とある最大の危機
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魔操人形たちの向かう先に何かがある気がして、レイニールはそれを追っていく。
「……………………ギギ……?」
『ハァ……ハァ…………なぜ……苦しい……?』
身体は人形、息はしていないので『息苦しさ』という感覚はないはずなのに、先ほどから苦しくてレイニールは思わず首元を押さえた。
――――命令の声が大きくなっているが…………さっきから何を言っているのか解らなくなってきた……?
“声”はレイニールの頭の中で響いているが、その命令の声がただの騒音のように聞こえているのだ。
――――どんな命令でも、余は聞く気はない。それよりも…………
ひたすら先へ先へと歩いていく中で、平行して歩く悪魔の数は多くなっていった。しかし、レイニールはそれを倒さずにただ前だけを見据える。
――――この魔操人形を止める方法……余の他に命令を下す輩を見付けて止めさせればいい。
もしもその黒幕を見付けられなくとも、やはり地道に倒していくのが得策だろう。そして朝が来れば、人形は全て機能を停止させる。
――――問題はその後……
魔操人形たちが動きを止めた時、連盟の人間がそれを回収しに動く。しかし、彼らは魔操人形とレイニールの区別がつくとは思えない。
きっと見付かれば、話などできずに退治員に追われることとなる。
悪霊が宿って出来る『物質系悪魔』は、ほぼ確実に退治の対象になることは知っていたのだ。
――――余は朝になってからが戦いになるだろう。一体……どうすれば…………
人形の群れの中で頭を抱えそうになった時、ふとあの声を思い出す。
『話……できますか?』
追い掛けられたのにもかかわらず、震えながら悪魔にしか見えない自分と話そうとしてくれたリィケという少年。
――――再びあの者と会うまでは逃げても隠れても構わない。自我を喪わないことと、死なないことだけ考えろ……!
この二年、彼は自分が王族だということを忘れたことはない。もちろん常に誇りを胸に己を律してきた。死んだら誇りも何もない。
だから、今は誇りよりも命が惜しいのだ。
…………………………
………………
「『紅炎の矢』っっっ!!」
がぁあああん!! ガラガラガラ!!
魔術で攻撃し派手に音を鳴らして進むイリアだったが、先ほどから何か違和感あった。
「やっぱり、おかしいと思わない?」
「ええ。私もそう思います……」
その違和感にアリッサも気付いている。
「その証拠に………………えいやっ!!」
ドコォッ!! ガラガラガラ!!
アリッサが一体の魔操人形の背後から、その首から背中をメイスで殴りつけてバラバラにした。
「反撃してこないので、私でも簡単に倒せるようになりました」
「…………アリッサ、メイス使い巧くなったわね」
いくら聖水を塗ってあるとはいえ、メイスの一撃で人形を破壊する腕前はお見事と言うしかない。
この子、意外に退治員に向いてたりして……?
