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Thousand Sense〈サウザンドセンス〉  作者: きしかわ せひろ
第五章 【魔王】と『淑女』
118/135

惨劇の日

お読みいただき、ありがとうございます!


※残酷な表現があります。ご注意ください。

※作品の世界観を考え、『紅茶』を『香茶』と表記しております。

 ――――――二年前。


 その日、屋敷は夜明け前から忙しなく動いていた。


 レイニールは軍服に似た正装を、母親であるメリシアはいつもよりも華やかなドレスを着て、日が昇ると同時にエントランスホールに待機して出迎えの準備を完了させる。


 昨夜遅く、王宮から通話石で国王の来訪が告げられたのだ。

 それも、訪問の時間がこの連絡から数時間後の早朝だという。



 ――――陛下が早朝にいらっしゃるのは珍しい。何かあったのではないだろうか?


 レイニールの知る限りだが、父親である国王がメリシアに会いにこの屋敷を訪れるのは夕方が多い。


 大丈夫だろうか。連絡だけで、他の使いの者も来ていないとは……。


 国王が来るというのが事前に決まって入れば、前もって前日なり、数時間前なりに王族直属の騎士である『王室聖騎士(クルセイダーズ)』が屋敷に来ていてもおかしくない。しかし今回、その騎士たちは一人も来ていない。


 もしや、火急の御用だろうか? これまで陛下が急ぎで母上に会いに来られることはなかった。

 この屋敷( 離れ )に来ること自体が陛下にとっては休養も兼ねていて、常に余裕をもって来られるはずなのに。


 胸に何とも言い難い不安があった。

 しかし、久しぶりの国王の訪問にレイニールは少しだけ嬉しさもある。


 …………ひとつだけ話ができればいい。今日は父上にお願いしたいことがある。


 先日、十歳の誕生日を迎えたばかりのレイニールには、国王へ直に話したいことがあった。



 “王都の【聖職者連盟】の本部へ入って勉強がしたい”



 本来ならば、王家の者は王宮内で専属の教師が付くが、レイニールは王宮での住まいを許されておらず、この屋敷へ教師を派遣してもらって勉強していた。


 レイニールの年齢ならば来年は神学校へ行けるが、そこで習うはずの基礎的な勉強を彼は全て習得してしまった。今さら同じ歳頃の子供たちと机を並べるだけでは、それ以上の学びを望むレイニールにとっては苦痛でしかない。


