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Thousand Sense〈サウザンドセンス〉  作者: きしかわ せひろ
第五章 【魔王】と『淑女』
125/135

違和感の有無

お読みいただき、ありがとうございます。

「おーい、リィケー! 支度できたら行くぞー!」


 出勤前。自宅の玄関ホールでルーシャはリィケを呼んだ。だが、何度か呼んでも返事がない。


「リィケー? 外には出てない……よな?」

「おい、ルーシャ」

「ん?」

「……ちょっと」


 ルーシャが首を傾げていると、居間の入り口からライズが手招きをしている。


「なんだ?」

「…………これ……どうする?」

「え? ………………あ……」


 ライズの指差す方を見たルーシャは眉間にシワを寄せた。



 …………………………

 ………………





「………………おい、俺の部屋は仮眠室じゃねぇんだが?」

「すまん。でも、『退治課』の事務室に置いとく訳にもいかないし…………」


『研究課』のリーヨォの部屋。

 この部屋はリーヨォが個人で与えられた研究室であり、限りある人間しか出入りを許可されていない。


「昨日、夜更かしでもさせたんだろ?」

「いや、昨夜は普通に寝てたぞ。今朝は少し早くは起きたけど…………出掛ける間際になって、急に寝こけて起きなくなったんだ」

「だから()()()()()()()()出勤してきたのか……」

「……変な言い方やめろ」


 リーヨォと出勤してきたルーシャの視線の先には、部屋に置かれたソファーの上でスヤスヤと眠るリィケがいた。


 今朝、起きてきて『怖い夢を見た』と言って泣きじゃくっていたリィケだが、泣き止んでから出掛ける直前までは至って普通に身支度をしていた。

 しかしいざ出掛けようとした時、リィケは居間のイスに腰掛けた状態で眠ってしまい、何度声を掛けようと起きる気配がなかった。


 仕方なくルーシャはリィケを背負って出勤し、すぐにリーヨォがいる研究室へとやってきたのだ。

 ちなみに一緒に出勤したライズは、今朝のミルズナとの話をしに支部長室へ直行した。



 カラァ――――ン

 カラァ――――ン


 すぐ近くの時計塔から二番の鐘の音が響く。


「まったく……人が徹夜明けの一服でくつろいでいる時に、リィケ背負って飛び込んできやがって…………」

「……いや、でも……なんかあったらどうしようかと…………」


 確かに、リィケの身体に問題があれば、すぐに対処できるのはリーヨォだけだろう。


「念の為に調べたけど何ともない。寝てるだけだから安心しろ」

「本当に何ともないのか……? 夢見が悪かったことは?」

「精神的なことは起きてみないとわからん。寝不足って感じでもないし、特に異状もないし心配するような事にはなってないな」

「…………うん、まぁ…………」

「…………?」


 ルーシャがいつになくしつこい。

 こんなにリィケに対して、必要以上に心配してベッタリしていたことは今まであっただろうか?


