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Thousand Sense〈サウザンドセンス〉  作者: きしかわ せひろ
第五章 【魔王】と『淑女』
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『カード』 その2

いつもお読みいただき、ありがとうございます!

感想、ブクマなども感謝!

「うぅ……えぅ…………」

「泣くことないよ。君は悪くないし、ルーシャも悪くない」

「……………………」


 背後から掛けられた声に、リィケは振り返って男性を見上げる。彼は音もなくいつの間にか子ども部屋までついてきていた。


「そんなに睨まないでよ。良かったじゃないか、本当のこと聞けて」

「良くないっ……!!」


 思わず男性に向けて怒鳴ってしまい、リィケは口を抑えて床にうずくまった。


「うん、その……『良かった』……は無いか。ごめん、謝るよ」

「……………………」


 片手を上げて、謝罪のような仕草をする男性からは軽い空気しか感じない。


 しかし次の瞬間、


「…………でも、君は“真実”という『カード』を手にした。この先、ルーシャ以外の者からこの“真実”を突き付けられても、冷静に対処できるだろう」


「え…………」


 目の前の男性の雰囲気がガラリと変わる。

 軽かった口調が、厳かな神聖なものへと急に変化した。


「“真実”というものが、当人以外のところからもたらされた時、君はまず信じることはできない。もしくは混乱し身動きができなくなる。もし、それが敵と相対する時だったら? 心を乱された君の敗北は濃厚になる」


