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影差す町角

 手が……『温かい』……?


 リィケの手の平には普段は絶対感じない、温度と触感が伝わる。まるで、それが当たり前のように、何の違和感も無いのだ。


「まさか、あなたは…………サ……」


 リィケが言いかけた時、ミルズナの背後からこちらに近付く人影が見えた。


「ミルズナ様、こちらにいらしたのですか?」


 よく通る低く落ち着いた男性の声だ。



 背が高くとても姿勢の良い青年が、ミルズナの横に静かに立つ。

 年齢は20歳くらいだろうか。濃い金髪を短く整え、左の耳には小さな金色の十字架のイヤリングをしている。


 服装は上下揃いの濃い茶のベストとパンツで、何も法衣や特殊な服を着ているわけではない。

 しかし見た目の年齢の割には、青年の醸し出す雰囲気が厳格な聖職者を思わせるもので、表情も固く真面目な印象だ。



 リィケが顔を上げると、その人物とパチリと視線が合う。

 青年の深い青色の瞳が、リィケの顔を見た一瞬だけ驚いたように開かれたが、すぐに元に戻った。



 その青年の顔に、リィケは何故か見覚えがあるような気がする。固く無表情だが、不思議と冷たさはない。


「あら、もう時間?」

「はい、今日中に各役職の方への面会が予定されておりますので、スケジュールにはこれ以上の空きはありません」


「そう……名残惜しいですが、仕方ありませんね」


 ミルズナは握っていた手を放すと、リィケににっこりと頬笑む。


「式典が始まる前にまた、お会いしましょう。では、失礼します。()()()()()()

「は、はい……」


 優雅に一礼をして、ミルズナは青年と歩いていった。

 リィケはしばらくボーッとした様子で、二人が歩いていった方向を見つめ続ける。



 そして、ふと我に帰ると、ミルズナの言葉が引っ掛かった。


「僕……本名言ったっけ?」


 リィケの本名はリィリアルドだが、ミルズナには確かに『リィケ』と言ったはずだ。


 僕のこと……知ってた……?


 ミルズナは悪い人間には見えなかった。それに、彼女を呼びに来た青年も気になる。


 何かがリィケの胸の中でザワリと動いた。






 クラストの町は至って普通の町である。


 ひとりで大通りを歩くルーシャは、道行く人や馬車を注意深く見ていた。


 普通の町……でも、何か……?


 教会を出てリィケと別れた後。


 ひとりで歩き始めてから、何かが引っ掛かるのだ。町並みや石で造られた家々や、住民におかしなところはない。


 しかし、ルーシャは居心地が悪くて仕方ない。


 足元から落ち着かない感じがずっとする。

 あちこちから視線を感じる。

 顔に当たる風がヌルッとしているような感覚だ。



 クラストの町は支部こそ無いが、教会はしっかりしているし、町を護る結界にも綻びは無さそうだ。


「………………」


 ルーシャは道の脇へ寄り、人の往来に目を凝らす。


 復帰したばかりの自分の感覚は五年前より鈍ってはいるが、集中すればそれなりに何か感じるかもしれない。


 そう思って意識を眉間の辺りに置く。

 周りの騒音を頭から追い出すように。


「…………」


『クスクス……』


「…………」


『クスクス……クスクス……フフフ……』


 笑い声?


