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Thousand Sense〈サウザンドセンス〉  作者: きしかわ せひろ
第五章 【魔王】と『淑女』
124/135

明けて早朝

お読みいただき、ありがとうございます!

 カラァ――――ン……

 カラァ――――ン……


 トーラストに朝一番の鐘の音が響く。

 この鐘の音は【聖職者連盟】の建物がある場所では、種類は違えど鐘を鳴らす時間は国内で統一されている。




「ふぁ……」


 鐘の音で目覚めたルーシャは、ゴシゴシと目を擦りながら起きて居間まで移動した。


 宿場町まで通っていた時はこの鐘が鳴る頃に家を出ていたが、今では起床の時間になっている。この家は連盟からさほど離れていないので、何も無ければこの時間から朝食や身支度を済ませ、二番の鐘が鳴る前に出勤すれば充分間に合う。


 しかし今朝はすでに朝食が用意され、それを作ったはずのライズの姿が見当たらない。

 食卓の上には、ひとりで食べておくように……とメモが置かれている。


「……そういえば、今朝は『報告』するって言ってたな」


 ルーシャは少し二階の方に視線を向けたあと、顔を洗いに洗面所へと向かった。




 …………………………

 ………………




 鐘が鳴り止む頃、ライズは自室に置いてある姿見鏡の前にひとり佇んでいた。


 そこは二階の真ん中にあり、かつてはライズの父親のランディが書斎として使っていた部屋だ。ライズが以前使っていた子供部屋は、今はリィケが使っている。


 トーラストに滞在するためにこの部屋を寝室にしたのだが、部屋の物はほとんど変えずにベッドとこの姿見鏡だけ新調した。


「……………………」


 鏡の前に立つライズは早朝でありながら、司教が礼拝の時に着用する法衣を着ている。すでに身支度は完璧に終わっているが、鏡を見詰めたまま微動だにしない。


「………………っ」


 ぴくり、と少しだけライズが眉を動かす。それと同時に彼は腕を鏡へと伸ばした。

 指先が鏡面に触れた途端、そこに水の波紋が浮かび上がる。


「――――――ミルズナ様……?」

『…………はい。聞こえておりますよ』


 鏡の中のライズの姿が消えて、ミルズナの全身が現れた。


「ミルズナ様、おはようございます」

『おはよう。お待たせしたかしら?』

「いいえ。ほぼ時間通りでしたので」

『そう。では、始めましょうか。前回から昨日まであった事の報告をお願いします』

「…………はい」


 再びライズが鏡に触れると、今度は鏡面のミルズナに重なるように様々な場面が実際の時間の経過よりも速く流れる。


 これが、ライズとミルズナの連絡方法である。


 この能力は王家の人間から印を与えられた者が、その場所で鏡を使うことで、会話や見聞きした情報をその記憶のまま伝えることができるもの。


 つまり、今鏡に映し出されたその光景は、ライズが見聞きしたものだ。



千里の光源(クレアボイアンス)


 王家特有の『神の欠片』の一つである。


 鏡には主にレイニールが話した内容が流れていた。ほぼ動きがなく、喋る内容は何倍も速くて、普通の人間には聴き取れないだろう。

 しかし、この能力の持ち主で【サウザンドセンス】であるミルズナには、この光景と話は全て理解できるようになっている。



 やがてレイニールの話す場面が終わり、次にサーヴェルトたちとの会議の様子が全て流れたあと、鏡は再びミルズナの姿だけを映し静かになった。

 ここまでで掛かった時間は一時間もない。



「……これで、報告できるものは全てです」


 ミルズナの目がじっとライズを見詰めている。こういう時の彼女はまるで尋問官のようだと、ライズは内心思っていた。


千里の光源(クレアボイアンス)】の能力は、報告する者の気持ちひとつで、流したくない情報は隠すことができる。


『そう、つまり()()()()()()()()は写していない……ということですね?』

「………………それは……」


 だがもしも、ミルズナがライズの記憶を全て教えろと【守護の支配( ルール )】の能力で命じれば、逆らえないのが『上級護衛兵(インペリアルガード)』なのだ。ミルズナは側近のライズを信頼しているため、敢えてそれを行わないだけである。


『ふふ、変に素直なところはルーシアルドとそっくりです。義兄弟って似るものなのでしょうか…………あなたって隙が無いように見えて、実はけっこう顔に出ているのですよ?』


 ミルズナはライズを部下にする時に“顔が好みだから選んだ”と宣言するだけあって、よく彼の顔を観察している。


 普段のライズは役職柄、感情を表に出さないようにしているので無表情にしていることが多い。しかしミルズナに言わせると、少しでも隠し事がある時は若干顔が引きつっているらしい。