 ……連盟に入れば、ミルズナやたまに本部を訪れる兄上に会える。誰にも邪魔されることなく話ができるだろう。


 身分を隠して平民として働く。これは将来、王になる者としても良い経験になるはずだ。


 レイニールは淡い期待を胸に国王の到着を待っていた。




 …………………………

 ………………






 トーラスト支部、リーヨォの研究室。


 ――――現在、この国には国王はいない。


 その言葉が何を意味するのか、その場にいた全員の頭に理解という形で浸透するのには時間が掛かった。


「レイニール…………何を言って……冗談……」

「兄上、そのままの意味です。冗談でも何でもない」


 リーヨォ以外はレイニールとは付き合いが浅いが、その場の全員、彼が冗談を言う性格ではないと思っている。


「……ならば……国王陛下は……今、おられる陛下は……?」

「『偽物』だろう。あの日、陛下は何者かと取って代わられたのだ。余は陛下と一緒にいたのだから」

「そんな…………では、あれは誰が…………」


 ライズは王宮でミルズナと共に、国王の執務を間近で見てきていた。その国王をはっきりと『偽物』と言われ、顔を蒼くして立ち尽くしていた。



「二年前、何があった? お前たちが襲われた経緯は? 犯人は? とりあえず話せ。俺がひとつずつ検証する」


 リーヨォが鍵付きの棚を開け、中から分厚い紙の束を何冊もテーブルに重ねる。

 その書類の内容は『五年前』や『二年前』の記録であった。


「あの日は、母と余がいる屋敷に国王陛下がいらっしゃった。朝から国王直属の『王室聖騎士(クルセイダーズ)』やメイドなど、屋敷以外の者たちも多くいた」


『屋敷以外の者たち』という言葉に、リーヨォが顔をしかめる。


「そこ、ちょっと待て。その時、屋敷に居たのはレイニール、メリシア様、いつもいる屋敷の兵士や召使い……だけじゃなかったんだな?」

「はい。陛下とお付きの者たちで、いつもの倍は屋敷に集まっていたはずです」

「まず、そこがおかしい」


 ひとつの紙の束をペラペラとめくり、あるページを広げて全員に見せた。


「屋敷の惨状を発見した後の報告書だ。特にここ、この部分を見ろ」

「…………これは……」

「本部でミルズナが調べたものの複写(うつし)だから、これが当時見たまんま報告されたって訳だ。どこがおかしいか分かるか?」



 ーーーーー



 ――――『報告書』。


 王宮敷地内の『寵姫メリシア様の住居』にて事件、又は事故が発生。


 犠牲者は、主である『メリシア妃』及びその子息『レイニール様』、屋敷の使用人十五名。

 計十七名が“死亡”又は“不明”である。



 ーーーーー



 一見、何も知らなければ書き方は普通の報告書だが、先ほどからレイニールの話を聞いていれば不可解な箇所がある。


「…………犠牲者の人数か?」

「正解だ。本当に当日に陛下たちがいたのならば、これでは推測された人数が少なすぎる。“不明”を含めたってもっといるはずだろう?」


 一緒に何者かに襲われたのなら、屋敷の者以外が害された痕跡が残るだろう。

 レイニールが『行方不明』とされていても、一人二人の間違いでは済まされない。


「…………なるほど。屋敷の者たちしか犠牲者がいない。もしくは…………その他の者は()()()()()()()()、ということだな」

「お父さん……数えてないのって、無事だからなの?」


 リィケが首を傾げながらルーシャの顔を覗き込んだ。


「う〜ん……無事なら、すぐに助けを求めるはずだ。それをしないということは…………」


 一、その場にその人たちはいなかった。

 ニ、数えた者たちが報告しなかった。

 三、本当は生きているが逃げ隠れしている。

 四、襲撃した者に連れていかれた。

 五、いない者が……………………


「いない人間が…………犯人だった…………とか?」

「「「…………………………」」」


 あくまでも可能性の話だ。


「もし犯人(そう)だとしたら、陛下とどのタイミングで入れ替わったのか気になるところではあるな…………あの日、余が会ったのは確かに陛下だったのだから…………」


 父である国王を見間違えるはずはない。レイニールには確かな自信があるようだった。


「陛下が屋敷に着いた後、襲われるまでは……?」

「………………」


 そこが一番の核である。

 レイニールは目を閉じ少し下向く。その後、決意した様子で顔を上げると、再び口を開いた。


「陛下は…………早朝に兵士と召使い数名を伴って屋敷へ来られた。時間以外は特段、変わった様子もなかったと思う…………」





 …………………………

 ………………




 夜が明けて間もなく、屋敷の前の小さな庭に国王の一行が整列していた。


 遅れて、黒塗りの上等な馬車が到着する。

 兵士たちが屋敷への小路の両脇に整列すると、馬車の扉が開いて中から一人の人物が降り立った。


 見た目は六十代の男性。

 シルバーグレイの髪の毛を几帳面に整え、堂々とした足取りで、屋敷の前の庭を歩いてくる。


 白を基調とし、金の刺繍がふんだんにあしらわれた衣装。その服には至る所に『ユニコーン』の紋章が刻まれていた。


「…………陛下、お待ちしておりました」


 メリシアが恭しく一礼をする。それに続いて、レイニールとその他の兵士や召使いも頭を下げた。


 国王はゆっくりとメリシアの目の前に立つと、彼女が顔を上げるのを見て口の端を上げる。


