーズは不規則な動きで各々で更新してくるが、弾く度に包囲が狭まっていく。
「ほうじゅつ……『ルーイ』がつかう、おなじの?」
「え? ルーイ……って?」
釘のシザーズを真っ二つにへし折ったところで、ロアンがルーシャに話し掛けてきた。
「ルーイ…………せいれいと、なかよし」
「精霊……『精霊使い』か!」
ルーシャの頭の中に、精霊の泥人形や町で見たヒヨコ型の小妖精が過っていく。
聖力を素とするのは精霊も法力も同じである。
「……ほうじゅつ、できる?」
「できる。時間を稼…………いや、あいつらを引き付けていられるか?」
「…………できる」
ルーシャは一瞬、ロアンが口の端を上げたように見えた。
二人は顔を見合わせると、出入り口でも祭壇でもない、壁の方のシザーズに揃って攻撃をしかける。
「どけ……!!」
「あっちへ行けっ!!」
向かった方向にいたシザーズを弾き飛ばし、壁の近くを陣取るとルーシャは宝剣を床に立て、意識を集中させ始めた。
ロアンはルーシャの前に立ち、大鉈のような大剣を担ぐように構える。
シザーズは壁際に移動したルーシャたちを、自分たちが追い込んだと思ったのか、勢いよく襲い掛かってきた。
二人で数体を何度も弾くが、相手の本体は金属がほとんどであり、先ほどロアンに折られた釘のシザーズも先端が復活して参戦している。
「じかん……どの、くらい?」
「三……二分……いや、一分だけ踏ん張れ」
「…………わかった!」
ガスッ!!
ロアンは担いでいる大剣を床に突き刺し手放す。
「っ!? お前……何やって……!?」
「だい、じょうぶ。とめる……」
ロアンが両手を軽く上げると、黒い靄が発生した。その中に手を突っ込むと、次の瞬間には大振りのダガーナイフが二本握られている。
「……『モア』! いくよ……!!」
ロアンが正面のシザーズたちに走る際に、何かを呼ぶように声を掛けた。
ガリガリガリガリガリ……!!
なんと、床に刺された大剣が、床石を割りながらロアンを追い掛けて移動している。
――――知性の剣!?
大剣はある程度、床を進むとフワリと浮いてロアンの頭の上で静止した。
「モア、うえのヤツ……おとせ!」
大剣の『モア』は回転しながらシザーズの群れへ突っ込んで、何体かをロアンがいるところへ叩き落としている。
ロアンが持っていた大剣は、言ってしまえばシザーズと同じであるが、こちらも『悪魔』ではなく『精霊』だろうと思われた。
シザーズは物質系の悪魔である。
人間の負の感情が道具などに長い年月を掛けて染み付き、魔力を得て悪魔化したものだ。
よって、これらは人間を襲うことを本能にしている。
対して、ロアンの大剣が精霊憑きであると、逆に人間の手伝いをする魔法道具のようなものになるのだ。
――――そういえば、精霊使いが仲間にいるみたいだしな……。
ロアンが『ルーイ』と呼んでいた人物がそうだろう。相当な法力を持つに違いないと、ルーシャは考える。もし、敵ではないのなら連盟に欲しい人材だ。
ロアンと精霊の大剣が暴れているためか、シザーズがルーシャの方へ来なくなった。
ルーシャは息を整え、宝剣を顔の前に立てて構える。
目を閉じて剣の柄に意識を集中し始めると、そこから法術の言葉を紡ぐ。
「『汝、我の力の道標なり。悪しき暗闇より道を探し、汝が咆哮、愚者を祓い光の道を指し示せ』!」
これは聖書の福音ではなく『宝剣レイシア』の法術を発動させる“詩”である。
詩が終ると同時に、刀身を包んでいた淡い光が強くなっていく。光が聖堂全体を照らすくらいになって、ルーシャは目を開いた。
「ロアン、下がれ!! リィケは伏せろ!!」
ルーシャは後ろに振りかぶった宝剣を、思いっきり前方へ振り抜いた。
手伝いも出来ず、聖堂の主祭壇の近くに倒れていた机の陰に隠れながら、リィケはルーシャとロアンの戦う様子を見ているしかなかった。
「はぁぁ~~…………」
リィケは小さく座って丸まりながら、大きなため息をついた。
僕……何やってんだろ……。
目の前の光景を見る度に、ロアンの方がルーシャのパートナーに見えてくる。リィケの目から見ても、ロアンはずいぶん戦い慣れしているようだ。
それに、ロアンは自分よりも【サウザンドセンス】について詳しいかもしれない……。
後で話をしてみようとは思ったが、リィケはルーシャが自分を置いて、ロアンと共闘したことに少し複雑な気分になってしまう。
よく考えてみればルーシャはあの若さで、連盟の退治員の最も上のSランクだった。しかもそれは五年前。
復帰したばかりでランクはひとつ下のAになるそうだが、年齢と実力的に見て、すぐにでも十分Sランクに戻れるだろう。
しかし、今現在のパートナーはリィケで見習いのDランクである。新人を育てるという名目もあり、入ってくる仕事はAランク相当よりも下になるのだ。
僕じゃ、ルーシャの足を引っ張ってしまう。
「ロアン、下がれ!! リィケはもう一回、伏せろ!!」
ドォオオオオッ!!
