勇者、アレを売る—アイツ生んだヤツがいて—
「これ、何だか卑猥ね」カウンター越しに俺と向き合っている雑貨屋の店主が言う。しかし俺はむしろその発想こそが卑猥だと思う。「しかも何に使う物かも分からないし」と言いつつ、指先でツンツンと突く。
「えーっと、あれだ、ほら、奇麗な色だろ観賞用とかに使える」俺は一縷の望みをかけて売り込みをかける。だが結果は芳しくない。駄目だ、店主の目が死んだ魚のようだ。
「触ってるとひんやりして気持ちいいぞ」俺は決死の覚悟でもう一押しする。だが、結果は芳しくない。駄目だ、店主がカウンターの下で俺の足を蹴り始めた。
「……スライム、駄目か?」
「いらない」
「でもこれ、徹夜で色を塗ったんだ……」
「いらない」
「ほら見てくれ、俺の目の下の隈を……」
「いらない」
「一つ一つに俺の真心とか、魔力的なものが……」
「いらない」
「貯金全部つぎ込んだ。だから買っ……」
「いらない」
一体どういう事なのか、俺と一言言葉を交わすたびに、なぜか店主の瞼が閉じられていく。店主的に卑猥な物を持ってきた卑猥人間は視界にも入れたくないという事だろうか。そして店主の双眸には今何が映っているのだろうか。
店主が客人を無視して黙ってしまったので、俺も瞼を閉じる。
……………………結構、頑張ったんだけどな。イチから洗濯のりを作るのも大変だったし………………………………………ん? あ、ピンと来た。
「そうか、本来の使い道があるじゃないか!」俺は声を張り上げた。サッと、店主が俺から距離をとる。「やっぱり卑猥な……」みたいな顔をしている。
「普通に洗濯に使えばいい。これを使えば仕上がりがパリッとするからな」そう、原点回帰だ。俺の言葉を受けて、店主も商売人の顔に戻る。心なしか目にも生気が宿っている、ようにも見える。
「……いいんじゃない? 結構売れそうだし」先ほどとは打って変わって、店主はやる気を見せている。これはチャンスだ、ここで一気に…………。
「それで…………着色してないのはどこにあるの?」
「…………………………………………………………………………………………………………………………え? チャクショ・クシテナイノ?」
「誰……? そうじゃなくて、このままじゃ使えないでしょ? 色が移りそうだし。だから、着色してないのは?」
「…………エ? ナイヨ?」
「……原料を少ししか作らなかったの?」
「オレ、センタクノリ、イッパイ、ツクッタ。デモ、スライムモ、イッパイ、ツクッ……イタッ……チョッ……イタッ」いったい何が気に食わないのか、店主は俺の脛を舐るように蹴る。
「それで、結局何個作ったの?」
「ニマン」
「…………は?」
「二万個……作った……頑張って……作った」
「よくもまあ、こんな卑猥な物を二万個も……」店主はスライムを手に取って、しげしげと見つめる。意外と気に入ったのかもしれないな。やれやれ、素直じゃない店主だ。
「ねえ、ちょっといい?」どうやら俺の思考が読まれたようだ。店主ならやりかねない。「ごめんね!」と、俺は機先を制す。
「何のこと? ……それよりもコレなんだけど」手に持った青スライムを見せてくる店主。
「何か、微妙に動いてない……?」
絵の具を入れ過ぎないようにすると、わりとキレイに作れた気がします。