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青の記憶

 扉が開くその瞬間、カウンター下にしまい込んだ青い宝石が強烈な光を放った。

 ランドの視界が光に焼かれて塗りつぶされる。


「え!?」


 一時的にくらんだ視界が徐々に回復してきた時、ランドには何かが見えた。

 明らかに現実的ではなく霧が掛かったようにおぼろげな風景。しかし視覚にも聴覚にも訴えかけるハッキリした虚像。




 それはこの場では無い、この町の領事館の前。

 入り口付近で一方的に二人の男女を見下す男が一人。


『あれは……』


 その男の姿は最早懐かしいとさえ思える。

 バカ息子で悪趣味である格好を恥ずかしげも無く披露し、全ての町民に不快感を与えていた頃のミノマイの姿だった。

 自分の事を棚に上げてミノマイは不機嫌を隠そうともせずに尊大な言葉を吐く。


「貴様のような汚らわしい魔の種族が、私の町に住むだと!? ふざけるな!!」


 吐き捨てるミノマイの視線の先には地に伏せる女性と、女性を庇いつつミノマイを睨みつける一人の男性の姿。


「早々にサンライトから立ち去れ! 薄汚いダークエルフが!!」





                  *


「…………長、店長?」

「え?」


 それは一瞬の出来事だったらしい。

 インガに揺すられてハッとしたランドには今の映像の意味が分からなかった。

「どうしたんだよ、ボーッとして」

「いや、今の……」

 ランドはそう言って今の映像の事を聞こうとする。だが不思議そうに首を傾げるインガの姿にどうやら今の映像を見たのは自分だけである事に思い至った。


『……今のを見たのは僕だけのよう……白昼夢?』

「……何だか良く分からないけど、お客さんだってば」

「え!!」


 インガに促されてランドはすでにカウンター前に20~30代の、体付きだけで幾らか修羅場を潜っていそうな雰囲気の男と、フードで顔を隠した魔導師風な女性が立っている事に気が付いた。