「うわっ!?」
発生したものすごい光の爆発に、空気が震えるような感覚が伝わる。
リィケは机に顔を隠し目を瞑った。
しかし、すぐに顔を上げて状況を確認しようとする。
聖堂は全体に、ルーシャが放った法術の光に溢れていた。
「わ……真っ白で何も見えないや…………でも、よく見ればなんとか……」
普通の人間なら、目が眩んで目蓋を開けてはいられないだろう。
リィケはこの人形の身体に慣れている。痛覚は無いし、もしかしたら、光で目をやられることも無いのかもしれないと考えたのだ。
思った通り、リィケはこの光量の中でも全体の状況が見渡せた。
今の僕はルーシャの足を引っ張っているかもしれない。
でも、沢山色々なことを覚えれば、僕だって見習いじゃなくなるんだ!
今までがそうだった。
魂だけで水晶に収まっていた時も、何とか自分の意思を伝えようともがいたこともある。
人形の身体が何日も巧く使えない時も、根気よく指の一本から少しずつ動かしていった。
退治員になる時も、本当はルーシャと同じ剣士になりたかった。しかし、接近戦で戦えるほどの技量はすぐに身に付かず、結局与えられたのは、遠距離で攻撃もできる銃だった。
これだって、一朝一夕でできるわけもないので、リィケは未だに苦戦している。
それでも諦めるわけにはいかない。
母親と祖父母たちを殺した悪魔を、リィケは捜さなければならないからだ。
『復讐で我を忘れることなく、聖職者として向き合うこと』これを忘れないように――――。
出張に行く前に、支部長とラナロアに念を押された。
もう、街道の時のような無茶はしないと、みんなに約束してきたのだ。
大丈夫、落ち着いて……退治の実戦を…………
「…………何故、彼がここに……?」
「え?」
だんだん収束してきた光の中、聖堂の主祭壇の方から声がした。つまり、リィケのすぐ側である。
リィケが振り仰ぐと、そこに立っていたのはひとりの男性と思われる人物だった。
長身で黒く長い髪が無造作に腰まで伸びていて、長い木の杖を持ち、服装はこの辺ではあまり見ない布を巻いた民族衣装のようなもの。
しかし、男の特徴で一番目立つのは、顔の上半分を覆い隠す『狼の面』だった。
「そんな……魔王殺しが来ているとは……」
狼の面の男性は茫然と呟いている。
「…………誰?」
「っ……!」
思わず声を出してしまったリィケを、男性はハッとした様子で見下ろす。
パチリ。リィケと男性の視線が合った。
「…………これは……まずい」
「え?」
男性が言った瞬間、聖堂の光は収まりシザーズは消えている。床にはその残骸と思われる、鉄製の古いハサミやカミソリが転がっていた。
遠くの壁際でルーシャが息をついて顔を上げる。
ロアンも大剣とダガーをその辺の床や机に突き立て、リィケの方を振り向いた。
「終わっ…………リィケ!?」
「あ…………ルーイ……!」
ルーシャとロアンが同時に声をあげる。
二人がリィケの方に向いた、その時、
「なんだ……随分騒がしいものよ……」
低い厳かな声が響き、主祭壇の正面、この聖堂の中心から人影が立ち上がった。
「「え…………?」」
「「あ……!!」」
ルーシャとリィケが戸惑いを、ロアンと男性がしまったと言うような雰囲気をそれぞれが醸し出す。
大聖堂の真ん中に女性が立っている。
その足下には、たった今、息の根を止められたであろう『悪魔』が大量の血を流し倒れていた。