 微かに笑い声がする。

 小さな子供が、悪戯を物陰から観察しているような、含みのある笑い声が。


 目の前を幾人かの子供が走って行くが、そんな笑い方をしているようには思えない。


 ……だとしたら()()だ。


 キョロキョロと辺りを見回して、それなりに大きな木と植え込みを見付けて近寄った。


「すぅ……ふぅ……」


 少し深呼吸をして目を閉じると、ルーシャは植え込みの近くに片手を掲げる。


 僅かな空気の流れを感じ取り、そこから小さな渦をまく塊を探し当て、手のひらで一気にその塊を握った。


「っ……そこだ……!」

『クケェッ!』


 一瞬でパシッと、柔らかな感触と小さな叫び声の主を捕まえる。


 ルーシャの手の中に、スッポリ収まるくらいの丸いヒヨコに黒く細長い手足が付いた、奇妙な生物が暴れていた。よく見ると、背中には透き通った羽まで付いている。


「………………小妖精(ピクシー)か……」

『ピピィッ! クェッ!』



小妖精(ピクシー)】はよくいる、下級の精霊である。


 精霊は悪魔とは正反対の能力の性質を持ち、精霊が多い土地は草花が豊かだということになる。彼らは植物の成長を促し、土地を浄化するからだ。


 さらに精霊は『森羅万象の数だけ精が存在し霊と成す』と、言われており、はっきりした種類や造形は多すぎて把握できていないという。

 特に小妖精(ピクシー)の姿形は、今回ルーシャが捕まえた小動物のようなものから小さな人間に似たものまで様々である。


『ケッ!! ピピピィッッ――――!!』

「あ、ごめん。ほれ、よしよし……」

『ピィィ~~……』


 小さなヒヨコ形の精霊は、捕まったことに怒っていたようだが、ルーシャが人差し指でヒヨコの首のところを、くすぐるように撫でると、機嫌を良くして全身を伸ばしている。



 こういう小動物っぽいの、リィケが好きそうだな……。


 ヒヨコ形精霊は、すっかりルーシャに懐いて手の上でコロコロと遊んでいた。


 こうして精霊は機嫌を取ると、人間にはほとんど攻撃はしてこない。悪魔と違い精霊は、自然の中から聖力を取り込むので、動物や人間に対して襲って生命力を奪うことはしないのだ。


 しかし、今回はひとつだけ問題があった。



「よしよし……」

『チピピピィ~~』


「よし…………」

『ピィィ~!』

『クケェ~!』


「…………よ……し?」

『『『クェッ! ピピィ!』』』

『『『ピピィクェッ!』』』


「……………………」


 ルーシャが一体を捕まえたせいなのか、目の前の植え込みから、同じような小妖精(ピクシー)が十体ほど顔を覗かせている。

 さらに等間隔で並んでいる街路樹と植え込みから、それぞれ同じくらいの数がルーシャを見ている。


 見える範囲で、ざっと百体以上はいるだろうか。


 …………精霊、多すぎだろ。


 秘境ならまだしも、草木が少ない町の中では異常であるのだ。普通なら、物に宿っていない状態の精霊が漂っているのは、町の中ではせいぜい五体くらいだ。



 精霊が多いことは豊かさの象徴である。――――と、一般的には思われているが、実は多すぎるのも危険な時がある。


 本来なら、自然を好む精霊は環境に左右され、人間が多く住む町や集落などにはあまり居着かない。

 それは、そこに住む人間が少しでも悪意を持つと、その負の感情を受けて簡単に聖力を魔力に換えてしまうからだ。


 つまり、下級の精霊は悪魔になることもできる、不安定な存在だということ。


 町には多くの人間が住んでいる。もし、ここにいる小妖精(ピクシー)が全て悪魔に換わったら、この町は確実に大きな被害が出るはずだ。



 何でこんなに居るんだ?

 この町はそんなに精霊に居心地がいいとでも?


