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廃墟の教会

 ……やっぱり、別行動をするべきじゃなかった。


 ルーシャはその時、リィケが撃ったと思われる弾丸の残骸を握り締めて通りを走っていた。


 すると町のあちこちで、連盟の僧侶が住民に囲まれている現場に出会す。



「ちょっと! 悪魔が町に居たって本当なの!?」

「結界は大丈夫なのか!? 早く教会に避難させてくれ!」


「落ち着いてください! 今のところ、他に悪魔は確認されていません! 教会は祭事の期間中の出入りはできないことになっています!」


「非常時に何言っているんだ!」

「家ごと襲われたらどうする!?」



『悪魔が出た』という状況に町の一般人は、状況の説明をして回るクラストの僧侶たちに詰め寄っている。

 実際には悪魔ではなく精霊だったのだが、普通の人間から見れば、被害はなくても脅威になる点では同じようなものだろう。



 時々、通りを急いでいるルーシャも、状況を説明してくれと住民に捕まった。

 とりあえず、自分がクラストの僧侶ではないことと、退治員として見回っていることを説明し、安全が確認できるまで自宅に待機すること勧める。


 住民は不安そうな表情をするが、ルーシャがニコリとして「大丈夫だ」と諭すと大人しく帰っていく。


 要は説明の仕方なのだと、ルーシャは思った。

 古い教会のプライド故か、どうもクラストの僧侶たちは、住民に対して尊大な態度をとっているように見える。


 ルーシャが住民と話している時も、視界の隅にチラチラと睨んでくる僧侶が多い気がしたのだ。


 説明だって一方的にするだけで、後はつっけんどんに帰宅するように『命令』している。



 クラストはこんな時でも祭が優先で、教会を避難場所に解放しない。

 通常は悪魔関連の非常事態が起きた場合、どこの町でも教会を避難所にするはずなのだ。



 おかしいと思いながらも、ルーシャはリィケを探すことを優先させた。


 もしも、リィケが交戦したなら、姿が見えないことから『敗北』か『逃走』が普通だろう。



 あの裏路地にいなかったなら、どこかへ連れていかれた?

 でも、逃げて隠れていることも考えられる……。



 弾を見付けてから反対側の路地も探して、目立つ通りは一周したつもりだった。他の通行人にも、リィケらしき子供が通ったか聞いてみたが、これといった情報は得られない。


 結局、ルーシャは泥人形(マッドマン)を倒した場所まで戻ってきてしまった。



「……どこに行ったんだよ……リィケ」


 一度、教会の前まで戻るか……?

 逃げてきて、広場のところにでも待機していてくれればいいけど……。



 そう思い、教会のある方向へ進もうとしたとき、通りの真ん中にぼんやりと何かが見えた。


「ん……なんだあれ……?」


 思わず声をあげてしまう。



 最初見た感じは煙の塊が動いていたように思えた。

 しかし、じっと見ていると、その形がだんだん人に思えてくる。それが近付いてルーシャの前を通り過ぎた時、今度はハッキリと姿が判るようになった。


「…………え? あ!! リィケ!?」


 半分透けてはいたが、それはリィケ姿だった。

 ルーシャに気付かず、真っ直ぐに教会の方へと走っていく。


「リィケ! どこ行くんだ!?」


 その後ろ姿はあまりにも自然で死霊には見えない。


 幻か?

 それとも罠?


