第2話 取り扱いは「壊人」
第2話 取り扱いは「壊人」
まぁ、発言を聞けば「壊人」と呼ぶにも差し支え無いかもしれないが、この場合は「怪人」の方がしっくりときた。……でも、怪しい人、も間違っているような気もするが……。どちらにせよ、この人は我々の知る「普通」ではなかった。
彼の発言を聞いた時、ワタシにはどうしても彼の発言が狂っているようで理解出来なかった。いや、ワタシ以外でも理解なんて出来ないだろう。例外があるとすれば本人くらいのものである。
壊したい? 壊されたい? と聞かれても、ワタシにはどう反応すればいいのかさっぱりだ。それ以前に、まずワタシはここに依頼しにきたわけでもないのだから、これに反応する必要性も自主性も皆無なのである。これはやはり、相手にズバリ言ってしまわないと伝わらない。ワタシは客ではないということを。
だが、己の好奇心というものは怖かった。今思うと異常なこの状況でもワタシの心のどこかに浮上し、怪人すらをも畏れない。ワタシの中は「恐怖心<好奇心」なのだったのだ。こうなると、ワタシも異常だ。もしかすると、今この空間で一番不気味なのはワタシなのかもしれない。
ワタシはこの「怪人」さんと店に惹き付けられてしまったのだ。
■■■
「ところで、野暮な質問なんですが……」
「お、質問かい! 何でも聞いていいよ〜。僕は何でも答えちゃうからねぇ」
「……」
彼は何かと自信ありげだった。一体どこからその自信が湧いてくるかは謎だが、そちらよりもワタシは「何でも」の方が気になった。あれだ。「お願いします、何でもしますから!」と同じやつだ。
果たして、どこまで質問に答えてくれるかワタシは気になってしまった。
「まず、お名前は?」
「仕事上、名前は匿名にしてるけど、僕を知ってる人達からは、Unknownから取って『UN』と呼ばれているよ〜」
「年齢は?」
「今年で花の二四歳♪」
「生年月日は?」
「十二月一日。西暦は歳で分かるよね」
「特技は?」
「人を壊すこと」
「苦手なことは?」
「う〜ん、強いて言うなら歌うことは苦手かな。所謂、音痴ってやつだよ」
「趣味は?」
「特技と同文。あとは映画鑑賞かな♪ 因みに海外映画好き」
「好きな食べ物は?」
「甘いものなら何でも」
「嫌いな食べ物は?」
「苦いもの」
「彼女はいますか?」
「つい最近まではいたよ。まぁ、別れちゃったけどね」
「その原因はなんですか?」
「簡単に言えば『向こうの仕事が忙しくなって、会えなくなった』かな。本当はもっと複雑な理由だけども」
────
「これで十分かね?」
「はい、十分です。ありがとうございました……」
思いつくだけの質問を片っ端からし終えたワタシは、息が上がっていた。バテバテだ。なぜ、汗まで出ているかは分からないけども……。
「大丈夫かね?」
「はい……。なんか、どっと疲れて……」
「こっちはまだまだ余裕だけどね〜♪また気になることがあれば聞けばいいよ♪」
彼はワタシを嘲笑うかのように余裕ぶっていた。
なんだ、この陰陽の差は。彼が眩しすぎる。今、他人が見れば、月と太陽くらいの雰囲気の差があるんじゃないかな。やっぱりこの人とは真逆で、気が合わないな……。
「さぁ、質問も終えたところで、君の要望を聞かせてもらおうか」
「怪人」さんはニコニコと笑顔でワタシの顔を見つめる。期待の顔。まるでこれからご馳走でも食べるかのような、満面の笑み。ウキウキして浮きまくっていた。
こうまで楽しみにされると、余計に話しづらい。私はただ、興味半分でここに入った (忍び込むの方が正しいだろうが……)ため、目の前の要望に応えることができない。なんだろう、この罪悪感。小心者がために、私が感じる責任の大きさが半端ではない。
言うのが怖いが、ここで伝えなければいつ伝えるのか。
私は小心者ができる最大限の勇気を振り絞り、思いを言葉に起こす。
「あ、あの……」
「ん? なんだい?」
「わ、ワタシ、実は……」
■■■
ワタシの告白にちょっとショックだったようで、アヌさんの気が少し落ち込んでいた。
「そうかぁ〜、ただの見学人だったかぁ〜」
「す、すみません……。ワタシが直ぐに言わないばかりに……」
「いいや、別にいいよいいよ。僕はプラス思考だからねぇ♪」
それ、自分で言いますかね……。まあ、間違ってはいないけども。
けれど、申し訳ないことしてしまった。
折角、仕事をやる気にさせてしまったのに、崖から突き落とすようにワタシがまさかの冷やかし発言。更には気持ちよく寝ているところを起こしてしまったのだから……なんか悪い気しかしない。
ワタシとしては、できればもう早めに帰ってしまいたい空気が漂っているように感じるので、早々においたましたいのだが……。しかしながら、このアヌさんはまだワタシを帰さない気である。
溢れ出る、「話し相手になって欲しい感」────。
陰キャでぼっちのワタシには、ちょっと不味い雰囲気。
「君、名前は?」
「はいっ?」
突然の会話に、少し変な声が出てしまった。
あんまり話したくないけど、断る理由が見つからないので答える。
