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Thousand Sense〈サウザンドセンス〉  作者: きしかわ せひろ
第五章 【魔王】と『淑女』
120/135

昔から見ていたもの

お読みいただき、ありがとうございます!

 トーラストのトップ三人、アルミリア、サーヴェルト、ラナロアはソファーで時々深いため息をつきながら、なかなか終わらない内容を話し合っていた。



「…………それが本当なら、この国全体の問題でもあります。私たちが判断できる範囲を超えてしまいますね……」


「ふぅ……どうしたものか。こうなったら『本部』のミルズナ王女を直接この街へ招待するしかないかもしれないな」


「彼女を連れて来るとなれば、それ相応の理由が必要ですね。迎えに行くのならば私が行きましょう」


「だがラナロア…………お前はこの間、王都へ行ったばかりだ。すぐに行くとなると他の地域の貴族だけでなく、王都にいる高官たちが何か勘繰ってくるのが目に見えてくるだろう?」


「そうね。彼女を呼び寄せる前に状況を報せ、それに伴い情報漏洩防止はもちろん、悪魔及び見えない人間の敵も見極めなければなりません」


「陛下が…………の可能性があるなら、誰が味方か敵かもわからない。どこで判断するのか…………」


 その日、【聖職者連盟】トーラスト支部の支部長室は、一日中『会議中 立ち入りを禁ず』という札が掛けられ、部屋全体に『防音』『物理耐性』『魔法耐性』の三種類の結界まで施されていた。




 話し合いは昼から始まり、現在は夕方をとうに過ぎて夜になっている。


 三人は話の『主軸』を考えるが、それさえも捉えることができずになやんでいた。


 まず、レイニールの話が本当ならば、現在の国王はニセモノだという可能性があること。


 その時の襲撃が悪魔の仕業であるならば、どうやって王宮の敷地に侵入したのか。


 悪魔が単独で行った事にしては大事であり、それを今まで隠せていたことに、人間の協力者がいることが考えられる。


 そもそも、この事件は何で起こったのか?



 処理すべき問題は驚愕の真実がくっついて、芋ずる式でボコボコと発生していく。

 調べる優先順位から決めていった方がいい……と、話がついてからもその順番決めさえも難航しているようだ。




 その三人の話し合いを見ながら、ルーシャとライズは部屋の隅の席で、意見を求められたりと呼ばれるまで黙って待機していた。


 レイニールがルーシャたちに語った話をサーヴェルトたちにもう一度話した。その時、彼がリィケを傍に置きたいと希望したため、自然に保護者であるルーシャとライズも同行することになったからだ。

 そして特に話の中心になることもなく、退席もできないまま現在に至る。


「ライズ、オレたちまだ居た方がいいのかな?」

「帰れとは言われてない。俺もお前も()()()で来ているとはいえ、一応関係者として居るべきだ……」

「…………オマケじゃない方は、完全に話し合いからは離脱しているけどな」


 ルーシャとライズは壁際のソファーへ視線を向ける。そこにはリィケとレイニールが座っていたのだが…………


「…………ぐぅ…………」

「……すぅ……すぅ……」


 お子様である二人は仲良く並んで眠りに落ちていた。


 朝から研究室で話を始めてまる一日。

 早く起きた反動もあるが、一日中緊張していたことと、レイニールもまだ新しい人形の身体に慣れていないために疲れきってしまったようだ。


「もう一人の保護者のリーヨォは、開始一時間でさっさと研究室へ帰ったぞ…………」

「あの人は良いんだ。そういう人だから」

「…………ずるい……」


 ライズは最初から気にしていないようだが、リーヨォのマイペースさをルーシャは心底羨ましく思った。




 緊張感が抜けているルーシャたちを横目に、三人は話の決着をつけようとしている。


「とにかく、レイニール王子が無事…………とは言えなくても、こちらに居るということを王女だけには伝えなくてはならない。俺らだけじゃ、このトーラストから動けないからな」


 問題に何処から手をつけるかは、ミルズナも交えて判断しようということになった。


「そうですね。では、王女へ連絡するのは…………」


 アルミリアがライズの方を向く。


「ライズ、ミルズナ王女への連絡ですが、念のため『通話石』を使うのは危険だと考えております。ですから『上級護衛兵(インペリアルガード)』であり、側近のあなたなら独自の連絡の方法があるかと思ったのですが…………できますか?」


「はい。私はそのためにおりますので」


 話を振られたというのに、ライズはすぐに立ち上がってアルミリアの問いに答えた。


「ただ、今すぐにこちらからの呼び掛けはできません。連絡日時は決まっており、ミルズナ様から私に呼び掛けをしていただく必要があります」

「こちらからは無理……とは?」


「方法は……答えることはできませんが、『通話石』を使うよりも他の人間に情報が漏れる恐れは少ないかと。一番早くて、私がミルズナ様と連絡を取るのは明日の朝になります」


