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Thousand Sense〈サウザンドセンス〉  作者: きしかわ せひろ
第四章 混迷のトーラスト
103/135

その場所へ向けて

お読みいただき、ありがとうございます!

「うわぁあああっ!!」

「ひぃっ!? く、来るなぁっ!!」


 トーラストの中央よりやや北側。

【聖職者連盟】が管理する病院の前では、大人の男性の叫び声が響いていた。


 病院の格子門にバリケードを作ったが、外から二十体ほどの魔操人形(マリオネット)が先頭の仲間を潰す勢いで門を押している。

 門の周りの柵には頑丈な結界が張られているが、人の出入りがある門そのものには門番を置いてはいたが大した結界はなかった。そこを人形たちに嗅ぎ付けられ、総攻撃を受けている真っ最中だった。


 魔操人形(マリオネット)を何とか門から引き剥がそうと、病院の男性職員や警備兵たちは必死に棒で格子門の間からつつく。


 しかし、数人の攻撃は最前列の悪魔を倒すだけで、その後ろの悪魔には届かず、後ろの悪魔は壊れた仲間を盾にどんどん押してきた。


 ギギギギギ……


 不快な金属が軋む音が聞こえ、門の蝶番がギリギリと揺れているのが分かる。職員や警備兵たちは錫杖や槍を持つ手が限界に近付き、だんだんと悪魔たちへのダメージが少なくなってきていた。


「こ、ここで門を破られるわけには……!!」


 魔操人形(マリオネット)自体は大した悪魔ではない。しかし、数で押しきられて病院の中への侵入を許せば、そこには一般人よりも抵抗ができない病人や怪我人が多くいるのだ。


 生命力を吸う悪魔にはどんな人間でも、人間には変わりないのだから。悪魔にとってこれ程楽な餌場はないだろう。


「うぅっ! もう、ダメ……!!」

「――――『薙ぎ払う漆黒の槍(ブラックジャベリンズ)』っ!!」


 ギィイイイッ! と音をたて、真っ黒な風のような塊が門に集まった魔操人形(マリオネット)たちを一斉に吹き飛ばす。


「悪魔が門から退けたぞ!!」

「まだ!! まだ動いているのがいるから叩いてっ!!」


 職員たちがホッとする暇なく、門の外から注意を促す叫び声が響く。

 門の内側にいた者たちはすぐに通りに飛び出して、動きのあった数体の魔操人形(マリオネット)を叩き壊した。





「ふぁ~っ!! ごめん、ちょっと休憩させて~っ!!」

「はぁああ……怖かったです……」


 門を閉められる前に、イリアとアリッサは病院の敷地内へと滑り込む。いや、倒れ込んだと言った方がいいか。


「あなた方、連盟の人かい? 悪魔を吹き飛ばすなんて大したものだ」

「ありがとうございました。大丈夫ですか? 何か欲しいものがあれば言ってください」


「じゃあ、水と…………もし可能なら甘いものを……魔力の使い過ぎでお腹すいた…………」

「イリアさん、しっかり~!」


 ぐぅ~……と腹の虫が鳴くと同時に、イリアは床に突っ伏した。アリッサは半泣きでイリアの体を揺らしている。


「あ……ハーブのお茶と、ジャムを挟んだビスケットならありますけど……これで良かったら……」

「……うん、できればお茶に砂糖も入れてもらえると最高なのだけど」

「えぇ、お入れしますよ。ちょっとお待ちくださいね」


 病院の看護師らしき女性は急いで奥まで走っていった。





「……一回追い払ったら、あとは来ませんね?」

「そうね。でも、移動するのには好都合だわ。ここに閉じ込められても困るし……」


 イリアとアリッサは玄関ホールで門の方を警戒しつつ休憩も兼ねて座る。


 ほどなく先ほどの女性が戻ってきた。渡されたビスケットを食べると、イリアはすぐに立ち上がって大きく身体を伸ばす。


「はぁーっ! 生き返るぅ! 魔力使いまくると甘いものが欲しくなるのよねぇ!」

「あの、イリアさん……もう限界なら、ここに待機しててもいいんじゃないですか?」

「そんな訳にもいかないわよ…………あの、ここにローディス神父は来ていましたか?」


 おそらく、すでに移動したものと判断して尋ねた。

 イリアの言葉に職員や兵士、看護師たちは顔を見合わせる。


「神父さま……来ていたような……いつ頃?」

「あれ? ローディス神父ってどういう人だっけ?」

「聖水造ってくれた人よ。え~と、あれ……どんな感じの人だっけ?」

「背が高くて……いや、低い? あと金髪で……細かった人……だったかな?」


「………………?」


 職員たちの記憶が曖昧なことに、イリアは首を傾げた。

 確か聞いた話ではローディスは度々、病院から依頼を受けて仕事をしていたはずだ。しかも、彼は国でもそうそうお目にかかることが珍しい、身体の欠損まで治せるくらい強力な回復の法術師だというのに。


 そんな仕事に関わる優秀な人材の特徴を、何人もの関係者がうろ覚えだというのがおかしい。


「ねぇ、アリッサ。あなたはローディス神父、分かるよね?」

「えぇ、わかりますよ。えっと……………………確か……細身で背が高くて……金髪で……えぇっと…………あ、そばかすのある方です!」

「そうそう」


 他人の顔を覚えるのが苦手なイリアやルーシャならともかく、実家の商売柄、人の特徴を掴むのが得意なアリッサでさえ、ローディスの情報がすんなり出てこなかった。


 ……印象薄いのにも限度があるわね?