「ああ、申し訳ありませんお客様。道具屋サザナミにようこそ」


 ランドは瞬時に先ほどの疑問をしまいこんで営業スマイルを浮かべた。

 この辺彼はやはりプロである。

 屈強な男はランドの対応に腰の剣を鞘ごと外してゴトリとカウンターへと置いた。


「コイツを……買い取って貰いたいのだが……」


 男が置いたのは飾りっ気の無いシンプルな長剣。鞘は皮製の一般的な代物で見た目に特殊な点は無く、ランドの鑑定眼でも呪いの有無は見受けられない。

「ハイハイ……少々しつれ……い!!」

 しかし鑑定のために鞘から抜いてみようと剣を持ったランドの息が止まった。

 なぜならシンプルなその剣は“とてつもなく重い”のだ。

 武器防具の類が思ったよりも重いなどという事は多々ある。実際武器屋のエリィはその辺を売り手の冒険者に気を付けるよう指導しているくらいなのだし。

 だがその剣はそこを見越していたとしても重過ぎるのだ。

 カウンターに軽々と片手で置いた目の前の男が信じられないくらいに。


「ふ……く! ふん!!」


 ランドは腕の力だけで抜くのを早々に諦めた。

 これでも体術の達人であるランドは体の使い方を熟知している。腕のみでは無理と悟って腕、肘、肩、腰、足と連動、身体能力を駆使させて全身で剣を抜いた。

 剣を抜いて見せたランドに二人の客は驚愕したようで、男の方など「やるな」と呟いた。

 重くて当然の代物、抜くのも大変なのは先刻承知のようだ。

 見た目よりも重過ぎ、体の全てを使わないと抜く事さえ叶わない。ここまでクセのある剣ランドには覚えが一つだけあった。


「ドワーフ族に伝わる技術ですね。こんな代物をよくまあ……」


 剣が使い手を選ぶ。

 武器を扱う者が良く言う事だが、その最高峰が『ドワーフの武器』とされている。

 扱いが分かっていないと重くて持つ事すら出来ない。

 ランドが正眼に構えてみると刃筋は美しく刃零れ一つ付いていない。

 行き届いた手入れは使用者の目の前の男の姿勢が垣間見える。

 重い事は悪い事ばかりではなく、勿論利点もある。

 重さを完璧に使いこなしたドワーフの剣は大地を割るとさえ言われているのだから。

 刃の美しさと手入れはこの剣を『愛剣』としていた証明。

 ランドは剣を鞘に納めてカウンターに置いた。


「ドワーフ製の剣は数が少ない。プライドの高いドワーフは武器はめったに作ってくれない物だから……だから当然、値段は釣り上がる。僕が今、この剣を引き取るとしたら……そうですね……最低5百万……ってとこでしょうか?」

「ご!!」

「「!!!」」


 売りに来た二人は元より、横で聞いていたインガも驚愕の声を漏らした。

「こ、この飾りも何も無い剣が5百万……フェ~~」

 しかしランドは更に驚愕の事実を続ける。

「最低でって言ったでしょ? ハッキリ言えば私の共の店ではそれが限界です。恐らく王都の大きな店に持って行けば3倍の値が付くでしょう」

「せんごひゃくまん!!」

 

 インガは金額の大きさに度肝を抜かれる。

 ランドが示した5百万と言うのは“サザナミで扱う品物の最高買取価格”である。これ以上は小さな町の道具屋としては扱いきれないのだ。

 この辺はインガの『呪いの指輪』の時にもあった事だが。


「ドワーフの剣が少ないのはドワーフは気に入った者にしか武器を作ってくれないからです。しかし譲り受けたと言うにはこの剣は新しい……。差し出がましいとは思いますが“友人”から製作して貰った専用の“愛剣”を手放すのならば、王都にでも行った方が宜しいかと思いますが……」


 ランドとて客の事情に深入りするつもりは無い。

 ハッキリ言えば高価な剣を安値で買取り、自分が王都で売りさばけば莫大な儲けになるのだ。商人としてはむしろそっちが正解である。

 しかしランドには自分なりの『商人としての矜持』と『武術家としての矜持』があった。

 商人として『過ぎた儲け』を看過できないし、武術家としては貴重な剣を安値で買い叩くのは憚られる。

 そんな正確で、しかし正直過ぎるランドの言葉に客の男は息を吐き出して表情を崩した。


「さすが……ブランが進める道具屋だ。まさか友人になったドワーフが俺用に作ってくれた事まで見抜くとは……」

「ブラン? 冒険者のブランさんですか?」

 その名は最近共に戦った冒険者の名、ランドの言葉に男は頷いた。


「俺の名はマーク。奴と同じように最近まで冒険者やってたが……ちょっと事情があってドロップアウトする事になったんだ。事情を話したらブランが『だったらサンライトの道具屋に相談しろ』って言われたのさ」

「紹介の上……相談ですか?」

「ライラ……」


 ランドの疑問に答えず、マークは隣の女性に声を掛ける。彼女は前に歩み出ると、今まで被っていたフードを取った。


 その姿にランドは息を飲んだ。


 美しい銀色の長い髪、褐色の肌に気が強そうな眼、しかし確かな美形はランドには己の恋人を髣髴させる。そして特徴的な長い耳。

 ダークエルフ、古の森の民が目の前にいた。

 きつそうな雰囲気とは裏腹に、ダークエルフのライラは礼儀正しくペコリと頭を下げる。


「初めまして、私はダークエルフ族のライラと申します」

「ああ、ご丁寧に……。サザナミ店長のラインフォードです」

 それから二人の事情説明となった。

 話が長くなりそうなのでランドはテーブル席へ案内する。


 何でも二人は元々コンビの冒険者だったらしい。

 冒険者ギルドに人間以外の種族が所属する事は特に珍しくは無く、ダークエルフと人間がコンビを組むのは不思議では無い。

 それどころか『マークとライラ』は冒険者の中でも有名な方らしかった。


 そして種族が違えど男女でコンビを組んだ場合、まあ“そういう事”になるのもある意味自然と言えた。

 エルフと言われる種族は基本的に美形が多い。

 また何故かどんなに食べても見事なプロポーションを維持できる特殊能力を持っている。

 更にライラはきつそうな見た目とは裏腹に女性的で料理も得意。

 マーク曰く『エロくて可愛い』彼女と寝食を共にして、理性を保つのは不可能だった。


『三ヶ月は我慢した……。でも……あの夜は限界だった……』


 何やら情感たっぷりに“初めての夜”を熱く語り始めたマークをライラは真っ赤になって張り倒した。

 仲の良いのはいい事である。

 

