望む再会、望まぬ再会
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アリッサを取り囲んでいた魔操人形が次々と斬られ、バラバラになって路の上に転がっていく。
気付けば周りにはもう、悪魔は一体も立ってはいない。
「アリッサ、大丈夫か? 怪我はないか?」
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「ルーシャさん……リィケくん……」
なぜかリィケを背負いながら、青白く光る大剣を携えたルーシャの姿があった。アリッサはそれを確認した途端、脱力してその場に座り込み動けなくなる。
「門の詰所から出てすぐに、アリッサと悪魔が見えて……とにかく、間に合って良かった……」
「うっ……うぅっ……こ、怖かっ…………」
ボロボロと泣き出したアリッサに、ルーシャはハンカチを差し出す。
ルーシャとリィケがちょうど街の門をくぐった時、偶然にも目の前で魔操人形に囲まれたアリッサを発見した。
アリッサが門を目指して走ってきたので、近くで見付けることができたのだ。
「…………ぐすっ、あの……二人とも、なんでこの時間に…………夜中に汽車は……動いてないはずなのに……?」
借りたハンカチをぐしゃぐしゃにしながら、アリッサは浮かんだ言葉を口にする。
アリッサが聞いたイリアの予想では、サーヴェルトの事態を報されたルーシャやラナロアが帰るのは、どんなに急いでも今日の朝か昼。夜が明けたずっと後であると思われていたのだ。
「あぁ、予定より早く帰れたのは、連盟の本部長が臨時に汽車を用意してくださったおかげだ。それと夜中で駅に馬車はなかったけど、駅長が乗れる馬を手配してくれて……先にオレたちだけで急いで帰ってきたんだ」
馬は人数分なかったため、ルーシャと異変を感じ取ったリィケが先に街へ戻った。ラナロアやリーヨォは遅れて馬車に乗って帰ってくる。
「詰め所の兵士に聞かされて驚いたよ。まさか街の中に悪魔が彷徨いているとは思わなかったから……」
「そう、だったんですね…………あ!!」
アリッサが急に大声をあげた。
「イリアさんが……イリアさんが墓地で悪魔に囲まれてます!! 助けてくださいっ!!」
「イリアが?」
「はいっ!! 墓地で悪魔がお墓を……ケッセル家のお墓を壊そうとしてて、それをイリアさんが止めたら囲まれて……!!」
「わかった、オレが行くからアリッサは――――」
墓地の方角に目を向けてルーシャが立ち上がった時、目の前から真っ白な光が放たれた。
一瞬だけだが、目を開けていられないくらいの光だ。
「な……何、今の……?」
「墓地の方…………イリアの魔法……じゃないな」
ルーシャはリィケを背中から降ろして大きく息をはく。リィケの両肩を掴むと顔をしかめて言う。
「オレだけで墓地へ行く。イリアを助けたらすぐに連盟へ向かうから」
「…………うん、わかった」
現在、リィケは触っていなければ耳が聞こえない。
このままルーシャにくっついていては、完全に足手まといになると理解した。
「リィケ、お前はアリッサと連盟へ。アリッサ、リィケと手を繋いでてくれ。この子は今、聴力の神経を切っているんだ」
「え? 神経……?」
「リィケから説明してもらってくれ。じゃあ、行ってくる!」
「は、はい! ルーシャさんも気をつけて!」
リィケから手を離すとルーシャは直ぐ様、墓地への大通りを走っていった。
「僕たちも行こう!」
「う、うん………………でも、あれは……」
手を繋いだ二人が向きを変えると、目の前の通りに魔操人形がぞろぞろと歩いているのが見える。
「あの悪魔たち、お墓まで行くの。そこまでは攻撃してこないけど…………」
「横を通り抜ければ大丈夫なんだね?」
「…………でも……」
まったく攻撃されない確証はない。
「急に気が変わって襲ってくるかも……」
「……………………」
“魔操人形に命令を下している者がいる”
気が変わるのではなく、命令が変わるのだ。今はリィケの聴力が切られているので、新たに命令を出されたかどうかはわからない。
――――僕がお姉ちゃんを護らないと…………
聴力が無い状態で戦えるだろうか? リィケの頭に不安が過った時、不意にリィケの肩に重みが加わる。
「大丈夫だ。ルーシャが墓地へ行ったのは、俺がお前に付くと思ったからだ……」
「っ…………ライズさん」
ライズがリィケの後ろに立っていた。
ルーシャたちに遅れて、ライズも馬に乗ってトーラストへ到着したのだ。
「リィケ、これから俺が前を走って安全を確保する。お前はその人の手と、前方の俺から目を離すな。指示は手の動きで判断すること」
「はい!」
「あ、あの……あなたは……?」
元気に返事をするリィケに対し、急に現れたライズにアリッサは恐る恐る声を掛けた。
「ルーシャたちと一緒に来た連盟本部の退治員です」
「本部の!?」
「はい。俺が悪魔への攻撃と連盟までの誘導をしますが、気を抜かず悪魔に襲われることを念頭に置いて進んでください。あなたはリィケの手を離さずに、後ろからの物音に気をつけてほしい。できますか?」
「は……はい!」
ライズは連盟本部と王宮で小隊を持つ。
そのためか、言葉一つ一つが的確で、アリッサは指示を出す彼に完全に気圧されて返事をした。
「リィケ、行くぞ。お前たちを連盟へ届けたら、俺はルーシャの加勢をしに行く」
「はい! ライズさん!」
「は、はいっ……!」
――――走れば往復で二十分くらいで墓地へ向かえるだろう。
魔操人形が行進をする通りへ。三人は連盟の建物へ向かい急いだ。
…………………………
………………
周りをぐるっと悪魔に囲まれ、殺される……とイリアが覚悟を決めた時、背後の墓石が眩い光を放った。
「…………何っ!?」
自分は何もしていない。光の正体を確かめる前にそれはどんどん弱まり、気付けば目の前にイリアを庇うように誰かが立っている。
「…………まったく、なんという無茶を」
「えっ……!?」
聞いたことのある、低く落ち着いた声。
「あなた……………………ルーイ……?」
「はい。名前、覚えられてしまいましたね……」
顔の上半分に狼の面を被った『精霊使い』のルーイである。
はぁ……とため息をついてイリアの方を向いたルーイの口元は、どこか呆れたような苦笑いしているような感じに見えた。
「あの……あなた、どこから――――」
「今は話している暇はありません」
「「「ギギギギッ!?」」」
突然現れたルーイに、魔操人形たちは怯えたような叫び声をあげている。
「…………ずいぶんと増えたものです。『ソル』!」
ズバァアアアッ!!