そんなことをアリッサに言ったら、ルーシャと一緒に仕事をしたいと密かに思っている彼女は、喜んで『退治課』へ転課してしまうかもしれない。
貴重な後輩を失いたくないので、イリアは今の現状について真剣に考えることにした。
「なんで…………アタシたちを襲わなくなったのかしら?」
イリアがどんなに魔術で攻撃しても、どんなに目の前で仲間を破壊しても、魔操人形たちが彼女たちに向かってくることがなくなったのだ。
「……悪魔活性化のピーク時間を過ぎたからって、こっちに見向きもしないのは何故?」
二人が少しの休憩の後、病院を出たのはほんの少し前。その間に、あれだけ襲い掛かってきた悪魔が急に人間を無視し始めた。
まるで、襲う必要がなくなったみたいに。
「こいつら、たぶん命令で動いていたはずだけど…………その命令が変わった…………のかしら……?」
「命令の変更…………じゃあ、今は何をしに行っているのでしょうか?」
彼らはぞろぞろと同じ方向へ歩いている。
「この方向は街の墓地ね……」
「ついて行ってみます?」
「そうね……」
二人は一旦攻撃を止め、魔操人形たちの後をつけることにした。
魔操人形たちの歩みは遅く、意外とついて行くのに根気が要る。
まるで自分たちも人形の一員になったのでは? とそんな錯覚をし始めた頃、イリアとアリッサは街の墓地へと辿り着いた。
トーラストの街の墓地へ、初めて足を踏み入れたアリッサはそわそわと辺りを見回している。
「うぅ……夜中の墓地……怖いです」
「周りにうじゃうじゃいるんだから、二人きりより賑やかなもんじゃないの」
「悪魔がうじゃうじゃ居る方がよけいに怖いです!」
アリッサはトーラストに親類などの墓はなかったため、街の墓地に訪れたことがなかった。子供の頃からの“墓は怖い”という先入観のせいで震えているのだろう。
「アタシは怖くないわね。トーラストの墓地はきちんと手入れされているから霊もほとんど見掛けないし、死霊使いにはちょっと物足りないのよ……」
「物足りないって…………お化け屋敷じゃないんですから……」
別に娯楽を求めている訳ではない。廃墟ばかりの棄てられた町の墓地くらいでなければ、霊の類いを使役できる死霊使いとしての能力を最大限に使えないという意味だ。
「さて、こいつらは何の悪巧みをしているのやら…………」
「あっ! あそこ、なんか固まってますよ!」
墓地の中央から少し奥。
ある一角に建てられた立派な墓石に、複数の魔操人形が群がり、石碑を倒すように体当たりをしたり、地面の敷石を剥がそうとしている。
「あれは…………ケッセル家の墓じゃない!?」
「ケッセルって、ルーシャさんの家の……!!」
トーラストでは一番大きく古い墓だ。
墓にはケッセル家の先祖が眠っている。もちろん血筋の人間、それだけではなくケッセル家に嫁いできた者……ルーシャの妻であったレイラもだ。
墓が悪魔たちの手によって破壊されそうになっている。
その光景を理解した途端、イリアは一瞬で頭に血が昇るのがわかった。
「そこには、レイラもいるのよっ!! この…………ふざけんなぁあああっ!!」
イリアは両手を前にかざすと、その手のひらへ意識を集中させた。手の周りに緑色に光る渦が集まっていく。
「退けっ!! 『翡翠の風撃』!!」
ゴォオオオッ!!
手に集まった光の塊は墓石に叩き付けられると、それに群がっていた魔操人形のほとんどを吹き飛ばして粉々にした。
「イリアさん……すご……」
「ハァハァ……ほぼ全力…………ハァ……あはは、ざまぁみなさい……!」
イリアが使える魔術の中でも範囲が広く強力なものだ。食らえば下級から中級の悪魔はただでは済まず、墓の周りには何もいなくなった。
「良かった……お墓は無事ね」
墓石に近付いてホッと胸を撫で下ろすイリア。
しかし……
「っ!? イリアさん!!」
「えっ……?」
ガチャガチャガチャガチャ!!
墓地へ来る今の今まで無関心だった魔操人形たちが、急にイリアたちの方を向き取り囲み始めたのだ。
「なんで今さら……攻撃してくるんですか!?」
「たぶん、墓を荒らすのが新しい命令だったのかもね…………ふふ……マズったわ……」
魔操人形たちは墓とイリアたちの周りに、壁のように隙間なく並んでゆらゆらと体を揺らしていた。
「あわわわわわっ……!!」
「完全に囲んで殺るつもりね……」
すぐに来ないのは、もっと集まった時に一斉に襲い掛かってくるための準備だ。この手の知能の低い悪魔は獲物を追い詰めた時、個別よりも群れて押し寄せてくる習性がある。
戦士タイプの退治員ならば、体当たりなどで簡単に抜けられたかもしれないが、イリアとアリッサは女性の上、一晩中走りまわったせいでこの壁を弾く体力はもうない。
「ど、どうしましょう……?」
「逃げるしかないわ」
「どうやって……!?」
「――――『闇の壁』……」
イリアがアリッサの肩に触れながら呪文を唱えた。アリッサの周りにだけ黒い霧のようなものが発生する。
「え?何ですか!?」
「アリッサ……あなたは街の門まで走りなさい」
「え? イリアさん?」
「アタシの魔力で物理耐性を上げたけど、だいたい十五分が限界。門の詰所に一人で避難してちょうだい」
「そんな! イリアさんは!?」
「――――『紅炎の矢』!!」
ドカァアアアンッ!!
