表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

転生者たちのから騒ぎ

 ここは尾張の国、清州のお城。……そうそう、言い忘れていたけど今は戦国時代ね。

 僕は太田半平太。見廻り衆の下っ端だ。

 今まで何の疑問も持たず、お役目を果たしていたんだけどね。

 ひと月ほど前、ふっと思い出したんだ。……僕が死にかけていたことを。


 

 半年以上の入院だった。六年生になってからはほとんど学校に行けていなかった。

 お父さんやお母さんはすぐに治るよって励ましてくれた。

 お爺ちゃんお婆ちゃんも毎週お見舞いに来てくれた。

 お医者さんや看護師さんも、みんなとても優しくしてくれた。

 覚えている限りの最後の夜。すごーく深い眠りについたような記憶がある。



 これがあの『転生』というやつなのかなぁ。

 いろいろ悩むところもあったけど、せっかく貰った新しい命だし。

 この際、全てを楽しもうと思った。

 でも織田家の人間として転生できたのはある意味ラッキーだと思っている。

 だっていわゆる勝ち組でしょ?

 よっぽどのヘマをしない限り、いい人生を送れるんでしょ?

 まぁ、合戦で死んだりしなきゃだけど。

 ちなみにあの桶狭間の合戦はまだみたい。

 信長様は相変わらずうつけ者との評判通り、野山を駆け回っているらしい。

 みんなすごく心配してる。本当にこの人で大丈夫かなって。

 でもね、大丈夫だよ。この人はやればできる人だから。


 

 夜は怖い。

 この世界にはまだ懐中電灯がないから、頼りないロウソクの明かりだけで見廻ることに。

 夜廻りは大事なお仕事だから、ちゃんとやらないと怒られる。

 そんな中、真っ暗な炊事場で物音がした。

 覗き込むと不審人物発見。

 怖いけどお仕事! 怪しい人を見逃したら、おやっさんに何て言われるか。

 僕は勇気を振り絞って声を掛けた。


「……あの〜」


「きゃ!」


 ビクンと不審人物の体が跳ねた。

 きゃ? 男の声でそれは逆にオカルトだよ。

 恐る恐るこちらを振りむく人は……信長サマ!?


「……な、何であるか?」


 威厳を保つために、少し声色を変えたって全然怖くないよ。

 初めて知ったけど、自分よりもビビっている人を見ると妙に落ち着くものなんだね。


「こんな夜中にどうなされました?」


「……い、いや、少し、その、……は、腹が減ってな」


 信長サマは落ち着きのない仕草で両手をワキワキ動かしながら言い訳する。


「それなら飯炊きを起して作らせましょうか?」


 そう言って誰かを呼びに行こうとする僕の着物の裾を慌ててギュッと掴む信長サマ。


「いやいや、行かなくていいから。わた……儂が勝手につくるから」


 そういう信長サマの手元を見ると、なにやら作っている最中だったらしい。


「このような暗闇の中で器用なものでございますね」


「……まぁ慣れたモノだからな」


 暗闇の中ではやり辛いでしょうと、持っていたロウソクで手元を照らす。

 頼りない明かりの中で、器用に何か食べ物を作っている信長サマ。

 僕はただそれをじっと見ていた。



 捏ねていた何かを焼き始めると甘い匂いが炊事場に漂ってくる。

 そして満足そうに微笑む信長サマ。


「……さぁ、食べてみよ」


 信長サマは最初の一つを僕に譲ってくれた。

 どうしようか迷っている僕を優しく見つめる信長サマ。


「……いただきます」


 一口食べて口の中に広がる甘み。ん? これは……クッキーだ!


「……どうだ? ……美味か?」


 何も言わない僕に不安そうに尋ねる。


「大変美味しゅうございます! このような食べ物、生まれて初めて頂きました!」


「そうか! それはよかった」


 僕の反応に喜んだ信長サマと二人でクッキーを頬張る。


「この中に入っている、甘くて黒いものは何でございますか?」


「それは山桃を干したものだよ」


「山桃って、あの山桃でございますか? それを魚のように干すのでございますか?」


「……山の果実を干すと甘みがでるんだよ」


 優しく教えてくれる信長サマ。

 なるほど。山で遊び回っていたのは果物を集めるためだったのか。



 全部食べ終えた後、見回りに戻ることにした。


「お主、名は?」


「半平太と申します」


「半平太。儂はまたこの炊事場を使いたい。……誰にも知られることなく」


「わかりました。これからは私がこの辺りの見回りを任せてもらうように頼みましょう」


「……そうか。ではよろしく頼む。これは二人だけの秘密ということで」


「はい。二人だけの秘密です。今晩は御馳走様でした」


 そういって僕たち二人は別れた。



 僕は見回りの続きをしながら考え事をしていた。

 僕はいわゆる転生者だ。でも果たして転生者は僕一人だけなのだろうか?