「そうか……では、ミルズナ王女へレイニール王子がここにいることの連絡はライズに一任する。完了した時に教えてくれるか?」


「はい、もちろん」


 一礼すると、ライズは静かに座る。

 サーヴェルトたちは別の議題に移り、再びその解決策への話し合いを開始した。



 ルーシャは隣りですました顔をしているライズに話し掛けた。


「……『通話石』での連絡方法以外にあるのか?」

「ある。ちょっと特殊だが……」

「もしかして『神の欠片』?」

「……答えかねる」


 そう言ったライズの口の端が少し上がる。どうやら図星のようだと悟り、ルーシャはそれ以上は何も訊かずに黙り込む。


 ……そういえば、ミルズナ王女にはクラストで見た能力の他にあと二つ、王家特有の『神の欠片』があるって言ってたな。


 ルーシャが直に見た事のあるミルズナの神の欠片は、何者も破れない結界を張る『絶対なる聖域(セラフィックヴェール)』だ。



 あとは王家特有の能力、そのうち一つはレイニールも持っている。


 先日、魔操人形(マリオネット)と戦っていた時、ライズは人形たちの群れにレイニールが紛れているのに気が付かずに銃をむけてしまった。


 その時、ライズの肩に描かれたユニコーンの紋章が真っ黒に変化して、ライズは一定時間、身体を動かすことが出来なくなってしまったのだ。


 それは『守護の支配( ルール )』と呼ばれる、王家の【サウザンドセンス】が覚えることが多い神の欠片だった。


 これは王族から『印』を刻まれた者が、王族に逆らった時や攻撃を仕掛けた時に身体の自由を奪うものだという。


 しかし束縛する代わりに『印』を刻まれた者は、魔法や呪いなどの効果を受けにくくさせる魔除けの作用もある。

 そのため、多くの『上級護衛兵(インペリアルガード)』にとって王族直属の兵になり、この能力を掛けられることは名誉だということをルーシャはライズから教えてもらった。



 ……これから、レイニールのことで色々調べられることになる。その時はオレやじいさんのこと……ケッセルのことも言わなきゃいけなくなるんだろうな。


 病院でサーヴェルトに教えられたことは、まだ他のみんなに言っていないものが多い。


 ルーシャがチラリとサーヴェルトを見ると、あちらもこっちに顔を向けていた。

 サーヴェルトは少し頷いたが、特に今回の話でケッセルの話を入れることはしないようだ。


 時が来たら必ず、みんなに話すことになるけど……本当にそれでいいのか?


「はぁ……」


 無意識にため息が出る。


 それから、ルーシャたちがリィケを連れて家に帰ったのは、連盟の建物から職員の姿が見えなくなってからだった。




 …………………………

 ………………




 その日の夜半過ぎ。


 やっと解散になり、ルーシャは起きないリィケを背負って帰ってきた。


 同じく起きなかったレイニールは、今日からラナロアの屋敷で暮らすことになったので、彼が馬車に乗せて連れて帰った。




 家に入るとすぐに、ルーシャはリィケをベッドへ寝かせて、自身も落ち着こうとソファーに身を沈める。


 ……すぐに寝付ける気分じゃないな。


 自分の家にいるのに、今日の話が脳裏を掠める度に皮膚が粟立つ気がした。


 レイニールの二年前の事件とレイラの五年前の事件が同じであれば、その目的も相手にしなければならない敵も、あまりにも巨大なものだということをルーシャは知っている。


「はぁ……」


 最近は気付けばため息をつくことが多い。


 サーヴェルトと話した日から、それをどう扱おうか途方に暮れている自分が情けなく感じた。


 ……オレは、どこまで話せば良いんだろうか。

 どう話せば一番良い結果になるのだろう?


 それが分からず、ずっと胸に秘めたままになっていることは、時間が経てば経つほど罪悪感へと変わっていく。


「はぁ……」

「ルーシャ、そのため息やめろ。鬱陶しい」

「へ?」


 ふと顔を上げると、ライズが目の前のテーブルにルーシャのマグカップを置いていた。中には濃い色の香茶が、カップの縁ギリギリまで注がれている。


 ライズにお茶を頼んだ憶えはない。


 ルーシャはきょとんとした顔でライズを見るが、彼は眉間にシワを寄せてじぃっと見詰めてきた。

 何やら責められているような視線に、居心地が悪くなる。


「え、え〜と……?」

「お茶、俺が勝手に淹れただけだから……」

「あ、うん…………ありがと……?」

「うん」

「???」


 ライズはここで一緒に住み始めた日から、ルーシャが何も言わないうちに家事全般を仕切り始めた。

 本人が言うには「兵士寮でやっていたことだから」と、五年間一人で暮らしていたルーシャよりもテキパキとこなしている。


 しかし茶だけは「自分で入れろ」と言われ、普段はルーシャが自分でコーヒーを煎れるようにしていた。茶だけは寮でも各個人で拘りがあるので、余程好みを熟知している友人以外は淹れないらしい。


