記録用魔法陣
米粒に絵を描ける職人は神だと思う。
道具屋サザナミは道具屋兼喫茶店である。
なので朝食も伴う事があり、開店時間は他の店よりも結構早い。
朝食の為に焼かれたパンや入れたてのコーヒーの何とも言えない香りが漂う店内は毎朝の風景。
そんないつもの風景の中、ランドは店内のカウンターに腰を下ろして薄手の手袋をして直接触れないよう注意しつつ、片目に拡大鏡を装備しつつ、青い宝石に細い金属棒から伸びる魔力の光で細工を施していた。
その姿は真剣そのものである。
武器屋は『戦闘補助に特化した専門店』であり、当然武器防具をメインに扱う。だからこそ、それらの製作や修繕の技術は無くてはならない技術の一つだ。
同様に道具屋も扱う道具に関する知識や技術はある程度無くては話にならない。
基本的な薬草と毒消しの見分け方は勿論、聖水と毒物などはタチが悪いと『どちらも無色透明、無味無臭』で見分けが付かない場合すらあるのだ。
事実その辺の見分けが付かず、卸業者に騙されて客に死者が出た事件もあるくらいなのだから。
そして道具屋の技術として“護符としてのアクセサリーの修繕”がある。
コレは貴金属に分類されるアクセサリーとは一線を画する。
冒険者や騎士兵士に代表される職業戦士のみならず、一般人であっても王侯貴族であっても需要のある『能力向上』の付加価値のあるアクセサリーの事だ。
例えば『毒耐性』『魔力耐性』などの護符を身に付けていれば毒殺や魔法による奇襲をある程度防げたり、『速度向上』や『パワー上昇』の護符ならいつもより早く動けたり、二倍の重量を持ち上げられたりする。
更には『各種魔法使用』など“魔力の無いものに魔法を使えるようにする”護符なども存在するのだ。
当然これらの能力向上は優れた物ほど希少で高価である。
ランドにもその辺の技術は先代から叩き込まれていて、実はこの手の作業は得意…どころかむしろ大好きなのだ。
取り分け今回は晴れて恋仲になったエリィからの依頼、ランドは事の他張り切って『転生剣の装飾部分』の修繕に当たっているのだ。
しばらく集中していたランドは不意に拡大鏡を外して顔を上げた。
「ふい~~」
盛大に息を吐き出してランドは眉間の辺りを揉み解す。
「大変そうだな店長」
トレイに終わった皿やカップをカチャカチャと乗せてバイトのインガは声を掛けた。
「ん~~~ボチボチだね」
ランドは軽く伸びをしてから首を回して軽くコキコキを鳴らす。
「あ、ゴメン。朝のお客さんほとんど任せちゃったね」
朝から作業に没頭していたランドは朝食に訪れた客の対応をほぼしていなかった。
にもかかわらずインガは一人でその全てをそつなくこなしたのだ。
両手で皿を運ぶその姿は既に貫禄すらある。既にいっちょ前だ。
「気にすんなよ。今朝はお客少ない方だったしな。しかし店長、その宝石はやっぱり本物なのか?」
「……元が指輪の化身の君の方がその辺分かるんじゃないの?」
指輪と宝石は同類な気がしていたランドはそう言ってみるものの、インガは“何言ってんだ?”とばかりにフンと鼻から息を吐き出した。
「店長、俺は呪いの指輪だぜ? 呪具の見分けは付くし仲間意識を持つけど……なあ?」
インガが“そんなもんだよな?”とばかりに振り返ると、最早相棒と化してきた骸骨杖がカクンと顎を動かした。
「あ~~~、そう、なんだ……」
自分は呪具の一種であって貴金属では無いって事なのだろうか?
インガのプライドのあり方がいまいち納得出来るようで出来ないようで……ランドは『余計な詮索はしない』と結論付けた。
くすんだ状態になっていた剣の装飾部分、特に宝石の箇所の磨きなおしは流石に専門外であるランドは依頼のあったその日の内に迷わず宝石商の旦那の下に頼みに行った。
『任せろ』とエリィへ言ったからと言って全てを自分でやれると思う程ランドは己を過信もしなければうぬぼれてもいない。
快く仕事を引き受けてくれた宝石商の旦那だったが、数日後に眉を潜めてサザナミへ磨きなおした5つの宝石を届けてくれた。
『磨きなおしは終わったけど、コイツはただの宝石じゃないな。魔石の類だな』という言葉を添えて。
透明度を取り戻した5つの宝石。そこには光の加減で“光で描いたような魔法陣”が内包されていたのだ。
それがエリィが推測していた“装飾部分は道具屋の分野”を証明する事実だった。
宝石の内部に魔力により魔方陣を描く、それはただの宝石を魔石として『護符』にする技術の一つだ。
内包した魔法陣により付加される作用が変わる、つまり魔方陣を見れば“その護符が何の為に出来たのか”を知る事が出来るのだ。
つまりそれは転生剣と触れ込みのあの剣が“本物かどうかはさておいて、何者かが作り出した魔術的な何か”である事は間違いない事になる。
だが描かれている魔方陣はハッキリとは残っていなかった。
それは古過ぎた為に描く為の魔力自体が希薄になっている事が原因だった。
しかし完全に消えたわけではない魔力の魔方陣。
ランドが今行っている作業は極細の『マジックハンダ』で宝石内部の魔方陣を書き直しているのだ。
その作業自体は道具さえあれば誰でも可能なのだが、誰もが出来ない理由がある。
実際ランドよりも数百年先輩であるはずのインガも「うえ~~よくやれるな」と感心しつつ眉を潜めた程だ。
理由は単純、鍛冶師の仕事同様技術の問題だ。
小石大の宝石内部に魔方陣を書く。
