表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/135

確認事項

「レイラの…………」


 リィケのベッドに腰掛けていたイリアがふらりと立上がり、下唇を噛み怒りとも悲しみとも取れる表情をした。


「本当にベルフェゴールはその、レイラを殺した奴を知っているって言っていたの?」

「あぁ、でも……本当かどうかは……」


 イリアがルーシャにゆっくりと詰め寄る。

 大きな茶色の瞳はいっぱいに涙が浮かんでいた。


「そいつの名前は? やっぱり【魔王階級(サタンクラス)】なの……!?」

「……イリア、話がまだだ。気持ちは分かるが、とりあえず……聞くぞ。ルーシャも疲れてるんだ」


「あ…………うん……つい……ごめん、ルーシャ……」

「いや、大丈夫……」


 彼女はレイラとは神学校に入る前から、家族ぐるみで仲が良かった。親友と言ってもいい。ルーシャもイリアの気持ちは痛いほど解る。


 リーヨォに促されて、ぐすぐすと鼻を鳴らしながらイリアは再びベッドの端に腰掛けた。


「他には……? 何か有益な情報は無いのか?」

「……すまない。あとはあまり……オレもリィケと逃げることで手一杯だったから」


「そうか……そうだな。生きて帰っただけでもたいしたもんだ。五年のブランクがあっても、さすが『魔王殺し(サタンブレイカー)』ってとこか……」


「いや…………さっきも言ったが、リィケがいなかったらオレは死んでいた。【魔王】を退けたのはリィケだ」



 思い出すのは赤い稲妻が辺りに飛び交う光景。


 まるでベフェゴールの中から全てを絞り出すように出ていた。現にその稲妻がほとんど出なくなったら、ベルフェゴールはその場から消えたのだ。


 ルーシャはリーヨォとイリアに、街道で起こった事を出来る限り細かく話すことにした。

 二人は黙って聞いているが、時折、リーヨォが話の内容を紙に書き留めている。その度に難しい顔をしているのが、ルーシャは少し気掛かりだった。




【魔王】の事を話し終えて、ルーシャはふと、街道でベルフェゴールが残していった、小さな水晶を持って帰って来たことを思い出した。上着のポケットを探り、ビンをリーヨォに差し出す。


「ん、何だ? 水晶?」

「ベルフェゴールが消えた跡に落ちていた物だ」

「お、マジか。後で調べるとするか……」


 リーヨォは水晶の入ったビンを受け取り、心なしかウキウキと懐へ仕舞い込む。



「で…………平気そうだから聞かなかったが、お前はどこも怪我はしていないのか?」

「え? あぁ、少しはしていたんだけど……赤い稲妻が絡み付いてきた時に、いつの間にか治ったんだ……たぶん」


 ベルフェゴールの炎に巻かれた時、法術の結界で防いでいたとはいえ、肌の表面や喉に軽く火傷を負った。その証拠に、ルーシャの服のあちこちは焼けて変色しているところがある。しかし、体にその痛みや不快感はほとんど無いのだ。