「っ…………!!」


 リィケはその言葉にハッとする。

 必ずしも、ルーシャからこの“真実”を教えられるとは限らない。リィケを動揺させるための武器として“真実”が用いられることがあるのだ。



「でも、僕は…………どうしたら……」

「どうもしなくていいよ。知っておくだけでいい」

「え?」

「これが君が得た切り札。この『カード』は持っているだけで効果がある」


 再び、男性が纏う空気は軽くなる。

 男性はしゃがんでリィケの顔を覗き込んだ。やはりどこから見ても、男性の顔がルーシャに似ているのでリィケは落ち着かない。


「“真実”を教えてくる相手が敵だったら、鼻で笑って『知ってる』って答えてやればいいよ。それだけで、相手の方が慌てるから」


「ふ…………」


 さっきまで絶望していたのが嘘のように、心の底からおかしさが込み上げる。


「君は、黙っているルーシャのこと嫌い?」

「ううん、嫌いじゃない。黙ってるのは、仕方ないと思ってる。ロアンが戻ってきたら、いつかは言わなきゃいけないんだろうし……」

「そう。ありがとう……解ってくれて」


 男性は立ち上がって、リィケに背を向けた。


「あっ、待って……!!」

「ん?」

「あの、あなたは……誰ですか?」

「……………………」


 振り返った男性はちょっと苦笑いをする。


「僕の名前は『ジェイド』。この世界を創った『創造者』であり、この世界の住人だよ」

「え……!」


 以前、ルーシャとライズを『裏の世界』へ飛ばしてしまった時にルーシャが出会ったという人物だ。

 しかし、聞いていたその人物の容姿は、顔が見えていなかったはずである。


「その顔…………」

「あぁ、顔なんてのはどうでもいいんだけど…………この顔、けっこう気に入ってるんだよね」

「あなたは、何なんですか?」

「うん? それは僕が『ルーシャにとっての何?』って意味?」

「………………はい」

「う〜ん……そうだねぇ……」


 ジェイドは腕組みをして天井を仰ぐ。しばらく考えてから視線をリィケに戻した。


「僕とルーシャは『双子もしくは他人』かなぁ」

「へ……?」

「今はどっちかというと、他人の方が強いけどね」

「…………???」


 訳がわからずリィケは首を傾げる。

 ジェイドは笑いながらリィケの頭を撫でると、三歩ほど後ろへ下がってリィケから離れた。


「そろそろ君を戻さないとね……」

「………………」


 パチン。小さく破裂音がする。


「『リィリアルド・ケッセル』……君は自分の名を忘れないよ……に…………」


 ジェイドの声が次第に遠く聞こえ、リィケの視界は徐々に暗くなっていった。



 …………………………

 ………………




「…………ん?」


 しばらく静寂が支配していた居間だったが、ライズが何かに気付いて天井を見上げた。


「どうした?」

「あ、いや……二階から音がしたけど……」


 しかしそれ以上、何かの物音はしない。

 リィケが階段を降りる気配もないし、もちろんドアに近付いた訳でもない。


「リィケが寝ぼけてベッドから落ちたかな。寝る前に様子見るか…………」


 ルーシャは飲み終えたマグカップを台所へと下げ、寝る準備を始めた。


「…………意外にお前も、父親らしいことはしてるよな」

「何だよ……急に……」

「いや……俺にはまだ解らない感覚だなって…………」

「オレだってまだよくわからない。でも、できる事はやろうと思っている」


 そういえば、最初に言われたことは“絶対に死なないで”ってお願いだったっけ…………。


 それが、ずいぶんと遠く感じる。


「できる事は、まだたくさんあるはずだ……」


 ルーシャは静かに階段を上っていった。




 …………………………

 ………………




 ゆらゆらと揺れる景色が完全に闇に溶ける。

 それは、見ていた場所の灯りが消えたためだった。


「…………もう、()()()は寝る時間なんだよな」


 廃屋のような部屋でジェイドが片手を上げると、居間に浮かんでいた黒い景色は消え去った。

 暗い景色が無くなると、部屋は昼間のように明るくなる。


「僕にできるのはここまでか…………あー、なんか疲れたぁー……」


 ジェイドは部屋から出て玄関で伸びていると、そこへ玄関の扉を開けて入ってくるものがいた。


「やぁ、いらっしゃい。えーと、こんばんは……かな?」

「えぇ、こんばんは。ジェイド」


 入ってきたのは、狼の面をつけた『精霊使い(シャーマン)』のルーイである。


「ふぅ…………彼女なら、いつもの奥の部屋だよ。今日はその部屋しか許されなかった」

「そうですか。ありがとうございます」


 ルーイは静かに廊下を進んでいき、突き当たりの部屋のドアを開ける。


 ドアの正面の壁には窓があり、その下に膝を抱えて座り込んでいる女性がいた。


 窓からの光が、彼女の長い金髪と赤いドレスを鮮やかに照らしている。


「レイラ、もうすぐマルコシアス様が目を覚まされる時間です。ひとまず、教会へ帰りましょうか」

「………………………………」


 ルーイの声にレイラはピクリとも動こうとしない。小さくため息をついて、ルーイは再び声を掛ける。


「…………素直に帰らないと、今度はこの部屋にも出入りさせてもらえなくなりますよ?」

「っ…………」


 緩慢な動きで彼女は頭を上げた。

 彼女の表情は暗く、『濃い緑色(ビリジャン)』の瞳が涙で濡れている。泣き腫らした目の下には薄く隈も見えた。


