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世界象徴時計24時

作者: Em-7

文学的科学者たちは“変換”を行い、世界を巨大な柱時計にした。

人や動物、魚や虫や植物、黴、微生物などの生命。風や土、光、水、石、遠き果ての星々、そして、その間を理める暗黒という自然。ビル、車、ティッシュペーパー、ゴミ、瓦礫、フランスパンなどの人工物。今では全て、この時計というイメージの一部だ。

例えば、ある一つの原子は文字盤に装飾されたダイヤモンドに“変換”されたかもしれない。側面にある木目の一つには、国際を牛耳った超大国が宿っているかもしれない。いくつかの銀河がまとめて、歯車から摩耗した金属粉に“変換”されたかもしれない。それらのことは科学者たち自身も理解してはいない。ただ肝心なのは、この時計のあらゆる構成要素は、大小問わず、元の世界の何かを表しているということ。例外はただ一つ。あなただ。




あなたはこの塔のような時計の底に立ち、頭上を仰いでいる。どうやら、文学的科学者たちは良い仕事をしたようだ。時計内部に広がっている光景はそう言えるほどに美しかった。

細長い木箱の中で、水晶球を吊るした振り子が揺れている。その振り子に乱された空気に、埃の粒子が不規則に舞い、広大なガラス戸から射し込む光が、それらを銀の星々へとかえている。三方を囲む重厚な木材を辿って視線を昇らせていけば、文字盤を貫く回転軸の隣で、ある一つの歯車が暗闇に空転しているのが見てとれる。

あらゆるものが艶やかで鮮明だった。光も闇も、色も動きも、バカでも美しいと分かるように計算し尽くされていた。

そこで、あなたはかすかな抵抗感を覚える。

これまで、あなたは自分の感性、想像、思考の結果として、美を感じてきた。しかし、今、目の前にしている光景は、それらが介在する余地がなかった。例えるなら、夕日を見て美しさを感じるのではなく、まるで、初めから美しく造られたタ日を見せられているかのように。

まあ、無理もないかもしれないな。しばらくして、あなたはそう結論する。

きっと、“変換”された後の世界は美しくあるべきだと彼等は考えたのだろう。文学的科学者たちの本来の仕事は、美しくない世界を人々の目から覆い隠すことであったのだから。

実際、彼等は卓越した技術者だった。世界本来の姿を隠すのがあまりに上手過ぎたせいで、人々は自分達が滅亡するかもしれないというその寸前まで、状況に気が付くことが出来なかったほどだった。そして、気が付いた時には、すでに多くの問題が複雑に絡み合い、最早人間の力では解決できない状態となっていたのだ。

皮肉なことに、滅びの契機と共に、再生への可能性もまた、文学的科学者たちの手で生み出された。それが“変換”だ。

“変換” は全ての問題を一挙に片付けるための画期的な方法だった。世界の全てを柱時計というイメージに落とし込み、同時に、宗教、人種、国家、歴史、災害、飢餓、貧困……他にも数多ある世界の問題を一つにまとめて、時計の不具合という 単純なイメージに置き換えてしまうのだ。

あとは“変換”せずに残した“誰か”をこの柱時計的象徴世界に送り込み、 時計の不具合を解消させるだけでいい。終わってから柱時計に“逆変換”を施せば、 そこに現れるのは全ての問題が解決した世界、というわけだ。

その“誰か”に選ばれたのが、あなただった。

あなたは自分に課せられた任務を遂行するために、柱時計の頂きに向かって進み始める。象徴的世界であることを逆手に取って、自分の想像の力によって、階段を出現させて、一歩ずつ登っていく。四分の一ほど進んだところで、最初の試練が訪れる。透明な障壁が行く手を阻んでいる。あなたは人為的な臭いを嗅ぎ取りながら、それを軽く突破する。半分ほど来たところで、また新たな試練に行き当たる。見えない手のようなものに、後ろへ引っ張られる。あなたはそれらの手を振り払いながら、進む。何度も何度も、振り払っては進み、振り払っては進む。そうして、いつしか手は出現しなくなる。

そこから先は、順調に進む。階段はぐんぐんと上へ伸びて、足取りは軽く、目的地はもうすぐそこだ。

だが、四分の三に差し掛かったところで、最大の試練が訪れる。あなたは突然、未知の力によって階段から突き落とされる。あなたは柱時計の中を真っ逆さまに落下する。みるみる加速していく中で、あなたは死を意識する。この柱時計的象徴世界で、死は一体どういう意味を持つのかを一瞬考える。けれど、あなたは死なず、代わりにずっと下にあった最初の障壁に激突する。あなたは悶絶し、痛みにうずくまる。そして、その痛みから気を逸らすために、この痛みは自分自身にしか感じられることはなく、それ故に、柱時計的世界にも、元の現実世界にも、何の影響も与えはしないのだ、などと考える。

あなたはしばらくしてから、立ち上がると、体を引きずりながら、また階段を登り始める。想像の力までも傷を負ったのか、出現する階段も心もとないものになっている。それでも、あなたは進む。

そして、また四分の三の地点に来ると、今度は何事もなく通ることができる。あなたは頂きに辿り着く。

すると、そこに気色悪いほどぴったりのタイミングで、同年代の異性が現れる。その相手は、あなたに向かって手を伸ばし、声を出さず唇だけを動かして何事かを言う。いっしょにやろう。あなたは相手の言葉をそう解釈する。

べつに一人でできるけどな。あなたは不満な気持ちを押し殺す。なぜなら、あなたはもう気付いているからだ。あなたに課せられたこの任務すら、文学的科学者たちが仕組んだ一つの象徴なのだと。

あなたは相手と一緒に時計の修理に取り掛かる。必要であるはずの専門的な知識などまるでないのに、不思議とそれは上手くいく。歯車が噛み合い、11時59分を示していた時計が動き初める。

熱い視線を向けてくる相手の前で、あなたは冷やかな自分の心を感じる。全ての物事が茶番に思えてくる。そして、実際その通りなのだということに気が付く。

1分が経ち、柱時計の鐘が鳴り始める。あなたの耳には鐘自体の音と人々の歓声が重なり合って聞こえてくる。世界の“逆変換”が始まったのだ。

柱時計の天井が開き、大地を形取り始める。一粒の埃から出現した何十万という人間が滝のようにそこに注ぎ込まれていく。木目模様が浮き上がり、車、カバ、アンドロメダ星雲、森、ポテトチップスの袋、などなど、あらゆる存在へと姿を変え、本来在るべき場所へとすっ飛んで行く。

そうして、柱時計のイメージはどんどん解けていき、改編された世界がそこに立ち現れていく。

全ての問題が一掃された平和な世界。12回打たれる鐘の音に乗って、人々の歓喜の声が届いてくる。

異性の相手があなたに向かって、手を伸ばす。あなたがその手を握るのを待っている。

しかし、あなたはそこに相容れないものを感じる。生理的嫌悪を感じる。猛烈なスビードで再構成されていく世界が嘘っぱちの張りぼてなのだと悟る。そこで笑っている人々とは一緒に笑えないことに気が付く。

そして、あなたは階段を想像する。この象徴化された世界にのみ存在し得る螺旋の階段を。

あなたはその階段を進み、象徴化された世界の時を遡る。あなたは“変換”が行われる寸前まで戻ると、柱時計に“変換”されていないオリジナルの世界へと滑り込む。

そこは何一つ問題が解決されていない世界。問題が複雑すぎて、人間の力では解決できないとされている世界。単純なイメージでは決して救われることのない世界。けれど、紛れもなく現実である世界。

あなたはそこで生きていくことを選ぶ。


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