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職人たちの宴

「へぇ~『ドワーフの重剛剣』か……私も見てみたかったね、それは」


 エリィからの修繕依頼から約一週間、時刻が夕刻に差し掛かった頃にランドとエリィはいつもの酒場『ファイア・ワイン』でいつものカウンターの端っこの特等席に二人で並んでジョッキを傾けている。

 二人が交際を始めた事は今のところ余り知られてはおらず、酒場の客たちは『いつものように一緒に飲んでるな』くらいの感覚なのだが……いつもより妙なくらいに二人の座り方に隙間があるのだ。


 この事実に真っ先に気が付いた看板娘ミリンの目がギラリと光った。


 いつもは近すぎるくらいに近い、同性であるかのような振る舞いだったエリィが『距離を取っている』のだ。

 嫌がっているのなら最初から隣に座らないだろう。

 しかし距離を取りつつ、隣は譲らない姿勢は、もう『意識しちゃっている』現れだ。


「やった! 今週賭けていたのは私だけのはず!! 一人勝ちひゃっほい!!!」


 そんな事を大喜びでのたまってカウンターに引っ込んでいったミリンに、自分たちが賭けの対象にされていた事など知る由もない二人は首を傾げたが、再びジョッキを傾けて互いの仕事成果を報告しあう。

 その話の中で先日の客についての話になっていた。


「同じ鉱石、同じ分量を使っても遥かに重く重厚な武具を作り出すドワーフの技術か。父さんが見たら目の色変えるでしょうね」

「エリィさんのお父さんって……名工アルゴスが、ですか?」


 エリィの言葉にランドは以外に思ってしまう。

 何しろ『神鍛冶アルゴス』の武具の名声はドワーフとは真逆に位置するものだから。


「確か神鍛冶アルゴスは『羽根の如き軽量化』が信条の職人さんじゃなかったですか?」

 ランドの言葉は何も特別な意見では無い。

 むしろこの業界では当たり前と捉えられている事で、神鍛冶アルゴスの武具は『強く』『実用的』で『驚くほど軽い』事で有名なのだから。

 そんなランドにエリィはしたり顔で言う。

「ふふ~ん……それはランド君、神鍛冶アルゴスの一端でしかないね」

「一端……ですか?」

「そう、神鍛冶アルゴスが生涯かけて目指す究極は『軽重自在』、軽くあって欲しい時には羽根のように軽く、重くあって欲しい時にはとことん重くなる、そんな武具よ」

「軽重自在!?」

 

 それは武器を使う者には夢物語。

 足や動き、速さを主軸に戦う者はナイフやレイピアなど軽く鋭い物を、重さで『叩き壊す』『押し切る』事を望むならバスターソードやウォーハンマーなどの重量のある武器を選び、武器に合わせた体格に自らを作り上げる必要がある。

 根本的には武器を使わないランドもその辺の大変さは身を持って知っている事だ。


『速さと強さの完全な融合』それは歴史上どんな英雄も辿り着けなかった境地である。


「武道を修める者ほどその難しさは分かるでしょ? そんな境地を目指す父さんにとって“ドワーフの重剛剣の技術”は求める技術の一つなのよ」

「な、なるほど……軽さだけではなく重さも取り入れて逆の技術すら自分の技術にしようと模索しているわけですか……貪欲ですね」

「おや、軽蔑した?」

 エリィが横目で見るとランドは笑顔で言う。

「いいえ、尊敬しますよ。ますます神鍛冶アルゴスがエリィさんのお父さんだと実感しましたよ。その貪欲さ、見境の無さ……流石です」

「ふふ、褒め言葉として貰っておくよ」


 そう言ってエリィはジョッキを煽り、傍まで来ていたミリンに追加を注文した。

 妙にご機嫌で「はいは~い、ちょっとまっててね~」と言われてエリィは怪訝な顔になったが、気を取り直す。


「それで? さっき言ってた剣の持ち主とダークエルフの夫婦……結局どうなったの?」

 ドワーフの重剛剣で逸れていた話をエリィが聞きなおす。

「ミノマイさんの計らいで二人とも無事サンライトに住民登録されましたよ。旦那さんのマークさんの職場も込みで決まったみたいだし。これで心置きなく出産に備えられるって喜んでましたね」

「お~それは良かった。有言実行、やるもんだ。ほんとにバカ息子はどこにいっちゃったんだかね」

「ハハハ、まあまあ……」

 

 以前の彼を知っているだけにこの感想を持つのはこの町の住人にとっては仕方の無い事である。

 人間変われば変わるものだ。


「職場は領事館の護衛隊だって。だから剣は必要不可欠って結局『ドワーフの重剛剣』の買取は出来なかったですけれど……」

「ありゃりゃ、それは残念でした~」


 どうせ買い取るつもりは無かったであろう事を思いエリィは軽口を叩く。

 護衛隊の宿舎としてサンライトには数件の借家が存在しており、今回マークたち夫婦はそこに入る事になった。その為に『住居』という一番の支出を抑えられ、先立つものの必要が最小限になった事も大きかった。

