最も重要なこと
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「顔をそのままって、危険じゃないのか!?」
「いや、俺もそう言ったんだけどよ……」
珍しくリーヨォが困った顔をした。
話を聞くと、レイニールは正体こそ隠す気はあるものの、顔だけは自分のものでいたいと強く主張したという。
「確かに、ご自分の顔でいたい気持ちはよくわかりますが…………」
臣下であるライズも、顔を晒すことに少し抵抗があった。
何も関係ない者であれば、レイニールの素顔は何でもないが、彼を知る者……特に彼の命を狙っている者に見つかれば、再び危険な目に遭うのはわかりきっているからだ。
「……心配させているのは理解している。だが、これは余の考えでこうしたいと思ったのだ」
「考え……?」
ピクリとも表情は変わらないが、レイニールの声には揺るぎない自信が表れている。
その雰囲気に、その場にいる全員がレイニールの次の言葉を待って黙り込んだ。
「…………安心しろ。この顔を見て襲ってくる奴らを、全て敵とみなして叩き伏せてやれば良いと思っただけだ」
「何一つ、安心じゃない!!」
「結局力ずくじゃねぇーかっ!!」
すぐに反応したのはルーシャとリーヨォである。
「む…………至って単純に考えただけだが?」
「お前のことだから、もっと複雑な考えがあると思ったのに…………」
「………………二年分の怨みを晴らすのも、目的にあるからな」
口の端を上げてはいるが、目は全く笑っていない。
自分の姿で仇を誘き寄せて、完膚なきまでに叩きのめす本気が見て取れる
「けっこう好戦的な子だな…………」
「だから言っただろ“最強のクソガキ”だって…………自分の敵は自分で討たなきゃ気が済まねぇんだろうよ」
「自分の敵…………」
ルーシャの脳裏にレイラの姿が浮かんだ。
…………レイラも、自分の敵を討とうとしている。オレに頼ることなく…………。
「はぁ…………」
「お父さん? 疲れたの、大丈夫?」
「え? いや、なんでもない。まぁ、事務仕事で疲れたけど大丈夫だ」
「……そう?」
小さくため息をついたルーシャを見上げて、リィケが心配そうにしている。
自分の考えていたことをリィケに悟られないように、ルーシャはいつも通りの接し方を心掛けた。それでも、じっと見詰めてくるリィケに内心焦りも感じている。
「……とりあえず、顔の件は仕方ねぇとして…………話せるのか? 二年前のこと」
「………………話せる」
「「「……………………」」」
しぃんと部屋の中が静まり返り、全員がレイニールの言葉を待っていた。しかし、そこでスッと一人の手が挙がる。
「……………………ごめん、話全然わかんない」
イリアが真顔でリーヨォに言う。
「え!? ここでか!?」
「いや、だってアタシ、あんたら戻ってきたその日に入院させられて、退院したと思ったらすぐに仕事手伝わされたじゃない? 次々にあんたの指示通りに動いて、理由なんて聞く暇もなかったのよ。それで、この子がどこの誰かも解ってないし!」
どうやら、イリアはいつものようにリーヨォの補佐に徹して、仕事の慌ただしさ故に何も聞かなかったようだ。
「リーヨォ……イリアに何も話してなかったのか?」
「あ~……そういえば、今回のことはどれも話してねぇわ。俺の出身とか、レイニールのこととか…………」
「どうするんだよ?」
「え〜と…………」
どこまで話したら良いか……リーヨォが思いあぐねていると、レイニールがイリアに近付いた。
「貴女はトーラストで唯一の『死霊使い』だったな?」
「え…………まぁ、そうだけど……」
「改めて、余の名前は『レイニール・クラウディオ・エルド・アズ・リルダーノ』。この国の第二王子だ。我が兄、リーヨォこと第一王子の『リズウェルト』がいつも世話になっている……」
「ばっ、馬鹿! 余計なことっ……!!」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
イリアは自己紹介と共に丁寧にお辞儀をするレイニールをしばらく見詰め、次に無言のままギギギ……と首だけを動かしてリーヨォの方に引きつった笑顔向けた。
「…………リルダーノ? 第二王子? 兄? どういうこと? ねぇ、リーヨォ………………さん?」
「いや、その、冗談…………」
「兄上、この女性は兄上がトーラストにいる間、同じ研究者としていつも研究や仕事を手伝ってもらっていると、兄上が帰省の度に言っていたではありませんか。しかも、リィケの母親であるレイラ殿の元パートナーで、兄上と同様に親友だったと聞いたのですが? そんな女性に何も話さずにいるのは道理に反しており、憶測を産むよりも真実を話して協力を仰ぐ方が賢明かと思われますがいかがでしょうか?」
一気に捲し立てるレイニールに、一同呆気に取られた。
…………うわぁ、この子話し方がリーヨォにそっくりじゃないか。オレもあいつにこんな感じで言われたことあるし。
ルーシャ、リィケ、ライズはその場で静観するしかなかった。特にライズは直立になり、口を固く結んで押し黙ったままである。
この時、レイニールはリーヨォが時々話をするトーラストでの生活の様子を憶えていた。そして最近はリィケが話す周りの人物のことを聞いて、イリアがどんな立ち位置にいるのか理解したうえで自らのこととリーヨォのことを話したのだ。
「…………親友のアタシに、言える範囲でいいから教えてちょうだい」
イリアの口調はいたって冷静である。怒って感情的になっていたり、茶化してふざけて聞くような態度はまったくない。
「その…………実は話せば長くなるんだが…………」
レイニールの話よりも早く、リーヨォは自らの話をイリアやリィケたちに話すこととなった。
…………………………
………………
「この国…………大丈夫かしら…………」