「亜守です。亜守……希彩、です……」
「へぇ〜、いい名前だね〜」
はたして、この名前がいい名前なのかは知らないけど……。
でも、ワタシは案外この名前を実は気に入っているのだ。それを踏まえると、アヌさんに褒められたのは素直に嬉しかった。
少し頬が赤らんだかもしれない。自分では分からないけれども。
「歳は?」
ストレートに女性に歳を聞くのもどうなのだろうか……。
まあ、ワタシは気にしないけども。だってそんな年齢じゃあないし。
「今年で、16です……」
「高校1年かぁ……。この辺だと碧笠第2かい?」
「そうですね……当たりです」
「ほう、学力はそこそこ、か……」
偏差値を知っていたのか、小声でアヌさんはそう言った。
……いや、少しデリカシーというものを考えてもらってもいいと思うのですが……。それにワタシ、学力でいうと高校でも下の方だし……。
もしかして、思ったことを気づかずに、直ぐに口に出すタイプの人なのかな。だとしたら、やっぱりこの人はワタシの苦手とする人だ……。
……と、ここまできて、ワタシは思い出した。
そう言えばワタシはここに何をしに来たのだろう、と。
翌々考えれば、まだここが何を専門にしている店というか、仕事屋なのかを聞いていなかった。ついつい、アヌさんの話に乗せられて論点がズレにズレてしまっているじゃあないか。
「ところで、すみません……」
「ん? なんだい?」
今まで切り出せなかった分、余計に話しづらくなってしまっている。というか、あまりにも今更すぎることなので、いざ話す前になっても躊躇いがどうしても生まれてしまった。
だが、目の前の彼を見ると、どうもワタシの答えを待ちわびてるようにニマニマとしているので、期待を裏切りづらい。
ここは腹を括る。
勇気を出して、ワタシはゆっくりと話したいことを口にした。
「野暮な話なんですが、一体何を取り扱ってる事務所なんですか?」
さっきまで騒がしいくらいにそそっかしかった彼の動きが止まった。やっぱりまずい質問をしてしまったのか、と心配になる。
ドキドキが止まらない。
しばらくの間が空いた後、相手の様子を息を飲みながら待っていると、彼の口の隙間から綺麗な歯がキラリと姿を見せた。
「そうだねぇ、やっぱり名前だけじゃあピンと来ないかねぇ。変えた方がいいかな?」
「えっ……」
意外とあっさりとした答えに拍子抜けした。
「皆、初めて来る人は聞いてくるんだよ。『知り合いにこういう所とは言われたんだけど、具体的にどうなの?』ってさ」
「あ、そうなんですか……」と答えるしかなかった。というか、実際そうとしか思わなかった。
彼は自ら注いだコーヒーに1度、口をつけるとニコッと笑いながら、説明を始める。
「僕が扱うのは人の心さ」
「人の、心?」
「そう、心さ」
それだけでは流石にピンと来なかった。
続けざまに、詳しい説明を加える。
「そして名前の通りに、僕は『人の心を壊す』ことを生業にしているよ♪」
やはり恐怖が生まれる。そういうのを平気で言っちゃう彼の狂気じみた笑顔に。今一度、ワタシは彼が名前の『壊人』であることを再確認、再認識した。
いや、本来は彼ではなく、彼の仕事内容が『壊人』なのだけれど、もはやそうとしか思えなくなってしまってる自分がいる。
話を戻して……、彼の説明だが、それでもピンと来ない。
「それって、どういう……」
「主に依頼主が指定した人間のその時の感情や考え、性格を『壊す』。『壊す』よりも『変える』って言った方がいいかな」
つまり、彼の説明を噛み砕いて言うと「人間精神改造」的な事だった。
こう聞くと、なんか凄みが帯びてくる。心理学とか、そういった専門学的なことも諸々含め、急にこのアヌさんが賢く見えてきたのだ。
そうなると、徐々に距離が近くなった気がして、別の意味で離れていっている気がして……。そんな感じで逆にワタシは彼と彼の仕事に惹かれていった。余計に興味が湧いてきた。
「他には、どんな……」
「他にも雰囲気や状況、関係なども取り扱っているよ♪」
「関、係……」
関係。
ワタシはこの2文字が頭から離れなくなった。その単語に何か囚われるものがあった。引っかかる。何か悩んでいたはずなんだけど……。
何度もその単語を頭で復唱する。
ワタシが抱えてる、「関係」の悩み。
関係関係関係関係関係関係関係関係、関係。
隣人関係────いや、違う。田中さんとも最近お話したし……。
上下関係────いや、違う。ワタシには、上下と呼べるような先輩や後輩もいない。
友人関係────いや、違う。もっと大事な事だった気がする。
心にはモヤモヤとした形のない雰囲気が心中を漂う。そして考えていくうちにそのモヤモヤが色を形を帯びていき、ようやくワタシの想いとして成り立つ。
これだ。
それからワタシは、我ながら自分らしくない前のめりな大きめの声で、目の前の店主にそれを伝えた。
「それって夫婦関係も含まれますか?」
それをワタシからの依頼と受けたのか、はたまたワタシが真剣な眼差しで話したからなのか、彼はまたニヤリと口元を上げ、優しい声でこう言った。
「話してごらん♪」