「あー、ずいぶんな顔になったねぇ。そんなの、ルーシャに見せたら嫌われるよ〜?」

「っっっ……!?」


 廊下からひょっこり顔を出したジェイドの言葉で、身体を起こしかけたレイラは再び顔を伏せてしまう。


 余計な一言を放ったジェイドに、ルーイは低い声で呟く。


「……お静かにしてもらえますか」

「あ、ごめん。でも、もう時間切れじゃないの?」

「え…………あ……」


 ルーイが窓辺の方を向くと、レイラが立ち上がってドレスの裾の埃を払っていた。彼女の腕には一匹の緑色の蛇が巻き付いている。


「ふん…………また、レイラが駄々をこねたか」

「マルコシアス様、申し訳ありません」

「毎度、教会までの移動が億劫だな……」


 マルコシアスの強い『金色の眼』がルーイを見据えた。

 先ほどまでの弱々しい表情は消え、今は彼女の全身から威厳のようなものが漂う。


 普通であれば臆する雰囲気だが、そんなマルコシアスを前に『創造者』のジェイドはめんどくさそうな顔をする。


「移動が嫌なら、レイラに生活の拠点を合わせてあげればいいのに…………彼女、この家に戻ってきたいんだし…………」

「ほう? 主である我が、従属しているレイラに行動を合わせろというか? なかなか興味深いことを言う。さすが『異界を創る者』は違うな」

「元はレイラの身体だろ。【異界の王】には必須の器なんだから、ちょっとは気持ちに譲歩してあげれば?」


「「………………………………」」


 マルコシアスがジェイドから十歩くらいの距離で止まって、そこで両者は静かに睨み合いを始めた。


 しかし、それはすぐに邪魔が入る。

 ルーイがマルコシアスとジェイドの間に立ち、互いの視線を断ち切った。


「マルコシアス様、全員あちらで待っています。ジェイド、これ以上は口を慎んでいただけますか」


 それぞれの顔を見て言うルーイだが、マルコシアスもジェイドも眼の鋭さが消えない。


「ルーイはそっちの肩を持たないといけないから辛いよね。レイラやロアンがいなきゃ、この世界ごと沈めてもいいんだよ? ねぇ、マルコシアス……」


「ふん。貴様ごときに我が潰されるわけがないだろう。脅すにしても、己の力量を理解してものを言うのだな。『創造者』よ」


 間のルーイを無視するように言い合う。

 だが、挟まれるルーイも彼らに負けてはいない。


「…………無礼を承知で申し上げます。お二柱(ふたり)とも、それぞれご自身の『立場』というものを理解していらっしゃいますか?」


 ふわりと、風もないのに床に積もった塵が舞い上がった。

 ルーイの周囲にうっすらと、光る帯状の蒸気のようなものが揺らめく。建物の中の空気がビリビリと震えているのが伝わってきた。


「もしも、ここでお二柱がぶつかるようなことがあれば、この私も命懸けで引き離しに入らせていただきますが………………よろしいでしょうか」


「「…………………………」」


 ここでの争いはまったくの無駄である。


『表の世界』を模して造られている『裏の世界』で、大きな力がぶつかればそれなりに『表』に影響が出るのは想像がつく。

 そして、その争いでルーイに何かあれば、喜ぶのは彼らと敵対しているものたちだけだった。


 マルコシアスもジェイドも、その事は重々承知している。


「我としたことが、戯れが過ぎたな。許せ、ルーイ」

「………………ルーイ、ごめんね」

「いえ、私も少々冷静さにかけました。申し訳ありません」


 全員から覇気が引いていく。



「ではルーイ、行くぞ」

「はい」


 マルコシアスはルーイを連れて外へ出ようとしたが、玄関の手前でピタリと足をとめた。


「…………誰か来ていたのか?」

「あぁ……やっぱり分かるんだ? 少し前に、リィケが来ていたんだよ。僕が呼んだ。彼にも『切り札』のひとつくらい必要だろ?」

「そうか……」


 マルコシアスは玄関の扉を見たまま動かない。


「君がケッセル家の眷属になってること、ルーシャとライズは知ってるよ」

「……サーヴェルトから聞いたのであろう」

「ついでに、ロアンが【魔王殺し(サタンブレイカー)】の子どもだって…………君が教えたんだね?」

「…………あぁ、そうだ」


 こちらを振り向きもしないマルコシアスに、ジェイドは肩をすくめてみせる。


「リィケの事は教えないのかい?」

「………………………………」

「ロアンと一緒に育てる気は?」

「………………………………」

「せっかく【魔王】の素質があるのに……」

「………………………………」


 マルコシアスは扉に手を掛け開く。

 門の所まで歩いて、そこで振り返った。


「……ロアンは選択肢がなかった。だが、あの者は違う」


 マルコシアスの『金色の眼』が一瞬だけ『濃い緑色(ビリジャン)』に変わってすぐにまた戻る。


「せっかく解放してやったのに、また縛り付けるなど我が矜恃が許さない……」


 そのままマルコシアスは、スタスタと早歩きで通りに向かっていってしまった。


 取り残されたルーイをジェイドは横目で伺う。


「……悪魔なのに優しいねぇ。母性にでも目覚めちゃったのかな」

「絶対に本人には言わないでください」

「うん…………まぁ、どうかな」


 ジェイドは笑ってはいるが、茶化しているような口調ではない。


 たぶん、そこまで干渉する気はないだろう。

 そう思ったルーイは、黙ってマルコシアスの後を追った。




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