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守護者と招かれざる者

「ルーシャ!」


 リィケはひしめく泥人形(マッドマン)の隙間から、ルーシャの姿を必死に探した。しかし、複数体が重なり壁のように並んでいるせいで、背の小さいリィケではまったく向こう側が見えない。


 何故か泥人形(マッドマン)はリィケには目もくれず、ルーシャしか攻撃の対象にしていないようだった。


 おそらく、ルーシャは善戦していると思うが、法術が効かないうえにこの数では層を破るのに時間が掛かるだろう。



「ルーシャ……どうしよう……。そうだ、僕も援護くらいは……」



 援護といっても、リィケの銃の弾は撃ち尽くし、予備を装填しても同じ退魔弾では意味がない。

 リィケはその辺に落ちている、机やイスの少し大きめ木端を探し両手で握る。


 少しでも、僕に引き付けてルーシャの負担を減らす!


 覚悟を決めて泥人形(マッドマン)の背中……と思われる部分へ狙いを定めて振り上げた。


「このっ、…………うわ!!」

「………………」


 バシィッ!! ガランガラン!


 振り上げた瞬間、横からロアンがリィケの腕を掴み、棒を叩き落とした。


 敵の武器を取り上げる手付きが鮮やかで、さらにロアンは見た目以上に力がある。リィケの掴まれている方の腕には五感の訓練でしか知らない『痛覚』が走った。


「い、『痛い』……放して! 何で止めるの!?」

「だめ…………あれ、せいれい。こうげきすると、リィケまで、おこられるよ?」


 精霊。リィケも悪魔退治の勉強ほどではないが、法術の訓練の時に基本的な知識として『精霊学』の本を少しだけ読んだことがある。


 彼らは怒らせさえしなければ、積極的に人間を襲うことはしなかったはずなのではなかったか?



「精霊……? 待ってよ、何でルーシャに攻撃するの!? ルーシャ、精霊怒らせてないよ!」


 今、この場において、先制攻撃を仕掛けているのは泥人形(マッドマン)の方である。


「……………………」


 ロアンはピクリと微かに眉を動かすが、表情はほとんど変わらず無言でリィケを見ていた。そして片手を胸の辺りまで上げる。


「せいれいは、おこってない」

「え……?」


 パリッ……!


 小さな音がして、細く赤い稲妻のような光が、ロアンの片腕に集まっていく。ロアンはその腕を近くにいた泥人形(マッドマン)に押し付けた。


「ボク……が、おこってる……」

「えっ……!?」


 バリバリバリッ!


 腕から赤い稲妻が泥人形(マッドマン)へ伝わっていく。あっという間に光は一体まるごとを包んだ。


『オォオオ…………ギャアアアアッ!!』


『『『ギャアアアアッ!!』』』


 一体が叫び声をあげた途端、他の個体が応えるように同じ叫びをあげる。




「うっ……」


 泥人形(マッドマン)に囲まれていたルーシャは、思わず耳を押さえた。つんざくような声はビリビリと大聖堂の中で反響し、これだけでも精神的に負担になるようだった。


「急に何が……? リィケ! 大丈夫か!?」


 ルーシャも負けじと叫ぶが、ひとりの声などすぐにかき消されてしまう。


「どうなっているんだ……!?」


 目の前の泥人形(マッドマン)が全て震えている。

 ぶよぶよと広がっていた泥が、その個体の中心へと収縮されていくように見えた。




『アアアアアァ……』



 徐々に叫びが収まると、泥人形(マッドマン)の姿に異変が起きていた。


 今までぐにゃぐにゃとした泥の塊が、完全に人型に変化していたのだ。


 姿はどの個体もぴったり同じである。

 体長はルーシャよりも高く、細いが筋肉質の体に異様に長い手足が付いている。そして何より目立つのは、顔の部分に張り付いた白い“仮面”。


 全ての泥人形(マッドマン)が同じ“仮面”を着けている。




「何が起こった……?」


『『『……………………』』』


 まるで人間の軍隊のように、泥人形(マッドマン)がルーシャの前に整列し、一度ピタリと動きを止めた。



「みんな…………」


 泥人形(マッドマン)の後ろでロアンはリィケの傍らに立ち、再びルーシャを指差した。


「あいつを、きょうかいから、()()……!!」


『『『オァアアアアアッ!!』』』


 ロアンの声で一斉に泥人形(マッドマン)がルーシャに向かってくる。


 ――――速いっ!?


