子供の目線
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レバンが部屋を去った後、リィケはぼんやりと天井を眺めながらソファーに座っていた。
「僕はケッセルの【魔王殺し】について、ちゃんとルーシャやおじいちゃんに聞いたことなかったなぁ…………はは……」
自嘲めいた笑いが自然と零れる。
人形の身体を与えられたばかりの時、リィケは『いずれは自分もルーシャのようになるんだ!』と考えていた。だが、実は『宝剣レイシア』が使えないこと、剣術を教えられなかったことで、だんだん【魔王殺し】の詳しい条件を知るのを周囲から遠ざけられてしまっていた。
退治員になった後は、ルーシャと行動できることだけが嬉しくて自分のことは後回しになる。しかしそこで、自分がルーシャの本当の子どもではなかったという事実に打ちのめされてしまった。
「僕……落ち込んでるヒマなんてなかったんだ…………気になったことは聞かないと……」
『神の欠片』が発動したことは何か意味がある。
…………夢のことを話して、お父さんに聞いてみよう!
「よし…………!」
両手でパシパシと頬を叩く。まったく痛くはないが、身が引き締まったきがする。
リィケがひとり決意を新たにしていると、廊下から複数の足音が聞こえてきた。
ドアが開かれ、そこには部屋の主のリーヨォとイリア、アリッサが入ってくる。
「お、やっと起きたか。ルーシャ呼んでこないとな」
「おはよーリィケ」
「リィケくん、おはよう。あ、じゃあ私、ルーシャさん呼んできますね!」
善は急げとばかりに、アリッサがにこにこと部屋を出ていった。訓練場にいるルーシャを呼びにいったようだ。
「ほら、ちょっと顔見せろ。異状が無いか簡単に診るから」
「異状……? 僕何も……」
眼にルーペを翳すリーヨォの表情がいつもより険しい。
「何も無いことないぞ、こんなに寝こけたのも久しぶりだ。なんか眠れない事でもあったか? ルーシャは特に何も無かったって首を傾げてたけどよ」
「え? あ、いや、ほ……本当に何もないよっ!」
瞬時に、リーヨォが自分に探りを入れていることに気付く。ここで誤魔化し切れなければ、後でルーシャと一緒になってリィケへ『尋問』が始まってしまうと感じた。
こ……ここはリーヨォにバレないようにしないとっ……!!
リィケの眠りが悪かったのは、裏の世界からルーシャたちの会話を聞いてしまっていたから。
自分がルーシャの子どもではないと、知ってしまった時だった。
……僕はまだ、その事を知らないはずなんだから黙ってないと。お父さんから言ってくれるまで、僕は待つことにしたんだ。
そして今しがた見た夢のことも、ケッセル家内部のことならば、軽々しく言うものではないと本能的に悟っていた。
「本当に何とも?」
「な、無い無いっ!!」
「……………………………………」
「……………………………………」
じぃっと見詰めてくる研究者の視線がツライ。
「…………そういうこともあるか」
「う、うん……」
どこか納得していない様子だが、リーヨォはそれ以上突き詰めようとはしなかった。いつものリーヨォならもっと突っ込んできてもいいはずだが、どうやら先ほどまで一般人相手に仕事をしてきたせいで精神疲労が溜まっているようだった。
そこに同じく疲れているイリアが、ため息混じりで言ってくる。
「はぁ…………王都から帰ってきたばっかりだったしね。リィケも落ち着かなかったんじゃないの?」
「あるな……それにこいつも中身は“人間”なんだから、理由もなく眠れないことがあってもおかしくねぇか」
「…………人間……」
ふと、リィケは動きを止めた。
“人間”
今までであれば、リィケはこの言葉は特に気にしなかっただろう。しかし今は、何故かこれが引っかかった。
