混迷のあとに
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時間は昼を回って、街の中は人の賑わいが戻ってきていた。
「では、『祭事課』の一班から三班は市街地を。四班からは建物及び、敷地内の別棟などの片付けを中心に見回りを行ってください。今日から数日は業務と併用になりますので、担当関係なくできることを班長指示の元で交代で行うようにしてください」
「「「はい!」」」
礼拝堂に支部長アルミリアの指示の声が響く。
まだ連盟の建物内部や街のあちこちの片付けが残っているため、しばらくは礼拝堂を対策本部として早期解決を目指すことにしたのだ。
「『退治課』と『研究課』の人たちは、まず自分たちの事務室や研究室、訓練場などを調べてから、特別な理由が無い限りは『祭事課』の手伝いに回ってください。その他の事務員も担当の課での業務を優先にし、手伝えることがあれば人手が少ないところへ行ってください」
「「「はい!」」」
一通りの指示が出されると、職員や僧侶たちは持ち場へと向かっていった。
…………………………
………………
連盟が運営している病院。
アルミリアは少しだけ礼拝堂を離れ、サーヴェルトがいる病室へと急いでいた。
「…………遅れてごめんなさい」
「支部長、お疲れ様です」
「いえ、大丈夫ですよ。私たちも今来たところですから」
ベッドで眠るサーヴェルトの周りには、先程帰ってきたばかりのラナロアとリーヨォが立っている。
「リィケとライズは『退治課』の片付けを先にやってしまうそうです。ルーシャは夕方には抜けて来ると言ってました」
「ええ。みんなには最初に復旧作業を優先にしてもらいました。もしもサーヴェルトが目を覚ましたら急いで呼びますが…………」
アルミリアの本心としては、ルーシャやリィケにすぐにでもサーヴェルトを見舞ってもらいたかった。
しかしあんな混乱があった後だ。片付けや処理を後回しにしてまで、目を覚まさないサーヴェルトにつかせているのが正解とは思えない。
支部長として、身内の心配よりも連盟の少しでも早い復旧を目指した結果である。
「今のところ回復の法術で体調を保ってはいますが、少しずつ衰弱はしていくので早く目を覚ましてもらわないと……」
「「………………」」
サーヴェルトの容態の詳細をイリアから聞いていたリーヨォは片手で口元を抑えて黙り込む。そんな彼の様子にラナロアも黙っている。
しばらく考えた後、リーヨォはアルミリアにある提案をした。
「支部長。もしも、サーヴェルト様が明日も目を覚まさなかったら、ちょっとばかり試したいことがあるんですが…………」
「何かしら?」
「いや、こっちの準備ができるまで確実じゃないんで…………じゃ、俺は連盟の研究室に戻ってます」
そう言うと、リーヨォは病室を出て大通りを足早に進んでいく。
通り際、あちこちでバラバラになった魔操人形を片付ける住民の姿が目に入った。
「…………ったく、直ったらアイツには罰として、慈善活動でもしてもらわなきゃな」
ブツブツとイラつくような呟きを漏らし、リーヨォは裏の門から連盟の建物へ、自分の研究室へとさらに足を早めた。
「戻ったぞ! 今すぐ始めるから手伝ってくれ!」
「ああ、おかえり」
「おかえりなさい、リーヨォ」
リーヨォの研究室ではモップで床を拭くルーシャと、ゴミをまとめて廊下に出しているリィケがいた。
「『退治課』は大丈夫だったのか?」
「あっちの被害はほとんどなかったからライズに任せてきた。こっちの部屋の掃除をするのに、オレたちかイリアしか出入りできないだろ?」
「まぁな。すまん、助かる」
リーヨォの研究室に入れるのは、ラナロアやアルミリア、サーヴェルトという上層部である。同僚でも同じ『研究課』はイリアだけで、他の課ではルーシャとリィケしか許可されていなかった。
「帰ってきてみたら部屋が真っ黒になってるし…………実の弟は悪魔と変わらん姿で待ってるし…………普通だったらその場で卒倒もんだぞ……」
ため息をついてリーヨォはつかつかと部屋の奥へ歩く。
稼働する本棚をずらすと、奥にもうひとつ部屋が現れた。
「おい、レイニール。調子はどうだ?」
奥の部屋の床には大きな魔法陣が描かれ、周りの棚には薬品の瓶や何かの素材がごちゃごちゃに並んでいる。
