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Thousand Sense〈サウザンドセンス〉  作者: きしかわ せひろ
第四章 混迷のトーラスト
101/135

管轄外、適所?

いつもお読みいただき、ありがとうございます!

 トーラストの大通りは人影も悪魔も見掛けない。

 イリアとアリッサは思ったよりも早く、アリッサの家であるハンナの食堂へ到着した。


「アリッサ、あなたはここまででいいわ。お母さん連れ出したらさっさと教会へ戻りなさい!」

「あ、でも、少しだけなら神父を捜すの私も手伝い……」

「もしも街に悪魔がぞろぞろといたらどうするの!? 低級悪魔でもナメてかかっちゃダメ!」


 市街に悪魔が出た報告はない。でも、それはたまたま悪魔を見付けなかっただけ……もしも、悪魔側に知恵のある奴がいたとしたら?

 アタシだったら、隠れながら一気に広範囲に“手下”を拡げるわ!


 イリアは教会からの報告を半分信じていなかった。そしてもう一つ、考えていることがある。


「アタシ、神父を探しながら“人形を作って棄てた奴”も捜そうと思う。たぶん、まだトーラストにいるはずよ!」

「人形の製作者……ですか?」

「そう」


 悪魔……その基となった“人形”が棄てられていたことが今になってどうしても気になる。


「“棄てた奴”と“拾った奴”は違う人物の気がするのよ。運良く製作者が見付かれば、人形を停止させられるかもしれないでしょ?」

「へぇ……そうなんですね」


「………………アリッサ?」


 イリアとアリッサが話している時、店の扉が静かに開きハンナが恐る恐る顔を覗かせた。


「あ! 母さん、無事で良かったぁ!」

「あぁ、アリッサ……あなたこそ怪我とかない? あら、あなたは……」

「こんにちは、アリッサと同じ『研究課』のイリアです」

「あらあら! いつも配達を利用してくださる先輩の方ね!」


 イリアが軽く会釈すると、ハンナはハッとした表情になって頭を下げる。しかも密かな常連と分かり、ニコニコと警戒心を解いた様子だ。


「本当に、いつもアリッサがお世話になっております。あ、でも、あの……一度宿場町の店にいらっしゃってますよね? 確か、リィケちゃんの……」

「えぇ。でも他にも、だいぶ昔にも何度か店に行きましたね」

「あら……そう言われてみると、もっと前にもいらしているわね? いつだったかしら……?」


 小首を傾げるハンナに、アリッサは含んだようにニンマリと笑って、その答えを得意気な顔で言い放つ。


「母さん、イリアさんはレイラさんの同級生で親友だったのよ。レイラさんがアルバイトしている時に来てたじゃない!」

「まぁ! レイラちゃんの!? そういえば何度がお友達が遊びに来ていたわ! 懐かしいわねぇ!」


 完全にイリアに心を開いたハンナ。

 アリッサと一緒に教会へ避難するようにイリアが言うと、すぐに店の戸締まりを始めた。


「一応、もらった聖水は店の中に撒いておこうかしら?」

「あ、聖水持っていたんですね」

「そう、教会から配られた……って、警鐘が鳴った直後に肉屋のご主人が一つくださってね」

「ん? 警鐘の後、すぐですか?」

「えぇ」


 ハンナの言葉にイリアとアリッサは顔を見合わせる。

 聖水の配布はこれからで、教会ではまだ準備中だったからだ。街の人間が持っているとすれば、もっと以前に何かで配られたもののはずだ。


「本物? まさか古い聖水かしら?」

「母さん、ちょっと瓶見せて?」

「えぇ。これよ」

「これ連盟で造っている聖水の瓶じゃないわね。中身は……本物みたいね」


 指先に少しだけ中の液体を出すと、一瞬だけぼんやりと青白く光って消える。これは魔除けの聖水の特徴であった。

 小さな瓶は聖水専用ではなく、店で売られているジュースの瓶であり、貼られているラベルは新しい。


 つまり、この聖水はつい最近に連盟の外で造り、ありあわせの瓶に入れたものだということ。


「あの、これをくれたお肉屋さんは?」

「……自分の店で待機するって言っていたわ」

「う~ん…………なら、行ってみようかな。ローディス神父と会えるかもしれないし、他の人に避難を勧めておきたいから……」


 連盟で聖水を造り、それ配布することができるのは『司祭』以上の資格を持った者になる。警鐘がなる前に外にいた神父はローディスかもしれない。

 それに、まだ家の中が安全だと思って隠れている人達に、結界の効いた連盟へ避難を促した方がいいだろう。



「え~と……その店主のお店って……?」


「お肉屋さんは商店街の真ん中にあるわ。そこのご主人なら、私が言った方が話が伝わるはずよ」

「あ、母さんが行くなら私もいきます!」



 …………………………

 ………………




 結局、アリッサたちを連れて商店街へ移動し、肉屋やその周辺の店の者たちも避難させることになった。


 イリアは商店街に着いてから、聖水を配ったであろう司祭がローディスか確かめようとする。


「確かに聖水を造ってくれたのはその神父さんだったな。たまに来る人なんだけど…………え~と……すまない。名前、憶えてないなぁ」

「うちのばあちゃんの葬式にいた人なんだよなぁ。あれ? 名前なんていったっけ?」