二人の前方の人形たちがぶっ飛ぶ。
「…………あなたを抱えてじゃ無理。アタシ一人だけなら、この場所で結界を張って朝まで粘れるの。夜明けまで二時間もないわ…………早く行きなさい」
「~~~~~っ!!」
今まで、アリッサが聞いたことのないイリアの低く冷たい声。
「詰所に行ったら誰か……助けを呼んできますっ……!!」
「要らないわ。それより、ハンナさんにエッグタルト三個って注文しといて。夜食…………朝ごはん用ね」
「わ゛か゛り゛ま゛し゛た゛~~~っ!!」
魔術によって拓けた道を、アリッサは泣きながら走って行った。
彼女の後ろ姿が見えなくなる前に、空いた隙間に再び人形が並び始める。
「あはは…………もうダメ……」
ズルル…………ドサッ。
イリアはケッセル家の墓石に、もたれ掛かるように座り込んだ。彼女の魔力はアリッサのために使った分で底を尽きている。
「アタシ、カッコ良すぎでしょうよ……退治員の時にもこんなにカッコつけたことないわよ」
『退治課』時代は相棒のレイラが全面に立っていたので、イリアは主に雑用や書類など彼女の補佐に回っていた。
だから、こんなに誰かのために魔術を使ったのは初めてと言っていいかもしれない。
ギチギチギチギチ……
取り囲んでいる魔操人形が更に距離を詰めてきている。
――――殺るなら一思いに殺りなさいよね……。
脱力してため息をつくと、身体にヒンヤリとした墓石の冷たさが伝わった。
「レイラ……会いたいなぁ」
魔操人形の一体がイリアに向けて腕を伸ばしてきたが、もはや彼女は動くことができない。
疲れはて、まぶたが重くなったイリアは意識を放棄しようと目を閉じようとする。その時、
『フシュウッ!!』
何かが耳元で鳴いたのをハッキリと聞いた。
…………………………
………………
「うっうっ……イリアさん、イリアさんっ!!」
街の門へ向かう大通りを、アリッサはボロボロと涙をこぼしながら疾走していた。
――――朝までなんて待ちません!! 詰所で誰か呼んだら、すぐに助けに行きますから!!
門の詰所には『悪魔憑き』の旅人が来た場合に備えて、連盟に有るような対悪魔用の道具が揃えてある。
「そこに行けば………………きゃあっ!?」
急に真横からドンッ! と体当たりを受け、アリッサは道の真ん中に転がった。それと同時に、イリアから掛けられた黒い魔術の霧が消えてしまった。
「くぅっ……な、何……? はっ……!?」
アリッサの周りにはいつの間にか、悪魔たちが集まってきている。墓地にいたのとほぼ同じくらいの集団だ。
ガチャガチャガチャガチャ。
「あ、ああ…………」
もう少しで門に着くというところだったが、たった一人で多くの悪魔に囲まれ、腰が抜けたのかアリッサは立ち上がれない。
「助け……て、母さん……イリアさん……」
極限時で脳裏に親しい人たちの顔が浮かぶ。
「…………ルーシャさ――――」
「祓え!! “光を示す者”!!」
ドォオンッ!!
アリッサの背後で圧縮したよな空気が動いた感じだった。
横一列に並んだ魔操人形が一斉に砕け散る。
「大丈夫か、アリッサ!!」
「アリッサお姉ちゃん!!」
――――こんな、タイミングで現れるなんて…………夢だよね?
「……ルーシャさん……リィケくん……!!」
よく見知った顔が自分の方に駆け寄って来るのを、アリッサは現実としてすぐに受け止められなかった。