「香茶、飲めなかったか? お前は濃く淹れたのなら飲んでいたと思ったけど……」

「いや、飲める……いただきます……」


 まぁ、確かに……オレは香茶は濃い方がいいけど…………


 ルーシャがすぐにカップに口をつけないのは、縁ギリギリに注がれた熱々の香茶のせいで、下手にカップを持ち上げることができずにいるためだ。


 え〜と……親切で淹れてくれたにしては飲みにくいな…………オレ、あいつを怒らせることでもしたか?


 ライズの行動にルーシャが内心狼狽えていると、近くで『バチンッ』と小さく弾けるような音がした。


「え?」


 パッと音のした方を向くと、ライズが部屋のドアのところで手をかざしている。


「……よ、汝の…………て給え」

「………………っ!?」


 ライズがドアに向かって、ブツブツと呟いているのは法術の文言だということに気付いた。


 再び弾ける音がして、ライズはドアから離れる。


「ライズ、ちょっ……今の法術は…………」

「『防音』と『侵入者警戒』の結界を張った」


『侵入者警戒』は結界に誰かが近付くと、張った法術師にそれを報せるというものだ。


「防音と警戒……? お前、何でそんなもの……」

「王女の会議や密談をしなきゃならない時もあったから、この法術は上級護衛兵(インペリアルガード)になってから覚えた」

「へ、へぇ〜………………」


 何となく、ルーシャは背中に薄ら寒いものを感じながら、何とかカップを持ち上げて茶を飲もうと近付けた。


「あ、いや、その…………だから、何でこの部屋に結界なんかを…………」


「この『防音』の結界を強力に掛ければどんな音でも外に漏れないから、例え家の中で()()()()()()がしても気付かないくらいらしい」


「ごっっっ!? 熱ッ!!」


 ライズの言葉に思わずカップを持つ手がブレてしまい、中身が手に掛かる。火傷こそはしなかったものの、淹れたての香茶は凶器そのものだ。


「ご、拷問って……お前はオレに何をする気だっ!?」


 慌てふためきながら、ルーシャは溢れた茶を布巾で拭いた。


「例えって言っただろ。でも、拷問じゃなく尋問される心当たりはあるだろ? ちょうど、お前は何か『隠し事』をしているみたいだしな」


「え……?」


 ライズは再び、じぃっとルーシャに視線を送る。


「あるだろ、隠し事。特にリィケに対してな」

「う…………」


「リィケが起きてきた時のために結界を張った…………それでも、話せないことか?」


 テーブルを挟んで向かい側のイスに腰掛け、ライズは睨むようにルーシャを見据えてきた。


「トーラストに帰ってきたあの日、時計塔で【魔王マルコシアス】に何か言われたんだな?」

「それは……」


 ライズはずっと、隠し事をしているルーシャの様子を黙って見ていた。

 本当ならルーシャから話すのを待とうかと思っていたのだが、レイニールの話を聞いてしまっては悠長に待っていられなくなったのだ。


「俺に『助けろ』って言ったんだから、少しは信用してくれても良いんじゃないか?」

「…………でも……」


「もう、五年前のことで俺が知らないのが嫌なんだよ。頼むから、お前一人で背負わないで俺にも背負わせてくれ」

「…………………………」


 ここまで言われて、黙っていればそれはもう『仲間』とはいえなくなる。


 そう感じたルーシャは少し間を置いてから、ライズに話し始めた。


「…………まず、何から話せばいいのか。オレは説明するのが苦手だから……」

「順番はバラバラでもいい。お前の説明が下手くそなのは知ってる。後で整頓するのは得意だ」

「はは……そうだったな」


 こいつは年下なのに、昔から頼もし過ぎるんだよなぁ……。


「…………あのな……」

「うん………………………………」


 テーブルの上に置かれたマグカップを握ると、あれだけ熱かったカップがじんわりと手を暖めてくれた。

 ルーシャは自分の手が冷えきっていたことを実感する。暖かいものがあるだけでほんの少し前向きになった。



 マルコシアスに言われたこと。

 サーヴェルトに教えられたこと。



 まるで『告悔室』で懺悔をするかのように、ルーシャが最初の言葉を発するのはとてもゆっくりだった。




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