その部屋の中央にはベッドに似た台があり、そこにあちこち細い線で繋がれたレイニールが座っていた。
「ギギ……」
「『変わりない』……だって」
入口からリィケがひょっこりと顔を出して、人形のレイニールの通訳をする。
「はぁ、やっぱり直接話せねぇのは辛いな。リィケが居なきゃ、何言ってるか解んねぇし……」
「リィケみたいに人間そっくりな生ける傀儡にするんだろ? まだ作らないのか?」
リーヨォのボヤキにルーシャも顔を覗かせた。
「今から仮の身体に繋ごうと思う。明日にはレイニールがひとりで動けるようにする」
「えっ!? たった一日で!?」
「一日じゃない一晩だ。とりあえず、移動と会話が自立できるところまでだな。リィケが使わない予備の身体があるからそれを使う」
身体を一から造り上げると期間はひと月では足りない。しかし、リーヨォはリィケが故障した時のために、身体の予備をいくつか用意していたのだ。
「リィケは今の身長がギリギリ動かせる範囲だったんだ。使えなかった予備の身体は、リィケよりも頭ひとつ長身になるな。背の見た目はだいたい十七、八くらいになるが……」
リーヨォはチラリとレイニールを見て小さく鼻を鳴らす。
「ま……こいつの言動なら違和感ねぇだろ…………いや、顔だけならもっと老けさせてもいいぐらいだ。顔は……とりあえず後から造るから、しばらくは包帯で巻かないとダメだな……」
動くことと話すことを優先にし、顔の造形は後日になるという。
「ギギ、ギ……ギギ……」
「『どうせなら、見た目を二十歳くらいにして、この者くらいの身長がいい』……だって」
そう訳したリィケはレイニールが指さした方を向くと、そこにはモップにもたれかかっているルーシャが立っていた。ルーシャはこの国の成人男性の平均より少し高い。
「………………ルーシャくらいがいいの?」
「ギ!」
わかりやすく『うん!』と大きく頷いて言った。
「贅沢言うな。あんまり高くすると、体を動かす機能が鈍くなるんだよ。リィケだって、その身長まで伸ばすのに三年は掛かったんだぞ」
「ギギー…………」
「『せめて、兄上よりは高くなりたい』……って」
「おい、俺はそんなに低くねぇぞ……」
ちなみにリーヨォの身長は男性の平均である。
「…………残念だが、お前の現在の『本当の身長』はリィケより少し高いくらいだな。頑張っても成人男性の身長は無理だ」
「ギ?」
レイニールが首を傾げた。リーヨォの言葉に引っ掛かるものがあったようだ。
「えーっと……『本当の身長……って、兄上は何故知っている?』…………あ、ロアンのことだね?」
「ああ。リィケから聞いてたものだな」
「ギギ?」
「っっっ……!!」
『ロアン』の名にレイニールとルーシャが反応する。
「えーと……それは僕もわからない」
「ん? レイニールは何て言った?」
「……『ロアンというのは何者か?』って」
「あー、それはわかんねぇなぁ…………そのうち、嫌でも探さなきゃ――――」
「リーヨォ!」
「へっ!?」
突然、ルーシャが焦ったように会話に割って入ってきたため、リーヨォは驚いて目を見開いた。
「何だ、そんなに慌てて……?」
「……その……いや、急ぎじゃなかったか? レイニールの身体、早く造るなら手伝おうかと…………イリアも今日と明日は来られないし……」
「あ? あぁ、そうだな。アイツ、魔術の使い過ぎでしばらく入院だもんなぁ。じゃあ、せっかくだから夕方まで材料集めを手伝ってくれ。リィケは明日までレイニールに付いていてもらうぞ! まずは部屋の片付けを終わらせる!」
「うん! わかった!」
「………………ああ」
元気に返事をすると、リィケは途中で止めていたゴミ捨てを再開する。リィケが部屋からいなくなると、レイニールも静かにそこにあった研究のファイルなどを眺めているようだった。
「さっそくなんだけど、倉庫から色々と持ってきてもらえるか?」
「うん、わかった。ついでに魔石と魔力水の補充もしてこようか?」
「お、気が利くな。頼む」
話が逸れたことに、ルーシャは少しホッとして息をついた。
…………今はロアンの話に触れたくない。
いつか分かることになるだろう。しかし、もう少しだけ黙っていたかった。
時刻は昼を過ぎた。
忙しく廊下を忙しく行き交っていた気配も、この時間には少し落ち着いたのか談笑する声も聞こえきた。
リィケが最後のゴミを焼却場へ持って部屋を出ていく。
