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Thousand Sense〈サウザンドセンス〉  作者: きしかわ せひろ
第五章 【魔王】と『淑女』
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惨劇の日 その2

お読みいただき、ありがとうございます!

 痛みに現実が伴わなかった。

 視界は血液が目に入ったのか、赤黒くハッキリとしない。


 どうやら、最初に襲われたのは自分であると、レイニールは部屋に響く悲鳴でぼんやりと察した。




 レイニールは自分を襲った者の正体を思い出そうとする。


 全身真っ黒な鎧姿。

 サーベルを手に持っていたので、剣士や騎士のような能力の人物…………いや、輪郭が曖昧だった。

 こんなことをするのなら、悪魔だということも考えられる。


 ――――何故、この屋敷に悪魔がいる? ここは王宮の敷地の一角だ。周りに張った結界がある限り、侵入はおろか王都に近付くことも不可能だ。


 床に倒れた身体はまったく動かないが、頭だけは冷静に分析を始めていた。


 ――――結界……? 破られれば、真っ先に陛下に報されるはず。まさか…………誰かが招いて…………


 ドシャアアアッ!!


 レイニールのすぐ近くで、血塗れの誰かが崩れ落ちた音がする。

 先ほどから少しずつ、悲鳴が分散し静かになっていることに気付いた。


 ――――そうだ…………母上は? 陛下は?


 もし自分が最初に襲われたのなら、その次は近くにいた母親か国王だろう。周りの状況把握よりも、何故先に二人の無事を祈らなかったのか? 


 ――――【サウザンドセンス】と言えど、余は何もできない子供だということか…………情けない。


 目から冷たいものが流れる。それが涙なのか、血なのかわからない。


 ――――座学よりも、もっと戦い方を覚えれば良かった。

 連盟の退治員のように、悪魔にも人間にも通用する戦い方を…………


 無意識に片手が上がり、パタパタと空を掴もうと動いている。


 パシッ……


 突然、その手を掴んだ者がいた。


「……レイニールっ……!! しっかり……あぁ…………しっかりして……!!」

「……………………」


 母親であるメリシアの声がする。手を握っているのも彼女だとわかる。


「レイニール……ごめんなさい…………」

「……は……うえ……」

「ごめんなさい……ごめんなさい……私は……愚かな母親よ…………私が弱かったばかりに…………」


 震えているが母親の手は暖かく、うっすらと見える彼女の姿は大量の血を浴びてはいたが、それが彼女以外の血液だと判断できた。


 しかし、メリシアが何を言っているのかがわからない。


 メリシアはただひたすら謝罪を繰り返し、倒れているレイニールの身体を起こして抱き締める。

 いつの間にか、部屋には母親のすすり泣きしか聴こえなくなっていた。


 メリシアは彼の胸に顔を埋めてしばらく泣き続けた。そして顔を上げると、自分の顔はそのままにレースのハンカチでレイニールの顔を拭う。


「レイニール…………あなたは、逃げなさい」

「………………?」


「王様になんてならなくてもいい。誰の言うことも聞かなくてもいい…………あなたは逃げて、どんな形でもいいから生き延びるの……!」


 そう言ったメリシアの表情は、今までレイニールが見たどんな顔よりも美しい“笑顔”だった。




 ガシャ、ガシャ……コツ、コツ……ザッ、ザッ……ガシャ…………


 言い終えたメリシアがレイニールを再び床に寝かせたその時、遠くから金属の足音と硬い靴の足音、複数の足音が聞こえてきた。


「っっっ!? いけない…………『天翔ける者 地駆ける者 天地(あまつち)の理をもって 扉を開かんと乞い願う』…………」


 レイニールの身体に置かれたメリシアの両手が白い光を放つ。


「っ!? なんだ、あの光は!?」


 部屋の外から驚いたような男の声がした。


「『翼降り立つ大地の主よ 我らを受け入れ給え』! ――――『聖霊の門(ファーリスゲート)』!」


 近付く足音が部屋まで届く前に、メリシアは呪文の詠唱を終える。


 途端に光が強くなり、レイニールとメリシアを包み込んだ。

 身体全体を包まれているのにもかかわらず、その光は眩しく感じないほど柔らかいもの。


「…………母……上?」

「大丈夫、あなたは死なない。ここから逃げられれば自由になれる……!」


 まったく動いていないのに、母親の顔の位置と自分の目線が変わっていく。レイニールは自分の身体が浮いていくのに気が付いた。


 すぐに母親の頭の上へ昇っている。


「……行った先で、私の兄弟を頼りなさい」

「え……?」

「――――愛しているわ、誰よりも……」

「はは……う……」


 手を伸ばしても母親には届かなくなった。


 パンッ!


