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Thousand Sense〈サウザンドセンス〉  作者: きしかわ せひろ
第四章 混迷のトーラスト
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矛先の場所

お読みいただき、ありがとうございます!

「……………………で? あんたは助けに来たのに、そのアタシを放って置いて別の女の尻を追い掛けて行った…………と。これに対する反論異論はあるのかしら…………?」


「いえ……何もございません。大変申し訳ありませんでした…………」


 ギリギリギリギリギリギリ…………



 街の墓地。


 ルーシャがイリアに文字通り、首を“締め上げられ”ているのを、ライズとリィケは顔を引きつらせて見守るしかない。


 本当ならばルーシャはイリアを救助して連盟に連れて行かなければならなかった。しかし急に現れた【魔王マルコシアス】を前にして、イリアのことをすっかり忘れてしまい現在に至る。


 レイニールを匿うために連盟の建物へ入ろうとしたところで、ルーシャがイリアの存在を思い出した。それにはライズもリィケもフォローのしようがない。




「ごほっ!! ごほっ!! …………うぅ、ほんとゴメン……イリア……」

「ったく。魔力も体力も無く、今も動けないアタシを悪魔蔓延る街の墓地に置き去りなんて酷いわよ!!」

「ごほっ……ゴメン……ごほっごほっ……」


 数分後。やっと解放されたルーシャは、咳き込みながら何度もイリアに謝罪する。


「……お前、救助対象を忘れるなんて退治の司祭失格。本部なら降格の上に始末書ものだぞ…………まぁ、今回はイリアさんも元退治員だし、結果として無事だからまだ良かったものの…………それに、事情も事情だし…………」