 ルーシャの話にリーヨォとイリアが眉をひそめた。

 この二人は魔術師であるためか、ルーシャより魔力や悪魔の性質について詳しい。


「「………………」」


 リーヨォがメモしていたものを、イリアが目を通し何かを説明している。二人で頷いたり首を振ったりと、ルーシャにはよく分からないやり取りをしていた。


「あの……オレ何か変なこと言ったか?」


「…………俺の知る限り、魔術には回復術はない」

「回復の力は聖力…………つまり、法力による法術よ。解るわよね?」


「まぁ、学校で習うからな……」



 他の国では少し違うと言われているが、この国で魔法と呼ばれるものは『魔力』と『法力』という区分で存在する。



『魔力』は、悪魔や魔術師が使うものであり、その性質は攻撃・防御・呪術などが一般的である。


 魔力が多すぎると、草木は枯れ水源は枯渇する。空気は淀み、毒素を含む瘴気も発生するため、人間は住むことができなくなる。

 この国はその流れが多く、そのために魔力を糧にする悪魔が自然に発生するのだ。




 そして『法力』とは『聖力』であり、魔力とは対照的な力である。


『聖力』の性質は攻撃・防御・浄化の力があり、この聖力は法術の素である法力に変えることができるものだ。自然界では草木や水辺にいる、精霊が持つ浄化の力になる。

『聖力』が多い土地は、水や土が豊かで植物の育ちが良い。悪魔も近寄らず、人間が住むには最適な場所だ。



 ここ、リルダーナ王国は大昔は、人間よりも悪魔が多い土地だと言われていた。しかしある時、この国は『聖力』で土地を浄化できる力を手に入れる。

 そこから、浄化された土地を中心に人間が多く住むようになった。


 国ができると悪魔に対抗するために法力を使える人間、つまり聖職者や法術師を積極的に育成するようになったのである。




 リーヨォが先ほどから火を点けずに咥えていた煙草を、そのまま灰皿に置いた。


「国が聖職者や法術師、精霊術師なんかを重用するのはそのせいだというのは、だいたいの奴らは知っている」


「…………まぁ、な」


「じゃあ、この国の王の特徴も知っているな?」


「…………【サウザンドセンス】だ」



 大昔、土地を浄化したこの国の初代の王は、強力な浄化の『神の欠片』を持つ【サウザンドセンス】だったと云う。


 誰がなるか分からない人種だと云われた【サウザンドセンス】だが、意外にもそれが生まれやすい家系があることが解り、それ以来、この国の王家では【サウザンドセンス】が次の国王に選ばれるようになった。


 しかし、それでも希少であることには変わりなく、多くの【サウザンドセンス】を集めるために、王宮に勤める者には優遇措置まで有るのだ。



「今の王家が在るのは【サウザンドセンス】という能力者のおかげだ。言ってしまえば、能力者は国が欲しがる人材だ」


「……だから、優遇される?」


「そうだ。だが、恐れられた存在でもある。大昔、まだ【サウザンドセンス】の事がよく分からなかった時代、魔術でも法術でもなかった『神の欠片』は迫害の対象だった」


 それは大昔だけではない、現在でも外国では異端者と思われている者が、この国に来て【サウザンドセンス】だと分かる場合もある。

 それまで彼らは同じ人間でありながら、迫害と排除に苦しんでいるという。



「そこを悪魔に付け込まれて、悪魔側になってしまう人間も多数いる…………それこそ【魔王】と同等の力を持って、な」

「…………あ」



 ベルフェゴールは執拗にリィケを欲しがってはいなかったか?


『魔力』でも『聖力』でもない『神の欠片』

 ――――覚醒した能力次第では、神にも魔王にもなる。




「リィケがやったのは、ひとりの人間が『聖力』と『魔力』をごっちゃに使ったことよ。普通ではあり得ない……昼と夜を一緒に出来ないようにね」


 イリアが口元を押さえながら俯く。

 そこへリーヨォが続けて説明をする。


「たぶん、リィケが使ったのは魔術や法術で言うところの『生命吸引術(エナジードレイン)』と『聖魔転換術(スイッチ)』、それに『回復術(リカバリー)』だ。最低でもこの三つを同時に行ったことになる。百合の花は……よく分からないが……」


 説明によると、ベルフェゴールの魔力を抜き取り、魔力を聖力に換え、さらにそれをルーシャや草花に流したため、体の傷や土地の損傷が治ったということだ。


「どうやら今回は、力の方向が良い方に働いたみたいだが、もしこれを逆に使われたら? それこそ、悪魔が欲しがる能力だよな……」


 土地の『聖力』を『魔力』に換える。

 これを大規模にやられれば、人間は簡単に滅ぶ。


 悪魔が溢れて、草木は枯れはて水は毒に変わり、大地は瘴気に沈む。


 悪魔にとっての楽園が人間界に築かれる。

 ――――魔界の出来上がりだ。



 頭に浮かんだ想像にルーシャは身震いをする。


「……それがリィケの『神の欠片』なのか?」

「いや、今日初めて聞いた。それが凄いのは解ったが、リィケが大規模に使えるかどうかは知らん」


「へ?」


「……リィケはまだ、あたしたちの前で使ったことがなかったの。【サウザンドセンス】だって分かったのも、ラナロアが魂の状態だったリィケを調べて解ったものだったし」


【サウザンドセンス】は覚醒するまでは普通の人間。

 しかし、同じ能力者や高位の魔術師などは、魂の質を見抜き、判別することができるという。


「へ……じゃあ、覚醒したばかり?」

「そういうことだ。つまり、こいつの『神の欠片』が未知数のうえに、早々に悪魔に見付かっちまったというわけだ……」


 まずいよなぁ……と、リーヨォは両手で顔面を擦っている。まずいよねぇ……と、イリアもこめかみを押さえて大きなため息をついた。


 二人はついでにチラリとルーシャを見てくる。



 …………これ、オレのせいじゃないよな……?