 またマークだけでなく妊娠中のライラもダークエルフの技術で『錬金』や『薬草の調合』を得意としていて、来週からサザナミに臨時パートに入ってもらう事になっていた。


 ……とここまでが『今週の愉快な出来事』、そこまで話が進んだところでエリィは顔つきを職人のモノに変えてランドを見つめた。


「で、本題だけど君がその時に見たっていう“白昼夢”? いったい何だったの?」

 先日の特殊な客が来店した瞬間に見た特殊な幻影。

 リアルであるようなそうでないような、当初未来視かと疑い、だけど今では絶対にありえない映像。

 そう、ありえない。

 他種族であろうと『魔の種族』であろうとも住居や職場まで斡旋する“今のミノマイではありえない蛮行を見せた白昼夢。

 さすがにランドもあの映像を見せたのが直前まで修繕作業をしていた『青い宝石』である事までは理解していた。

 ランドが修繕した魔石の中に描かれた魔方陣は“記録用”の物だった。

 つまり“何かのキー”で魔方陣に込められていた記録があの場で再生されたのは状況的に明らかである。

 ただそうなると、あの時に“キー”になったのは果たして何だったのか。

 そしてその後、何ゆえ青かった宝石が白くなったのか、疑問点を挙げるとキリが無い。


「とにかく僕の方の修繕は終わりました。今持って来てますけど……」


 そう言って自分の傍らに置いたカバンを示すランド。

 いつもならどちらかが約束もしないのにカウンターに座っているのだが、本日は珍しい事にちゃんと待ち合わせた上で一緒に来たのだ。

 だからついでにと思いつつ依頼品を持って来たランドは別に“後日店で”と言われても良い気持ちで言ったのだが、エリィは軽く返す。


「おや、君も持って来たんだ」

「君もって……」


 エリィはそう言って自らも持って来たズタ袋の中から布に包んだ一振りの短剣を取り出した。

 流石に酒場の店内で武器を出すのは憚られる為、エリィは目立たないようにカウンターへと置く。

 ランドが手に取って布を取ると、先日見た皮製の鞘に納められた短剣が目の前に現れる。


「抜いても?」

 ランドの言葉にエリィは一つ頷いて「余り目立たないようにね」と返した。


 ゆっくりと皮製の鞘から引き抜いた短剣、その刀身の美しさにランドは目を奪われる。

 酒場の篝火に照らされた刃は銀色に妖しく輝き、刃筋の曲線は美しく、鋭い切れ味を髣髴させる。そして刀身の一部には“エリシエル・ジムニート”の銘が切られていた。

 発掘後のボロだった面影は最早どこにも無い、新たな武器として剣は生まれ変わっていた。 


「ボロボロだった刀身部分の殆どはアダマンチウム鋼製だったから、朽ちた足りない部分は後から足して叩きなおした。それなりに良い出来だとは思う」

「……確かに、重いはずのアダマンチウム鋼製なのに驚くほど軽いですね。流石名工の娘」


 ランドがそう褒めるとエリィは苦笑を浮かべた。

「父さんに比べたら私はまだまだよ。それに全てがアダマンチウムってワケじゃ無いしね」

「……どういう事ですか?」

「朽ちたアダマンチウムの他に、何やら良く分からない鋼が織り込まれていたのよ。アダマンチウムより軽いけど……こっちは何なのか全然分からなかったんだ」

「エリィさんにも分からない鉱石? そんなのあるんですか!?」


 鍛冶職人として上級者であると思っていたランドはエリィは鉱石に関して知らない事は無いと思い込んでいたようだった。

 驚くランドにエリィは苦笑してしまう。


「ランド君。嬉しいけど流石にそれは私を買いかぶり過ぎ。私にだって知らない鉱石や打った事の無い、打ってみたい鋼は一杯あるよ」

「あ……ああ、そう言えば“オリハルコンをいつか打ってみたい”って言ってましたね」

 