「う…………」


 ライズからも呆れたような言葉を投げられ、ルーシャは完全にぐうの音も言えなくなった。


「でも、『精霊使い(シャーマン)』のルーイがいたって本当なの?」

「そうなのよ。アタシも意外で何とも言えなかったわ……」


 イリアはルーシャに置いていかれた後も墓地で動けずに座っていた。夜明けまで黙ってイリアの傍にいたのは、マルコシアスの仲間であるはずのルーイである。


「良い人……なのかな?」

「そう思いたいわね。今後一人でも余計に戦わなくて済むなら、それにこしたことはないし…………」

「事情があるなら、それを解消すれば…………敵じゃない?」


「「「う~ん…………」」」

「あのぉ……お話中、すみませんが……」


 ルーシャたちが考え込んでいると、弱々しい声が割って入ってきた。

 一同が声の方に振り返ると、立っていたのはとても申し訳なさそうな顔の『祭事課』のローディスだ。


「あれ? ローディス神父……何でここに?」

「あぁ、それはねぇ………………そういえば、何でいたんですか?」

「はは……」


 力なく笑うローディス。

 どうやら、本人も自身に起きたことに困り果てている様子である。




 ルーイが去ったあと、イリアは彼に言われた通りに墓地の枯れ井戸を覗き込んだ。

 すると、井戸の中でローディスが倒れているのを発見し、すぐに近くの墓守の管理小屋にあった縄ばしごを中に下ろした。


「最初、死んでるかと思って焦ったわよ。でも、井戸に水はなかったし、落ち葉とかが積もっていたから大した怪我もなく、神父も気を失ってただけだったわ」


「いや〜、墓地の近くを通り掛かったら、大勢の悪魔にバッタリと鉢合わせしてしまって…………気付いたら担がれて井戸に投げ込まれてたというか…………」


「生きてて良かったですね……」


 ……運が良いのか悪いのか、わからない人だなぁ。


 マントや法衣は泥で汚れてはいたが、簡単な擦り傷や軽い打撲程度で済んだので自前の回復の法術で治せたらしい。


 一通り話し終えたローディスは、ルーシャの背後をチラチラと伺っている。


「? どうかしました?」

「……いや…………あの、そちらの方は?」

「え…………あぁ、そうですね……」


 ローディスの視線の先にいたのは、ルーシャの上着を頭から被って身体を隠したレイニールだ。


 身体の大部分は隠せているが、足先だけはむき出しの金属が見えていた。それを見付けてしまったローディスは、彼が人形だと気付いて少し顔を青くしている。


「え〜と、一応、その……大丈夫ですので……」

「レイニールです! 僕の友達です!」

「そ、そうですか…………とりあえず、今はそれで了解しました……」


 目を泳がせるルーシャとは違い、リィケがハツラツと答えた。事情は後からでも聞けると思ったのか、ローディスもその答え以上は求めないことにしたようだ。


「リィケの友達……ね。で、どうするの?」

「……出来れば、連盟の中へ入れたいけど…………研究課の部屋で置いてもらえないか?」

「ふぅん……とりあえず、リーヨォが戻るまではアタシの研究室へ匿った方が良いわね」


 イリアもため息をつくが特に詮索をしない。



 そこから一行はなるべく人目を避けて、連盟の建物へと急いで移動した。




 …………………………

 ………………




「イリアさん! 無事でよかったで…………うぅ、うぇええええんっ!!」

「アリッサ、ごめんねぇ」


 ルーシャたちは連盟の裏口から入ったのだが、研究室へ向かう途中で廊下をウロウロとしていたアリッサに出会した。

 アリッサはイリアが心配のあまり、聖堂でじっとしていることができずに裏口で独り歩き回っていたらしい。


「すぐに支部長に報告しないと! さ、ルーシャさんたちもこちらに…………」

「あ、アリッサ! ごめん、オレたちちょっとイリアの研究室に行ってから支部長のところに…………」

「研究室に? なら、私も……」


 アリッサはイリアの助手扱いなので当然の申し出なのだが、事情を知らないアリッサに今のレイニールを見せる訳にはいかない。


「えっと……アリッサは少し待ってて! ちょっと重要事項なの!」

「重要って……?」

「と、とにかく、大事で極秘で…………え〜と…………」


 イリアの言葉にきょとんとするアリッサ。イリアも咄嗟の思い付きだったため、言い訳があやふやを極めている。


「その……実はイリアさんが()()()()()()()()()があったようで…………発表まで内輪にも内緒にしなければならないそうです」

「「「…………!?」」」


 わたわたとするイリアの後ろから、ローディスが苦笑いしながらアリッサに『嘘』を言ったのだ。

 普段、嘘や誤魔化しを言わなそうなローディスに、ルーシャやイリアは内心驚愕する。


「そ、そうそう! 凄い事がわかっちゃってねー!! でももし、勘違いだと恥ずかしいし…………」

「できればすぐにでも、イリアさんたちを研究室へ行かせてあげたいのですが…………」

「あ、そっか…………でも、支部長も心配されていらしたし…………」


 驚きつつもローディスの話にイリアが合わせた。しかし、それでもまだ渋るアリッサにローディスがにっこりと笑う。


「それなら、私とアリッサさんで皆さんが戻ってきたことだけ、支部長にお知らせしてきましょうか?」

「はい! そうですね、神父!」


 やっと納得してウキウキとした足取りで聖堂へ向かうアリッサと、その後ろをついていくローディスを見送る。二人の姿が見えなくなったところで扉の後ろに隠れていたレイニールを呼んだ。