「申し訳ありません……」

『謝る必要はありません。ですが……あなたが“それ”を話すのには、その“人物”の許可がなければならないことなのですか?』

「はい。本人も悩んでいますので……」

『そうですか…………ルーシアルドも次々と問題を抱える方ですね』

「…………………………」


 話の内容が分からなくても、ミルズナは『悩んでいる人物』などお見通しだったようだ。


『わかりました。では、最初はレイニール王子の話から考えていきましょう。話してくださった二年前のことを、こちらでももう一度洗い直す必要がありそうです。サーヴェルトたちと話し合う前に、少しだけ材料を揃える時間をください』


「承知しました。報告はしばらく置いた後ということで良いでしょうか?」

『そうですね……なるべく早めの方がいいのですが…………この能力(ちから)はどんなに早くても、一日おきでしか使えませんから』


 情報を共有できる【千里の光源(クレアボイアンス)】だが、不便な点をあげるのならば、ライズからは連絡ができないのである。しかも、能力が使えるのは二日に一度。


 ミルズナが一方的に能力を飛ばし、ライズが鏡の前で受け取って、すぐに映し出さなければならない。速やかに行えなかった場合、能力は消えて再び使えるのはさらに二日後になってしまう。


『もっと熟練度を上げれば、間を短くできるかもしれませんが…………これを使うと、この後の丸一日は他の能力が弱くなるという欠点が悩ましいです』


 特にミルズナの【絶対なる聖域(セラフィックヴェール)】の威力が激減する。普段はどんな攻撃にも耐えられる結界だが、弱まっている時はライズの素手の攻撃ぐらいでも破れるように脆くなっていた。


「私がいない間、ミルズナ様お一人で戦うことはないかとは思いますが…………くれぐれもお気をつけください」

『えぇ……わかっております。では、二日後以降に………日時指定なら通話石で構いません』

「はい。わかりました」


 プツッと小さな音がすると、鏡はいつの間にかミルズナが消えてライズの姿を映している。


「…………切れたか…………」


 おそらく、二日程度では進展はほぼ無いだろう。ミルズナが再びこの連絡方法を取るのは、もっと後になりそうだ。


 ――――通話石くらい気軽に使えるものなら良かったのだが…………あの方に報告するものは、通話石で話すのは危険すぎるからな。重要かつ複雑な内容は、この方法でしか伝えられない。



 魔法で話せる『通話石』は便利だが、法力や魔力の強い者が途中で干渉すれば会話が漏れることがあった。それは距離があればあるほど危険性が増す。


 本当に急を要する事案でなければ、二日後以降にミルズナの能力で全て報告する方が安全である。



「…………はぁ……」


 ライズは大きく息をついて、ベッドの上にふらふらと倒れ込んだ。


『神の欠片』は魔法より確実だが、【サウザンドセンス】以外の者には、身体や精神的な負担が大きいと感じる。ライズはこの会話後にはいつも軽く目眩がした。


「…………神の欠片も、タダじゃ使えないものだな」


 魔法よりも強力で万能だと云われる『神の欠片』だが、それを使うには魔法とは違う『代償』があることはあまり知られていない。


 目眩を紛らわすように、ライズは自分の周りの【サウザンドセンス】が能力を使う時の『代償』を考えていた。


 ミルズナは【絶対なる聖域(セラフィックヴェール)】を使う時は呼吸を止めなければならない。


 リィケも能力らしきものを使った後は、だいたい眠っていることが多い。確か、クラストでロアンも寝ていたとリィケが言っていたはずだ。


「レイニール王子は…………?」


 思い返してみたが、レイニールが能力を使うことに何の躊躇も感じられなかった。


 ――――王子の能力は【感情の檻(エモーション)】というものだ。この間、サーヴェルト様に使ったが特にその前後に何の変化もなかった気がする。


 精神に直接関わる能力だ。それ相応に精神的に負担になるものかもしれない。ロアンやリィケのように、眠くなるだけならあまり心配はいらないのだが。


「そんなに易々と聞くものではないか……」


 レイニールに尋ねてみようかとも思ったが、それは弱点を晒すことにもなりかねないと気付いた。



「…………はぁ……」


 身体を起こして伸びをすると目眩はもう消えている。


「あの方々に能力(ちから)を使わせないようにするのが、護衛兵である俺の役目じゃないか。しっかりしないと……」


 ライズは立ち上がると、司祭の法衣から出勤用の服に着替え始めた。



 …………………………

 ………………




「…………………………うん……」


 さっきトーラストの一番の鐘がなったことは、ベッドの中にいたリィケもよくわかっていた。


 いつもルーシャがリィケを起こしにくるのは八時前である。しかし、今朝のリィケは教会の鐘が鳴る前から目を覚ましていた。


 ――――どうしよう。起きられるけど…………起きたくないっ!!


