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みんなに吐いた1つ1つの嘘

作者: 秋雨そのは

必要な嘘と吐いては行けない嘘ってあると思う。

だけど――

 扉が開かれると同時にカランカランと静かな店内に鳴り響いた。

 そこで僕はすかさずお客様・・・に駆け寄って、こう言うんだ――


――いっしゃいませ、ご主人様


 彩奈あやなに何時も笑顔が硬いよ、と言われる。

 しょうがないと思う、男性客相手に笑顔で振る舞うのは慣れていない。それに、彼らの視線が不快で仕方ないから。

 笑顔とお出向かえに加え、人数を聞く。それに合わせて丁寧にテーブル席へ案内する。

 不審に思われていないか心配だけど、口に出すわけにはいかない。


「それでは、ごゆっくりしていってください」


 そう言って、離れる。するとお客様は満足そうに、遠ざかっても分かる程に嬉しそうに雑談を交わしていた。

 この店が新事業リニューアルを開始すると同時に、人が段々と増え始めた。

 店員もそこそこ増え、店長・・の僕も問題無いのだが。


 テーブル席からカウンター席、店内裏に入るまで視線が離れない。

 男性客がメインに女性客はまばら、メニューで来ている人もいるらしい。


「お疲れ様、大丈夫だった? 何もされなかった?」


「大丈夫だよ、それよりも僕は厨房ちゅうぼうの方へ行くよ」


 お疲れ様と言ってくれるのは彩奈だ。僕にこんな・・・格好をさせてる張本人。

 僕はお盆を近くにあったテーブルに置いて、紐を首に通してエプロンを付ける。

 彩奈は僕と入れ替わる様に、店内の方へ歩いていった。


 未だに慣れない。


 何時もならズボンで隠れている太腿にかけて風が入り、なんとも言えない感覚で違和感がある。それにスカートの丈が短く自分でも見ていて危ないと思う。

 頭のウィッグも付けるなんて事をしないから、少し重く感じる。

 厨房に入ると、3人の同じ格好をした。女性のウェイトレスが居た。


「あ、良い所に! まい、手伝って!」


「分かってるよ、すぐにやるから。こっちに泣きそうな目で迫ってこない」


 僕は名前を呼ばれ急いで駆け寄る。舞は、正確にはこの店で働いている時の名前。

 他の2人も「ごめんね」と言いながら、忙しそうに行ったり来たりしている。

 これは僕が入らないとパンクしそうだね、と思いながらキッチンで料理を始めた。



 本当の名前は佐藤 まこと

 何処にでもいる中学生、でもないか。学校に通いながら店長を務めて女装・・している人なんてね。いたら逆に見てみたいかも、その時はお互い男のまま話したいよ。

 女装する必要無いと思うんだけど……彩奈に『1日だけ』と騙された上、店長だって紹介され、みんなノリノリで手伝ってくれるものだから。

 喜んでいいのか、悲しんでいいのか分からない。しかも――


――彩奈以外にバレていないから、打ち明けるタイミングが無い



 ランチタイムも終わり、ピークを過ぎた様に常連客が入ってくる程度だ。

 祝日なだけあって、人が多かった。

 みんなも疲れている様で、交代しながら休憩所で休んでる。


「舞、そういえば借金はどうなったの?」


「どうしたの急に」


「あ、それ私も気になる」


 今月の売上等を電卓で計算している中、彩奈が横に座ってきて聞いてくる。ついでとばかりに興味津々に彩奈の両肩に手を乗せて頭並べてくるのは奏子かなこさん。

 そう、借金。

 ここの店は、今はもう居ない親が残した場所。

 不慮の事故で亡くなった両親は簡単過ぎる程、僕の前から消えていった。


「えっとね、今のペースだと後2年くらいはかかるかな」


 借金は、僕の事を住まわせてくれるお爺ちゃんとお婆ちゃんがくれたお金。

 彩奈には訳を話してあるけど、どう伝えたのかまでは聞いてない。

 お爺ちゃんは構わないと言ってくれるけど、ずっとお世話になっているし……それにお母さん達が残した物を受け継ぎたい。

 でも、さすがに女装は恥ずかしいからやめたいんだけど。お爺ちゃん達に見せられないもん。


「えぇ~私達高校生になっちゃうよ」


 そう言うのは彩奈の友達、奏子さん。何時も気楽で、笑顔で文句言いながらも楽しそうに店で働いてくれる。

 一番最初にバレそうかな? くっついてきたり、からかったりして一番僕と距離が近いから。

 もし誰かにバレたりしたら、他の子も含めて辞めてしまうかもしれなから気をつけてる。

 出来るなら僕は……少しいびつだけど、みんなと笑ってここで働きたい。


「どうしたの? 手が止まってるけど」