「だから、俺には王位継承権ねぇし。今は第一王子と言えばこいつなんだ!」
一通りリーヨォがトーラストへ来た経緯まで話すと、イリアは天を仰いで目を細めた。
「いやぁ~、あんたが王族ってほんと冗談にしか聞こえないわ…………でも、よくよく考えると納得するところもあるのよね。なんで入所したばかりの頃から、リーヨォだけは好き勝手な研究ばっかしてても何にも言われないのか? とか……」
新人の頃からほとんど研究室に寝泊まりし、リーヨォのやることに関して、支部長もラナロアも『休憩しろ』とは言っても研究自体は好きにさせていた。
「……初めからそういう約束だったんだ。成果をきっちり上げる代わりに、好きな研究は好きなだけさせてほしい……って」
「ほんと変わってる。アタシ、王族ってもっと甘ちゃんかと思ってた。でも、あんたと…………そこの……レイニール……くん? 目つきが甘やかされたボンボンには見えないわね?」
「…………俺もこいつも、城では肩身が狭かったからな」
正室の子で第一王子でありながら【サウザンドセンス】ではなかったリーヨォ。
寵姫の子で王子としても扱われなかったが、歴代の王族の中でも最強だと云われる『神の欠片』を持つ、【サウザンドセンス】のレイニール。
次期国王の即位には、関係者総てが困惑しているところだ。
現在、王家の血を引き【サウザンドセンス】であるミルズナが王位継承第一位になっている。
元から王位継承権が曖昧なうえに、現在行方不明のレイニールを知る国民はほぼいない。
そして、ミルズナとの婚約もまだ生きているため、再びリーヨォが……リズウェルトが王権を持つのでは? と世間では噂になっていた。
「お家騒動真っ只中の王子二人が揃ってトーラストにいるのも不思議ねぇ……」
「だから……俺はもう、王子じゃない。世間がなんて言おうと、俺が王になることはないし関係ない」
「でも、王都へ帰る時には変装して、誰にも気付かれずに行くんでしょ? もっと早くに言ってくれれば、アタシも協力したのに…………」
イリアはため息をつく。
本当のことを知った彼女だが、リーヨォの心情を理解したのか彼への接し方は何一つ変わらなかった。本気でリーヨォの心配をしている。
「心配かけてすまない。そんで、信じてくれて助かる……」
「今度、研究で王都に行く時はアタシも行きたいわ。研究好きと言われている、あんたの婚約者で王女様の本部長にも会ってみたいし」
「あぁ。たぶん、お前と気が合うと思う…………と、俺の話は以上だな……」
リーヨォは振り向いてレイニールを軽く睨み付けた。
「ほら、俺の話は終わったぞ。隠し事もないから、ここにいる奴らに、二年前に何があったか話してくれ」
「ふむ。支部長たちとラナロア伯爵はいなくてもいいのですか?」
「…………聞いてから判断する。支部長からも許可は得ている」
支部長のアルミリア、補佐官のサーヴェルトはレイニールから事の真相を聞くのをルーシャたちの次で良いと言った。それはラナロアも同様で、まずはレイニールが話しやすい者たちが聞くのが一番だろうと考えたからだ。
二年前の事件は五年前にも共通点がある。
もしかしたら、この事件の犯人は同じかもしれないのだ。
「よし! じゃあ話してもらおうか?」
「そうだな…………」
レイニールはリィケが座っているソファーに腰掛ける。
「まず、今日までに新聞やら会話やらで、この国が二年前とそんなに変わっていないことがわかった」
「「「…………?」」」
「未だに国では何の変化もないのなら、敵は決め手に欠けているということだろうな……」
「おい、レイニール……さっきから何を…………」
「…………………………」
急に世間話を始めたように思われたが、レイニールの表情はどんどん険しくなっていった。
「…………兄上」
「なんだ?」
「兄上が陛下と最後に謁見されたのはいつ頃ですか?」
「いつ……って……えぇっと…………」
リーヨォは真剣に考え込む。
実の親子とはいっても、よほど国王とは会っていなかったようだ。
「確か…………三年くらい前だな。俺が最後に城に行った時だ。あとは王都行っても会わずに帰っていた」
「では、余がいなくなった後も会われていない……と」
「まぁ、そうだな。もともと、俺とはあまり顔を合わせない方が多かったし……」
ルーシャもイリアもリーヨォが王族と判る以前から、父親とは仲が希薄だと言っていたのを知っている。
「でも、お前は陛下とは頻繁に会っていたのだろう?」
「頻繁とは言えないが……二、三ヶ月に一度くらいだ。それも、陛下は余に会いに来たというよりは、母上とずっと話をしておられたから……」
フゥッと、あまり表情がないレイニールが少し俯いた。
子供としては父親が会いに来るのは嬉しいはずなのに、その目当てが自分ではないと始めからわかりきっているのは寂しいもの。
それをレイニールが無言で語っているようだった。
「…………おい、だいぶ話が逸れているんだけど、そろそろ……」
「いや、逸れてはいない」
「え?」
「二年前、あの屋敷で余は母上と一緒にいるところを『悪魔と思われる者』に襲われた。そこは予想できると思うが…………その時………………」
ここでレイニールが言い淀んでいるのが分かる。
それからソファーからゆっくりと、その場にいる全員を見回してリーヨォの方に向き直った。
「…………兄上。ここにいる者は全員、口は固いですか?」
「あぁ。固くなきゃ、やってけねぇよ」
「わかりました。なら最も重要なことを言っておきます…………」
一瞬、レイニールが歯を食いしばったように見えた。
「あの時、余が悪魔に襲われた時。あの場には『国王陛下』もいらっしゃった」
「「「え……?」」」
「陛下はその時、確かに亡くなっておられる。この国には現在、国王はいないはずだ」
この言葉の意味を、すぐに解った者はいなかった。