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Thousand Sense〈サウザンドセンス〉  作者: きしかわ せひろ
第四章 混迷のトーラスト
102/135

可能になる不可能

お読みいただき、ありがとうございます!

 人形たちの奥から迫りくる影に、一瞬だけ我が身の終焉を思い描いていたイリアだったが、()()()()に気付いて顔を上げる。


「………………あれ?」


 シャキィイイインッ!!


 軽快な金属音と共に、イリアの目の前にいた人形が真っ二つに切られて崩れた。


 巨大な“園芸用の剪定バサミ”が流れるような動作で、次々と魔操人形(マリオネット)を屠っていく。その動作には見覚えがあった。


「…………イリアさん、無事、か?」

「セルゲイ!!」


 セルゲイはラナロアの屋敷で働いている『トロール』の庭師である。

 縦横に大きい体格で、首が極端に短いためにシルエットが“首無し”に見えてしまう。


「……な~んだぁ、セルゲイじゃないのよぉ……てっきり、中級クラスの首無しの騎士(デュラハン)かと……」

「…………驚かせて、申し訳ない…………おれ、みんな誘導する、避難は伯爵の屋敷へ」

「え? ラナの家に?」

「旦那様と、リィケ様たち帰るまで、支部長さま頑張ってる………………きっと旦那様なら屋敷、避難に使えと、おっしゃられる……」

「そっか! 支部長が連絡してたわね!」


 サーヴェルトが倒れたことで、支部長のアルミリアが連絡を入れていた。よもや、こんな事態になるとは思ってはいなかったはずだ。だが、こちらに向かってきてくれているのなら、あと少し踏ん張っていればラナロアが帰ってくる。


 きっと彼ならすぐに解決できるだろう。


「……イリアさん! 良かった無事で!!」

「アリッサ、みんなと伯爵の屋敷へ! 庭師のセルゲイならその辺の退治員より強いわ!」

「はい! ……って、イリアさんも行きますよね?」

「アタシは神父を捜さないと」


 ローディスが聖水を配り歩いているのは確かだ。おそらく、大きな施設はすでに回ったはずだ。今は個人の店や家々を巡っている可能性が高い。


 ――――こんなに悪魔がいるなら、もう外を歩くのは危ない。


 今は無事でも街を歩き回っていれば、いつか悪魔と鉢合わせしてしまうだろう。


「イリアさん、ダメです!! 一人は危険です!!」

「でも、誰かが行かないとね……」

「それなら、私もっ……私も一緒に行きます!!」

「……アリッサ………………はぁ」


 ため息ひとつついて、イリアはアリッサの方を向く。


「絶対、アタシの前に出ちゃダメよ。補佐だけしてちょうだい……」

「わかりました!」


 イリアとアリッサはハンナたちをセルゲイに任せ、再び大通りへ向かっていった。





 …………………………

 ………………





 トーラストの街から離れた駅の町。


 本日の汽車の発着はすでに終わっているばずだが、日付をまたいだ深夜のホームに汽笛が響いた。

 汽車の先頭にはこの国の王家の紋である『ユニコーン』が刻まれている。


 一人駅に残っていた駅長が、いそいそと停まった汽車の客車の扉を開けた。



「お帰りなさいませ。伯爵さま」

「えぇ。時間外の出迎え、ありがとうございます」


 最初に客車から降りたのは、トーラストの街の領主であるラナロア。そして、彼に続いてリーヨォが降り立った。


 その後ろから降りてきたのは、ぐったりとしたリィケと、それを背負ったルーシャ。

 リーヨォはため息をつくと、リィケの頭に手を置いた。


「早くトーラストへ戻らねぇとな…………リィケ、大丈夫か?」


「……うん、だいじょう…………」

「大丈夫じゃない。まだ“痛む”んだろ?」

「うん……少し……」


 心配そうな表情で、マーテルとライズが続いて降りてくる。マーテルがリィケの肩に触れて話し掛けた。


「リィケ様、少し休まれた方がよろしいのでは?」

「ううん、帰る…………汽車の中で休んでたのに治らないもの。だったら早く、トーラストへ戻らないと…………」


 気持ちでは早く帰ることを望むが、リィケは人形とは思えないほど青ざめて、ルーシャの肩に静かに顔を埋めた。



 ……だいぶ“頭痛”が酷そうだ。()()が原因なんだろうが、一体あれは何なんだ?


 本来、『生ける傀儡(リビングドール)』であるリィケは痛みを感じることがない。


 そのリィケに突如、“頭痛”という現象が起きた。






 それは、今から三時間ほど前。


 車内からラナロアがトーラスト支部へ連絡を入れた。駅に着いたら、庭師のセルゲイに馬車で迎えに来てもらうためだ。


 しかし何度連絡しても、ラナロアの屋敷へ『通話石』が通じない。それどころか、同じ様に連盟へ掛けても繋がらないのだ。

 仕方なく、もう少しトーラストへ近付いたら連絡してみようということになったが、こんなことは街ができて以来初めてであるという。


「…………法力だけでなく、魔力を通した『通話石』まで機能しないなんて、おかしいですねぇ?」


「まぁ、『魔力石』の仕組みが魔法の力で声を飛ばしている訳だし、街の結界とは違う魔力の壁なんかが途中にあったら跳ね返されるな……?」


「いつもの街の結界じゃないもの……」

「そんなもの、普通は張らなくても…………」

「じゃあ、普通じゃない事態なんじゃ……?」


「「「……………………」」」


 ――――トーラストで何か起きている……!?