「うむ……元気そうで何よりだ。お前の顔を見られることを嬉しく思う……」

「もったいないお言葉、感激いたしております……」


 本来ならば、こんなに間近で国王と直接話すことは許されない。しかしこの屋敷においてはいつもの挨拶は簡略化され、国王は側近を介することなく言葉を投げる。



 二、三言葉を交わし、国王はメリシアを伴って屋敷へ入っていく。

 この時、レイニールは兵士たちと脇に整列したが、国王は彼の前を通った時、一度も視線を合わせることはなかった。







 談話室には早朝だということもあって、香茶の他にスコーンや小さめのパンなど、朝の軽食などが用意されていた。


 国王はメリシアと他愛ない話をし、香茶を口に運んでくつろいでいる。その間、レイニールは母親の隣りで黙って国王を見詰めていた。


 小一時間ほど雑談をして、メリシアが『レイニールが先日十歳になった』ということを報告した際に、国王は初めてレイニールの方を向いた。


「そうか、お前ももう十歳になったか」

「はい」

「何か欲しいものはないのか?」

「…………欲しいもの……」


 まさか、あちらからそれを尋ねられるとは思わなかった。レイニールは少し驚くが、これを逃せば今回の国王と話せる機会を失うだろう。


 起立し、国王の方へ真っ直ぐに向く。


「……陛下、ひとつだけよろしいでしょうか?」

「申してみよ。ひとつと言わず、いくつでも言うがいい」


「恐れながら申しあげます。私は王都にある【聖職者連盟】の本部で学びたいことがあります。年齢のこともありますので、直接の入所が無理ならば身分を変えて神学校へ通い、連盟への出入りの許可を頂きたい」



 最後に深く頭を下げてギュッと目を閉じる。

 生まれて今まで、この屋敷を出たことがなかったレイニールが『市街へ降りたい』という、急な要求が通る確率は低いと思われた。


 国王は黙ってレイニールを見詰めている。フッと目を逸らした時、レイニールは絶望的な答えしか浮かんでこなかった。しかし、


「…………良いだろう。それが願いならば、学ぶ機会を与えよう。準備はこちらで考えておく。待っているが良い」


「っ……! 陛下、ありがとうございます」


 一度顔を上げたが、すぐに再び下げて感謝を口にする。


 …………これで、屋敷だけの生活を終わりにできる。


 欲しいものがあれば何でも手に入る生活ではあったが、レイニールと母親には王宮への出入りや、屋敷の敷地外へ行くなどの自由は許されていなかった。

 常に監視される生活は軟禁されているのと同じである。


 これからは外へ出て、他の王族に文句を言わせる隙を与えないくらいの実績を積めばいい。

 自分が王位継承者として王宮へ呼ばれれば、母親のメリシアにも行動の自由や身を守るための発言権を与えることができる。


 レイニールの頭には予てよりの打算があったが、そんなことよりも今は、父親である国王が自分の言葉をすぐに聞き入れてくれたことが何より嬉しく思えた。



「……レイニール、頭を上げて近くに来なさい。大きくなったお前の顔を、ちゃんと見ておきたい」

「…………は、はい」


 ――――今日はまるで、親子のようだ。


 一瞬、そんな言葉が浮かんでレイニールは心の中で苦笑する。血の繋がった親子だというのに。


 もしかしたら、大きくなったら父親が自分を認めてくれるのかもしれないと、ちょっとだけ期待が湧いてくる。


 恐る恐る近付くレイニールに、国王はほのかに笑みを浮かべて手招きをした。


「ふむ、遠慮することはない。もっと近くに……余の正面に立ってくれるか?」

「はいっ……!」


 やはり認めてくれようとしているのだろうか?


 ますます嬉しくなって、笑みが零れそうになるのを必死で抑えて国王の正面に立つ。


「……立派になったな。あと十年もすれば、王子として王の隣りに立っても恥ずかしくないだろう」


 …………陛下の……隣りに?


「どうした、レイニール?」

「いいえ……なんでも……」


 国王は首を傾げるが、レイニールの胸中はそれどころではない。


 初めて父親からの言葉で目頭が熱くなる。

 ちゃんと自分を見てくれる国王に、今なら息子として父親を呼んでも大丈夫かと思えてきた。


「あの……」

「なんだ?」

「陛下…………いえ、父う――――――」


 ――――――ドンッ!!


「――――――え…………?」


 背後から急に来た強い衝撃に、何が起きたのか理解が遅れた。


 見ると、自分の左胸の上の方から、サーベルによく似た刃物の切っ先が飛び出ている。


 …………なん……だ? これ……刺されて…………


「ぐっ、がはっ……!?」


 ズルリ……と剣が身体から引き抜かれ、自分が背後から刺されたと理解した途端、レイニールは大量の血を吐き倒れ込む。


「レイニールーーーっ!!!!」

「「きゃああああーーーっ!!!?」」


 自分の名を呼ぶ母親の声と、メイドたちの悲鳴が重なって聞こえる。


「……誰……だ?」


 倒れながらも、レイニールは無意識に自分の背後へ視線を向けた。


 見えたのは自分を刺した血塗れのサーベル。

 そして、それを持つ『全身真っ黒な鎧』が立っている光景。


 ――――――そこだけ……“闇”のようだ……


 痛みのせいで視界がぼやける。


 部屋に響き渡る悲鳴と怒号が、現実のものとは思えなくなってくるのを感じた。





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