職人の共同作業
「ではランド君、コイツを見てもらえるかな?」
リリィからの「ちちくりあいは後にして、そろそろ仕事の話をしない?」とニヤニヤ顔で言われたランドとエリィは慌てて椅子に座りなおして居住まいを正した。
まだ顔が赤いのはご愛嬌。
気を取り直したエリィはテーブルに一振りの短剣を手持ちのザックから取り出した。
皮製の鞘から見える黒塗りの柄には精緻な金の装飾が施されているのだが、いかんせん妙なくらいに古めかしい。
とてもじゃないが商品として扱えるとは思えない代物であった。
「父アルゴスからの依頼品なのだが……少々不可思議な事があってね……」
そう言うとエリィはさっきとは打って変わった“職人の顔”になる。
返礼としランドも“道具屋の顔”になって短剣を手に取った。
刃渡りは片手剣よりは短め、短刀よりは少し長い。少々厚みがあって太い、反りのある刀身は三日月刀に近い。
見た目の気配から呪いは感じられないのだが、ランドは一応「抜いても?」と呪いの有無を確認するとエリィは頷いて「大丈夫だと」答えた。
抜いた短剣の刀身は錆だらけであった。
しかしその剣は片刃であり、峰には柄に沿って炎を表現した金の装飾が施されている。
更に刀身の中心には上から赤、黄、青、緑、紫の宝石が縦に施されている。
明らかに実戦には向きそうも無い飾りの剣、ランドの感想はそれだった。
新品であるなら貴族宅の居間にでも飾っていそうな雰囲気がする。
「前にミノマイさんが持っていた“アレ”に比べれば趣味は悪くないですけどね」
「はは……まあアレに比べるとね」
ランドが上に掲げて剣を眺めて呟くと、エリィは複雑な笑みを浮かべた。
何しろそのミノマイの恥の象徴“金ピカのアレ”のおかげで先日事なきを得たエリィとしては一概に悪くも言い難いのだ。
「その短剣はね、最近国内の遺跡から発掘された物らしい。推定で2百年は昔のもんだと」
「2百年ですか? 古いとは思いましたけど……」
「ああ、何でも王家ゆかりの地から発掘されたって話よ」
エリィの説明にランドは目を丸くした。
「王家ゆかりの地から? ではコレは『王家の遺産』って事じゃないですか!?」
ボロボロの剣には装飾に使われている金と宝石以外の価値を見出す事は出来ない。
しかし遺跡から発掘された、しかも『王家の遺産』となると付加価値は計り知れない。
『歴史的な品』として王家の歴史学者などが血眼になりそうな代物だろうに。
「いったい……何でそんな物が鍛冶師に回って来るんですか?」
歴史的品の修繕と言えば聞こえは良いのだが、鍛冶師はあくまでも『作り出す職人』である。修繕作業や歴史の保存を目的にした場合は畑違いに当たる。
作り直す事で歴史的証拠を破壊してしまっては意味が無いだろう。
その辺の事について同じ事を思っていたようで、エリィは両手を広げて見せた。
「君の疑問は最も。アタシの専門は『製作』だからね……。まあようするに先方の希望はこの剣の歴史的な保存じゃなく『作り直す』事にあるわけさ」
「鍛冶師に回って来たって事はそういう事だとは思いましたけど……それこそ歴史学者連中が騒がなかったんでしょうか?」
ランドの最もな疑問にリリィが口を挟んだ。
「それはあんまり無かったみたい。むしろ別の理由で歴史学者たちはむしろ作り直す事に賛成したらしいわ」
「へ?」
「実際のとこ実用性は無いし、切れ味で言えばペーパーナイフの方がマシなくらいだし。アタシが発見者なら間違いなく装飾部分だけ引っこ抜いて売り捌くだろうけど……」
「お姉ちゃん……ぶっちゃけ過ぎ……」
正直すぎる姉の評価に窘める妹。
いつもの微笑ましいやり取り。
ランドは少々和みつつ疑問を口にする。
「でもそうしないで、しかも歴史的遺産として保存しないで修繕を考えるだけの理由がこのボロボロの短剣にあったと?」
ランドの疑問にエリィは真剣な表情で頷いた。
「ええ、国宝の可能性もある遺産の歴史的価値を破壊する事を見越しても修繕を考えて、さらに国内最高峰の神鍛冶アルゴスへ依頼した理由があるのよ……この剣」
そう言ってエリィはランドから短剣を受け取るとザックからハンマーを取り出して柄の目釘部分をトントンと叩く。目釘が抜け落ちると柄の部分がパカリと開いた。
あっという間に分解された剣、その柄尻にある銘をエリィはランドへと示した。
「てん……せい……、転生剣!?」
そこに刻んである銘、つまりその短剣の名前にランドは驚愕した。
「転生剣って、あの伝説や昔話で定番の?」
ランドの言葉に武器屋の姉妹は眉を潜めて頷いた。
転生剣。
この世界の多くの物語や伝承にその名をあらわす武器の一つ。
ある物語では神が使わした聖なる聖剣として語られ、かたやある物語では悪魔の呪いで作られた魔剣として語られたりする。
物語によってその剣の扱いが違うのは実はこの剣が持つ能力のせいなのだ。