 全員でその結論を出した時、リィケが突然耳を押さえて倒れ込んだ。


「リィケ!?」

「う……あたま、ガンガンする…………」

「“頭痛”か? おい、ちょっと診せろ!」


 リィケをソファーに寝かせ、額に手をかざしたリーヨォは顔をしかめた。


「……聴力の受信機能が変だ。リィケ、俺たちの会話以外に何か聞こえるか?」

「…………………………」


 耳を両手で塞いでぎゅっと目を閉じ、リィケは苦しそうに体を縮めている。おそらく、まともに声を聞くことができない。


「マーテル、悪ぃんだけど俺の荷物を持ってきてくれるか?」

「承知いたしました」



 リーヨォの荷物には常に魔法道具が詰められている。今回、王都へ行った時も連盟本部の最新魔導具はチェックしていたという。

 リーヨォはすぐにリィケを眠らせて機能異状を調べ始めた。


「……原因、分かるのか?」

「おう、少し待て。これをこうして………………よし!」


 何かの紐のようなものがリィケの頭に取り付けられ、その紐の反対の端には魔法陣と水晶が置いてある。


「何だ、これ……?」

「これで、リィケが聴こえている“音”を俺たちも聴ける。リィケは魔力が詰まった人形だから、普通の人間が聞こえないものがあるかもしれない…………さて」


 リーヨォが水晶に手をかざした。


 キィイイイイン……と、金属を叩いたような音が響く。


 その音が萎んで消えた瞬間、まるで爆発が起きたかのような轟音が室内に響いた。


『――――……人間ヲ襲エ!! 街ヲ混乱サセロ!! 人形ヨ人間ヲ襲エ!! 街ヲ混乱サセロ!! 人形ヨ人間ヲ襲エ!! 街ヲ混乱サセロ!! 人形ヨ人間ヲ襲エ!! 街ヲ混乱サセロ!! 人形ヨ人間ヲ襲エ!! 街ヲ混乱サセロ!! 人形ヨ人間ヲ襲エ!! 街ヲ混乱サセロ!!』


「うわぁっ!?」

「ぐっ……!!」

「きゃあっ!?」


「こ、これは……?」

「ぐわぁっ! うるせぇ!! 一度、音切るぞ!!」


 すんっと音が消えたが、リーヨォは再び水晶に手をかざして魔力を流す。


『人形ヨ人間ヲ襲エ……街ヲ混乱サセロ……人形ヨ人間ヲ襲エ……街ヲ混乱サセロ…………』


 今度は音が囁くように出てきた。どうやら、水晶に流す魔力を最小限に抑えているようだ。


「…………何だ、これ?」

「何か、少しずつ音がでかくなっていってるから、音源に近づいていってるな。リィケにはさっきの爆音に聞こえているはずだがら、こりゃたまったもんじゃねぇ……」

「でも、この音……いや、声は……?」



『人形よ、人間を襲え。街を混乱させろ』


「ラナロア、これ……どう見る?」

「服従のための呪術ですね」

「呪術……?」

「もしかしたら、この汽車の行く先で、誰かが人形に命令を下す魔力を使っていて、それが流れてきたのかもしれません」

「それは変だ……」


 ルーシャは顔を顰める。


「汽車の中にも聖力の結界がはってあるし……」

「リーヨォさんみたいな人形使い(ドールマスター)が車両の中にいると…………いや、これこそ無いか」


 臨時に出された王宮の汽車に、突発的に不審者が侵入するのはほぼ不可能である。


「汽車の中で発生した魔力でなければ、外から相当強い魔力を……それも広範囲に使ったことになります。私以上の…………上級悪魔か……それこそ、【魔王階級(サタンクラス)】か……」



 この汽車は王宮の特別車両だ。普通ならば、その辺から流れてきた魔力など中へは入り込むことはない。

 しかも、この先にある町は、宿場町や駅の町、そしてトーラストである。いずれも教会が置かれ、悪魔といえども簡単には入れない。


「まさか。こんな教会の多い地域に…………」


 否定しようとしたルーシャの脳裏に、街道で戦った【魔王ベルフェゴール】の顔が浮かんだ。


「違う。【魔王】なんて認めない」

「リーヨォ?」


 一瞬黙ったルーシャにリーヨォが苦々しい表情を向ける。


「…………ちっ! 魔力の強さはラナロア以上かもしれないが、人形に対する命令の仕方が()なんだよ! 大声出して押さえ付ければいいと思いやがって! もっとこう、本当に【魔王】なら、こんな大雑把な命令を出すんじゃなく区画ごとに細かく、一体一体に丁寧に繊細に指示を――――」