 最初の緩慢な動きとはまるで違う。


 先ほどまでは床にベタリと張り付き這っていたものが、二本足で飛び掛かってくるのだ。しかも、両手の先端が槍のように鋭く、それを交互に複数の個体が代わる代わる突き刺してきた。


「くっ……! うわっ!」


 ルーシャは剣で攻撃を弾いたり流したりしながらも、隙を見て泥人形(マッドマン)を蹴り飛ばす。しかし数が多く完全に倒しきれないうちに、次々と順番に攻撃されてジリジリと後ろへ押しやられてしまっていた。


 どうやら泥人形(マッドマン)たちは、ルーシャを本気で殺す気はないようだが、ルーシャ一人だけを教会の建物から追い出そうとしている。


 攻撃の合間にルーシャが顔を上げると、泥人形(マッドマン)の隙間からリィケの腕を掴んで放さないロアンが見えた。



 くそっ……リィケは置いて行けってことか!?



【サウザンドセンス】同士はお互いに能力者だと判るという。さっきリィケもロアンが能力者だと言っていた。つまり、ロアンにもリィケが能力者だと判られている。


 街道のベルフェゴールといい、そこの少年といい、リィケが【サウザンドセンス】だから狙われてしまうのか。


 ルーシャが思う以上に、リィケを取り巻く環境は厳しいということなのだろう。


「リィケっ!!」


 ルーシャは思わず叫んだ。






「ルーシャ! ロアン、やめて! 僕たち戦いたくないし、何もしてない!!」


 リィケはロアンの腕を掴む。訳が分からずロアンに怒るように詰め寄った。

 少しだけ、ロアンはリィケを驚いたように見て首を傾げる。



「じゃあ…………なんで……?」

「え?」

「あいつがなんで、リィケの……しゅごしゃ……なの?」

「しゅごしゃ……って……」


 もしかして……ロアン、何か勘違いしてる……?


『しゅごしゃ』とは『保護者』ではないのか。


「しゅごしゃ……リィケをまもるヒト……だよ?」

「そうだよ、でも守護者なんて呼ばない。ルーシャは僕のお父さんだよ!!」

「おとう、さん……?」


 首を傾げたまま、ロアンは分かりやすく()()()()とした。


「しゅごしゃ、じゃない……? おとうさん……おとうさん……?」


 そしてまた、ぶつぶつと『おとうさん』と呟いている。


「『ほんとう』の、おとうさん?」

「うん」

「『ほんもの』?」

「…………うん」


 何かさっきも似たような感じが…………。

『ほんとう』は『ほんもの』と同じ……だよね?


 さっきは『保護者』と『守護者』だった。

 これは、返事の仕方を間違えたら大変なことになる気がする。


「僕の、本物の、お父さん、だよ!」

「……………………」


 ロアンは眉間にシワを寄せて、やはり首を傾げていた。






 後退(さが)るまいと必死のルーシャだったが、目の前で繰り広げられていた泥人形(マッドマン)の攻撃が急にピタリと止んだ。


「…………なんだ?」


 ルーシャは視線と剣を泥人形(マッドマン)に向けたまま、そろそろと後ろに回り込み、リィケの元へ駆け寄る。


 そこでは何やら悩んだ顔をしたロアンと、それを見て何をして良いのか? と思いあぐねているようなリィケが立っていた。


「何が……あったんだ?」

「あ、お父さん! えーと、何かロアンが考え込んじゃって……」

「…………なるほど……」


 泥人形(マッドマン)はロアンが操っていたというよりは、どういう原理かロアンの感情で動いているようだ。

 そのロアンが怒りを忘れて考え込んでいるため、泥人形(マッドマン)は動きを止めた……ということだろう。




「えっと……ロアン……くん? ちょっといいかな?」


 ルーシャは宝剣を下に置き、ロアンの目線より下に自分の顔がくるように、床に片膝を突いた。何かあれば立ち上がれる体勢ではあるが、極力警戒心を持たれないように努力しようとする。