 エリィが以前酔っ払って口走った事だ。

 武具にとって最高峰の鉱石オリハルコン。

 その鉱石で打たれた武器防具は総じて『伝説』を残す最高の物だとされている。

 しかしオリハルコンを扱うのは難しく、鍛冶師にとって『超難題』に当たる仕事だが、同時に『最高の栄誉』とされているのだ。

 ランドはいつかオリハルコンを仕入れて恋人にプレゼント出来ないものかと思い……何と色気の無いプレゼントなのだろうかと思わざるを得なかった。


「ま、依頼はあくまで造形の修繕だったワケだしね。どんな鋼でもいいけどさ……」

 そう言いつつエリィはランドから短剣を受け取り鞘に戻した。


「それではランド君、依頼品を」

「あ、ああそうですね……」


 促されてランドはカバンの中からこちらも布に包んだ依頼の品、『剣の装飾部分』を取り出した。

 受け取ったエリィが包まれた布を広げると、篝火に照らされた金と宝石がギラギラと輝きを放つ。磨きこまれたそれらに傷は一つも無くランドの丁寧な仕事ぶりが伺えた。

 篝火に宝石の部分をかざしてみると、そこには複雑な造形をした魔法陣がはっきりと映り、思わずエリィは「ほう」と溜息を漏らした。


「流石は“魔道具職人ラインフォード”。腕は鈍って無いようね」


 まるで我が事のように嬉しそうに言うエリィにランドは苦笑してしまう。


「その肩書き、エリィさんしか言う人はいませんよ。実際僕が出来るのは魔道具の修繕であって製作じゃありませんから……」

「でも……ランド君なら可能でしょ? 生半可な職人よりよっぽど良い仕事するし」


 実はエリィは以前からランドの高い技術が修繕のみに注がれているのが不満だったのだ。

 この魔石の魔方陣の書き直しに限らず彼の装飾技術は“美術品”としても、そして何より“実用品”としても非常に高いのだ。

 しかしランドには魔道具の修繕しか出来ない決定的な理由があった。


「エリィさん、何度も言いましたが僕には魔力がありません。何十年単位で修行すれば、ある程度の魔力を取得できるのかも知れませんけど……」


 魔道具作成で必要不可欠なのが『属性付与』だ。

 例えば戦闘の際、相手の目をくらます『光球』には光の魔力属性、相手に投げて爆発させる『爆裂石』には火の魔力属性といった具合に魔力の属性を付与する作業が必要なのだ。

 そしてこの作業が出来る為には『高い魔力』を行使出来なくてはならない。

 しかし魔力が高い者なら大抵『魔導師』や『魔法戦士』として魔法を武器に就職口のある者は兵士や護衛、無ければ冒険者などの職業戦士になるのが一般的だ。

 当然魔道具職人になってくれる者は希少で、大手の魔道具商店などが専属契約している位なのだ。

 実は基本が高スペックなランドだが、魔力の概念的には皆無、冒険者的には『武道家』の位置づけだ。

 言ってしまえばランドには『抜群な車』を作れても『ガソリン』を用意できないのである。


 だが、いつもならこの話題をこの辺で切り上げるエリィなのだが、今日は口角を吊り上げて言う。

「何言ってんの。来週からサザナミに入るんでしょ? 魔力の高い種族の奥様が」

「…………あ」


 そんな事を全く考えていなかったランドは呆けた声を漏らした。

 実はランドにとって魔道具職人は一度は諦めた夢だった。

 手先が器用で生半可な職人より遥かに良い品を作り出せる彼だったが、どうしても『魔力』の取得だけは上手く行かなかったのだ。

 だが、元々が浮浪児であったランドにとっては前店長が拾ってくれた事が何よりも幸運な事であり、その事に固執も絶望も大して抱かなかったワケだが……。

 変な話だが“ダークエルフの偏見のせいでサンライトに訪れたライラが来週からパートに入る”事がランドの心にほのかな灯火を生み出していた。


「そ、そうか。もしかしたら作れるのかも……魔道具」

 それは魔道具を作り出せるかもしれない、諦めた夢の再燃に他ならない。

 本当はランド自身、あらゆる魔道具、取り分け護符などの修繕をする時にたびたび思っていたのだ。

『自分だったらこうするのに』と。

 特に魔石に描く魔法陣。

 既に描かれ魔力の込められた魔方陣であるなら時間が経過して掠れていても上から書き直せばまた同じ魔力を有する事が出来る。

 しかし“空の魔石”に魔方陣を描いた時は『描いて直ぐに属性魔力の付与』を行わなければ魔方陣が安定せず魔石が砕けてしまうのだ。

 この辺が『職人自身が魔力を持っていないと作れない』理由に繋がるのだ。

 しかしもしも『魔導師並の魔力を持つダークエルフが協力してくれたら』……そう考えると自然とランドは表情が緩む。


「もしライラさんが協力してくれたら……何やら色々構想が広がりますね」

「あ、でも君の最初の作品はぜひ私のを作って欲しいな」

「え?」


 何とも珍しいエリィの発言、それは紛れも無く『恋人の可愛いワガママ』である。

 エリィは自分で言ってから発言の意味を察したらしく急激に顔を赤らめた。


 でも目は逸らさない。

 真っ赤なまま、少々上目使いで、指をコネコネさせていてもエリィはランドから目を逸らさない。

 それだけは自分にして欲しい確固たる独占欲がそこにはあった。


「ダメ……かな?」

 

 その言葉が止め。ランドは堪らなくなって公衆の面前で彼女を抱きしめたい衝動を必死に抑え、答えた。


「勿論、喜んで」

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