『カード』
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トントン、トントン…………
「ぐぅー………………ふぇ?」
リィケは自室のベッドで気持ち良く眠っていたが、ふと肩を叩かれた感覚で意識が浮上した。
「………………ふぁ……」
人形の身体はリィケの『眠気』に反応して、自然と欠伸を誘発させる。何とか目を開けると部屋の中は薄く明るい。
…………もう、朝?
リィケはボーッとしながらも身体をゆっくり起こす。
ずいぶん疲れた状態で眠ったのか。
まだあまり寝ていない気がするのに、あっという間に起床の時間になってしまった。
そう思って部屋を見ると、ベッドの横に誰かが立っている。きっと、肩を叩いてリィケを起こしたのはこの人物だろう。
「………………お父さん?」
「起きたね、おはよ」
呼び掛けたらすぐに挨拶が返ってくる。
背の高い男性、『銀紫』の髪が見えた。
眠り足りない目はなかなか開きにくく、ぼんやりとした視界にルーシャがいるとリィケは認識した。
「リィケ、ほら立って。ちょっとこっちにおいで」
「ふぁ………………うん……」
手を引っ張られ、ベッドから降りるとそのままフラフラと歩き出す。
立ち上がっても、頭も身体も眠気で重く歩きにくい。
…………おかしいな。朝まで寝てたんだから、もっとスッキリ目が覚めるのに……?
そんなリィケの手を取って、ルーシャはどんどん歩いていく。
階段を降りて一階の居間のところまで、リィケを連れてきて立たせた。
「…………あれ?」
居間の扉は開いているというより扉は外されていて、廊下と部屋が繋がっている。確かここには立派な木の扉があったはず。リィケは首を傾げる。
「さ、中に入って」
「………………?」
後ろから肩を押されて扉の無い入り口をくぐった途端、明るかった部屋が夜のように薄暗くなった。
よく見ると、それは暗い部屋に灯りがついている光景であった。
さすがにここまでくると、リィケはこの状況が普通ではないと感じる。何故なら、その部屋の光景はぼんやりと透けて見えるのだから。
「…………これ……」
――――『裏の世界』から『表の世界』を見た時に似てる!?
透けた光景にはリィケの家の居間があり、そこのテーブルにはルーシャとライズが向き合って何かを話していた。
自分は今、『裏の世界』にいる!
リィケはそう確信した途端、後ろから両肩に手を置いている人物がルーシャではないことにも気付いた。
「…………っっっ!?」
手を振り払って見上げたその人物は、やはりルーシャではない。しかし、背格好や髪の毛の色はルーシャと同じで、遠目から見たら間違えるくらいそっくりだった。
ルーシャと違う所を探せば、彼の瞳の色が『濃い緑色』だということ。
「だ、誰っ!?」
「……………………」
警戒するリィケを見ながら、男性は優しく笑うと黙って指を差した。その方向にはルーシャとライズが見える。
「…………?」
「気になるなら聞いてごらん。面白い話をしている」
『面白い』と言っているが、話しているルーシャとライズの表情は楽しい話をしているようには見えない。
しかし、少しでも気になってしまうと、二人の会話が自然と耳に入ってくる。
『……マルコシアスは、ずっとケッセルの屋敷にいたんだ。ずっと、オレやじいさんの傍にいた』
ルーシャが困ったように笑いながら言う。
『じゃあ……姉さんは、ケッセルの屋敷に出入りするうちにマルコシアスに会って…………身体を引き換えに俺たちを助けることを願ったのか!?』
『たぶん、レイラとお義父さんたちは、レイラが“何か”に狙われるのを知ってたんだろう。だから、オレとお前を逃がした……』
『何かって……?』
『分からない。レイラ自身もそいつを捜していると、マルコシアスに言われた』
『知っていたなら、俺たちも一緒にその何かと戦ったのに…………』
『たぶん、レイラたちに……もしかしたら、オレたちがいても勝ち目のない相手だと思ったのかもしれない……』
『そんなのって…………』
ライズが悔しそうに俯いている。
ルーシャも目の前のマグカップを両手で握って黙り込んだ。
「五年前の……話……?」
「そうだね。マルコシアスが君たちとは敵対していないこと、五年前の事件をレイラたちが知ってたんじゃないかってことを話してる。リィケがいないところでね」
「っ……!!」
リィケは男性を見上げる。男性は先程から柔和な笑顔を浮かべて、ルーシャたちの方を見詰めていた。顔を前に向けたまま、リィケに語りかける。
「…………不公平だと、思わないかい?」
「へ…………?」
「君が子どもだというだけで、君の『手持ちのカード』が減らされる。人は自分が持っているもので戦わないといけないのに…………」
「カード?」
再び、リィケの肩に手が置かれ、ルーシャたちの方に身体を向けられる。
「これが君の持つ『カード』の特権だ。君はこのまま他の『カード』を増やしていけばいい」
「………………」
自分が今から何を見せられようとしているのか、リィケは正体の分からない恐怖に駆られ動けなくなった。
…………………………
………………
ズレた空間でリィケが聞いていることも知らず、『表の世界』ではルーシャたちが話を続けていた。
「これはレイニールの事でも言えるが、問題はレイラが何と戦っていて、何でそれを知ることができたのか……」