 前から可愛がってはいたが……と、リーヨォは眉間にシワを寄せてルーシャを見詰める。


「お前…………いつの間に、そんな過保護な父親になったんだ……?」

「へ?」

「いや、悪いことじゃねぇけどよ。ふぅ……」


 小さくため息をついて、リーヨォは机に散らばった書類を片付け始める。


「たぶん、このまま寝せておけば昼には目覚めると思うぞ。リィケは起きるまで預かってやるから、お前はさっさとラナロアに報告して、通常業務に戻った方がいい」

「でも…………」


 リィケを残しておくことに抵抗があるのか、ルーシャは困ったような表情になった。その時、


「…………気持ち良く眠っておるのに起こすのか?」

「――――え?」


 ルーシャがソファーの方へ顔を向けると、いつの間に入ってきたのか、レイニールがしゃがんでリィケの顔を覗き込んでいた。


「うおっ……お前、いつ入ってきたんだよ!?」

「おはようございます兄上。扉が半開きでしたので入りました。私が本日から『退治課』に世話になるので、朝一番で部屋に寄れと言ったのは兄上ではありませんか」

「あ……まぁ、そうだったな……」


 レイニールはリィケから目を離さずにリーヨォに言い放つ。リーヨォは目線を逸らし、再びため息をついていた。


 普段は誰にでもズバズバと物を言うリーヨォだが、どうやらレイニールに対してはそこまで強く出ないようだ。


 …………リーヨォって意外と身内には弱いんだなぁ。


 ルーシャがぼんやりと兄弟のやり取りを見て思っていた時、レイニールがルーシャの服の裾を軽く引っ張る。


「で? 起こすのか? リィケは午前中にそんなに急ぎの仕事でもあるのか?」

「え……あぁ、午前中は特に…………無い」

「そうか。じゃあ寝せておいて構わぬな」

「……………………」


 …………なんか、言い負かされた気分だ。


「……リーヨォ、このままここにリィケを寝かせててくれるか」

「ん、構わねぇよ」


 リーヨォと話すルーシャの顔をじっと見詰めた後、レイニールは満足そうに、目線を眠っているリィケの顔に戻した。


「じゃあ、ごめん。昼にまた来るから……」

「おぅ、行ってこい」


 …………バタン。


 リィケを二人に任せて、ルーシャは部屋を出て扉を閉める。


「……ほんとに、何かあったのか?」


 部屋を出る前、二度ほど困ったように振り向いていた彼の様子にリーヨォは呆れて呟いた。






 しばらくして、ルーシャが完全に部屋から遠ざかったところでレイニールが口を開く。


「兄上。ルーシャは父親という立場では、世間から見て“普通”というものでしょうか?」

「ん? さぁ、どうだろうな。リィケが特殊な事情だし…………」

「あの者も“普通”とは言えない父親ですか?」

「……………………」


 リーヨォはレイニールの問いにすぐに答えず天井を仰いだ。思い出すのは、先ほどリィケを心配するルーシャの表情。


「兄上」

「ん?」

()()()()()は…………“普通”の父親でしたか?」

「それは…………」


『陛下』という部分を濁し、レイニールはリーヨォを見上げて尋ねた。小さなため息が二人分重なる。


「申し訳ありません。愚問でした」

「いや……気持ちだけなら、ルーシャの方がよっぽど“普通”の父親だと言えるんじゃないか。俺らの父親はどうあっても“普通”とは言えなかったからな」

「……………………」


 リーヨォも王宮を出る前は、平民の中の“普通”という概念が欠けていたように思う。


 リーヨォは十歳で王宮を出奔した。

 しかしたった十年の王宮暮しなのに、生まれてから身に付いた習慣を直すのはなかなか苦労した。だから、まだ十二歳のレイニールにも平民の感覚を身に付けてほしいとリーヨォは思っていた。


「お前の言ったように、陛…………親父が死んでたとしたら、俺らをどう思っていたのか……確かめる術は無いか……」

「………………」


 少しの間、沈黙が部屋を支配する。


「レイニール。お前今のうち、世間一般の“普通”ってのを覚えとけ。お前が大人になった時に、絶っ対役に立つはずだ! 俺は役に立った!」

「はい」


 レイニールは素直に頷いた。しかし、リーヨォはこの弟に対して少し気になったことがある。


「だから、言っておきたいんだが…………この連盟内では俺に過度な敬語はなしだ。今のお前は単なる『退治員の見習い』だ。ルーシャもライズも一応、お前より退治の『先輩』なんだから少しは敬意ってのを払えよ」

「………………」

「…………返事しろ」

「…………………………はい」


 さっきまですぐに応えていたはずなのに、レイニールは眉間にシワを寄せて難しい表情をした。


 こいつ、悪い意味でも王族なんだよなぁ……。


 リーヨォにとっては賢い弟だが、人付き合いに関しては初心者だ。王宮の敷地内に隔離され、平民と話す機会などまったくなかったため、相手を見下すつもりはなくとも態度が大きく見えてしまう。


「まずは王族の話し方をやめろ。それに、ルーシャたちを粗末にすると…………リィケに嫌われるぞ?」

「っ!?」


 ビクンッと、レイニールはわかりやすく身体を揺らした。


 レイニールはリィケに助けられて以来、常にリィケ傍に置いて離したがらない。リーヨォじゃなくとも、リィケのことがお気に入りだというのが丸わかりである。


「だ、誰も、ルーシャを粗末なんてっ…………奴はリィケの父親だというではないですか。もしかしたら、将来は『義理の父』になるやもしれないのに……!」

「ぷっ! 義理の……って、お前……リィケのことしっかり嫁にしようと思ってるのか?」


 珍しく動揺している弟に、リーヨォは思わず吹き出す。

 リーヨォもミルズナとそんなことを企てていたが、どうやら彼らが推さなくても本人はその気だったようだ。


「い、いけませんか? ケッセル家は聖職者で、爵位は無いものの古くからの血統でありますし、何よりリィケ自身【サウザンドセンス】です。これ以上ない条件です。兄上やミルズナだって、そう考えてはいませんでしたか?」