 弾ける音がして視界が真っ白になる。



「ーーーー!! な…………して……!!」

「嫌……です!! 私……もう…………ない!!」


 遠くなのか近くなのか、濁った音のようにはっきりしない言い合う声。しかし一言だけ、レイニールが聞こえた声があった。



 “裏切るのか!? ()()()()!!”


 怒りに満ちた男の声。


 …………母の名は『メリシア』なのに?


 そこで、レイニールは意識を失った。





 …………………………

 ………………





「…………余があの屋敷で憶えているのはそこまでだ」


 まだ続きがあるのだが、レイニールはそこで一度黙った。さすがの彼でも、最後まで話すことは辛いようで項垂れている。


「「「…………………………」」」


 しばらくの間、全員が言葉を発せずにいる時、レイニールは静かに顔を上げてルーシャの方を向いた。


「“ルナシア”という名前に憶えは?」

「へ? え、あ…………いや、わからない……」

「…………そうか」


 何故、自分に聞いた? と、ルーシャは一瞬だけ考えたが、『五年前』と『二年前』の事件の状況が似ている、ということを聞いていたために尋ねたのだろうと思った。


 人形の顔ができるまでに、リーヨォやライズがある程度のことを話していたからだ。



 そこからしばらく重い沈黙があったが、コホン……と小さな咳払いが聞こえたあと、リーヨォが少し枯れた声でレイニールに話し掛ける。


「レイニール…………メリシア様は『転送魔術』なんて使えたのか?」

「はい。余もあの時初めて知りました……」

「……すごいわ…………」


 レイニールの話にリーヨォもイリアも驚愕の表情を浮かべていた。


 ルーシャもライズも魔術に関しては詳しくないが、その『転送魔術』がかなり希少な技術であることは知っている。その場できょとんとした顔をしているのはリィケだけだった。


「ねぇ、イリア。てんそー魔術ってすごいの?」

「『転送魔術』っていうのはね、現代じゃ失われつつある高等魔術のひとつよ…………現代で使える人間なんて、世界で捜しても数人ってところね」

「ふぅん……?」


 リィケは説明を聞いてもピンときてない顔をしているが、とりあえず『すごい』ということは理解したようだ。


「それで? お前はその『転送魔術』で何処に飛ばされたんだ……?」

「…………あとは少し話した通り、リィケと初めてあった山の中。気付いたら人形の身体になっていた」

「…………? なんか、話が繋がらないが……?」


 母親の魔術で逃がされてのに、その先は何も無い山の中であり、いきなり身体も人形になっていたのでは何処にも納得できる要素は無い。


「“兄弟を頼れ”ってメリシア様が言ったんだよな? 転送した先には誰もいなかったのか?」

「誰も。ただ…………」

「ただ?」


「自分を見下ろしている“自分”を見た」


「「「は?」」」




 …………………………

 ………………





 サク、サク、サク…………


 積もった枯葉を踏む音がする。

 それは不規則に向きを変えたり、ウロウロと周りを探っているように彷徨う足音だった。


 ――――誰かいるのか?


 目蓋を開ける感覚が無く、真っ黒な視界の真ん中にぼやぁっと景色が映し出された。


 そこは木々が重なるように立っている森の中。

 紅葉した葉っぱがザラザラと顔に降り注いでくることから、自分が仰向けに寝ているのだとレイニールは思った。


 ――――ここは? 身体が……動かない。


 母親に何か魔術を使われたのは解った。しかし、何処に送られたのかは解らない。


 大怪我を負ったのに痛みが無く、外にいるというのに寒さも感じない。

 音や光も“ある”というのは解るが、身体への刺激で伝わるというよりはイメージが頭に浮かんでくるように、直接触れている感じがしない。


 まるで、身体の全てから神経が抜かれたようだと思った。


 周りを確認しようと視線を動かしたが、眼球が動く感覚が無く、『穴の空いた仮面』の中から覗いているように視界が狭い。


 ――――顔に何か被っているのか? 頭だけでも動かせないだろうか……?


 たかだか頭の向きを変えるだけなのに、ありったけの集中力が必要になる。

 それもこれも、怪我をしたせいだろうと考えた。



 そして、ついに『首を動かす』という感覚に辿り着いたと思った瞬間、


 ガシャン。


 生身ではありえない音が、自らの身体から発せられた。


 ――――なんだ? 今の音…………


 今まで体験したことのない感覚に軽く混乱する。

 だが、自分の視界が『真上』から『地面と並行』になったことに、少しだけ“生きている”という実感がして嬉しくなった。


 しかし、その喜びは一瞬で消え去る。


 狭い視界には見たこともない風景。

 どこかの森なのか、積もった枯葉と木々。

 地面には何か、金属でできた『人型のようなもの』が倒れているのが見えた。


 ――――こんな場所、屋敷の近くには…………ん?