「ねぇ、リーヨォ。僕ってなんで生きている“人間”だって判ったの?」
「うん? 前に言ったことなかったか?」
「言われたことあったかもしれないけど、たぶん分かんなかったと思う」
「あーそうか。お前も成長してんだ、色々解ってきたってことだな。そうだな……改めて説明してもいいが…………」
そこでリーヨォは珍しく言い淀む。リィケは難しい顔をする彼の前に立って言葉を待った。
「…………あー、なんだ……その……」
「うん」
「……お前を見付けたのはあの日だ。つまり、あの日の話になるけど……憶えてない、よな?」
憶えているならば説明はいらない。
敢えて辛い事を聞く覚悟があるのか? と、そう問われているのだ。
「うん。僕、見付けてもらった時のことは全然憶えてない。ラナが見付けてくれたってことだけは聞いてる。だから、そのあとに何で『僕が人間だと判ったのか』何で『ケッセルの家系だと判ったのか』が聞きたい」
リーヨォの探りに負けないくらい、リィケは必死に彼を見上げる。
子供にジッと見詰められて、リーヨォから諦めのため息が漏れた。
「はぁ…………こうなると、お前は引かねぇもんなぁ……」
リィケは普段は大人しいのに、いざとなったら頑固なところがある。それは退治員になったばかりの頃に、ルーシャと会うと決めた時の行動力が物語っているのをリーヨォもよく解っていた。
「わかった、改めて話そう。ちょうどライズも帰郷したし、これまでの事態を整理するのにちょうど良いかもしれねぇ……すぐに皆が集まれるように時間を調整するか。大事なことだ、多少は無理言っても良いだろ」
「うん、ありがとう!」
リィケはにっこりとしながら頷く。
リーヨォの様子を見るに、サーヴェルトやアルミリアも参加するのだろう。ケッセル家の事を聞くのにも都合がいい。
話をしているうちに、アリッサがルーシャとレイニールを連れて戻ってきた。
「リィケ、体調は大丈夫か? まだ眠いなら、午後も無理はしなくていいからな?」
「ううん、何ともないから午後はちゃんと出るよ。僕も『退治課』なんだから仕事頑張る!」
「そ、そうか……?」
妙に張り切っているリィケに気圧された。
ますます不調の理由が気になったルーシャだが、リーヨォから話し合いの提案をされて、リィケのことは一旦横に置いて置くことにする。
「…………………………」
リーヨォとルーシャが話している横で、レイニールは二人の会話をじっと聞いていた。
話し終えるとリーヨォはドカッと椅子に座り、机にドンドンと分厚いファイルを重ねていく。
「さて、俺は今から急ぎの仕事に取り掛かるから、お前らはさっさと昼休み行け。邪魔だ、邪魔!」
あからさまに嫌な顔でシッシッと手を振るリーヨォ。
「はいはい。じゃあ、アタシはアリッサとお昼ご飯に行ってくるわ。ルーシャも一緒に行く?」
「あ……リィケは…………」
「ルーシャ、すまないがリィケは余が借りる」
「へ?」
ルーシャが顔を上げてリィケの方を向いた時、レイニールがリィケの腕をガシッと掴んだ。
「リィケはこれから余と用がある」
「レイニール?」
「今のうちに、こいつから色々と教えてもらいたい事があるのでな。この時間は別のことがしたい」
「まぁ、そうか……飯食わないもんな」
リィケとレイニールは人形であるため食事は要らない。それに、レイニールが昼休みにリィケを傍から離さないことは初めてではなかった。
「わかった。二人とも、昼が終わるまでに事務室に戻ってこいよ」
「うん」
「……承知した」
二人が頷くのを見て、ルーシャはイリアたちと部屋を出ていった。
「ほら、お前らもさっさと遊んでこい。時間無くなるぞ」
机の引き出しから取り出した乾パンをかじりながら、リーヨォは仕事のファイルを広げ始める。それをレイニールが呆れたように眺めた。