 さすが王族で兄弟である。

 好意だけで考えた訳ではなく、政治的な点でもレイニールも兄たちと同じように考えていた。


「ん……まぁ、そりゃそうなんだが…………」

「…………兄上?」


 リーヨォはこめかみを押さえて俯く。


「その話は俺もミルズナも考えてはいた。でも、リィケとお前をどうこうしようと思ったのは、お前らが身体を取り戻してからだ。ちなみに、リィケは性別も判ってないんだから――――」


「リィケは『女』ですが?」


「は?」


 レイニールは不思議そうな表情を浮かべて、当たり前のように言った。


「ちょっと待て。リィケは確かに、俺が顔を造ったから女の子みたいに可愛いが…………」

「いえ、私も最初は服装や言動から、この者を少年だと思いました。ですが、『鑑定』の魔術で女だと判りましたので…………」

「は!? 『鑑定』!? お前、リィケを『鑑定』できたのか!?」



 五年前。


 リーヨォはリィケを保護した直後、この子が何者であるか調べるために『鑑定』の魔術を掛けた。


 調べるのは『魂』そのもので、生霊であれば身体や記憶の情報から身元が判るからだ。


 しかし、ただでさえ人間の魂そのものを調べるということは難しい。『鑑定』が得意だったリーヨォも、魔力の強いラナロアでさえ、リィケの情報は性別の判定も含めて拾えなかった。


 後にリィケ自身の魂にほとんど魔力などが無く、情報が乏しかったのも原因であると考えられた。


 それ故に、リィケは『産まれたばかりの純粋な魂』だと推測され、その時の状況からルーシャとレイラの子供だと判断されたのだ。






「おまっ……どうやって調べた!? 五年間誰も解らなかったんだぞ!? 俺やラナでさえ難しいことをっ……!!」


 リーヨォは思わずレイニールの肩を掴んで、ガックガックと前後に振った。


「え…………それは『人間の魂そのもの』を調べるのは、兄上ほどの魔術研究者ではないと無理です。しかし、私は『物の鑑定』くらいならできます」

「『物』? 人間に対してか?」

「はい」


 リィケは『物』じゃない。魂は生霊であり、リーヨォの視点から見て『人間』だ。


『人間』に掛ける魔術は『物』に掛ける魔術とは、質も違ければ難易度も格段に違う。


「どうやって……『物の鑑定』と『人間の鑑定』は別の魔術になるんだぞ?」

「それは……私もリィケも『生ける傀儡(リビングドール)』だからです。身体は人形なので『物』ですよね?」

「っっっ!?」


生ける傀儡(リビングドール)』の身体は魂の入った人形である。


 いくら生きていると言っても、人形の身体は『生身の身体』ではなく無機質の『物体』だ。


「そうか……その手があったか。リィケがあの身体を使い始めて三年近くになる。つまり…………『身体』を『物』と考えて…………」

「はい。それで『所有者』を割り出してみました」


『物』は数年も使用すれば、それに持ち主の魔力や聖力が染み付く。


 つまり、その『所有者』の情報を『物』に聞くという作業だ。


「それで、リィケが『女』だって判った……と?」

「はい。他には…………私の鑑定では、そこまで細かくわかりませんでしたが……」

「いや……それが判っただけでも、たいしたものだ…………そっか、リィケは『女の子』だったかぁ」


 元からリィケは大人しい性格なので、あまり違和感が無いように思う。


「これはルーシャに知らせないと…………余計に過保護になりそうだけど……」


 眠るリィケの顔を見ながらリーヨォが苦笑した時、


 ………………ギィ……


「ん?」

「………………」


 不意に、入り口の扉が軋む音がした。見ると、扉が半開きになっている。すぐにレイニールが扉から廊下を見回す。


「大丈夫です……誰もいません」

「ルーシャが出ていく時、閉めてったよなぁ?」


 確認するように、リーヨォはパタパタと扉を開け閉めする。扉には問題は見当たらない。


「閉めていました。ですが、こちらに来た時も半開きになってました」

「この間の悪魔のせいで壊されたのを、とりあえず急ぎでって直してもらったから、建付けでも悪くなってるのかも……」

「もう一度、()からきちんと直してもらえば良いのでは?」

「……作業の間、仕事できなくなるんだよなぁ」


 ブツブツと呟きながら、リーヨォはしっかりと扉を閉めた。





 …………………………

 ………………





「………………あ……ふぁあああ……」


 リィケは寝ぼけながらも、身体を起こして大きなあくびをする。


「僕……寝ちゃってたんだ………………あれ?」


 誰が寝かせたのか、リィケは天蓋付きの立派なベッドの端に座っていた。


「………………ここ、どこ?」


 前にも同じことがあった気がする。


 リィケがそれに気付くのはすぐのことあった。




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