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Thousand Sense〈サウザンドセンス〉  作者: きしかわ せひろ
第五章 【魔王】と『淑女』
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旧友との再会

 部屋に置かれた大きな姿見の鏡が淡い光を放つ。


『皆様、お集まりいただき誠にありがとうございます』


 鏡は目の前の景色ではなく、ここにはいないはずの一人の人物を映し出した。


「……ミルズナ様がお話しできる時間は限られています。皆さんは必要な事以外の話は、極力控えていただきたい」

「余も繋いでいるが、【千里の光源(クレアボイアンス)】の力はせいぜい二時間だ。それ以上は媒体にされているライズがもたない」

「申し訳ありません……」


 鏡の左右にはライズとレイニールが立ち、そこに集まる全員に向かって事前の説明をする。


『では、始めましょうか』


 ミルズナの言葉に全員が大きく頷いた。



 ……………………



 ある日の午後。

 場所はトーラスト街の北に位置する伯爵の屋敷。つまり、ラナロアの自宅である。

 ここはどこよりも機密性が保たれることで選ばれ、応接間には重要な関係者のみが集まっている。



 連盟で悪魔が複数の夫婦に不仲を生じさせた一件から三日ほど経っていた。


 最初の日ほどではないが、あの日から何組かの夫婦が離婚届けを持って現れては、調べてみると『悪魔憑き』であることが判明する……という流れが絶えない。


 その前に起きた魔操人形(マリオネット)の事件と併せて、トーラストには不穏な空気が流れているのは事実である。



「俺も悪魔祓いの現場で確認したが、全員に憑いていたのがこの『蔦の悪魔』だった。もちろん、魔力も最初の奴と一緒。有刺鉄線を材料にした『物質系(マテリアル)』で製作者も同じだと思われる」


 リーヨォが自身が描いた、実物そっくりな悪魔の絵を掲げながら報告する。


「ただし、魔力は悪魔そのものからしか出なかった。作者やそれの出処を辿れるような決定的な痕跡は一切なし。それと、【魔王ベルフェゴール】を示唆するような状況もありますが、本件においては【ベルフェゴール】は関与してないと見ています……」


 リーヨォに続く形でイリアも発言した。

 イリアが【ベルフェゴール】とは無関係としたのは、ルーシャと散々議論した結果である。


『では、先日発生した魔操人形(マリオネット)と今回の問題が繋がる点は?』


「…………現場、兄上の部屋を荒らした人形から『蔦の悪魔』と同じ魔力が残っていた。【連盟】には正式に報告できないほどの、かなり微妙な量だった。だからこれは推測に過ぎないが、魔操人形(マリオネット)を操った輩と夫婦不仲の悪魔を造った輩は同一と考える」


『大元が同じ悪魔ですか……それも街の中で立て続けに…………』


 レイニールが補足し、ミルズナは大きくため息をついた。


『つまり……現在このトーラストにラグナロクと同等かそれ以上の上級悪魔、もしくは【魔王階級(サタンクラス)】が潜んでいる……それも【魔王マルコシアス】の他にもう一柱(ひとり)。そういうことですね? サーヴェルト補佐官、アルミリア支部長』


「…………はい」

「えぇ。恥ずかしながら……」


 ソファーに並んで座る二人は険しい表情を浮かべる。


 王都についで治安には自信があったトーラストの街。

【聖職者連盟】の支部があり、上級悪魔であり高度な魔術師であるラナロアの保護下にもある。

 街の出入口にも魔力探知や悪魔憑きを防ぐ対策が施されており、人間の害悪となる悪魔の侵入を許さない 。


 それが今や、【魔王マルコシアス】と合わせて二体の『上級』以上の悪魔の脅威にさらされているのだ。



 リーヨォがチラリと、ルーシャとリィケの方へ視線を向ける。


「……安全安心、だからこその油断……だな。確か『忘却の庭(ディメンション)』なら、鍵や結界……その他の障害は全て無視できたんだよな?」

「あぁ。それなら街の中も外も関係ない。しかも、レイニールがトーラストに移動してきた例を考えると、場所が遠かろうが関係なく一瞬で来ることができる」


忘却の庭(ディメンション)』は通常の世界と異なる空間を行き来する能力。


 それは悪魔側に『忘却の庭(ディメンション)』の神の欠片が使える【サウザンドセンス】がいるという条件付きだ。


 しかし……


『移動するための神の欠片……リィケだけではなく、【魔王マルコシアス】と共にいるロアン少年も使えますよね?』


 ミルズナの言葉に、ルーシャとサーヴェルトが密かに眉間にシワを寄せた。


「余はそれが使えないから、そもそもがそのロアンという者の神の欠片なのだろう。一体、何者なのだろうな?」

「「……………………」」


 今度はレイニールの発言に、ルーシャが黙り込んだのを横目で見て、リィケも黙って下を向いてしまう。


 ……お父さんとおじいちゃん、【魔王】やロアンのこと……言うのかな?