口にするのは簡単だが、魔方陣は少しの間違いで意味が変わってしまう精緻な魔法の図面。
一般人が普通の用紙に描かれた魔方陣を見ると“細かすぎて吐きそう”と言われてしまうほどの代物だ。
そんな物を宝石に描くのは“米粒に字を書く”くらいの技術が必須になる。
コレでランドは“護符修繕の職人”としては一流なのだ。
「それで店長……魔石はいったい何の魔方陣を内包していたんだ?」
“少しは休め”とばかりにインガはカウンターにコーヒーを置く。
礼を言いつつランドはいつもよりも多めに砂糖を入れる。
どうやら大分集中力が落ちているようだ。
「ん~~~多分だけど……普通の護符みたいに“耐性”とか“能力向上”の付加価値を持たせる類の魔方陣では無いね……」
ランドの言葉にインガは首を傾げた。
「剣……ってか、武器への付加価値としてはおかしくないか? それ」
インガの疑問は最も。武器へ付属する護符の役割は大概『攻撃』か『防御』、それ以外であっても“戦闘に有利になる”魔術が前提条件のはずだ。
呪いの武器にしても同様で『強くなるために呪いの代償を受ける』ワケで、結局戦闘を前提にした上では共通の認識だ。
ハッキリ言えばそれでは護符として用を成していない。
その辺の見解はランドも同様であった。
「僕もそう思うけど……修繕した魔方陣はどれもが“記録魔方陣”の類だった」
「記録魔方陣?」
インガはますますワケが分からなくなる。
「記録魔方陣ってアレだろ? 魔術師辺りが映像やら音声で記録を残すための……手紙や日記にも使われる……」
「そう、それ」
実際研究成果の保存や、一般的には日記や手紙にも利用されている。
また王位継承の証明、いわゆる『遺言』にも使われる事もあり、お家騒動や内乱の原因にもなる魔方陣なのだ。
「ますますもって武器としてはおかしいけど……。店長、記録内容は分かるの?」
まあ記録魔方陣と聞いて次に気になるのはそれだ。
元々は遺跡からの発掘品なのだから、万が一内容が当時の王国の物だとするならば歴史学者たちが目を血走らせる事受け合いである。
しかしランドは首を横に振った。
「いや残念ながら何かのキー……暗号か何かか、もしくは専用の再生機器でも無いと記録の内容は……」
「……だよな」
インガはさしてガッカリした様子も無く頷いた。
日記に限らず記録魔方陣を使用する意図は“意図しない者に見られない為”の物だ。
簡単に見れてるようでは意味が無い。
「転生の剣で記録用の魔方陣……。エリィさんの側の担当『刃の部分』がどう関わるのかだけど……修繕するたび、ますます由来が分かんなくなって来たね」
ランドは呟きつつ青い宝石を光に透かして見ると修繕した魔方陣がキラキラと神秘的に輝いていて、まるで挑戦されているような気分になって来る。
「む……」
そんな事をしていると、店の扉がカランと鳴った。
「おはようございます、ランド様」
そこにいたのはすっかり修道服が似合って来たミノマイであった。
以前の高慢貴族の嫌みったらしさはどこへやら、爽やかに挨拶する表情は温和そのものである。
「ああ、おはようございますミノマイさん。珍しいですねこんな時間に……朝ご飯ですか?」
「いえ、今朝の当番のシスターが寝坊してしまいまして……急遽パンを……」
少しバツが悪そうにミノマイは頭を掻く。
自給自足、早起きする事だって教会では修行の一つと捉えられる。時間が無いから他から買ってくると言うのは余り褒められる行為ではないのだ。
「教会の人間がそれでいいのか?」
「……インガ君、失礼だよ」
インガのツッコミをランドはたしなめるが、ミノマイは曖昧に笑って見せた。
「ははは……おっしゃる通りなんですけど……う!」
そこまで言うと、ミノマイはランドの手にある宝石を目にして表情を強張らせた。
「……どうしたの?」
「いえ……すみません。最近宝石などの貴金属類を目にすると……ちょっと……」
「あ……ああ、そういう事ですか」
ミノマイの突然の反応に心配したランドだったが、原因に納得が行き慌てて手に持った青い宝石をカウンター下へと隠した。
「申し訳ありません……お仕事の邪魔を」
「いえお気になさらず。パンですよね? インガ君、今朝の焼きたて、まだあるよね?」
「はいはーい」
ほんの数ヶ月前まではサンライトの住民に不快感を与える程に貴金属まみれで悪趣味の象徴。子供には都市伝説扱いで、大人からは『ああいう大人にはなってはいけない』と言われる始末だったミノマイだったのだが、目が覚めてからは趣向が変わってしまった。
何と言うか極度の『貴金属恐怖症』になってしまったのだ。
取り分け彼の現状に至る第一要因である『宝石』に対する拒否反応は凄まじいものがあり、目にしただけで吐き気をもよおすようになってしまったのだった。
「人間変われば変わるものだ……」
食パンを手に戻ってきた呪いの指輪として彼の体調変化の第一要因であるインガは超他人事のよう。そんな彼をランドは再び窘める。
「余計な事を言わない……ハイ、ミノマイさん。銅貨5枚ね」
「ありがとうございます。ああ、良い匂いですね」
ミノマイのしかめた表情がパンの香りで緩む。
それは実に良い顔でランドは自分の仕事、自分の作ったパンで一時でも安寧を呼べた事に少し誇らしい気になる。
そんな彼は気が付かなかった。
ミノマイの背後で来客を知らせるカランという音が鳴ったと同時に、カウンターに隠した青い宝石が淡く輝きだした事に。




