退治、捜索、仕事?
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皆様のおかげで100話目になりました!
――――――何故、こんなことに?
「ギッ!!」
『このっ!!』
ドンッ!! バキィッ!!
ボロ布を纏った『金属の人形』が両手に木剣を持ち、別の人形と対峙していた。
双剣を使う金属の人形の中身は悪霊ではなく、生きた人間の魂が宿っている。
彼の名前は『レイニール』
この国の王家の血を引く【サウザンドセンス】だった。
突然人間の身体を奪われ、この人形の身体となって二年。王都に近い山中で『魔操人形』を相手に自我を保っていた。
しかしそんなある日、彼は彼と同じ【サウザンドセンス】に出会い、その姿を追っていくうちに、この『トーラストの街』に迷い込んでしまった。
そしてどういう訳か、彼が造っていた『魔操人形』まで街の中へついてきてしまったのだ。
――――倒すのは難しいものではない。問題は数。
木剣の一振で魔操人形がバラバラに崩れ落ちる。胴体から飛び出した“核”となる『魔石』を蹴りとばして、レイニールは実際には出ない息をついた。
「……ギギ、ギィ……」
『木剣を拾っておいて正解だったな……』
昨日今日と、人目を盗んで街を彷徨いていた魔操人形を回収し破壊して、連盟の焼却炉へと運んでいたのはレイニールである。
不法投棄だとはわかっていたが、教会の敷地に置かなければ危険だと感じてやむを得ず廃棄していた。
そうしなければ魔操人形が何かの間違いで『魔力』を吸収し、再び動き出してしまうかもしれないからだ。
だから、結界が効き『聖力』が充ちている教会が棄てる場所として最適だったのだ。
しかし今日の昼、おかしなことが起きた。
廃棄したはずの大量の魔操人形が、一体も残らず消えている。
建物の屋根に隠れながら辺りを見回したが、それらしいものは無く、最初は職員が焼却処分してくれたのだろうと思った。
だが、後から焼却炉へ来た研究員や神父たちが困惑しているのを見て、人形が何処かへ消えたのだと理解する。
――――誰かが持ち去った? いや、まさか…………
自分も敷地内を捜そうかと思ったが、見付かれば自分も魔操人形と間違えられそうなのでやめた。それに、この連盟や街の配置も覚えきれていないので、余計な動きをするのを控えたのだ。
それでも胸に一抹の不安が募り、念のために武器を手に入れて隠れていた。
そして日が暮れた頃。
裏庭の木の上で身を潜めていたが、急に周りが騒がしくなって出てきたところ、外を彷徨く魔操人形数体を発見して打ち倒した。
――――これは……余の責任だ。少しでも悪魔たちを倒しておかねば。しかし…………頭が……重い……。
“人形ヨ人間ヲ襲エ!! 街ヲ混乱サセロ!!”
夕方から酷くなる頭の中の声は、魔操人形を倒していくうちに少し楽になっていく。
――――誰かが余の造った魔操人形を見付け、その一体一体に魔力を流して命令を下した……そんなところか。ならば、魔操人形に命令を下している『元凶』を見つけて倒せば、この騒動は収まるかもしれぬ。
レイニールは連盟の建物には入らずに、外にいる魔操人形を倒しながら、大元になっているであろう黒幕を捜すことにした。
先ほど、警鐘がなった直後に連盟の周りに結界が張られたので、これ以上は人形が街の方へ行くことはない。魔操人形を殲滅するなら敷地内からだ。
――――建物の中で戦うのは危険だな。剣を振るうには狭すぎるし、余が別の退治員と鉢合わせしてしまう。悪いが、建物の中は連盟の職員に任せよう……。
チラリと時計塔で時刻を確認すると、現在は夜の九時を回る頃だった。
――――夜明けまで八時間ほどか。一番、悪魔が活性化する時間は零時から午前二時…………敷地内だけなら、なんとか耐えられるだろう。
頭の中で力の配分を考え、悪魔を効率良く倒す算段を整える。
――――まずは敷地内の悪魔を倒しながら、命令をしている悪魔と思われる者を捜す。
街に悪魔がいる可能性もあるが、連盟の中を正常に機能させなければどうにもならない。
連盟内にいる悪魔をある程度倒し、ここに元凶がいないようなら街の方へ出てみることにした。
――――敷地内に残った悪魔は職員に任せるしかないな。この支部の人間が優秀であることを願おう。
そんなことを考えているうちに、また魔操人形がフラフラと歩いてくるのが見えた。
「ギギ……ギッ!」
『とにかく……こやつらを減らす!』
建物に入ろうとしていて二体を弾き飛ばし、レイニールは魔操人形が歩いてきた方向へ向かって走り出した。
…………………………
………………
「きゃあああっ!! 来ましたぁ!!」
「また!? 『紅炎の矢』!!」
ドォンッ!!