「父さんたちも知っていたなら、ずっと昔に何かあったとか?」
「うん……これは調べてみないと分からない。だから、みんなにもある程度まで話さなきゃいけなくなる……」
二人で深いため息を着く。
「……でも、よくここまで聞き出したな?」
「へ?」
「【魔王マルコシアス】に聞いた、って言っただろ。クラストじゃ、いつ殺されてもいいくらいに邪険にされてたのに………………」
「……………………………………」
ここで、ルーシャの表情が何とも苦しそうなものに変わった。その様子にライズは最近のルーシャへの違和感を思い出した。
「…………リィケのこと……か?」
「…………………………」
最近ルーシャがリィケに対して、変に気を遣うような様子があった。
気を遣うこと自体はおかしいのではない。だが、どこか過保護とは違うルーシャのリィケへの態度にライズが気付いた。きっと他の人間なら気付かない些細なことだろう。
「以前……クラストでマルコシアスに言われたことがある。“自分を追うなら喪うだろう”って……時計塔でもそれを言われた」
「まさか……情報を聞き出すのに、何か盗られた……とか?」
「…………盗られたなら、まだ良かったのに……」
自嘲のような言葉が吐かれる。
「オレ…………マルコシアスに抗議したんだ。レイラが無事を願った三人……レイラの夫のオレと弟のライズは無事だが、子どものリィケは無事じゃないだろう……って」
「ん? え……あぁ、確かに。リィケは身体を取られているんだから無事とは………………」
「リィケじゃなかった…………」
「………………?」
「リィケは、オレの子どもじゃない……と」
「なっ……!?」
ルーシャは両手で頭を抱えテーブルに伏せた。
「レイラとの契約でマルコシアスが助けたのは、夫と弟と子ども…………オレとライズと……………………ロアンだ」
一瞬、ライズはルーシャの言葉を理解するのが遅れた。しかし、ロアンというのが【魔王】と行動を共にしていた少年だと思い出した。
「ロアンって…………あの……王子の姿をした?」
「レイニールの姿から、別の姿に変わったのを見た。オレと同じ…………『銀紫の髪』と『紫紺の瞳』を持っていた…………五歳くらいの子供の姿になって…………」
「そんな…………じゃあ、リィケは……?」
「わからない。マルコシアスもそれには触れなかった……」
「…………………………」
それ以上、ライズは何を言えばいいのか分からなくなった。
これまで悪魔を倒してきたのは、レイラや両親の敵を追うという理由以上に、リィケを助けたい思っているからだ。
「「…………………………」」
ルーシャとライズは黙って俯き続けた。
…………………………
………………
「………………………………」
“リィケは、オレの子どもじゃない”
ルーシャのその一言は、『裏の世界』で二人の会話を聞いていたリィケを絶望のどん底に突き落とした。
初めは聞き違いかと思ったが、ルーシャが苦しそうに説明していく毎に、リィケの心は完全に打ちのめされる。
「うん、そういうことだね。リィケ、大丈夫?」
「………………じゃ……ない」
隣りではルーシャに似ている男性が、リィケの顔を覗き込んでいるが、それもどうでもよくなった。
『『……………………』』
「っ…………!!」
二人が完全に黙り込んだ時、リィケは男性を避けて後退り、廊下に出た途端に階段を駆け上がった。
廃屋になっている『裏の世界』の自宅の二階の子ども部屋まで走り、さっきまで寝ていたとは思えないボロボロのベッドの脇に力無く座り込む。
「…………僕は、お父さんの……ルーシャの子どもじゃない?」
ルーシャの子どもがロアンだという事実が信じられなかったが、徐々に彼と自分を比較していく。
同じ【サウザンドセンス】であるのに、能力の扱いの差は歴然だった。
クラストで何もできなかったリィケ。
それに対して、ロアンはルーシャと一緒に戦えるくらいの実力がある。
リィケは銃しか扱えず、それさえも不安定だ。
しかし、ロアンは大剣やダガーなど、子供にしては武器の扱いに長けていた。
そして、ケッセルの家宝である『宝剣レイシア』をロアンは使ってみせたではないか。
【魔王殺し】そのものだ…………。
ロアンからは悪魔を退治するルーシャの姿が重なって見える。
自分には無い、ルーシャに似た特徴をロアンがたくさん持っていることに愕然とした。
「うっ…………うぇっ……うわぁああああっ!!」
たまらず、ベッドの端にしがみついて泣き叫んだ。
最近、ルーシャが自分を気遣ってくれることに、何故か違和感があった。いつも優しいのは知っているが、トーラストに帰ってきてからさらに優しい気がしていた。
【魔王】に遭遇したりしたから、ルーシャ自身が気を張っているのかと思っていたらそうではなかった。
ルーシャは無意識に、リィケに気付かれないようにしていたのだ。
“この子は自分の子どもではない”と、知っているということを。
本当のことを伝えれば、絶対にリィケは泣き崩れて傷付く。そんな思いをさせるなら、黙って自分の子供として受け入れようとしているのだ。
…………それでも、黙ってるよりは……言ってくれたら良かったのに!!
そう思ったリィケだが、もしもルーシャから面と向かって言われれば、それでもきっと傷付いたことだろう。その事にも気付いて、悲しいのか悔しいのか、リィケの頭の中はごちゃごちゃになった。