 ロアンは、ルーシャとレイラの本当の子供である。

 それを話せばリィケはルーシャの子供ではないと知られてしまう。


 リィケがそんな不安に駆られた時、サーヴェルトが恐る恐る片手を挙げた。


「王女、それに関してマルコシアスは…………」

『サーヴェルト?』


 一度、ギュッと目を閉じたあと、サーヴェルトは決意したようにミルズナを見据える。


「……【魔王マルコシアス】は、最初から我々とは敵対していない。アイツは俺らとは戦わない」


「「「……っ!?」」」

『…………どういう意味ですか?』


 はっきりと言い放ち、彼はその後は静かに語る。


「細かいところを話すと長いから、今は要点だけを話させてほしい」



 三十五年前にサーヴェルトが【魔王マルコシアス】の『器』になった人間を倒したこと。

 それによって、彼の者は『魔王殺し(サタンブレイカー)』の眷属になったこと。


 そもそも『魔王殺し(サタンブレイカー)』の特性がどんなものなのか…………



「ルーシャにも、この間初めて話したことだ。本来なら、一族の……『魔王殺し(サタンブレイカー)』にしか伝えない。それに、マルコシアスのことはラナロアにも言ってなかった……」


『それは本当、ですか……?』

「なら、話は最初から違ってくるじゃないですか…………」


「……黙っていてすまない。だが、ケッセル家は【魔王】を倒せば無効化させられる。それはこの世界に居る【魔王】の尊厳を踏み躙ることに他ならない。そこは理解してほしい……」

「………………」


 しぃん……と静まり返る。

 特に悪魔側の立場にいるラナロアは、俯き一言も口出しをしなかった。それくらい、この話が【魔王】に対して重い枷になることが解るからだ。



「…………ふむ。ならば余は一つ、サーヴェルトに聞く権利がある」


 しばらく沈黙が続いていたが、それを破ったのはレイニールだった。


「…………王子?」

「お主は余が起こしたはずだが、眠りに至る話はまだ聞いておらぬ。それは【魔王】と関係があるのだろう? お主に『感情の檻(エモーション)』を使ったのが、そのロアンという者なのだろうから」


 サーヴェルトが倒れ、眠りから目覚めなかった詳しい原因は、まだ誰も聞いていなかった。何となく、復帰前のサーヴェルトに聞きにくい雰囲気もあったからだ。


「そうだな……まだ、王子には正式にその時のお礼も述べておりませんでした」

「礼は要らぬ。今はお主が墓地で倒れていたという経緯を聞かせてもらおう」


 レイニールはズバズバと遠慮なく話を進めるが、それを誰一人止めようとはしない。


「…………ふぅ……」


 深く息をついて顔を上げると、部屋にいる全員を見回した。


「前置きとして、マルコシアスは俺の眷属になったあと、特に悪魔らしい行動はしていない。飼い犬みたいに、ケッセル家でいつも庭をウロウロしていた」

「犬……」


 リィケがルーシャを見ると、ほんのりと顔を赤らめ恥ずかしそうに頬を掻いていた。


 過去の光景で、幼いルーシャが『大きな白い犬』になっているマルコシアスにじゃれついていたのをリィケは見ていたので、そのことを思い出していたのだろうと思った。


「いない時でも呼べばどこからともなく現れた。だが、ある頃を境に…………マルコシアスは俺の前に来なくなった」

『ある頃、とは?』


 再び大きなため息を吐く。


「五年前。レイラとフォースラン夫妻が殺された前後、俺の呼び掛けに応じなくなった」




 …………………………

 ………………



 サーヴェルトがマルコシアスを使役することはほとんどなかった。


 普段、かの者はたまにケッセルの庭をうろつき、サーヴェルトが呼べば返事をすると同時に現れた。


 しかし、五年前からその姿を見掛けることがなくなったのだ。



「レイラたちが殺されたことで、俺はすぐにマルコシアスを呼んだ。あの時は【魔王】であればラナロアと一緒に、犯人の魔力くらいは追えると思っていたからだ。でも、アイツはいくら呼んでも来なかった……」