 昨夜、リィケが見た光景は夢ではない。

 ジェイドと名乗った人物に連れられて、『裏の世界』からルーシャたちの話を聞いてしまったのだ。



 自分がルーシャの子供ではないこと。

 それを本人に黙っているのが、彼らなりの優しさだというのもよくわかってしまった。


「ルーシャとライズさんに、僕が“知ってる”ってバレないようにしないと…………」


 この言葉を何度も呟き、その度に起きようとしているが上手くいかない。


 しかし、ルーシャが起きて一階へ移動していく音が聞こえて、リィケは覚悟を決めることにした。





 やっとの思いで起き上がり、一階の居間へ行くとルーシャがひとりで朝食を済ませ新聞を読んでいた。


「………………お、おはよう……」

「おはよう。早いな、もう起きたのか?」


 昨日までのぎこちなさがルーシャから消えている。おそらくライズと話したことで、ルーシャの気持ちも楽になったのかもしれない。


「……えっと……あの…………」

「うん? どうした?」

「……………………」


 しかしそんなルーシャとは対照的に、リィケは昨日までのように“お父さん”という言葉がなかなか口から出ない。


 せっかくルーシャが普段通り接するようになっているのに、今度は自分の方が挙動がおかしくなってしまった。リィケは一気に悲しくなってくる。


 泣きたい気分を何とか誤魔化そうとした時、ライズの朝食は手付かずで置かれているのが見えた。


「……ライズさんは?」

「ライズは自室で王女に報告している。今は部屋に近付いちゃダメだぞ」

「………………うん」


 ライズが家に住むようになって、自室でミルズナと連絡を取るのは初めてではない。

 この報告が終わるまではライズは部屋から出てこないし、部屋に入るのも邪魔になるからと止められている。


「……………………」


 すぐに会話が途切れ、リィケは黙り込んでしまった。次はどうしようかと内心焦った時、リィケの心にふと『昨日聞いたことを問いただしてしまおうか』という思いが過ぎる。


 ――――ダメ! そんなこと聞いたら…………


 ………………ポン。


 俯くリィケの頭に手が置かれた。

 見ると、目の前でルーシャが膝をついて、リィケより低い位置から顔を見上げている。


「どうした? 今朝は元気ないけど…………怖い夢でも見たのか?」

「…………え?」

「以前はほぼ毎日、ベッドに潜り込んできたのに、最近は来なかったから何かあったのかと思って……」

「えっと…………」


 リィケがルーシャのベッドに潜り込んでいたのは、ルーシャがうなされて泣きながら寝ている時だ。その時は彼の頭を撫でながら、自分も一緒に寝てしまうという状況であった。


 最近はルーシャもうなされることもなく、よく眠っている。だから、リィケも心配せずに自分のベッドで寝ることが多かっただけだ。


「独りで寝るのが怖い時は来ていいぞ。まぁ……正直、寝相は少し直してほしいが…………」

「お…………お父さん……」

「ん? 何だ?」

「…………………………」


 “お父さん”と口にした途端、目から涙が零れた。


 リィケが初めて会ってから、しばらくの間はルーシャを“お父さん”と呼ぶと難しい顔をされたり、反応が遅いことが多かったのを思い出す。


 だが、最近はどんな時でも呼べばすぐに反応があり、笑顔を向けられることもある。


「お、おと……お父さぁぁぁん!! ふぇええええ〜〜〜!!」

「なっ……そんな怖い夢だったのか!?」

「お父さん、お父さ〜〜〜ん!!」

「しょうがないなぁ……」


 ボロボロと泣きながら首にしがみつくと、自然と背中や頭に手が添えられた。


「お父さん……お父さん……うぅ……」

「よしよし。怖かったな……」


 ポンポンと叩かれる手が優しい。

 いつからルーシャが父親と呼ばれるのを良しとしたのかは分からないが、少なくともリィケの前では父親という役割を果たしている。



 ――――僕が聞かなければ、ルーシャはお父さんでいてくれる。だから僕からは絶対に聞かない!! ルーシャから言われるまで、絶対に聞かない!!



 一瞬だけロアンのことが頭に浮かんだが、今だけは引っ込んでもらうことにした。




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