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ルーシャとリィケ

 それは二日ほど前のことである。


 ルーシャが仕事を終えて、自宅のあるトーラストの街へ戻ったのは、夜もだいぶ更けた頃であった。

 自宅は大通りに面してはいるが、周りは店舗も無く住宅ばかりのため、この時間はすでに人の通りは殆ど無い。


 ふと、自宅の前、門のところに誰かが立っているのに気付いて、ルーシャは薄暗い中で目を凝らした。


「…………君は……」

「こんばんは……」


 ルーシャの顔を見た途端、近くまで慌てて駆け寄ってくる。


 門柱にもたれ掛かっていたのは、最近ルーシャの働く店に来る少年だった。まだ幼い顔立ちのこの子は、子供好きの店長であるハンナにすっかり気に入られ、来店すれば名前で呼ばれている。


「確か……リィケって名前だったか?」

「はいっ! そうです!」


 パァッと、周りに花が咲きそうな勢いで、リィケは心底嬉しそうな笑顔をルーシャに見せた。その顔は見掛けの年より、ずっと幼く素直に見える。


「……何でオレの家の前に…………?」

「その……あの…………僕の家も……この街で……」


 働いている宿場町は、この街から馬車で小一時間掛かる。しかも一店員にすぎず、あまり話したこともないルーシャの家を、何故この子が知っているのか? 


 ルーシャはあまりの少年の不審さに、思わず眉間にシワを寄せた。無意識にリィケに向ける視線も鋭くなる。


「………………何の用だ?」

「………………それは……」


 一瞬、リィケが今にも泣きそうな顔をした。しかし、一度下を向いて直ぐに、思い切りルーシャの顔を振り仰いだ。



「僕はっ……【聖職者連盟】トーラスト支部『退治課』に、一ヶ月前から所属しています! どうか、僕のパートナーになってください!!」


 リィケは息継ぎもせずに一気に叫んだようだ。言ったと同時に頭を下げ、緊張のためかプルプルと小刻みに震えている。


 聖職者連盟…………退治課……。

 それはルーシャが五年前に離れたものだ。


 その単語がリィケの口から出たことで、ルーシャは全てを理解する。つまり、リィケはルーシャを連盟に復帰させ仕事の相方にする、その為だけにわざわざ店まで通ってきていたのだ。


「…………………………断る」


 ルーシャが即答すると、リィケは再び顔をあげて、じぃっと、ルーシャを見詰めてくる。哀願するような表情だが、そんなリィケの顔をルーシャは睨み付けた。

 しかしリィケは、そんなルーシャの様子にも怯まずに口を開く。


「あの…………あなたは【魔王殺し(サタンブレイカー)】と言われた、Sランクの退治員だと聞きました……! 僕はどうしても、あなたと仕事がしたいんです!!」


魔王殺し(サタンブレイカー)

 五年前まで、ルーシャはこの名で呼ばれた、Sランクの退治員だった。


『退治課』の退治員は経験や戦闘力など、あらゆる能力を総合して上から、S、A、B、C、Dとランク分けをされる。それによって、連盟に来た悪魔退治の依頼を受けることができるのだ。


 新人退治員はDランクという位置付けだ。

 Dランクはひとりで仕事を請け負うことも出来ず、必ずBランク以上の退治員をパートナーにしなければならない。


 こんな子供が、五年も前にいた退治員を選ぶのはおかしいのではないか?

 きっと、連盟がルーシャを復帰させるために、新人の子供に余計な入れ知恵をしたのかもしれない。


 ルーシャはますます険しい顔をしてリィケに向き合う。


「誰からオレの事を聞いたかは分からないが…………断ると言っている。残念だが、オレは昔馴染みの説得でも断っている。店に通って、顔見知りになれば“情”で落とせるとでも思ったのか?」


「……………………」


 ここで二人の間に妙な沈黙が流れた。


「え…………? ………………じょ……う?」

「………………ん?」


 突き放すために敢えて冷たく言い放ったルーシャだが、リィケがあまりにも()()()()とした表情をするので、一瞬だけ冷酷さを殺がれてしまった。


「と……とにかく、オレは退治員に戻るつもりはないから、わざわざ宿場町の店にも来るな。早く仕事がしたいのなら、在籍している退治員をパートナーにすればいいだろ」

「…………あ……」


 背を向けて家の門を開ける。


「もう、オレに関わらないでくれ。じゃあな……」


 ルーシャが門をくぐろうとした、その時。


「まっ……待って!! ――――“お父さん”!!」

「――――え?」


 リィケが()()叫んで、ルーシャの服を掴んだ。

 驚いて思わず振り返ったルーシャと、正面から向き合う。


 深い緑色のリィケの目が大きく見開かれていた。


「あ……ごめんなさい……」

「いや……」


 子供がよくやる言い間違いだろう。

 ルーシャがそう思って再び家に入ろうとしたが、リィケが服の裾を掴んだまま放そうとしない。リィケは黙って掴んでいる手にさらに力を込めた。


「すまないが、放してく……」

「僕は…………だ……」

「え?」


 何かを呟くと、ルーシャの目を真っ直ぐ見詰める。


「僕は、ルーシャの……お父さんの子どもだ!!」


「なっ…………!!」


 何を言われたのか頭が追い付かず、ルーシャはリィケの顔を見ながら硬直した。


「何を…………」


 今、一体、リィケは何を言った……?