 何となく、自分が責められている気分になり、ルーシャは顔をひきつらせた。



「別にあんたのせいじゃないわよ……」

「お前のせいじゃねぇんだよなぁ……」


「…………逆に責めてないか? その言い方……」


 明らかに、リィケをそこまで追い詰めた原因のルーシャを責めているような口調で、二人はわざとらしくルーシャを見上げている。だが、その表情の中に少しだけ疲れが見て取れた。


 二人は昔から、年下のルーシャをよくからかったが、今日はそのおかげで少し場を和ませているのだと、ルーシャは気付く。


 きっとこれから、この二人は死ぬほど忙しくなるのだろう。



「まさか二人とも、これから連盟に戻って徹夜か?」


「いーや、さすがに一晩じゃまとめられねぇし、リィケの身体も夜が明けてから作業する。明日からの激務を考えると、早く帰って寝といた方がいいかもな……」


「今日は夜食のエッグタルトも無いしね」


「そうだな……」


 研究課の二人は、よく徹夜で作業をすることが多い。

 リーヨォなどは自分の研究室があるため、寮の部屋にはあまり戻らず、研究室に寝泊まりをしているのもザラにある。



 その時、外から馬車が店の前に停まる音がした。

 店のドアベルが鳴る。



「たぶんラナロアだね」

「じゃあ、帰る…………あ、そうだ、すっかり忘れてた。おい、ルーシャ」

「何?」


「お前、ベルフェゴールの顔は見て覚えているよな? 覚えているなら、忘れないうちに似顔絵描かねぇと!」


「そうだったね。じゃ、あたし下に行ってラナロアにちょっと待っててもらうわ」

「おう、頼む。あ…………ちょっと時間掛かりそうだから、お前も下でラナと待ってろよ」

「了解。終わったら呼んでね」


 イリアが部屋から出て行くと、リーヨォは持ち物からスケッチブックと木炭を取り出す。


「んで、特徴だが……まず顔の輪郭は…………」

「えぇっと……」


 ルーシャは思い出しながら、ぽつりぽつりと特徴を上げ、リーヨォがさらさらと描き出す。人形使い(ドールマスター)であり、リィケの顔の造形に係わっているだけあって、リーヨォは絵が上手い。



 しばらくすると、ルーシャが言った通りの特徴が紙に描かれ、街道で会ったベルフェゴールの顔が出来上がる。


「おぉ~……凄いな、リーヨォ。そっくりだ」

「………………」


 ルーシャは思わず感嘆の声を上げるが、リーヨォは自分で描いた絵を見詰め、不機嫌そうに眉間にシワを寄せた。


「どうした? 良い出来だけど……」

「あ……いや、本当にこんな顔だったのか?」


「信用無いな…………左目の下にホクロが有ったことまで覚えているくらいだ……。忘れたくても、しばらく頭をかすめるだろうよ……」


「そうだな…………(わり)ィ……」

「…………?」


 リーヨォは再び絵を睨むように見たが、何も言わずにスケッチブックを閉じて片付ける。


「さて…………お前も今日は大変だったな。一緒にラナロアの馬車に乗せてもらって帰るか?」

「大丈夫なら、そうさせてもらおうかな……」


 リーヨォは立ち上り伸びをする。大きく息をつくとルーシャの方を向き、真顔で口を開いた。


「なぁ、ルーシャ。帰る前にひとつだけいいか?」

「ん? まだ何かあるのか?」


「これは……ラナやイリアに……あと、リィケには言えることじゃないんだが…………」


 真顔で、とても言い難そうに、リーヨォはルーシャにひとつの『確認』をすると決めた。






 日付が変わって間もなく、ルーシャたちはトーラストの街へ向けてラナロアの馬車に乗った。


 二台あるうちのひとつにリィケを寝かせて、ルーシャはラナロアと一緒にそれに乗り込む。


 “ラナロアに色々問い詰める”と、決めていたはずのルーシャだったのだが、これまでの緊張がほぐれた途端に疲労と眠気が襲ってきて、街へ着くまでリィケの隣で眠っていた。



 自宅まで送ってもらい、眠い眼を擦りながら暗い玄関に入る。何もする気も起きず、そのまま部屋にあるソファーに倒れ込む。


「もう、ダメだ……疲れた……」


 さすがに、あんな事があった後なので、ハンナに言ってしばらく休みをもらった。



 しかし休みの間、ルーシャはずっと同じ事で悩むのだ。



 それは、リーヨォが『確認』した事。


 ――――お前は、退治員に戻るのか?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お読み頂き
ありがとうございます!

ブクマ、評価、感想、誤字報告を
頂ければ幸いです。


きしかわせひろの作品
Thousand Sense〈サウザンドセンス〉

不死<しなず>の黙示録
― 新着の感想 ―
[一言] 聖魔転換術!? これは魔族にとっては天敵ですね!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