「え? あ、ごめん……」


 自然と手が止まっていたみたいだ。あんな事考えてたらしょうがないか。

 自分に言い訳しつつ、休憩時間の内に計算を終わらせるために再開させる。

 僕が手を動かすと、彩奈と奏子さんが気になる話を始めた。

 奏子さんの体勢がそのままで彩奈は重くないのかな。言葉には出さないけど、少し辛そう。


「みんなと何処か行きたいよね!」


「いいかも! 何時も参加出来てない舞も一緒に泊まり込みで何処か行こ?」


 泊まり込みってことは、旅行かな? 僕も誘われてる、けど。楽しそうだけど行けない。奏子さんには悪いけど。

 奏子さんに僕は「ごめんね」と言う。彩奈がこちらを見ている気がする。大丈夫、楽しんできて。

 上手く笑えてるか分からないや、本当は行きたいなんて。ぜいたくだもん。

 奏子さんは不満そうだけど「でもたまには一緒に遊びたいよう」と言って、彩奈に離れて僕の背後から抱きついてくる。


「奏子、舞が困ってる。後、休憩時間終わり」


「え? そんなに時間立ってたの? ごめん!」


 元気だね、と思いつつも入ってきた2人に「お疲れ様」と言う。

 奏子さんと彩奈は休憩を終えて、お客様が待つ客間に向かった。

 スキンシップは友達みたいで嬉しい。ただ性別を隠してる……という点だけが素直に喜べない。

 そんな僕を助けてくれたのは、水琴みことさん。

 無表情で何時も必要な事しか言わないけど、困っていると助けてくれる。遊びに行く時は楽しそうにしてるって奏子さんが言っていた。


「何か話していたようですけど、何を話してたんですの?」


「泊まり込みで何処か遊びに行こう、て奏子さんが」


「そうなんですの。舞さんは参加出来るようになるといいです……わね、わたくしも一緒に行けるのを楽しみに知るんですわよ」


 ごめんね、と奏子さんにも言ったように謝る。

 お嬢様の様にりりしくて、しっかり者な咲苗さなえさん。喋り方は漫画の影響を受けちゃって、意識していると出ないんだけど、僕達といる時は安心するのか出てしまうみたい。

 僕が何時もの出てるよ、というと「休憩中なんですからいいんです……!」と僕への反論にも直そうと頑張ってるみたい。

 喋る僕達に追い打ちをかける様に、椅子に座りながら水琴さんが僕と咲苗さんを見て。


「咲苗の喋り方を毎回突っ込んでたら身が持たない」


「それどういう意味です……の!」


 問いただそうとして、反応する咲苗さんは言葉を直そうとして失敗してる。それに、水琴さんが「どういう意味も、自業自得」と言い放っていた。

 まぁまぁ、と僕は更に問い詰めようとする咲苗さんと、無表情なのに毒を吐く水琴さんをしずめる。

 計算も終わって、休憩を終えようと2人に言う。


「先行くよ」


「無理しないでくださいね」

「頑張って」


 2人に見送られ、奏子さんと彩奈がいる方へ歩き出す。



 ぜいたくはダメ。

 今あるこの時を楽しまないと、まだみんなと対等にいられる今のうちに楽しまないと。

 バレてしまったら、気まずくなってしまう。

 恥ずかしいし、気を使う事も多いけど。みんなを集めてくれた彩奈にも感謝して。

 幸せだと思える今のうちに……今のうちに。



 営業時間が終わって、みんなが僕の前に集まっていた。


「みんなお疲れ様」


「「「「お疲れ様(でした)」」」」


 営業終了時に掃除をすることにしている。最後にもう少しやることがあると言って、帰ってもらっているけど。

 そ、それに一緒に帰ろうとしたら着替えるタイミングがない。流石にこの格好じゃなくても、女装で外に出る勇気はないよ。

 みんなそれぞれ雑談している中、心の中で僕はうんうん頷いた。

 話を聞いていなかったせいか、突然に奏子さんに抱きつかれる。


「ねぇ、舞も今日遊びに行こうよ」


「やることあるんだってば」


 ついて行けない、一緒に遊べない理由なんて本当は投げ捨てたい。強く断れない、だって自分も同じ気持ちだから。

 1つの嘘という重りが、釣り針にかかる魚の様に1つ1つ引っかかっていく。


「手伝える事があれば、手伝う」


「毎回水臭いのですわ」


 水琴さんや咲苗さんもそう言ってくれる。その優しさが僕を素直に出来なくしていた。

 彩奈の方を見ると、少し暗い顔をしていた。ダメだ、無理してでも笑顔を作らないと。


 結局自分には嘘を吐くことしか出来ない。


 謝ると、奏子さんは不満そうだ。

 僕を除いた4人は「お土産でも持ってくる?」なんて話をしているから、本当に優しい。

 そのままウェイトレス姿から着替えて帰っていった。