ルーイのすぐ近くの地面が盛り上がり、ルーイの倍以上はある石や土でできた『大蛇』のような形を成した。
土の大蛇は首を曲げてルーイを見下ろす。
『主よ、お呼びでしょうか?』
「はい。よろしくお願いいたします」
「『土の精霊』……?」
――――上級の『四大元素の精霊』をこんなに簡単に……!? しかもしゃべってるし!!
イリアは『四大元素の精霊』の術を扱う法術師はよく知っている。しかし、普通は精霊に法力を借りて法術を使うだけだ。
ルーイのように上級の精霊そのものを引っ張り出し、意思疎通までできるくらいに具現化するのは、相当な法力の量と精霊に愛されているのが絶対条件になるのだ。
――――精霊と対極にある【魔王】と一緒にいた人が、上級精霊に好かれていて使役できるなんて……。
「ソル、この人形たちを土塊に戻してもらえますか?」
『……御意』
“ソル”と呼ばれた土の大蛇は、自分の尾や頭を地面に打ち付け、さらに地表を撫でるように魔操人形たちを粉砕していく。
「うわ…………」
呆然とするイリアの前で、土の大蛇はあっという間に墓地にいた魔操人形を全滅させた。
『見えている敵は倒しました。他に御用はございますか?』
「いいえ、あとは我々で対処できるでしょう。もう戻っても構いません」
『そうですか。またお呼びください……』
「えぇ。ソル、ありがとうございました」
ルーイが土の大蛇の顔を撫でると、大蛇は身体をくねくねと左右に振りながら地面に吸い込まれるように消えていく。
大蛇が消えるのを見守ると、ルーイは座り込んでいるイリアに目線を合わせるように膝をついた。
「…………怪我、してますね。失礼します」
「え……あ、はい…………」
ルーイはイリアの手を取ると無言で術を発動させる。イリアの体のあちこちにあった小さな擦り傷は、瞬きをする間にみるみる治っていく。
「あ、ありがとう……」
「いえ…………」
「………………」
「………………」
イリアにはルーイに聞きたいことが山ほどあるが、この人物が気さくに話してくれるとは思えない。しかし、何かを聞き出さなければ何も進まないと感じた。
「…………………………あの、どうやって……どこから目の前に?」
「……………………」
沈黙を保てないイリアは、先ほどの質問を再びぶつけてみた。
ルーイは少し考えるように黙ったあと、頭を下げそのままの体勢で言葉を発する。
「ありがとうございます……」
「へ? 何が?」
ルーイに礼を言われる覚えがイリアにはなかった。
「貴女が魔力をぶつけたことで、“表”へ戻る路ができました。感謝いたします」
「表……?」
「はい。それは――――」
「“表”から鍵を掛けられてな。我らは“裏”に閉じ込められたのだ」
「――――え? あっ!!」
急にルーイ以外の声がイリアの真上から降り注ぐ。驚いて振り仰ぐと、ケッセルの墓標の上に立つ者がいた。
一人の女性がそこに立っている。
背が高く長い金髪が腰の辺りで揺れている。そろそろ夜明けが近付いてきた紺青の空に、はっきりと浮かぶ背中から生えた白い翼。
その顔は、かつてイリアが毎日会っていた『親友』そのもの。
「我の名は【魔王マルコシアス】。人間の娘よ、お前が墓石の周りで魔力を放った者か?」
「――――――レイラっ……!?」
【魔王マルコシアス】
この名を聞いて、イリアは全身の血が凍り付いたようだった。
クラストの町の事件で、この【魔王】がレイラの姿をしているということは分かっていた。しかし、いざ実物を目の前にした時、【魔王】から発せられる威圧感と、死んで二度と会えないはずの親友の姿に身体は指の一本も動いてはくれない。
そんなイリアの様子を見て、マルコシアスはどことなく満足そうな笑みを浮かべた。
「礼を言おう。お前のおかげで、我らの行動を妨げるものが無くなったことを」
「な………………」
――――何を? アタシ、何か…………
マルコシアスに言われたことの意味を測りかねていると、すぐ近くでザリッと足音が聞こえた。
「あぁ……また貴様か…………」
足音の方向へマルコシアスが顔を向ける。その表情はとても苦々しい。
イリアとルーイもそちらへ視線を向けた。二人は同時に口を開く。
「ルーシャ…………」
「魔王殺し…………」
「何故……ここに【魔王】が…………」
そこにいたのは、剣を片手に墓の上の【魔王】を見詰めるルーシャだった。