「オレは、ここで戦いたくないし、リィケとも離れると困るんだ。まず、何でオレに怒っていたのか、聞いてもいいかな?」


「……………………」


 ルーシャがロアンを正面から見ながらゆっくり話す。

 ロアンはやはり無表情だが、先ほどよりは落ち着いているようだった。


「リィケと……ここにきたから、ふたりとも“のうりょくしゃ”だとおもった。でも……ちがう。だから、にせもの」


「「……………………」」


 ルーシャは【サウザンドセンス】ではない。

 どうやらロアンは見ただけで、能力者を判断できるようだ。



「…………“ははうえ”にいわれて、きたとおもったの。ここは“のうりょくしゃ”がくるところ」


 “ははうえ”……“母上”か。

 “のうりょくしゃ”とは【サウザンドセンス】のことだろうか。


「ここは、何なの……?」


 リィケがロアンの手を取って聞く。


「ここ……は……『ディメンション』の、ちからがつくった……“まばたき、ひとつ、ずれたせかい”…………だって、きいた」



『ディメンション』の神の欠片(ちから)が創った。

 瞬きひとつ、ずれた世界…………?


 ぽつぽつと話すロアンの言葉を、ルーシャは頭の中で練り直した。



「つまり……異界みたいなものか……?」

「異界……?」




 この世界には並列に存在し、互いに稀にしか干渉しない世界が幾つかある。代表的なものは大きく分けて三種類。



 悪魔が多く生息する『魔界』

 魔力が濃く、瘴気に溢れた世界であり、人間は生きることができないと云われている。【魔王】の本体もここに存在する。

 夜になると、一部が繋がる場所があるという伝説もあるが、未だにその場所は確認されていない。




 精霊が多く生息する『霊界』

 聖力が多く、精霊の本領が発揮できる天然物質が溢れた世界。

 自然界に繋がる場合があり、人間が時折迷い込むが無事に帰れる保証はない。行った者の多くは極端な聖力に晒されて、自分の罪を恐れてすごす廃人になると云われている。




 人間が多く生活する『人間界』

 ルーシャとリィケが住んでいる人間の文明世界。



「ここは人間界の一部ってところか……」


 現実にそっくりの廃墟の町並み。

 干渉の度合いが高いほど、どの世界に属しているのか分かる。


 だが、町を丸々写すほどの力は、魔法だったらとてつもないのだ。『神の欠片』はそこまでの力なのかと、ルーシャは内心ヒヤリとしたものを感じる。


 そうなると……リィケの『神の欠片』のひとつは【ディメンション】というものになるな……。




「……ロアンはここで何をしてたの? 僕たちはどうやって帰ればいいの?」


 リィケが不安そうに尋ねた。


「…………ははうえが、おかえりっていうまで」

「うん、それはどうすればいい?」


「あくま、たおせばいい。()()()()()()()()()


「「うん?」」


 ――――悪魔、倒せば…………守護者の役目


 ルーシャとリィケは同時に嫌な予感がして、お互いに顔を見合わせる。


「ねぇ……? 悪魔って…………」

「何処に…………」


 二人はゆっくり後ろを振り返ると、立ち尽くしたままの泥人形(マッドマン)がいた。


「あれは精霊だから……悪魔とは違う……な?」

「そう……だよね? あはは……」


 ルーシャたちは顔をひきつらせて笑う。


 その時、泥人形(マッドマン)の更に背後から黒い(もや)が発生し始め……


『グギャアアアアアッ!!』


 廃墟の大聖堂に、別の何かの叫びが響いた。


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きしかわせひろの作品
Thousand Sense〈サウザンドセンス〉

不死<しなず>の黙示録
― 新着の感想 ―
[一言] 瞬きひとつ、ずれた世界という表現、カッコイイですね( ˘ω˘ )
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