 リィケの姿がスッと消え、見失ったルーシャはキョロキョロと辺りを見回しながら、それでも止まらずに通りをはしった。




 教会が見えてくると、建物の前では他の僧侶たちが入り口を塞ぐように立ち、逃げてきた住民と口論になっている。


「開けてくれよ! 悪魔がまだいるかもしれないだろ!!」

「せめて年寄りや子供だけでも避難させろ!」

「あんたら、聖職者だろ? 何で町の中を見に行ってくれないんだ!?」

「聖水の配布くらいしないのか!?」


 騒ぎを知って、真っ先に来た住民だろう。不安と焦りのせいか、攻撃的な言動を僧侶たちに向けている。



「ここは今、誰であろうと立ち入り禁止です! 大司祭様が式典の準備をなさっております! お静かにお願いします!!」


 静かにしろと言う割には、僧侶たちは大声で住民を抑えていた。



「……あれじゃ、しばらく近寄れないな」


 リィケなら、あの人だかりに近寄らず、その辺で座っていそうだ。


 ルーシャが腕組みをして教会の騒ぎを立ち見していると、今度はすぐ横からリィケの姿が飛び出してきた。

 慌てて捕まえようとしたが、透けている見た目通り手はすり抜け、リィケは教会の入り口に走っていく。


 やはり見えていないのだろう。リィケは人々を抜けて入り口にたどり着き少し考えるような仕草をしながら、扉など無いように入っていった。


「…………これ、どうすれば?」


 ルーシャは途方に暮れる。


 幻のようなリィケは何なのか?

 だが、手掛かりが他にない。


 ――――仕方ない。教会の中に入るか……。


 司祭だと言えば入れてくれないだろうか。

 しかし、ルーシャたちを追い出した僧侶の態度を思い出すと、なかなか難しいかもしれない。


 迷いながらも、ルーシャはリィケが踏んだ石畳をなぞるように教会に近付いた。


 その時、


『……君は……何……?』


 はっきりとリィケの声が教会の方から聞こえた。


 大きな声ではない、誰かと話しているような緊迫した声だ。



「リィ…………うっ!?」


 一瞬、ルーシャの目の前が真っ白になり、思わず目を閉じる。目眩に似た感覚があったが、ルーシャはすぐに目を開けた。



「…………………………え?」


 自分が立っている場所を理解するのに、瞬きを何回したのか分からない。



 あんなに騒いでいた教会の前には誰もいない。

 見える範囲、全ての建物が崩れて草に被われている。


 そこはたった数秒で廃墟と化していた。


 まるで、一気に何十年も経ったように――――。




「どうなって……いるんだ……?」


 ルーシャは呆然と立ち尽くす。


 崩れた建物。

 雑草だらけの歩道。

 扉もなく、苔むした教会。

 無人の町。



 よく見れば、クラストと同じ風景だ。

 きっと…………時間だけが違う。



 ガタガタッ……!


 教会の中から何かが倒れた音がする。



「……っ! リィケ! 居るのか!?」


『ルーシャ!!』


 ルーシャが思わず呼び掛けた声に、すぐにリィケの声で反応が返ってきた。


 声を聞いてすぐ、勢いよく教会の入り口へ飛び込むと、埃だらけの大聖堂の入り口の近くにリィケの姿がある。


 リィケの方もルーシャを確認した。


「リィケ!」

「ルーシャ!! …………うわっ!?」


 ルーシャに飛び付こうとしたリィケだが、体を後ろに引っ張られ羽交い締めをされてしまう。


 黒髪に黒い服の眼帯をした少年が、リィケの腰と首に腕を回して、自分の体にピッタリと引き寄せていた。


「は、放して! ロアン!!」

「………………」


「な……何だ、お前……」


 ルーシャは腰の十字架に手を掛けた。





 無表情のロアンはリィケを抱えたまま、じっとルーシャを見ている。右の赤眼がスゥッと細くなった。


「………………だれ?」


 ロアンは首を傾げてルーシャを指差すと、ぎこちない言葉でリィケに尋ねてくる。しかし、片腕はリィケの肩と首周りを押さえて放さない。


「僕のおと……えっと、僕の保護者のルーシャだよ」


 さすがに『お父さん』とは言わなかったが、リィケは正直に答え、ロアンもちゃんとリィケの話を聞いているようだ。



「ほご、しゃ…………ってなに?」

「え? えーっと…………」


 ロアンの口調はリィケより幼い。

 見た目の年齢は13、4才くらいだが、まるで物心がついたばかりの子供が喋っているようで、リィケの方がずっと年上に聞こえるだろう。


 あの子……人間だよな?

