次の二歩目
ある喫茶店での一日。
朝の喫茶店は、外の喧騒から離れ静かである。店内には常連が飲物を片手に、各々の世界に入りその世界を満喫している。
今日も平和な一日でありますように。店主がゆったりとした時間に満足げに息を吐いた時、ドアに付けた鈴が鳴る。
「いらっしゃい。ああ、レイスピア姉妹か。飲み物はいつもので良いか?ん?二人だけか珍しい。カレン、旦那と娘はどうした?」
「おはようおじさん。いつものをおくれ。私の天使はまだ夢の世界さ。昨日は迷子になって疲れたのだろう。ゆっくり寝せてあげたくてね。ゴリラは家に置いてきた。」
「おはようおじ様。昨日はおじ様や皆様にもご迷惑をお掛けしました。お陰でテレサも無事に見つかりました。ありがとう御座います。」
小さな頭を下げ、店内にいた客にもお礼を言う。此処に居る皆が、昨日迷子になった幼女を探索していたのだ。「良いよ良いよ。」「うちの息子達も小さな頃はやんちゃでね」と、常連達が昔話に盛り上がる。
昨日の迷子探索で、店主は目撃していた。いつも冷静沈着で飄々としている姉が血相を変えて幼女を捜している姿を。
中々の迫力だったなと思う。今日のアザレアは昨日とは打って変わり、紳士姿で妹が座る椅子を引いていた。
カウンターに座る姉妹にいつもの飲物を渡してやれば、二人同時にお礼を言う。
何人かの客が入れ替わり、店内も少し落ち着いた頃に店主はカウンターに座る姉妹の目の前に来て話し掛けた。
特に多忙のアザレアとゆっくり話せるのは希少である。こうして三人で話をするのはいつぶりか。
「こうして二人きりの姿を見るなんて久し振りだなぁ。ここ数年はマクレガー隊長がカレンの傍にぴったり寄り添っていたしなぁ。まさかあの小さな少女がマクレガー隊長の妻になるなんて…縁とは不思議なものだ。」
不幸にも親を亡くした姉妹を、同じ王都地区出身者として支援してきた。姉は名高い国軍隊長となり、妹は世界最強の男の妻となった。
縁というのは不思議なものだとしみじみ思う。
「縁?あれは執着というのだよ。おじさん。幼気な美少女だったカレンを手籠めにしたあの変態め…」
美形の顔が憎悪に歪む。やばい。逆鱗に触れてしまったか。店主はそう思ったが既に手遅れであった。
「大体、一目惚れだか運命だか知らんがね。当時13歳だった幼気な美少女の妹に、やれ夜道は危険だからと帰りは家まで送り、やれ朝は人が多いといって家まで迎えに来て…5年間それを続けて遂にその汚らしい欲望をカレンにぶつけるなど…万死に値する!」
汚らしい欲望て…朝からこの麗人は何を言っているのか。確かに当時21歳だったマクレガー隊長が8歳下のカレンに猛烈に求婚していた事は有名であるが。
「何度も幼女誘致罪で逮捕を促したとういのに、時の白鷹隊長はやれ貴族だからと動きもしない無能者だった!貴族だから庶民だからと差別する輩にどうして国が護れようか!だからこそ私は血を吐く程努力して、この地位を手に入れたのだ!全ての国民の平和の為に!白鷹隊はあるのだ!」
熱弁するアザレアに、店の全員が感動する。
そう、彼女の前任者は所謂貴族主義者であった。庶民には不利に働き、貴族には媚を売る。白鷹隊隊員もそういった思想の持ち主が多く、庶民は長く苦労した。
抑止となる筈の黒鷲隊も、当時頻繁した貴族絡みの犯罪に手一杯となり役に立たなかった。国王も即位したてであった為、庶民はただ耐え忍ぶだけかと諦めていた時。
当時24歳だったこの麗人が立ち上がったのだ。
若造の、しかも女が上に立つ。並大抵の努力では無かっただろう。しかし、高い能力と国民からの絶大な人気(主に女性からの)、そして王族からの支持を得て、前任者を蹴落とし、腐った思想が蔓延していた白鷹隊を立て直したのだ。
あの少女が、こんなにも立派になって…店主は流れる涙を布巾で拭った。
「念願の隊長となり、漸くあの変態を逮捕出来るかと思えば!あいつはさっさと王の許可を貰ってカレンと結婚しやがった!私の努力を無駄にしたのだ!赦せんゴライアス・マクレガー!」
……マクレガー隊長を逮捕するために隊長になったのか!
感動の涙を返せ!店主は布巾を床に投げた。
そうだ、この麗人の世界の中心は小さな時から妹だ。
若い娘達が憧れる「白鷹の君」は「残念な美形」である。
怒りに震える麗人をよそに、カレンは時計を見て帰り支度を始めた。
「姉様、そろそろ帰らないと。テレサが起きてしまうわ。大好きなあーちゃんが居ないと、泣いてしまうかも。あの人もお腹を空かせているわ。おじ様、今日も美味しかったわ!お金此処に置きますね。さ、お暇しましょ。」
「む!そうだな!テレサはカレンに似てあーちゃんが好きだものな。おじさん、邪魔したな!また立ち寄らせてくれ給え!」
あーちゃんこと、アザレアは素早く支度を整えて片手に買い物袋を。片手はカレンの細腰に手を当ててエスコートする。
その姿は絵本から出て来た王子様そのものである。
歩く姿を見て、若い娘達顔を赤く染めて白鷹の君に見惚れていた。
まあ、なんて残念な美形だろうか。店主はもう一度そう思い、投げ捨てた布巾をバケツに入れて手を洗う。
今日も平和な一日でありますように。店主は二人が残したカップを洗いながらそう願った。