 しかし冒険者の恋人同士、であれば問題は無かったのだが数ヶ月前の事、ライラの妊娠が発覚したのだ。


「……本来エルフ族は中々妊娠しないらしいが……こんなに早くとは予想外だったな。せいぜいあの日以外毎日3回くらいしか……」

 また余計な事をのたまうマークをライラは今度は拳骨で殴り倒した。

「そりゃ……そんだけ回数重ねりゃ……。店長、少し見習ったら? この積極性」

「うるさいよ……」

「19と20の男女がキス一つであの騒ぎってのはどうかと……」

「僕らには僕らのペースがあるの!!」


 その辺の話からマークは途端に真面目な顔つきになった。ようやく『相談』の方に話がシフトするらしい。

「彼女と結婚するのも子供が出来たのも問題ない。だけど身重の彼女と冒険者を続けるわけには行かない。だから俺たちは冒険者を辞めるて町に住む事にしたんだが……」

「ああ……そういう事ですか」

 そこまで聞いてランドは彼らが何を『相談』したいのか予想がついた。

 同時に高価なドワーフの剣を売ろうとしている理由も。


 人間とエルフ、冒険者など生死を共にする連中にとって彼らは魔力に秀でた頼りになる連中なのだが、一般人に対する偏見は未だに存在する。

 特にダークエルフは“魔の種族”とさえ言われ、忌避される事が多いのだ。

 この傾向は主に町を支配する上の威光が反映される事が多い。

 国なら国王、村や町などは領事や村長、宗教的に教会も含まれたりする。

 のんびりした気風のサンライトだって全く無いとは言いがたいのだ。

 彼らは出産、育児の為に定住する地を探しているという事なのだ。


 そこに至って、ランドはさっき見た白昼夢のないように思い至る。

 領事館の前、異種族ダークエルフという事だけで町から追い出そうとしていたミノマイの傍若無人な姿。

『まさか……あの映像は未来視? 予言の類なのか!?』

 ランドは目の前の二人が相談している自分の横にいる“修道服”を着た人物が何者なのか分からず、冒険者仲間の推薦であるランドに正体を明かしているのだ。

 その事実にランドは焦った。

『もしもあの映像が二人の未来を示したものであったとしたら……この二人は鉢合わせてはいけない人物と鉢合わせた事に……』

 異種族同士の夫婦、オマケに偏見もあるダークエルフだ。

 幼子を抱えて根無し草などして良い訳が無い。

 しかし、瞬間的に嫌な汗が流れたランドの心配を“杞憂”と吐き捨てる声が、まさに心配していた人物から漏れた。








「……それはお困りでしょう。くだらない風評とはいえダークエルフへの偏見は根強いですからね。サンライトは旅人や冒険者で成り立っているようなモノですから、他に比べれば偏見は少ない方ですけど……」