「た……助かったわ……」

「嘘も方便……ってやつだな……」

「あの人、意外に立ち回り上手いなぁ」


 全員がホッとして息をつく。

 イリアは早速、階段付近を見回し今度こそ誰もいないことを確認した。


「今なら無事に研究室に行けそうね……」

「うわ……廊下に悪魔の残骸が落ちてるぞ? 建物内に侵入までされたのか?」



 聖堂から離れた一階の階段や廊下には、イリアや他の職員が戦った魔操人形(マリオネット)の欠片が無数に散らばっている。


「そうなの。まぁ、敷地内の悪魔は結界に閉じ込めて早々に倒したけど…………この事件、なんだかスッキリしないわ……」


 今回の騒動の発端はレイニールの作ったものだが、何故人形が異常なくらいに増えたかなど、はっきりとした原因はまだわからない。


「……リィケが聞いた『命令』を、誰が出していたのかも判っていないしな」

「リィケ、今は聞こえるか?」

「ううん、聴覚を戻しても聞こえないよ」


 連盟に戻る途中、イリアが応急処置としてリィケの聴覚を戻したが、特に問題なく音や声を拾えているようだ。


『あの“命令”なら、朝方には消えたぞ。かなりうるさいものだったが、あの大きさならばこの街の中で出されていたと思われるな……』

「ほんと? 街の中で誰が…………」

「ほら、みんな! 話は研究室へ行ってからよ!」


 しゃべりながら、研究室のある階へ急いで階段を上がっていく。イリアとリーヨォの研究室は廊下の突き当たりにある。


「敷地内には僧侶が何人か様子を見に来ていたけど、この階は静かですね…………」

「ライズはあんまり来たことなかっただろうけど、研究課のある階はいつも静かよ。みんな引きこもっているし、他の課の人間はめったなことじゃ寄り付かないし…………」


 廊下を奥へ、リーヨォとイリアの研究室へと急ぎ足で進んだ。


「はぁ、やっと…………あれ?」

「どうしたの、イリア?」


 イリアは眉間にシワを寄せて立ち止まる。


「…………アタシの研究室のドアが開いてる」

「「「え?」」」


 見ると、イリアの一室の扉が全開になっていた。


「おかしいわね。ここを最後に出た時に、確かに鍵を掛けたのに………………」


 ドアはこじ開けられたなど、特におかしな点も見受けられず普通に開いている。これは鍵か内側から開けたかのどちらかだろう。


「おい、何か無くなってるものとかないか?」

「あー、今見てみ………………あぁ!!」


 部屋を覗き込んだ途端、イリアは異変に気付いて声をあげた。すぐに部屋に飛び込んでキョロキョロと隅々まで見て回っている。


「……………………無い」

「なに? 何か無くなってるのか!?」

「ここに置いておいた魔操人形(マリオネット)が無くなってる…………」

「え?」


 それはイリアとアリッサが騒動が始まる前に、研究用として焼却炉から持ち出したものだった。


 ルーシャとリィケが部屋に入ると、いつもの乱雑な研究室とあまり変わってはいないが、床に何かが引きずられたような跡があった。



「……あの騒ぎで動いて出ていったんじゃないのか?」

「ああ、確かに。勝手に動くなら……」

「いえ、無理よ。ほらコレ」


 イリアは机の上に置いてあった『石』をルーシャたちに見せる。


「アタシ、一応危ないから“核”になる『魔石』は抜いておいたのよ。それにほら、魔力も使い果たして真っ白になってるし」


 手に持っているのはゴツゴツとした、粉が掛かったように白っぽくなった魔操人形(マリオネット)を動かしていた“核”であった。


『すまぬ、ちょっと見せてくれないか?』

「レイニール?」


 今まで後ろで黙って控えていたレイニールがイリアの前に進み出て、彼女の持っている“核”をじっと見詰めた。


『確かに……これは余が山で人形に使った鉱石だ。しかも、こいつは二日くらいが活動の限界でな。倒れたあとは使い回しができない微弱な魔力しか持てぬ』


 レイニールが説明をするも、カチカチと金属の音が響いてイリアとルーシャはポカンとしている。


「…………リィケ、この子は何て言ってるの?」

「えっと…………」


 リィケがどう説明しようかと考えている時、廊下からライズが慌てたように飛び込んできた。


「イリアさん! この奥の部屋はリーヨォさんの研究室ですよね!?」

「そうだけど……何?」

「あっち、大変なことになっています!」

「「「へ?」」」


 全員でイリアの部屋から、廊下の突き当たりにあるリーヨォの部屋の前まで急いで移動する。


 異変は一目で判った。

 リーヨォの部屋のドアが乱暴に引っ張られたように、廊下で割れて倒れているのだ。


「何これ? リーヨォの部屋にも鍵は掛けて…………」

「これって……」


 リーヨォの部屋の中は、何かが爆発したように黒く焦げている。


 そして、その部屋の真ん中には……


「何でここに魔操人形(マリオネット)があるのよ……」


 真っ黒に焦げた人形が転がっていた。


「誰がこんなこと…………」

「まるで火炎魔法か何かでやられたみたいね……?」

「…………………………」


 ……こんな狭い所で魔法?


 ふと、ルーシャが顔を上げると部屋の窓が視界に入る。そこから見える景色にハッとなった。


「まさか…………」

「お父さん、どうかした?」


 窓の外はすぐに建物が見えて、ルーシャとリィケはそれを見上げる。


「リーヨォの部屋って時計塔が見えるから、時間がすぐにわかるんだよ」

「時計塔…………」


 ルーシャの頭に浮かんだのは、時計塔の最上階でマルコシアスが連盟の建物に向けて魔力を放つ光景。


 “気になるのなら調べるがいい……そこに居た奴の目的くらいは分かるかもしれぬ”


「【魔王】が狙っていたのは…………ここだったのか……」


 ルーシャは時計塔を見上げたまま、しばらくその場を動けなかった。




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