連盟の建物の中。運動場近くの出入り口から礼拝堂へ通じる大きな通路では、イリアとアリッサが時々侵入してくる魔操人形を倒していた。
イリアは攻撃の魔術をいつでも撃てるようにし、アリッサは聖水を塗った錫杖を持って、礼拝堂への悪魔の侵入を防いでいる。
本来、研究員であるイリアやアリッサが悪魔と戦うのは管轄外なのだが、『退治課』の退治員と『祭事課』の僧侶が、敷地内や街の結界の様子を見に行ってしまったため、退治員が戻るまで通路の守りを担うことになった。
元退治員のイリアの活躍で、すでに二人の近くには五体ほどのバラバラになった魔操人形の欠片が転がっている。
「はぁ……もう、来るなら一気に来てほしいわ。ちょこちょこ魔術使ってたら、すぐに魔力切れ起こしそう…………」
「でもイリアさん凄いです! 攻撃の魔術で一撃ですもん! やっぱり退治員だっただけありますね!」
「…………雑用ばっかりだったけどね」
ふぅ……と、遠い目をするイリア。
レイラが単身で悪魔に突っ込んでいこうとするので、そのフォローに必死になっていた頃を思い出してしまったのだ。
「レイラさん、元気でしたもんね……」
ルーシャの妻であるレイラをアリッサはよく知っている。
レイラはアリッサの実家の店でアルバイトをしていて、彼女がとても明るい美人であり、ものすごく活発な女性だったことも間近で見ていた。
『聖弾の射手』や『鋼拳の淑女』と呼ばれたレイラのパートナーがイリアだったことは、アリッサも本人から聞かされている。しかし、それがどんなに過酷だったか……その話を思い出してアリッサは身震いした。
素手で吸血鬼殴り殺したとか、狼男の群を蹴散らしたとか……武勇伝が凄すぎて現実味がありません。でも…………一番びっくりなのが、レイラさんがルーシャさんの奥さまだったことなんですよねぇ。
アリッサから見たルーシャは、良くも悪くも大人しくて人見知りするタイプだ。どうやって、ルーシャがレイラを射止めたのかが気になる。
「ルーシャさんって……意外にレイラさんのような、強めの美人が好きなんですね。自分に無いものを求めるタイプとか……あ、でもルーシャさんも退治員としては強いみたいだし…………」
「アリッサ、今は余計なこと考えない方がいいわよ。それよりも、まだ退治員とか結界の張れる司祭は来ないのかしら…………ふぅ」
悪魔とは関係ないことでぶつぶつと呟くアリッサの横で、イリアは深くため息をついた。
イリアたちの後ろには礼拝堂があり、そこには一般人や帰りそびれた法術の使えない弱い僧侶、一般人とかわらない神学校の生徒などがいる。
「……誰かを守れ、とか……アタシ無理……」
「…………母さん、大丈夫かしら……?」
「「はぁあああ~~…………」」
二人がそろってため息をついた時、前方の暗い廊下から再び音が聞こえた。
「き、きましたか!?」
「よし、フレイム………………ん?」
「あわわっ! 攻撃しないでくださ~い!!」
「ぼくたち人間ですーっ!!」
「敵じゃないですー!!」
呪文を唱えかけたイリアの前に、白いコートを着た人間が三名ほど駆け寄ってくる。この服装は『祭事課』の一般僧のものだ。
「あぁ、『祭事課』の……そっちから来たってことは、もう悪魔はいないってこと?」
「はぁ……は、はい。さっき、そこでレバン神父が結界を張ってくださったので、もうこの通路には悪魔は来ないと思います」
「そっか、良かった……」
僧侶の言葉に、イリアとアリッサはホッと胸を撫で下ろす。しかし、僧侶たちはおろおろと落ち着かない様子で辺りを見回していた。
僧侶の一人が礼拝堂の扉を開けて中を覗くが、振り向いて他の僧侶に首を振っている。僧侶たちは顔を見合わせて、微かに動揺している素振りをした。
「ん? どうしたの? 誰か捜してる?」
「あぁ、いえ、もしかしたら……先に戻ってきてるかも……と。でも、姿が見えませんし…………」
「え? 誰かはぐれたんですか?」
「えっと…………うちの『班長』です……」
「班長さん……?」
イリアの脳裏にある人物が浮かぶ。
「あの……あなたたち、何班かしら?」
「………………四班です」
「班長さんは……?」
「………………ローディス神父です」
「…………何で班長がいないのよ?」