「「「……………………」」」


 そこから少しリーヨォの講義が始まったが、全員で彼が落ち着くまで黙って聞いた。

 リーヨォにとっては【魔王】がいるかというよりも、命令の出し方が納得いかないようだ。



「――――とにかく、汽車が止まったらトーラストへ急ぐぞ。それと、リィケの方を何とかしないと……」


 リーヨォはリィケの首のチョーカー素早く外し、人工皮膚をめくって中のパーツを動かし始めた。


「一時的にリィケの“聴力”に使う魔力の神経を切る。耳からの音は物理的にも魔力的にも遮断しておく」


「リィケと話ができなくなるぞ。それはリィケも不便だし、危険じゃ…………」


「リィケはいつも通り話せる。リィケに声を聞かせたいなら、身体に触って話し掛けろ。常に誰かがリィケに引っ付けばいい。例えば、おんぶしておくとか、手を繋いでおくとか」


「わかった。オレがついてる」





 こうして現在、駅の町に着いたルーシャたちはすぐにでもトーラストへ向かいたかったのだが……


「……馬車が無い?」

「はい。今、一番近い宿場町へ連絡を入れて移動させてますが、なにぶん夜中ですので到着は遅くなるかと……」


 駅長は申し訳なさそうに、額の汗をハンカチで拭っている。



 駅の町に着いてからトーラストのラナロアの屋敷や、連絡にも連絡してみたが、通話石の魔法は何かに阻まれて届かなかった。


「やはり、トーラストで何か起きているのかもしれない」


 宿場町へ連絡が行くのなら、駅の通話石はちゃんと機能している。通じないのはトーラストの方だ。


「全員いっぺんに行けなくても、せめて一人でも先にいける方法があれば……」

「すぐに確認してみます。少々お待ちを……!」


 駅長が慌てて駅舎へ戻っていった。ルーシャたちは、昼間は馬車の待ち合いになっている場所で途方に暮れる。


「じいさんのことといい、トーラストで何が起きているのか…………みんな、何ともないといいけど……」


 サーヴェルトが倒れ、ラナロアもいない。現在、トーラストで問題が起きれば、解決の指揮を取るのは支部長のアルミリアだけだ。


「人形に下された命令……ってところが気になるんだよなぁ……王都へ行っても人形でごたついたからな…………」

「…………魔操人形(マリオネット)……か」


 リーヨォがポツリと呟く。その言葉にルーシャも思わず呟いてしまう。背負われているリィケが顔をあげた。


「ねぇ、お父さん……?」

「ん?」

「僕、汽車に乗る前からずっと思ってたんだけど……」

「うん」


「王都の近くの山で、僕はレイニールに会ったんだけど…………その後、トーラストの『裏の世界』を見たって言ったの……覚えてる?」

「ああ。覚えてる」


 確かに、リィケは詳細にそのことをルーシャたちに説明していた。


「『裏の世界』って『表の世界』に戻る時にバリバリに割れて壊れるの……」

「ああ。見たことある……」


 ルーシャも巻き込まれて何度か行ったが、戻る時は空間にひびが入っていたのを見ている。


「『裏の世界』が壊れた時、僕はあとでベッドで起きたけど、レイニールは『裏の世界』で割れた床に落っこちたの……」

「うん」


「…………だから、その……レイニールが『表の世界』に戻ったの、本当にトーラストに行ったりしてないかなぁ……って……」

「……………………え?」


「レイニールはあの山の『裏の世界』から、トーラストの『表の世界』に移動したんじゃないかなぁって……」

「「「…………………………」」」


『裏の世界のトーラスト』から『表の世界のトーラスト』へ、レイニールが行っているのではないか?


 それはリィケの希望的観測なのだが、その望みを聞いて、ルーシャ、リーヨォ、ライズは硬直した。


 リィケは神の能力……『千の心(サウザンド)』を使える。


 リィケが望めば、無意識に能力を使うかもしれない。


「レイニール王子も【サウザンドセンス】ですし、あり得なくはないかと思いますが…………『神の欠片』がそこまで万能とは……」


「いや、あり得る……」

「うん。あるんじゃねぇか?」

「…………はい」


 ルーシャたち三人は深刻な顔をする。


 ラナロア、マーテル、そして当の本人であるリィケは知らないが、様々な力を使える『千の心(サウザンド)』ならば可能性は十分にある。



「……トーラストにレイニールがいる…………お父さんもそう思う?」

「リィケは、そっちの方が良いんだろ?」

「うん! いたら助けるの!」


 リィケはぎゅうっと、ルーシャの背中にしがみつく。


 …………レイニールがいるだけなら、良いんだが……。


 レイニールは山で人形を作って動かしていた。例え彼がトーラストにいたとして、何故街でこんな命令を出して魔力を使うのか?


『人形よ、人間を襲え。街を混乱させろ』


 ルーシャはこの命令が、ただただ不吉なものに感じた。





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