 悪魔や精霊に憑かれているようにも見えないし……。


 ルーシャは十字架から手を放して二人を見守った。


 意思の疎通ができるのならば敵意なく接すればいい。

 ロアンの様子から、どうやらリィケには悪い気を持っていないと思われる。


「保護者は子供を守って、見ていてくれる人だよ」

「まもる……?」

「うん。ルーシャは僕を守ってくれてるの」

「…………まも、る」


「………………」


 少しだけ、ルーシャは耳が痛い。

 さっきまでリィケとは別行動をして見失った挙げ句に、今は何だか面倒な事に巻き込まれている。



「…………ルー……シャ、ほごしゃ……まもる…………ルーシャ……ほごし……まも…………」


 ロアンはリィケを捕まえたまま、ぶつぶつとルーシャの名前や保護者の意味を何度も呟く。



「まも……る、リィケ……の?」

「うん、そうそう。だから大丈夫……」

「ルーシャは、リィケの……『しゅごしゃ』?」

「うん?」



『しゅごしゃ』とは『守護者』だろうか?


 その言葉を発した途端、ロアンの眉間に深いシワが刻まれる。口を固く結び、どんどん表情は固く険しくなっていった。


「……………………ちがう」


 ロアンが顔を上げ、ルーシャを睨み付ける。



「おまえ……『しゅごしゃ』じゃない……!!」


「うわっ……!」


 急に放されたリィケは、よろけて壁際へ倒れ込む。


「ル……」

「リィケ!」


 ルーシャがリィケに近付こうとすると、二人の間にロアンが入り片手を上に掲げる。


 ロアンの体から腕に赤い光が弾けた。


「っ…………でていけ!! ()()()()!!」


 吐き捨てるその台詞に、ルーシャは顔をしかめる。


「何を言って……」

「ルーシャ!! 気を付けて! この子【サウザンドセンス】だ!」


 悲鳴に似たリィケの声が、動きを止めたルーシャに届き、慌てて周りの状況に目を向けた。


 暗い床のあちこちが山のように迫り上がり、ロアンのところへ集まり始める。


 ズ……ズル、ズル、ズルズルズルズル!!


『『『オォオオオオオッ!!』』』


「「泥人形(マッドマン)!?」」


 ルーシャとリィケの目の前に急に現れる光景。


 町の中に出たものよりも小さいが十数体の泥人形(マッドマン)が、一斉に大聖堂に唸り声を響かせた。



「くそっ!」


 ルーシャは腰の十字架を素早く抜き、蒼白い光を放つ大剣に変化させる。『宝剣レイシア』はルーシャの法力で出現させるため、すぐにでも悪魔を攻撃できる。


 しかし剣を構えてすぐ、ルーシャは宝剣に流す法力を、刀身を保つ最低限までに抑えた。



「おと……ルーシャ! その悪魔、退魔用の弾が効かなかったんだよ!」


「大丈夫だ! 解ってる!」


 立ちはだかる泥人形(マッドマン)とロアンを挟んで、リィケとルーシャは分断されている。


 ルーシャの後ろには外への出入り口があるが、リィケが奥にいる以上、泥人形(マッドマン)を退けるしかないだろうと思った。



 …………こいつら、やっぱり精霊なのだろうか?


 全てが悪魔であれば宝剣による法術で一掃できるのだが、先ほどと同じように精霊であるのなら、一体ずつ打撃で倒していくしかない。



「リィケ! できるなら、オレの側まで来い!!」


「はいっ!!」


 リィケに目立って害が及んでいない今なら、ルーシャのやることはひとつである。


 相手が悪魔だろうが、精霊だろうが、【サウザンドセンス】だろうが…………やるしかない。


 ルーシャは法術を帯びていない宝剣を、担ぐように振りかぶった。



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きしかわせひろの作品
Thousand Sense〈サウザンドセンス〉

不死<しなず>の黙示録
― 新着の感想 ―
[一言] 泥人形はRPGの敵だったら、凄く厄介そうですねw
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