曰く『この剣で命を落とした者は輪廻転生し生まれ変わる』と言われているのだ。
物語で“死んだ方がマシ”と思う程悲惨な最期を遂げた者は幸せな生まれ変わりに神に感謝して聖剣と崇め、今に満足している者は不幸な生まれ変わりに呪いの言葉で魔剣と吐き捨てる。
その武器の存在はほとんど御伽噺のようになっているのだが、実物として発掘されたのは今回が初めてなのだそうだ。
「王国としてはコイツが本物なのかどうなのか判断がつかないらしい。余りに古すぎで魔力どころか形を保っているのがやっとだし……」
半ば投げやりに言うエリィにランドはようやく得心が行く。
「つまり……この剣が本物かどうかを判断、厳密に言えば本物かそうでないか、修理してみようって事ですか?」
ランドの正解にエリィは腕を組んで頷いた。
サラシに収まりきっていない部分が収まりきっておらず、ランドは思わず視線を逸らした。
「そういう事。でも実際の仕事を依頼された父さんはそんな仕事をアタシに分投げたってわけよ」
呆れた表情で言うエリィにランドは頬を引く突かせた。
「国家要請をブン投げるって……なんというか……流石は……」
ランドは“エリィさんのお父さん”と漏れそうになった失言を慌てて飲み込む。
しかしエリィは聞き逃さず、ランドにジト目を向けた。
「流石……何よ?」
「い、いえ……なんでも……」
「……なんか失礼な言葉が聞こえそうな気がしたけど……まあいいわ」
鋭い事を言いエリィは冷や汗をかくランドへの視線を戻した。
「父さんが言うには“コイツは俺の仕事じゃないから”って……そりゃあ実用品主義の神鍛冶アルゴスにとっては装飾の剣は性に合わないんだろうけど……」
「実用じゃないと性に合わないって……それってエリィさんも同じなのでは?」
「まあ……そうなんだけどさ」
ランドの最もな指摘にエリィは苦笑を浮かべて、今度は刀身の装飾部分をカンカンと叩き出す。
するとコキンという金属音と共に剣に施された装飾の部分が宝石ごと抜け落ちた。
それだけ見れば5つの宝石をあしらった金細工に見えてそれなりの売り物に出来そうではあるが……。
エリィはランドに金の装飾隠していた刀身部分を見せた。
そこにあったのは剣の製作者の名前。
鍛冶師によっては自分のブランドの為に剣に製作者の銘を残す者が殆どだ。事実ランドが以前買った事のある包丁にだって『エリシエル』の銘が刻んであるのだから。
しかしランドはそこにある名前に目を疑った。
この剣は遺跡から発掘された推定2百年はたっているとされる代物だ。
そんな昔の遺品にその名があるはずは無いのだ。
「な……なんですか? コレ……」
「正直……それはアタシが聞きたいけどね。つまり……これが父さんがアタシに仕事を寄こした理由よ」
エリシエル・ジムニート。錆で覆われて読みにくくはなっているものの、刀身には確かにエリィの名が刻まれていた。
「今日ランド君に相談に来たのはこの事よ」
ボロボロになった自分の銘が入った刀身部分のみをエリィはザックに仕舞い込み、装飾の部分を示した。
「多分だけど、この宝石を含む金細工の部分は『魔道具』の類じゃなくかと思うんだ。確証は無いけどね」
「魔道具……ですか?」
未だに驚愕が抜けないランドだったが、自分の専門分野を言われて顔を上げる。
そう言われてランドは金細工部分を手にとって眺め、特に宝石部分は光に透かして見てみる。だが、古い宝石は輝きを失って表面が曇り何も見る事が出来ない。
ランドは目を細めてエリィへ確認する。
再び道具屋の、プロとしての顔つきで。
「エリィさん、この転生剣を打った覚えはありますか?」
「……ハッキリ言えばさっき君が言った通り、アタシも装飾剣は余り興味が無い。従って打った事はないんだけどさ……」
「だけど?」
「この剣は“他人が作った気がしない”のよ……」
推定二百年前とされる剣を他人の作った物とは思えない。
エリィも自分が実に曖昧で滑稽な事を言っている自覚はある。
しかしだからこそエリィは一番信頼できるランドへ相談したのだ。
おそらくこの違和感は『装飾部分の魔道具』が原因じゃないかと当たりを付けて。
「私が作った覚えも無い剣だけど、正直魔道具関連は専門外だからね。そっちの修繕作業をランド君に依頼したいのよ」
そこまで聞くとランドは一転、表情を崩して頷いた。
「なるほど……分かりました。この道具屋サザナミにお任せ下さい」
「ふふ、流石頼りになるわね」
そして二人は互いに認め合った商人として、商談成立の握手をガッシリと交わした。
しかしある意味爽やかな光景に要らぬチャチャが入った。
「ほほお……初めての共同作業ってワケですか……」
「おお! お姉ちゃんやるね!!」
「「!!!!!!」」
インガとリリィのからかいを隠そうともしないニヤニヤした物言いに、二人は慌てて手を放した。