「ふぅ。久しぶり床に物が散らばってないなぁ。逆にキレイ過ぎると落ち着かねぇかも……」
だいぶ片付けられた部屋を眺めて、リーヨォは苦笑いを浮かべながら煙草に火をつける。
レイニールは奥の部屋でずっと何かの資料を読んでいて静かだった。
「あ。そういえば、この部屋で何か失くなった物とか、変わったものとかはなかったのか?」
現在、リーヨォの部屋はルーシャとリィケの片付けにより、留守にする前よりも美しくなっている。
【魔王マルコシアス】がこの部屋へ向けて放った魔力は、部屋にあった魔操人形を破壊してはいたが、それ以外は黒く煤けただけで大きな被害は無いように思えた。
――――気になるのなら調べるがいい……そこに居た奴の目的くらいは分かるかもしれぬ。
マルコシアスはそう言っていたが、片付けを始めてからリーヨォは部屋の様子については特に触れていなかった。
「それな。ひとつだけ失くなったものがある。おそらく、最初からそれが目当てだったんだろうよ」
「え? 失くなった物、わかってたのか?」
「あぁ。部屋に入ってから一目で目的がわかったよ」
リーヨォはガラガラと机の引き出しを開け、そしてそこから立派な木の箱を取り出す。
「こいつ、机に魔力の結界を貼った後に、さらに別の魔力で鍵掛けて保管していた。ついでに言うと、俺のこの部屋は法術と魔術の結界が二重に掛かっていて、本来なら留守中に誰か入ったら判る仕組みだったんだ」
あくまでも想像とした上で、リーヨォはさらに話を続けた。
「この部屋を荒らした奴は、まずイリアの部屋の鍵を開けて人形を持ってきた。イリアの部屋のドアの鍵穴に針金みたいな引っ掻き傷があったからな。あとはその人形にどうにかして魔力吹き込み、侵入者本人の正体が判らないように人形の魔力を盾にして俺の部屋を漁ってくれたわけだ。しかもご丁寧に、法術と魔術を使って慎重に中身を取り出してな……つまり、犯人は魔法については俺以上に玄人だってことだ……」
長い説明をした後、リーヨォは悔しそうに「簡単に持っていけない物だったのに」と言って木箱をのフタを開ける。
箱の中にはさらに小さな箱が入っていて、その箱の中には布が敷かれている他は何も無い。
「これ……?」
「中には『聖者の灰』があった」
「聖者の灰……って?」
「お前が【魔王ベルフェゴール】がいた場所で拾ったものだ」
「な…………」
確か、小指ほどの六角柱の水晶だった。見付けたあとはリーヨォに渡していたのだ。
それと同じ物を、ルーシャはクラストの町でも見掛けている。
「あれな、調べてみたら大昔に魔道具と呼ばれた物で、とんでもなく胸糞悪い代物だった」
「胸糞悪い……って?」
顔をしかめたリーヨォに聞こうと思った時、ちょうどリィケがゴミ捨てから戻ってきた。
「…………詳しいことは後からだ。部屋も片付いたし、リィケも戻ったから『レイニールの身体』造り始めんぞ」
「わかった……」
「僕も頑張って手伝う!」
そこから、リーヨォは眠ることなく作業を続けた。
レイニールが今まで人形だったせいもあったのか、明け方までには予備の身体への接続自体は上手くいき、レイニールも自力で歩けるほどになった。
…………………………
………………
「………………おっし、終わった〜!!」
「よう、おつかれー」
「リーヨォさん、おはようございます。」
「おぅ、ルーシャもライズも来たか」
伸びをするリーヨォのところに、普段の出勤時間よりも早くルーシャとライズが顔を出した。
リィケは部屋のソファでスヤスヤと眠っている。
コツ、コツ…………。
そこへ、奥の部屋から顔に包帯を巻いた人物が出てきた。
「…………おはよう。やっと、直接話せるな」
「えっと…………レイニール……王子?」
「王子……」
「ここにいる間は王子とは呼ばないでくれ。“レイニール”と呼び捨てで構わない……」
レイニールの首から上は包帯でぐるぐる巻にされていて、まるで顔に大怪我を負っているように見えた。
「顔を作るのはとりあえず後だ。さっそくこいつを連れて、病院へ行かなきゃならない」
「病院?」
「俺がこいつの身体を造るのを急いだ理由」
リーヨォは深く息をつく。
「レイニールなら『神の欠片』で、サーヴェルト様を起こすことができるかもしれないんだ」
レイニールは包帯だらけの頭を上下に動かし頷いた。