 今思えば、ルーシャが出張に行ったあたりから、自宅の庭で見掛けなくなっていたような気もしていた。


 最初はマルコシアスが犯人かと疑ったが、ケッセル家の一員になり、一族の子供まで身篭っていたレイラをマルコシアスが害する理由がない。


「だから、レイラたちを殺した奴にマルコシアスがやられた可能性も考えた。姿を見せないのは消滅したからか……と。なのに、五年経ってアイツはクラストに現れた」


 何故か、レイラの姿をして。


「……俺はすぐにまた呼び掛けたが、やはり応えは返ってこない。ルーシャから話を聞いて、レイラが“何らかの理由”で自分の姿と引き換えにマルコシアスと『契約』したのだとわかった」


 しかし、これらのマルコシアスの行動にサーヴェルトは疑念を抱いた。


 主従であるサーヴェルトの頼みなら解るが、何故ケッセル家に嫁いできただけのレイラの頼みを【魔王】が叶えたのか。


「あちらからの接触も無いまま、ルーシャとリィケが王都へ向かっていったんだが…………そのすぐ後、マルコシアスからの反応があった」


 サーヴェルトが仕事をしている時に、机の上に見慣れない手紙があったという。


 日時と場所だけが指定してある。

 内容はそれだけだが、その手紙を持つ手からはビリビリと痛いくらいの魔力が伝わってきた。その魔力にサーヴェルトは憶えがある。


 ――――ケッセルの墓の前……?


 マルコシアスが待ち合わせに指定したのは、街の墓地にあるケッセル家の墓標だった。



「あの日……あなたが『旧い友人と会う』と言ったのはマルコシアスだったのですね?」

「すまない、ミリア。お前には言っておくべきだった……」

「いいえ。事情が事情だったのでしょうから、致し方ありませんわ。さ、続きをお話になってくださいな」

「あぁ……」


 ため息をつきながらも、アルミリアは話を促す。

 ミルズナと話せる時間は、すでに予定の半分になろうとしていた。


「ここからは、ルーシャにもまだ話していない。みんなと一緒に聞いてくれるか?」

「わかった……」


 サーヴェルトは頷いて話を続ける。




「……俺は待ち合わせの場所で待っていると、アイツは時間ピッタリに来たよ…………レイラの姿でな。その時に、アイツは傍らにロアンを連れていた」


 ロアンの姿を確認した瞬間、サーヴェルトは眩い光に包まれた。


「次に気付いたら()()にいた。話には聞いていたが……本当に街にそっくりな廃墟だらけなんだな……」

「……『裏の世界』に行ったのか」

「そうだ。そこには、マルコシアスとロアン、それにルーイの三人がいた」



 …………………………

 ………………




 廃墟のトーラストの街に、どこまでも平面的な白い空。

 サーヴェルトはリィケから聞いていた『裏の世界』だとすぐに気付いたが、何故ここへ自分が連れてこられたのかがわからなかった。


「なんで、こんなところに……」


 キョロキョロと辺りを見回し、自分のいる場所が“表”と同じ墓地であることを確認する。


「おい、マルコシアス! せっかく連れてきたなら、早く話を――――」

「サーヴェルト様…………」

「な……?」


 か細い声に振り向くと、目の前にいたのはロアンと、杖を持ち狼の面をつけたルーイ。

 そして、二人の間でサーヴェルトへ向けて深々と頭を下げる女性がいた。


 目上の者へ敬意を表す淑女のカーテシーだが、通常よりも頭が下がっていて顔が髪の毛で隠れている。


「マルコシアス……?」


 服装こそ先ほど見たばかりのマルコシアスのものであった。だが、いくら眷属になっているとはいえ【魔王】たるものがここまで深く、人間に頭を下げることにサーヴェルトは驚き立ち尽くした。


「………………」


 しばらく下がっていた頭がふらりと上がった。つい今しがた、【魔王】の威厳が滲み出ていた顔は疲れ切った表情へと変わっていた。


 そして、【魔王マルコシアス】と今の彼女の違うところを見付けた。


『金色』ではなく、鮮やかな『濃い緑色(ビリジャン)』の瞳。


 どんな表情をしていても、彼女は【魔王】とは違う。


「お久し振りです。サーヴェルト様……」

「…………まさか……」


 かつては『鋼拳の淑女(レディ・ガントレット)』と呼ばれ、どの退治員よりも勇猛であると謳われた女性。


『レイラ・フォースラン』だった。



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