 ルーシャは口を開くが言葉が上手く出てこない。


「僕の名前は『リィリアルド・ケッセル』。母親の名前は『レイラ』、父親は『ルーシアルド』。僕は…………ルーシャ、あなたの子どもだ!!」



 ザァアアアアア…………。


 ルーシャは、自分の体の血が冷えていく音を聞いた気がした。


『レイラ』……その名は紛れもなく、五年前に死んだルーシャの妻の名前である。

 それにルーシャの本名は『ルーシアルド』である。



「僕は、お母さんの仇をとるために…………悪魔を倒すために、退治員になったんだ!!」



 五年前、公式に発表された家族の死因は、『ガス灯の不燃による事故死』ということにされていた。


『悪魔によって殺害されたおそれがある』

 これはルーシャに近い身内の、極々少数の人間しか知らない情報だった。まさか、こんな新人の子供が知っていて良いはずはない。



「だから、お父さん。僕と一緒に――――」


「…………帰れ!!」


 ルーシャは服を掴んでいたリィケの手を振り払う。

 青ざめた顔は焦りを含み、声は自然と荒くなっている。


「家族の…………妻とその両親は死んだ。悪魔と思われる者にズタズタにされてな。子どもは()()()も残ってなかった……!」


「それは…………」


「その事情を知って言うのなら悪趣味だ……!! 例え子供の言う冗談だとしても、オレは本気で怒るからな……!!」


「ルーシャ…………本当に僕は……」


「もう店に来るな……! 何度、説得に来てもオレは退治員に戻る気はないし、誰かとパートナーを組む気もない……!!」



 周りに響くような大声ではないのに、声はリィケをその場に縫い付けた。殺気も含まれているのだろう、『動けば命がない』と思ってしまうほどだった。


 しかし、その殺気は邪悪なものではない。むしろ『浄化される』と感じるほど、光を称える法力【聖力】で押さえ付けられる。


 もし、ルーシャがこの殺気に法力を混ぜて悪魔に向ければ、下級悪魔程度なら、これだけで魔力を四散させて消せるのではないか?


 リィケは睨み付けるルーシャから、目を離すことができなかった。


 法力は魔力とは対照的なものであり、魔力の塊でできている悪魔は、聖職者や法術師の持つ法力によって倒すことができるのだ。


 ルーシャは明らかに、まだ退治員としての力を持っている。復帰すれば、すぐにでも戦えるくらいに。



「……………………」


 ルーシャはリィケに背を向け、無言で家の中に入っていった。


 声を掛けることもできないリィケは、しばらくその場に立ち尽くして、開くことのない家のドアを見詰めていた。







 ルーシャは玄関に入ると直ぐに、床に倒れるように座りドアにもたれ掛かった。


「……何なんだよ…………あいつは……」


 深く息を吐いて片手で顔を覆う。

 悪質な冗談だと呟く。


 しかし、ルーシャは自分にすがり付き、真っ直ぐ見詰めてきたリィケ眼が、とても冗談を言っているように見えなかった。


 真剣な濃い緑色(ビリジャン)の瞳。


「あ………………」


 そこで気付いた。


 リィケの瞳の色が、死んだ妻のレイラと同じことに。



 そこから時間がだいぶ経ち、ルーシャはやっとドアの前から立ち上がった。


 目の前には暗い廊下が続く。

 夜にこの奥の部屋へ行くことは殆どない。



 ルーシャは玄関の壁の一角に手をかざし灯りを点ける。

 この家にはガス灯はない。代わりに有るのは『法力灯』と呼ばれる、法術用の魔法陣を使って灯りを灯す装置だ。


 この五年、灯りを灯すだけで虚しくなる。

 真実を隠す言い訳は、安っぽい嘘だと思い知らされるからだ。



 ――――お父さん!!


 ルーシャはあの言葉を聞いた時、怒りよりも先に泣きたいような気分になった。


 本当ならばこの家に帰ってくれば、毎日でも聞くことができる言葉だったのだから。



 冗談でも言うな。

 頼むから、もう来ないでくれ。



 あれだけ脅して断れば、さすがにリィケはもう来ない。と、ルーシャは思っていた。



 ――――しかし。


 翌日は休日でさらに次の日、ルーシャが店で薪割りをしていると、リィケは何事もなく店に来た。


 邪険に扱えばハンナに怒られ、無愛想にしてもリィケはそんなルーシャでさえ、キラキラと見詰めてくる。


 その様子に、嫌な予感が止まらないルーシャだった。





 そしてまた翌日。

 リィケが家に訪ねて来てから三日後。


「…………………………」


 早朝、ルーシャは出勤するため玄関を出たところで、無言で頭を抱えた。



「ルーシャ~~! おはよう~!」


 門の格子越しに呑気な声が飛び込んでくる。



 朝日に照らされた景色の中、リィケが満面の笑みで手を振っていた。


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