 ルーシャは可能性を考えるが、精霊自体が入って来たのでなければ、人間が連れてきたと考えるのが自然だろうと思った。


 人間だとしたら、相当強い法力を持った『精霊使い(シャーマン)』が町に来ているのかもしれない。



「…………先輩に相談して、今回の祭の来客リストでも調べるか」


 ルーシャは植え込みの上に、ヒヨコ形精霊をソッと置くと、再び通りへ歩いていった。






 向こうへ去っていくルーシャが見えなくなった後、バラバラとそれぞれに動いていたヒヨコ形精霊が一斉に動きだした。


『『『ピヨッピピィ!』』』

『『『クケェッピィィ!』』』


 ふわふわの塊が宙を浮かびながら、いくつも道の脇を飛んでいく。町を歩く通行人はその光景が見えないのか、誰もその奇妙な物体に注目しなかった。


 ヒヨコたちはある路地裏に飛んで行く。


 すっかり人気のなくなった場所まで来ると、薄暗がりの中に立つ人影の周りに集まりだした。


『『『ピピピィ~ッ!!』』』


 人影に向かって、歓声ともとれる鳴き声が発せられる。人影はそれを制するように片手を上げた。


「お静かに……あんまり騒ぐと、人間(ひと)を驚かせてしまいますよ……」


 人影は声の質から男性だと判る。


「皆さん揃っていますね。では、そろそろ準備をしましょうか?」


『『『ピピィ!』』』


 集まっていたヒヨコたちは、弾けるように散らばった。そして、そのまま雪が落ちるように地面に落ちて、道のレンガの隙間から消えていく。



 ヒヨコが全て地面に吸いとられると、男性と思わしき人影が少しだけ明るい場所へ進み出る。


 男性は背が高く痩せている。服装は布を巻き付けた、どこかの部族が着る衣装のようなものだった。手には曲がってゴツゴツとした、長い木の杖をにぎっている。


 そして、目立つのは首から上だ。

 顔の上から半分以上が隠れる、狼の頭を模したお面を被り、固く跳ねた量の多い黒髪が腰まで伸びていた。


 パッと見て、こんな人物が町の中を歩いていたら、とても目立ち不審に思われること間違いないだろう。




「さて…………祭の本番は明後日です。この町には、ヒトの皮を被った(よこしま)な者が隠れています」


 そんなに大声ではないのに、狼の面の男性の声は低く厳かに路地裏に響く。



 コポッ……。


 男性の足下で何かが跳ねる。


 コポッ、コポッ、コポコポコポコポコポッ!!


 レンガの隙間から次々と()が吹き出す。

 まるで間欠泉のように、男性の背丈よりも高く何本も泥の柱が現れる。


 泥はだんだん巨大なヒト型を形成していき、顔にあたる部分には目や口に似た窪みまでできていく。


「明日までにそれを()()()()()しまいましょう」



『『『オォオオオオオォッ……』』』


 泥でできたヒト型の塊――――『泥人形(マッドマン)』は男性の周りで、一斉に咆哮をあげた。


 その時、通りの方から誰かが歩いてくる。


「……あぁ? 何だか騒がしいな。おい!! ここに誰か……う、うわぁ…………ぐあっ!?」


 ドスッ! と音がして、一人の中年男性が地面に倒れ込んだ。


 路地裏に入り込んで来たのは、普通の町の人間らしい。倒れた彼の後ろにもう一人立っている。


 どうやら、倒れた男性は気絶させられたようだ。

 そして、その男性はそのままズルズルと何かに引きずられ、路地裏から退場していく。



 それを見送る後ろの人物は女性であった。


 背が高く鍛えられた女性としては筋肉質な身体に、ピッタリしたシンプルな赤いドレスを着ている。

 顔は見えない。頭に白いヴェールを掛けているため、確認できるのは背中まで伸びるまっすぐな金髪だけだ。


 女性は狼の面の男性の前に来ると、腕組みをして短く息を吐く。



「気を付けろ、もう少ししてから動け。ここで余計な人の子に騒がれれば、ラナロアに気付かれるぞ?」


「はい、申し訳ありません。……もう、トーラストの伯爵がいらっしゃっているのですか?」


「あぁ、先ほど汽車が駅に着いていた。確認はしていなかったが、トーラスト近くの駅でラナロアが汽車に乗ったと、我のところに報告があった」


「そうですか……」


 狼の面の男性は静かに杖を持つ手を掲げる。


 泥人形(マッドマン)たちは、再びレンガの隙間へ染み込むように消えていった。


「では、細心の注意を……。そちらはどうされますか?」


「ふむ……お前が動くまで動かんつもりだ。しかし……ロアンがどこへ行ったか知っているか?」


「いえ……。おそらく、近くにはいると思いますが…………」


「まぁ、そのうち出てくるだろう。では、我は暫く身を隠している。確実に、終わらせろ……」



 そう言って女性が背を向け歩き出すと、だんだんその姿は霞み消えていった。路地裏には狼の面の男性だけが残る。


 しかし、その男性の姿も薄暗がりの中に溶けていく。


「……必ず」


 声の余韻を残して、路地裏は無人になった。


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