三歩目
コリンは、そのゴリ…ではなく男性に見覚えがあった。見覚えがあるというか、国民…否世界中で知らぬ者は居ない程の有名人である。
その場にいる人々より頭二つは背が高く、黒い制服がはち切れんばかりの体格。二の腕など、子を抱き締める美女の腰程である。
黒鷲隊の紋章が刻まれた大剣(コリンの背丈程もある)を背に、沈みゆく夕陽をバックにしたゴリラこそが、白鷹隊の対となる黒鷲隊の隊長である。
名は
「ゴライアス!貴様!今まで何をしていた!テレサが可愛らしい瞳に涙を浮かべ、心細くしていたというのに、貴様という男は!」
「…最近入ったばかりの隊員達と手合わせをしていた。テレサが迷ったという情報が入ってすぐに訓練場から飛び足したが…書類仕事が溜まっていると書士官に捕まってしまったのだ。」
「だから!常に!机に向かう時間を決めろと言っているのだ!この筋肉野郎が!テレサに何かあったら!父親失格だぞ!」
白鷹隊長はその長くスラリとした足から、凄まじい蹴りを黒鷲隊の隊長へ繰り出した。しかし、そこは実働部隊の隊長である。その体格からは想像出来ない素早さで蹴りを避け、幼女を抱く美女の元へ駆け寄る。
「パパ!」
「あなた!」
美女と幼女は、大輪の花が咲くような笑顔で駆け寄ってきた男を迎える。男は、その太い腕を美女の腰へ回して幼女ごと抱き締めた。
「テレサ、父は心配したぞ。つい、足を止めた書士官を背負い投げしてしまったのだ…遅れて済まない。変な奴に絡まれなかったか?そのような奴は父が再起不能にしてやるぞ。」
「パパごめしゃい…パパとあうのたのしみにしてたのに…パパおこった?」
「あなた、私が悪いの…テレサの手を離してしまったの…怒るなら私を怒って…」
美女と幼女はゴライアスに縋り、互いを庇う。二人を腕の中に閉じ込めた男は一つ溜息を吐き、更に腕の力を込めて強く抱き締めた。
「うむ…二人が反省しているのなら、それで良い。テレサ、出掛けた時は母の手をしかと握って居れ。」
「はい!パパ!パパ、おかえりしゃい!」
美しい家族の光景に、ある人は良かった良かったと涙を流し、ある人はこれで一安心と安堵し、ある二人はポカンと口を開けている。
「は…?パパ?あなた?あの美女と幼女が…ゴライアス隊長の…?え?嘘だろ」
「てか、ゴライアス隊長結婚してたの…?」
新米二人は、あまりの衝撃で動けないでいた。固まった部下へ、アザレアは更に爆弾発言を落とす。
「見ての通り、ゴリラ…ゴライアスは既婚の子持ちだぞ。全く、あんな筋肉野郎の何処が良いのだか。愛らしい妹の好みはわからんな。姪が可愛らしい妹にそっくりだったのが救いだ。」
ふんっ。と鼻息荒く言い捨てる隊長に、コリンは震える声を出して訊いた。因みに相方は未だに固まっている。
「え?隊長何言って…え?あの美女、ゴライアス隊長の奧さん?あの子がゴライアス隊長の娘?え?アザレア隊長の…妹?姪?え?」
「何を今更驚いている。あの筋肉野郎ゴライアスは黒鷲隊の隊長であり、我が最愛の妹の旦那であり、我が姪の父親だぞ。私も認めたくないがな。」
「なんだ、白鷹隊のひよっこは知らんかったんか?あの家族は国内でも有名だぜ?美女とゴリラ夫婦で、美女と美幼女とゴリラ家族ってな!」
花屋の店主が二人にそう話しかければ、街の人々はうんうんと肯定する。
アザレアは、呆ける二人の腰に強烈な蹴りを一発入れた。隊長の洗礼を浴びた二人は痛む腰に手を当て身悶えていた。そんな二人を見下ろし、周りの女性等が思わず赤面する笑顔でこう言った。
「そうだ、貴殿等は明日休日であろう?我が妹が、私の久し振りの帰宅祝いにご馳走を作ってくれている筈。迷惑でなければ貴殿らも招待しよう。」