「え?」


 ランドの口から驚いた声が漏れる。

 だがミノマイの言葉で自分の予想を『失礼な邪推』として打ち消した。

『それはそうだ……今や彼は己の過去を恥じ、更にエリィさんを救ってくれた恩人の一人。あんな白昼夢が未来視であるはずが無い』

 ランドの心の動きなど知る由もないミノマイは言葉を続ける。


「宜しければわたくしが領事長に掛け合いましょうか? サンライトに定住するためには領事の許可が必要になりますし……」

 ミノマイの唐突な申し出にマークとライラは眼を見開いた。

「ほ、本当ですか! しかしそんな簡単には……」

 今までも魔の種族としてそしりや偏見を受けてきたライラは疑いを拭えないようだ。

 ランドは心情を理解した上で修道士にしか見えないミノマイを紹介する。


「大丈夫ですよお二人とも。彼はこの町の領事長バン・コマイ氏のご子息、ミノマイ様ですから」

「「はああ!! 領事長のご子息!!」」

 ランドの紹介マークとライラは驚愕を通り越して腰を抜かしてしまう。崩れ落ちそうになるライラをマークが慌てて支えるが、彼も上手い事立っていられないようで一緒に崩れそうになる。

 まあ驚愕するのも仕方が無いのだ。

 領事などの貴族階級は選民意識が特に高い。

 人間に対してもそうなのだから異種族に対しての偏見や差別意識も根付きやすい。

 オマケにライラは“異種族間ですら偏見のあるダークエルフ”だ。

 ライラは今まで自分に偏見を持たない貴族など会った事が無かった。

 声が震えるのも押さえられず、ライラは言う。


「ほ……本当に宜しいのですか? ただの異種族ではなく、私はダークエルフなのですよ? 凶暴で好戦的、魔力も膂力も戦闘に特化した呪われた種族と言われるあの……」


 自らの種族を貶めるような、そんな事を呟く彼女にミノマイは膝を折って屈み、目線を同じくした。

 高圧であった以前の、ましてや“先ほどの白昼夢”の彼ではありえない“人を気遣う”姿がそこにはあった。


「種族の違いなど……私が今まで行ってきた愚行に比べれば些末な事です。何も生み出さず迷惑しかかけなかった私に比べて、貴方は新たな命を生み出すのですよ? 母となる者を前にどうして“魔の種族”など恥知らずな事を言えましょうか……」


 数ヶ月前のバカ息子の姿は既に過去。

 そこには過去を悔い、町民のみならず異種族間の偏見すらも越えて奉仕しようとする『聖人』の姿があった。

 根底にあるのが『自分がこの世で一番最低だ』という劣等感があるのだが……過去の彼を知らない二人にはそんな事は予想すら付かない。

 偏見にまみれた人生を送ってきたライラは流れる涙を止める事が出来なかった。


「あ……ありがとう……ございます、ありがとうございます……。マーク……」

「ああ、こんなにお心の広い方がご子息なのだ。サンライトは素晴らしい町なのだろうな」


 二人の異種族同士の夫婦は手を取り合って喜んだ。

 偏見や風評など、例え安住が認められてもこの夫婦、そして生まれてくる子供には障害付きまとう事である。そればかりは本人たちが自ら望んだ事への代償だ。


 しかし町のトップが認めてくれる事は何よりも大きい。

 異種族が生活できる、それだけでその町の領事の器量が分かるのだ。

 彼らも自分たちの婚姻の為にマークは家から勘当され、ライラは里から放逐された身だった。

 定住を認められる、それは感涙するのも当然の出来事なのだ。


 その時、繰り返し礼を述べる二人に困り顔で「もう良いですから顔を上げてください」とやんわり言うミノマイの姿に苦笑していたランドは、カウンターの下で“パキ”という乾いた音を聞いた。

 不思議に思ったランドがカウンター下を除くと、そこにあるのは修繕作業中の魔石が五つ。

『宝石同士がぶつかった音か?』などと思ったランドだったが、魔石の一つに変化が起きている事に気が付き目を見張った。

『え?』


 青い宝石が白く透明な宝石になっているのだ。


『な、なんだこれは!? 確かにさっきまで青い宝石だったはずなのに……』

 ランドが慌てて手にとって見ても、それは白く透明な輝きを放って、修繕した魔方陣も光に透かしてキラキラと反射を繰り返す。

 しかし……


『!! 記憶魔方陣の中身が消失している!?』


 ランドが苦労して書き直した魔方陣。

 魔方陣内部のこれまた細かい文様の類。

 何かのキーで再生させるはずの中身が色彩と共に綺麗に消えてしまっていた。


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