「そうねぇ、うちの子供が怪我した時にお世話になったのだけど……あら、やだ。名前、度忘れしちゃったわ」


「…………………………」


 …………何? この、圧倒的な存在感の無さは? 良いことしてるはずなのに、なんてもったいない人なのかしら……。


 間違いなくローディスだろう……とイリアは思うのだが、あまりにも人の印象に残っていないことに同情してしまいそうになった。





「とにかく、避難しましょう!」


 商店街に残っていた住民は三十人ほどである。


 連盟の礼拝堂もだいぶ手狭になってくるので多少不安にはなるが、ここで朝まで過ごすよりは安全だろうとイリアは移動を開始した。


「はぁ……アタシ、あんまり人命救助得意じゃないのに……完全に管轄じゃないわ」

「イリアさん大丈夫ですよ! その辺の兵士よりテキパキしてます!」

「そう、ありがと……。さて、ここから連盟まではすぐね。あっちの道へ――――――」


 人々を誘導しようとした時、イリアの背中にピリピリと魔力の気配が走る。


「イリアさん?」

「………………アリッサ、みんなとここでストップ!」

「え? あ、はい……」


 イリアは嫌な予感がして、先に一人で連盟へ続く大通りを確認しにいく。


「………………うそ……」


 連盟へ一番近い道。

 そこには魔操人形(マリオネット)が十数体、道を塞ぐようにガチャガチャと歩き回っていた。


 ――――何で!? 今までいなかったのに!?


 このままこの人数を引き連れてこの通りは使えない。


「……………………」

「あ、どうでした? あっち行けそうですか?」

「……アリッサ、静かに別の道を行くわよ」

「え? でも、遠回り…………」

「アタシ、この人数を護る自信ない……」


 イリアの言葉にアリッサは顔色を変た。一瞬で事態を察したようだ。


「………………あの、まさか……街の中に……」

「いたわ。何処から()()()かわからないけど……」


 夜もだいぶ更けて、悪魔の活動が活発になる時間になってきている。ここで避難する一般人の集団を連れて、悪魔の相手ができるのが魔術師だけというのは心許ない。


「仕方ない。街の北側から裏の出入り口から行こう。アタシが先に行って様子を見るから、その後についてくるようにしてくれる?」

「分かりました。みんなに伝えます!」


 商店街の人間ならアリッサの方が話すのは得意だ。誘導する時の伝達をアリッサに任せて、イリアは先に北の大通りへ走る。




「こっちは完全に遠回りなのよね……大通りじゃなければ……」


 立ち止まって、すぐ横の裏通りへ続く


 アパートメントに挟まれた狭い通りを見ると、近道ではあるが暗く先が見えない。こんな所で悪魔に出会したら一巻の終わりである。


「思いきってラナロアの屋敷へ向かった方が…………」


 ラナロアは留守であるが、使用人たちがいるのなら避難を受け入れてくれるかもしれない。


 そんなことが頭を過った時、


『フシュ~~!』

「んんっ!?」


 急に耳許で何かが聞こえて辺りを見回す。


「えっ!? 何!? …………あっ!!」


 イリアが振り返った先に魔操人形(マリオネット)(ひし)めいていた。


「うわ……けっこういるじゃないの……こっちがダメならもう一本向こうに……」

『フシュッ!!』

「ふひゃあっ!?」


 不意に耳に空気がぶつかった気がして思わず横へ跳ぶ。


 ――――ガタッ!!


「…………へ!? ひぃっ!!」


 イリアが退けた場所に、背後から来ていたであろう魔操人形(マリオネット)が倒れ込んできた。


「なんっ……!? ひゃあああっ!!」


 カタカタカタカタ…………


 いつの間にかイリアの周りを取り囲むように、三十体ほどの人形がわらわらと押し寄せてきている。


「こいつら……何でこんなにいるのよ!?」


 連盟の敷地内で自分や他の僧が倒した数を考えると、明らかに焼却炉に棄てられていた数を超えているのだ。


 殖えた!? いや、それよりも…………ま、マズイマズイマズイマズイ!!!! アタシ、このままじゃ……!!


 魔術師であるイリアは接近戦には不向きであり、こんな大勢の悪魔に囲まれれば勝ち目はない。人形たちはカタカタと体を揺らしながら、イリアの様子を見ているようだ。


 絶望感に襲われる。その時、


「きゃああああっ!!」

「うわああああっ!!」


 アリッサと商店の住民たちが、イリアの通りまで走って来るのが見えた。


「みんな!! こっち来ちゃダメー!!!!」

「で、でも、でも!! 後ろからもっ……!!」

「後ろ?」


 アリッサたちの背後に、大きな人型の影が立っている。


 縦横に大きい人影だが、盛り上がった幅の広い肩の上に()()()()のだ。


「――――まさか、首無しの騎士(デュラハン)!?」


 本当に『首無しの騎士(デュラハン)』だとすれば中級以上の悪魔だ。もちろん、街の中にいて良い存在ではない。


 ――――このまま……トーラスト……滅ぶ?


 力なく座り込んだイリアが見たのは、近付いてくる首無しの人影が片手を振り上げる光景。


 その手に握られていたのは、人間の大人ほどもある“園芸用の剪定バサミ”だった。








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