「さてと……さぁ頑張ろう」


 誰も居なくなった、店内は寂しい。

 僕は1人賑わっていた店の中を1つ1つ丁寧に掃除をしていく。

 モップがけや雑巾で窓拭きを含めて、やっていく。

 着替えることは出来ない。もし誰かが忘れ物を取りに来た時に見つかったら大変だから。


「ごめん~! 忘れ物した!」


「邪魔になるから、早くする」


「あれ、舞なんで掃除してるの?」


 このタイミングは予想外過ぎた。驚いて手も止まってしまう程に。

 そんな僕を他所に、水琴さんと奏子さんがこちらを見てくる。


「えっと、ほら……汚れてたから」


「そんな事なら手伝うって言ったのに」


 僕が戸惑いながらも言い訳をすると。

 すると、奏子さんはメールで何かを打っているようだった。水琴さんは近づいてきて「1人で背負い込まない」と優しくそう言った。


 加わって3人で掃除している間に、他の2人もやってきた。多分奏子さんが呼んだんだと思う。

 何故やっていたのか、彩奈にも聞かれて答えるしか無かった。


「毎日、ですの?」


「うん……みんなが帰った後に」


 1つの嘘を正した。

 みんなは驚いていた。何時もは朝にみんな掃除するけれど、帰りに1人でやっているなんて聞いたら驚くかも。

 そこでもう1つの疑問を投げかけられる。

 何故それを黙った上で、用事があると言ったのか。


「それは……」


「舞は、何時も何か隠してる。白状する」


 問い詰められる。水琴さんに言葉ももっともだし、隠している自分が一番悪い。

 もしかしたら別な上手い嘘も考えられたかもしれない、だけど。


「舞は、恥ずかしがり屋なんだよね!」


「彩奈、それは何か隠していると同義」


 僕の前に彩奈が出てきて、慌てて言い訳をする。しかし、水琴さんもそれだけでは、引き下がらない。

 奏子さんが水琴さんの次に続けた。


「大丈夫だよ、みんなと居れば怖くないよ。何時も接客してるし」


 そう、言った。

 助け舟を出したつもりな奏子さんだけど、それは何時も人前にいるのに何で恥ずかしいのか・・・・・・・

 彩奈を除いた3つの視線が僕の方へ突き刺さる。


「ほ、ほら……」

「彩奈……もう言っちゃったほうが良いよ」


「どういうことですの?」


 咲苗さんは話に混ざらないものの、僕と彩奈の様子に疑問を投げかける。

 言ったって信じてもらえないかもしれない、だけど。


「僕は男、なんだ」


 普段表情を見せない水琴さんも驚いていた。奏子さんも咲苗さんも。

 僕は目をつむる。

 もう、どうなってもよかった。

 彼女たちになんて言われても、嘘を吐き続けたく無かった。



「そんな事、なら早く言う」



 少しの静寂の中、水琴さんの声が響いた。


「水琴だって、男の子だったんだよ? びっくりしないの?」


「別に裸を見られてたわけじゃないし、それに彼も着替えの時覗いていた?」


「そ、そんな事しないよ!」


 奏子さんが水琴さんに声をかけるが、何のことも無しに答える。こっちに向けた問いかけには完全否定した。

 水琴さんは「なら、性別を騙されたくらいで文句言わない」と言った。

 大問題だとは思うけれど……。


「そうですわね、舞さんなら別に構いませんわ」


 口調を直す事もせず、僕に向かって咲苗さんは続ける。

 それを聞いた奏子さんも、少し考え込んだけど。


「うん、舞なら許す!」


 それに、と続ける。


「一緒に遊べる様になるもん!」


 僕は本当に、彼女たちと出会えてよかった。

 嘘をもう吐かなくてもいいんだ。そんな事を思ったら、何故か目から頬に垂れる。

 なんで、なんで僕は泣いてるんだろう。

 喜んで良いはずなのに、なんで?


「良かったね、誠」


 そう彩奈が笑顔で僕に向かって、本当の名前で言ってくれた。

 みんな変わらないで言ってくれた。

 それが一番、嬉かった。

――必要な事でも嘘を吐くと、1つ1つ小さな嘘が増えていくんだ

そしてその嘘は、誰にも言えない。

もどかしくて、バレないようにしていく内に。

本当の事が言えなくなってしまうんだ。


読んでくれてありがとうございました(誠)

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― 新着の感想 ―
[一言] 嘘を【吐】く だから と気になって忠告しに、 タイトルを見て読みに来たので、 ある意味正解なんだろうか……
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