 そこに、ぼんやりと佇む“人間”がいた。


 レイニールが首を動かした音を聞いたのか、その人物はゆっくりとこちらを見ながら歩いてくる。


 ――――なっ……なんだ……!?


 それは子供で、頭から足先まで血塗れだった。


 背はそんなに高くない。

 着ているのは軍服のような硬い印象の服。

 整えられた黒髪。


 まだ子供だと思える顔は、恐ろしいくらいの無表情だ。


 ――――その“顔”は…………


 レイニールはその顔をよく知っている。

 毎日顔を洗う度、鏡で必ず見ていた『自分の顔』なのだから。


 ――――自分!? だが…………


 ただ、違うのは『瞳の色』だった。


 右眼はいつも見ていた『紅』だが、左は自分のものではない『金』である。



 この国では『金色の瞳』が人間ではなく、悪魔……それも、高位である『上級悪魔』や【魔王階級(サタンクラス)】の象徴だということを理解していた。




 横たわる自分のところへ“自分”が向かってくる。


 その恐ろしい光景を、レイニールは現実だと受け入れられなかった。

 そのまま夢だと思いたい。しかし、自分の顔をした何者かはどんどん近付いてくる。



「…………………………」


 やがてその人物は真横へ来たが、しばらく倒れているレイニールを黙って見ていた。


 そして無表情のまま、何の予告もなしにガンッ!! とレイニールの身体を蹴り飛ばした。


 ――――っ!? 何をっ……!?


 蹴飛ばされたレイニールはガシャンガシャンと、派手な音を立てて地面を転がり、やがて木にぶつかって止まる。



 まるで実験を観察するように、その様子を見ていた“もう一人のレイニール”は、急にクキンッと硬い動きで首を傾ける。


「うご、か……ない、ね?」


 言葉を覚えたてのような、たどたどしい声で呟くと、そのままサクサクと遠くへ歩いて行ってしまった。


 ま、待てっ!! 何処へ…………行……く?


 ハッとして呼び止めようとしたが、身体は少しも動かず声も出てこない。さらに、急激な眠気のようなものに襲われ、意識が沈んでいくのがわかった。


 ――――何で、こんなことに……



 自分の身に何が起こったのか?


 状況を知るまでに、レイニールはかなりの時間を要することとなった。





 …………………………

 ………………





「つまり、身体を取られた瞬間は憶えていない……と?」


「はい。自分がどんな容姿になっているか分かったのも、はっきりと目が覚めてから…………雨が降った次の日の水溜まりで確認できた。身体を動かすことが出来たのも、そこからだいぶ時間が経ってからです」


 レイニールは当時のことを「完全に錆びる前に動けたのが良かった」と自嘲のように語った。


「……まさか、その時いた“もう一人のレイニール”って…………?」

「たぶん、ロアン……だな」


 ここはリィケも理解しライズも頷く。


「…………意識が無いところは憶えてないだろうし、できる限り細かく思い出していくしかないな」


 結局、レイニール自身にもどこをどうして、こうなってしまったのかが未だに解っていないということが問題だった。


 これから繰り返し話して“そういえば……”と思い出すことを期待するつもりなのだ。


「じゃあ、今日は最後にひとつだけ良いか?」

「はい……」

「…………結局、お前たちを襲った犯人は分からないんだな?」

「兄上、申し訳ありません。はっきりとは見ていませんでした……」

「それは仕方ねぇな。お前が最初に襲われたんなら、周りを見る体力も余裕も無かっただろうし…………辛かったな……」

「………………はい」


 今日はこれ以上、聞くことは無理だと判断する。


「……いや、しかしこれだけ聞けたらかなりの進歩だ。あとは他の証拠や、似たような事例から推測することも増えるだろうな。とりあえず進展したな、ルーシャ」

「え?」


 リーヨォに名を呼ばれたルーシャは、顔を上げたまま何も答えず固まった。


「何、呆けた顔してんだ? お前もショックだったと思うが……これからさらに、お前やリィケの事にも関わるかもしれねぇんだぞ?」


「あ……あぁ、分かってる。ちょっと急過ぎて…………」

「まぁ、そうよね。ちょっとアタシも頭の整理したいわ。あんたこそしっかりしなさいよ! リィケもね!」

「うん……僕もちゃんと考えないと!」


 ルーシャの肩を笑いながらバシバシ叩くイリアと、ルーシャの横で真剣な顔で頷くリィケ。


「お父さん、頑張ろうね!」

「あぁ、そうだな…………」


 ルーシャは進展があったことに張り切るリィケに、いつものように笑ったつもりでいた。


 しかし、完全にルーシャの目が泳いでいる。そんなぎこちない笑顔を、ライズが眉をひそめて見ていたことに本人は気付かない。


「……………………」


 さらにその二人の様子を、レイニールがしっかり観察していたことなども、誰も見てはいなかった。





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