「……とまぁ、そういう人なんだけど?」

「「「…………ん~……?」」」


 皆が皆、思い出そうとしているのか、苦いものを噛んだような表情である。


「何で誰も覚えて――――」

『フシュッ!』

「ひゃあっ!?」


 すぐ耳元で何かの音がして、イリアは慌てて周りを見回すがそれらしい原因が見当たらない。


「な……何、なんかさっきもあったけど……?」

「イリアさん、どうしました?」

「ううん……なんか、空耳が…………疲れてるんだわ……きっと……」


 イリアがこめかみに手を当てて悩み始めた時、


「ああっ、そうだ! その司祭様ならここで聖水を造ったあとに、墓地の近くの方へ行くって言ってた! ほら、あっちは入り口の門から少しずれると町外れだから、まだ家に隠れている人たちも多いだろうって!」


 急に、若い兵士がすらすらと思い出したことを話す。


「……本当?」

「はい、本当です。確か……二時間くらい前だったはず」

「二時間前……かなり経っているじゃない!」


 商店街からあちこち寄って病院へ。それも二時間も前なら墓地へ行っても追い付かない可能性が出てきた。しかし、連盟へ行く通りは魔操人形(マリオネット)がうろうろしている。


「ますます放っておけなくなったわ……」

「怪我をして動けなくなっていたりして……」


「回復術が得意な神父は怪我なら何とかなるわ。一番厄介なのは、気を失って悪魔に取り憑かれたりすることよ」


 もし仮に、知恵のある悪霊などが取り憑いた場合、連盟の建物に難なく侵入して内部から掻き回される恐れがあるのだ。


「仕方ない……一か八か、墓地の方へ行きましょう。もしかしたら、街の入り口の門の詰所に避難しているかもしれないし」


 時間はすでに夜中の二時を回っている。

 これから朝方までが、悪魔の行動が活発になる時間帯だ。


「アリッサ、疲れたならここに残ってもいいわよ?」

「いえ。ここまで来たらお供します!」


 頼もし過ぎる新人にイリアは内心ホッとしてしまう。

 彼女はイリアに何かあった時には、すぐに動いてくれると確信しているからだ。




 警備兵に再び門を開けてもらう。


「じゃあ、気をつけてくださいね」

「ありがとう。いってきます!」


 看護師たちにおやつのビスケットをたくさんもらい、イリアとアリッサは墓地がある方角へ駆け出していった。





 …………………………

 ………………





 ――――頭が痛い……これは、まずいことになったかもしれない。


 自分の身体が、何故かボロボロの人形になってしまってから二年。


 レイニールは初めて、自身の危機というものを感じていた。


「ギッ……!」

『このっ……!』


 ガァンッ!! ガラガラガラ!!


 両手に持った鉄の棒で、近場にいた魔操人形(マリオネット)を一体破壊する。


 そうすると、周りにいる他の悪魔も一斉にレイニールの方目掛けて突進して―――――


「ギギ、ギ…………?」

『何故、来ない……?』


 仲間が破壊されたのに、周りにの魔操人形(マリオネット)はうろうろするばかりでレイニールのことを見向きもしない。


 いつからだろうか、魔操人形(マリオネット)が何をされてもレイニールを無視し始めたのは。


 確かに日付が変わる前には、魔操人形(マリオネット)はレイニールを敵と認識して襲ってきた。彼はそれを迎え撃ち、順調に減らしていったと思っていた。

 しかし今は追い掛けて一体を倒し、また追い掛けて一体を倒し……と非常に効率が悪くなっている。


 無視をされ、まったく攻撃をされない。


 ……余を、敵だと思っていない?


 ゾクリとした気持ち悪さを感じる。

 もしこのまま、気を抜いたら自分も悪魔の仲間になるのではないか? そんな考えが浮かんで、思い切り頭を振った。


 ……きっと、夕方から聞こえる『声』のせいだ。


 “人形ヨ人間ヲ襲エ!! 街ヲ混乱サセロ!!”


 上から押さえ付けるような魔力を含んだ『声』は、どんどん大きく強くなっていく。それと同時に魔操人形(マリオネット)の動きが変わったのは気のせいではないだろう。



 気付けば、魔操人形(マリオネット)たちは何処かに向かっているらしく、ノロノロと同じ方向へ歩いていっているのだ。


 …………何処に向かっている?


 試しに進路を塞いでみたが、レイニールを避けて歩いていく。


 ……この方向は……街の入口か? それとも……?


 レイニールはトーラストへ来てから、少しずつ町の中を探索していた。だから、この方向にあるのは街の出入り口の“門”と、公園のように整備された“墓地”があるのを知っている。


 もしも出入り口を悪魔に占拠されれば厄介であるし、墓地に集まるというのも何か意味がありそうだ。



 パリッ……!

 レイニールの手に細く赤い光が走る。


 …………まずは余が落ち着くこと。


『――――“感情の檻(エモーション)”……!』


 パンッ! と赤い光は弾けて消えた。

 レイニールの胸から、貼り付いていた気持ち悪さも消えた気がする。


 自分で自分に使う能力は他人に使うよりは弱いが、魔力に引っ張られそうになる時に気持ちを落ち着かせて冷静になれた。


 彼は二年の間、こうして自分を保ってきたのだ。


 ……もしかしたら、この先に元凶がいるのか?


 レイニールは目の前の魔操人形(マリオネット)を破壊しながら走る。


 頭に響く声が、また大きくなった。







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きしかわせひろの作品
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不死<しなず>の黙示録
― 新着の感想 ―
[一言] >他人の顔を覚えるのが苦手なイリアやルーシャならともかく、実家の商売柄、人の特徴を掴むのが得意なアリッサでさえ、ローディスの情報がすんなり出てこなかった。 ほほう( ˘ω˘ )
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