話を聞けば、班の僧侶たちか近隣のお年寄りや子供を教会へ誘導する時に、班長であるローディスは遠くの施設などに単身で向かったらしい。
「街中に悪魔が出たという報告はまだありませんが、教会から離れた家や施設に少しでも聖水を配っておきたいと…………」
「だからといって、独りで向かうなんて……誰かついていくとか…………」
「それが……うちの班、ここ数日は半分以上が風邪を引いて班員が不足していて…………」
ひと班の僧侶は十人、しかしここに来た僧侶は三人だ。いずれも法術の使えない一般僧侶で、確かに三人の僧侶を守りながら行くよりも、法術の使える司祭の単独行動の方が早いかもしれない。
それでも、もし悪魔と鉢合わせしたら…………
「ねぇ、ローディス神父は攻撃の法術は使えるのかしら?」
「いえ……班長は回復と浄化だけだったと思います」
「……………………」
攻撃手段がないか…………あの神父さん、見るからにどんくさそうよねぇ……
イリアは腕組みをして少し考え込んだあと、顔を上げて大きく頷いた。
「う~ん………………よし、わかったわ!」
「イリアさん?」
「アタシ、ローディス神父と合流してくるわ!」
「えっ!? 大丈夫ですか!!」
大きく息を吸いイリアは両頬を叩く。
「アタシだってちょっとは怖いけど…………いくら魔操人形が大したことなくても、聖水作りながら移動して、疲れたところで群がられたら………………神父、死ぬわね」
「ひっ……!!」
「あわわ……!」
今のところ、連盟の敷地内以外には悪魔の報告はないようだが、絶対に街の方に漏れていないとは言えない。
「人命救助しに行ったんだろうけど、状況がわからない中で自分の身の安全も考えないと、それは自殺行為と変わらないのよ!」
元退治員だった時、身の守りは徹底しろと言われていた。
相手がどんな下級悪魔だろうと、命のやり取りをするのは【魔王】と同じだと思え……と、退治員になる者は教えられているからだ。
「あ、あのっ……イリアさん!」
「ん? 何、アリッサ?」
「私も、途中までついていってもいいですか?」
「途中までって……?」
「うちの店……まだ、母さんが残っているかもしれないので……」
アリッサの母親のハンナは教会へ避難してきていない。宿場町の人間はトーラストより悪魔の侵入に慣れているため、少しのことでは動じないせいで避難が遅れていると想像できた。
「わかったわ。神父を捜すついでに店にも寄ろう。やっぱり、朝までは教会に避難しててもらった方が安全だからね」
「イリアさん、ありがとうございます!」
『フシュ~~!』
「ん?」
アリッサの声に被るように、空気が抜けたような音がした気がする。キョロキョロと辺りを見回すイリア。
「…………アリッサ、今なんか変な音聞こえなかった?」
「いえ、何も? どうかしましたか?」
「気のせい……かな? まぁ、いいや」
首を傾げつつも、イリアは気にしないことにした。
二人は支部長のアルミリアに了解をもらい、教会から街の大通りへ出る。普段はまだ人の往来がある時間だが、今日は誰一人歩く者はいない。
「よし、気をつけて行くわよ!」
「はい!」
誰もいない通りへ思いきって走り出した。
……………………
…………
「フンフンフーン♪」
暗闇の中で場違いな鼻歌が響く。
ここは連盟の敷地の端、ちょうど教会の礼拝堂の入り口とは真逆の、人通りの少ない道に沿った塀の側。
塀に寄り掛かるように黒い『シルエットだけの人物』が、片手( ……のようなもの? )を上げている。するとその人物の足下から有刺鉄線が四方へ伸びていった。
「みんなー、そろってるー? お、殖えたねー。良い仕事してるよ君たち!」
ガシャガシャガシャガシャガシャガシャ……
ぞろぞろと塀に向かって、五十体はいるであろう魔操人形が整列して近付いてきた。そこへ伸びた有刺鉄線が絡み付いていく。
「じゃあ、ここからは“自由行動”だ。いっぱい遊んでおいで♪ ………………せーのっ!!」
ズサァアアアアアッ!!
有刺鉄線が全ての人形たちを持ち上げ、次々と塀の向こう側へ降ろしていった。
降り立った人形たちは、あちこちの通りへガシャガシャと駆け出していく。
「あはははは! なるべく朝まで頑張ってねー!」
『シルエットだけの人物』は塀の向こうへそう言うと、まるで液化するように形を崩して、有刺鉄線と共に地面の中へ消えていった。