 もしかしたら信長サマも……。それは疑問じゃなくて確信だった。

 そもそもクッキーって。……ねぇ?

 信長サマの前世はパティシエだったのかもしれない。それかお菓子作りが趣味の人。

 さらに言えば女の人だった可能性が高いと思う。だって「きゃ!」だもん。

 でも信長サマはやさしかったなぁ。

 またクッキー作ってくれるかなぁ。



 転生者は僕と信長サマだけじゃないかもしれない。

 そう思いながらいろんな人を観察していたら、いっぱい見えてくるものがあった。

 例えば秀吉サマ。将来天下を取るあの豊臣秀吉サマだ。

 若いころはサル呼ばわりされて、信長サマの草履取りから出世した人だ。

 ちなみに今でもサルと呼ばれている。……確かにサル顔ではあるけど。

 でも秀吉サマはとてもカッコいい人だ。

 何といっても着こなしが城下の誰よりもカッコいい。

 おまけに近づくと、とてもいい匂いがする。

 秀吉サマにそう伝えると、物凄く喜んでくれた。

 ついでに着こなしのコツなんかも教えてくれた。

 なんかテレビのファッションチェックみたいな感じだった。

 やっぱり秀吉サマも転生者なのかな?

 前世は『アパレル関係』だったのかもしれない。



 次に目についたのが勝家サマ。

 あの鬼のような形相でみんなに怖がられている人だ。

 だけどそんな顔に似合わず、勝家サマはいつもマメに帳簿をつけておられる。

 刀や槍を振りまわしている方が絶対似合うのに、机に向って難しい顔をしてウンウン唸っている。

 僕はそれほど怖いと思わないので、よくお茶をお持ちする。

 勝家様は独り言が多い。難しい言葉をブツブツと。

 でも筆は止まらない。そっと帳簿を覗くと見慣れた数字が!

 やっぱり勝家サマもそうなの?

 お父さんと同じ経理の人だったの?



 やっぱりこのお城にはたくさん転生者がいるんじゃないかなぁ。

 そう思いながら、いろんな人たちとお話をした。

 おかげでいっぱい友達ができた。


 

 そしてついに1560年(栄録三年)5月を迎えた。

 城内でみんながいつもと変わらない日々を過ごしている中で、徐々に口数が少なくなっていく人たちがいた。

 信長サマ、秀吉サマ、勝家サマなどがそう。

 ……もちろん僕も。

 だって今月桶狭間で戦が起きる。

 待ちに待った運命の時。

 ここから僕たち織田家は大躍進を遂げるんだから。


 

 でもね、まぁ結論から言おうか。

 ……桶狭間の合戦は起きなかった。

 当日になっても、一月経とうが二月経とうが、今川家は全く動かなかった。

 大多数の家臣たちが何も変わらぬ日常を過ごす中で、ほんの数人だけがこの状況に困惑していた。

 もちろん僕も含めてね。

 おかしいなと首を捻る人間は、やがて同じように首を捻っている人間を見つける。

 そのとき、ようやくみんな気が付いた。

 転生者が自分だけじゃないことに。

 そして別の可能性にも気が付いた。

 もしかしたら今川家にも転生者がいたんじゃないか? ということに。


 

 あれから十年経った。

 先日、今川義元が亡くなったという情報が入った。

 大往生だったと。

 結局、織田家と今川家は一度も戦を起こさなかった。

 そもそも織田家はどこの大名家とも戦を起こさなかった。

 というよりこの十年、日本中では一つの戦も起きなかった。

 なぜ起きなかったのか? ……簡単なことだよ。

 それは僕たち織田家を見ればわかること。


 

 勝家サマの指揮の下でお金の出入りが判り易くなった。無駄使いもなくなった。

 利家サマの商売感覚が素晴らしく、城下町にはいろんなお店が建ち並んだ。

 秀吉サマのファッションショーは奥様方に大人気。遠くの大名家からもやってくる。

 パーティで素晴らしい料理の腕を振るったのは可成サマ。今回はなんとフランス料理。

 デザートはもちろん我らが信長サマの担当。

 ステージではいつもハイテンションな濃姫サマのヒップホップダンス。

 腕に包帯を巻いて変わったポーズをとる、中二病を拗らせちゃったお市サマ。 

 織田家の面々は今日もこんな感じで楽しく過ごしている。

 きっと他の大名家でもそうだと思う。


 

 この世界に転生できてよかった。

 本当に心の底からそう思える。

 

 たとえこれが僕の死ぬ間際に見た夢の世界だったとしてもね。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] なんかせつない(;ω;) 最後の台詞が……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