「……兄上、こんな行儀の悪い姿…………ミルズナに見られたらとんでもないことになりますよ?」
「バレなきゃいいんだ。いや、バレてもアイツはここには来ねぇだろ。だから気にしねぇ」
「………………………………ふむ」
一瞬、リィケにはレイニールの口角が上がったように見えたが、その口元はすぐに手で隠される。
「えっと……レイニール……?」
「行くぞ、リィケ。確かに時間がもったいない」
「へ? うわっ!?」
レイニールはそう言うと、リィケの腕を引っ張って廊下へ駆け出した。
「ちょっ……」
「よし、先ずはライズを探してこよう。何処にいるか知っておるか?」
「ライズさん? えっと確か…………」
ふと、レバンが話していたことを思い出す。確か他の退治員の面倒な依頼を手伝っていると聞いたはずだ。
「たぶん『退治課』にいると思う。事務室にいないなら、依頼を受けているから退治処置室にいると思うけど」
「では急ぐぞ。昼休み中に終わらせたい」
「う、うん。でも何をするの?」
「後で言う」
「あの、退治処置室の場所は……」
「知っている」
レイニールは少しもリィケを見ずに廊下を進んでいく。その歩みには少しも迷いがなく、リィケが目的の場所を説明する隙は全くない。
まだ身体と顔が出来上がっていなかったため、レイニールはつい昨日まで研究室からほとんど出ていなかった。
だからリィケは暇な時など、レイニールに施設の案内をするつもりだった。
「あ……着いた」
「そんなに迷う所ではない。余は暇だった時に、ここの施設の見取り図は頭に入れておる」
「…………そう」
どうやら、レイニールは部屋から出なかった時間を有効に使っていたらしい。トーラスト支部の敷地を完全に暗記していたようだ。
リィケが何も言わないうちに、二人は『退治課』の事務室から少し離れた所にある退治処置室の前に着いた。
最初は事務室に行くと思っていたので、リィケ思わず首を傾げる。
「いきなりここに来たけど、ライズさんいるのかな。事務室に戻ってたり……」
「いや、ライズはまだ仕事をしている。終わったらお前のいる研究室か、余がいる訓練場にすぐに来るはずだからな」
「そ、そっか……」
自分の仕事が終わったら、真っ先にリィケかレイニールの様子を見に来る。真面目で忠誠心のあるライズの行動なら有り得るだろう。
場所や個人の特性の把握。レイニールはそれらに優れている。
なんか…………僕の方が新人みたい……。
リィケが落ち込みそうになっている横で、レイニールは躊躇なく扉の前に立った。
コンコンコン……
入室を求めるノックをすると、扉が恐る恐るという感じで少しだけ開かれる。
中から僧侶の制服を着た若い男性が顔を出した。おそらく、依頼人に付き添いの『祭事課』の職員だろう。
「あの……どちら様で……?」
「『退治課』の者だ。ライズはいるか?」
「え? は、はい。ライズ司教ならあちらにいますが、今は立て込んでいまして…………」
「入るぞ」
「えっ、あ! ちょっと!」
若い僧侶を押し退け、レイニールはバァンッと勢いよく扉を開けて中へ入る。
「…………これって……」
「ふむ」
リィケは思わずレイニールの服の裾を掴んだ。レイニールもリィケを後ろに庇うように立つ。
中は広い部屋になっており、それは一目で異常な事態だと理解できた。
部屋の中心には大きな光る円陣が描かれていて、その中央には二人の男女が座らせられている。
おかしな点を挙げれば、二人はそれぞれの体が“有刺鉄線”でぐるぐる巻きにされているのだ。
「「離して離して…………」」
円陣の中の二人は『離して』と同時にうわ言のように呟いていた。しかしお互いの体は別々に縛られている。
「たぶん……“悪魔憑き”だ……」
「ほぅ。これはなかなか面白いものだな」
臆するリィケと対照的に、レイニールは“悪魔憑き”を興味深そうに眺めていた。