四歩目
コリンの胃が心配。
…どうしてこうなった
コリンは、丈夫そうな木の椅子に腰を掛けてそんな事を思う。
目の前には、威圧感が凄い巨漢と上司の上司の上司。もはや、自分が尋問を受けているような気さえしてきた。
さっきまで共に街を見廻っていた相方は、自分を見捨てて…「用事がある!」と一人逃げた。
そして逃げ遅れた自分の肩には、白い籠手が…まるで逃げるなよと言わんばかりに力がこもっており、未だ糊のきいた新品の制服に皺が出来ている。
「コリン隊員、是非、我が家へ寄ってくれ給え。このままお礼もせず帰すなど騎士道に反す。」
「は…はひ…是非…」
「うむ。妹の料理は美味いぞ。きっと気に入るだろう」
アザレア隊長は、そう言って未だに抱き合う夫婦へ近づき…
「いつまで抱き合っている!日が暮れて気温が下がり、カレンとテレサが風邪をひいたら如何する!気の利かぬ男め!さあ、カレン、テレサ、家へ行こう。コリン隊員もお礼として招待したが、料理は足りるかい?」
前半の言葉は厳しい声音で自分の同僚へ、後半は甘い声音で美女と幼女へ。あまりの差に、コリンは混乱するばかり。入隊式では毅然とした態度で挨拶をしていた人と本当に同一人物なのか。
混乱する頭で、連れられるまま一軒の家に入り、奨められるまま椅子に座り、今に至る。
目の前の席には、先程まで遠い存在であった二人が。
どうしてこうなった…
と遠い目をしていたら、コトリと小さな音がした。その音の出所を見れば、机にコップが置かれている。そして、そのそばに小さな手があった。
「こいんのおちゃね!ママがおちゃいれたのよ!おいしいよ!あついから、ふぅふぅしてね」
くりくりの瞳を輝かせ、うんしょうんしょとコリンの隣の椅子に座ろうとする…が、上手くいかずにその場でぴょんぴょん跳びはねている。このままでは転ぶと思い、脇に手を入れてひょいと椅子へと座らせてやった。幼女…テレサは椅子へ座ったあとコリンに満面の笑みを見せてくれた。
「こいんは、きししゃまみたいね!テレシャきししゃまだいすき!テレシャ、きししゃまとけっこんしたいの!」
騎士様みたいではなく、騎士様なんだよ。ああ可愛い癒やされる……と和んだのも束の間、パリンと乾いた音がして机を挟んだ目の前からとてつもない殺気が飛んできた。
「コリン隊員、もしや貴殿は幼気なる幼女が好みか?ん?」
白い鎧を脱ぎ、白シャツに黒いスラックスに着替えた麗人はにっこりと笑っている。目は笑っていないが。
その横にいる、全身を筋肉という鎧に覆われた男の手には割れたカップが握られている。破片が刺さっている筈なのに何故血が出ない…人外かと。コリンの思考はもはや斜め上である。
「コリン隊員…覚えておこう…」
地獄の底から聞こえるような低い声に、コリンはもう震えるしかない。とりあえず否定せねば!
「俺…ちが…私の好みは、少し年下位の…そう!20から25歳位の女性が好みです!」
「?ママがすきなの?ママは22しゃいよ?」
バキィ!と木が割れる音が聞こえた。テーブルに先程まで無かったヒビが入っている。
……死んだ。
さよなら母さん父さん、先立つ不幸を許してくれ…
というか、あの美女…カレンさんは22歳なのか。ゴライアス隊長は確か30歳…年の差婚かよ羨ましい。何歳の時に生まれたんだテレサちゃん羨ましい。
そんな残念な考えが頭をよぎった時、良い香りが部屋を埋めた。食欲をそそる肉や魚の香りや、スパイシーなスープの香り。
「お待たせしました。カレン特製のお料理完成です!姉様、あなた、お帰りなさい。そして、コリンさん今日は本当にありがとう御座います。沢山召し上がって下さいませ…あら?机にヒビが…」
「パパがばきぃってしたのよ!」
「まあ!パパが?あなたと姉様が喧嘩しても壊れないよう、丈夫な机を買ったのだけれども…あなた、あとで直して下さる?テレサが怪我をしてはいけないわ」
沢山の料理を並べたあと、美女は、ゴライアスの元へ向かいそう懇願する。頼まれた男が神妙な顔で肯けば、カレンは笑顔になりその頬へキスをした。
「カレン!こいつに任せたら机は壊れる一方だ!姉様に任せなさい!だから、姉様にもキスをおくれ!」
「パパズルイ!テレシャにも!テレシャにもぉ!」
騒ぐ二人を尻目に、ゴライアスはカレンの腰を引き寄せて唇を合わす。ただ合わすだけの軽いキスではなく、明らかに大人なキスであった為、コリンは隣に座っていたテレサの目を慌てて塞ぐ。
「こいん?みえないよぉ」
「見なくていいよ。うん。」
そして、濃厚なキスシーンに怒りで震える白鷹隊の隊長を尻目に、コリンは思う。
どうして…どうしてこうなった。と。