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神鍛冶アルゴスの弟子

『神鍛冶師』、それは国内でも最高峰とされる鍛冶職人の称号。

 その名を冠する事を許された国内で唯一の鍛冶職人の名は『アルゴス・ジムニート』。

 彼が造り上げる武具はどれも天下一品であり、剣は一振りで大地を割り、槍は山をも貫くと称えらる。

 どこそこの勇者がドラゴンを討伐したのが彼の製作した剣だとか、復活した魔王を封印したのが彼の武具だとか、間違いなく盛られているだろう胡散臭い噂話がそこかしこにあるくらいなのだ。

 また“本人を見てから使用者に一番適した得物”を製造する仕事は確かで一級品であり、まともに注文しても向こう10年はかかる代物なのだ。

 当然その値段も尋常ではない。

 そんな『神鍛冶師』の実の娘がこの町サンライトにいる事は余り知られていない。

 サンライト唯一の武器防具店『ソードアイランド』の店長のフルネーム『エリシエル・ジムニート』と『リリシエル・ジムニート』


 ランドも初耳であった。


「アルゴス・ジムニート!? 二人ともあの『神鍛冶アルゴス』の娘さんだったの!?』

「あれ? 言ってなかったっけ?」

「……初耳です」

 リリィの説明にランドは驚愕を露にした。

「……そう言えばフルネームを名乗った事無かったな」


 現在道具屋サザナミのドアには『準備中』の札がかけられて、店内の飲食スペースのテーブルにランド、エリィ、リリィ、そして見知らぬ男が座っていた。

 一応インガが気を使って人数分のコーヒーを出したのだが、リリィ以外誰も手を付けようとはしない。

 エリィはいつもの威勢はどこへやら、やたらと気まずそうにモジモジとして時折ランドと視線が合えば真っ赤になって目を逸らしてしまう。

 そんな彼女の様子にただでさえ情緒不安定であったランドの顔が更に青くなり頭をかかえていた。

 そんな二人の様子はこの上なく滑稽であり、リリィとインガは笑いを堪えるのが一苦労であったが、流石にそれでは話が進まないとリリィから説明し始めたのだ。

 

 ランドにとっても『神鍛冶アルゴス』は名品として高値で売買した事のある名品中の名品。

 ランドは己の過去から他人の過去の詮索をしない主義なのだが、この時ばかりは『フルネームぐらい聞いとくべきだったよな……』と思っていた。

 それは別に彼女たちの名を使って商売しようとかでは無い。単純に『惚れた女のフルネームを知らなかった』事への反省だったりする。


「……まあ私たちもあえて言う事でも無かったけどさ……」

 そう言いつつエリィは頬を描いて言う。

「…………ランド君には、言っておくべきだったよね……」

「え?」

 そう言うエリィの真意が分からずランドが呻いていると、彼女は決心したように顔を上げた。彼をまっすぐに見据えて。

「神鍛冶師にはその技術を受け継ごうとする弟子が多くいる。実の娘であるアタシもその一員、『神鍛冶の弟子』なのさ」

「はあ~~つまり直弟子って事?」

 ランドの呟きにエリィは頷くと、隣のリリィが補足する。

「5年前に“実戦で修行して来い”って父さんに言われて、私たちはこの町に送り込まれたってわけ。神鍛冶の威光が通用しない世間でもまれて来いってね」

「へえ……良いお父さんですね」

「「え?」」

 

 その突き放すようでいて、一流となるべくエリィとリリィを手元から放す師匠としても親としても深い愛情をランドは思い至る。


「鍛冶職人にしても武器屋にしても、技術は大事な要素ですが何より顧客のニーズに答えられなくては意味が無い。実践で自分たちの人脈を作る修行をさせるとは……さすが名工アルゴス…………あれ?」

 ランドの何気ない言葉に姉妹は揃って目を丸くした。


「え? 違うの?」

「いや……そう……か、父さんはそれで……」

「…………支店作りに適当に良い様に使われた……と思っていたけど……」


 姉妹にとって父は頑固で口数の少ない職人気質の気難しい性格であった。

 客であろうと気に入らなければ追い返し、受けた注文でも必ず使用者の人となりを観察して『その者にあった武器』を製造する。

 父親としてはとっつき難い師匠でもあるアルゴスをエリィは畏怖しつつも尊敬し、いつかは『神鍛冶』を越える事を目標に技術を盗もうと5年前は躍起になっていた。


 そんな時、エリィは『サンライトに行け』と言い渡された。


 エリィはその時絶望に打ちひしがれたのだ。

 エリィは自分の技術がまだ父に及んでいない自覚があった。

 まだまだ教わりたい事があった。

 まだまだ盗み取りたい事があった……それなのに……。

 職人ではなく経営方面に携わるリリィは分からなくはない。

 しかし技術で及んでいないエリは父から『お前にこれ以上の技術は望まない』と言い渡されたように感じたのだ。


 でも、そんな過去の絶望をランドはアッサリと看破してしまった。

 そして冷静に考えてみれば、あの時の父の心情が垣間見えてくる。

 考えてみればサンライトに到着した当初から店はあった。

 わざわざ治安の比較的良い立地条件で、しかも『親切で面倒見の良いと評判の道具屋の向かい』にだ。

 更にエリィは昔から厳しく武器の扱いを父に叩き込まれている。

『自分が作る代物を自分が扱えないようでは話にならない』を豪語していたのだが、それは自分の手を離れた時に自分で身を守れるように、つまり今を想定していたのではないだろうか?

 事実そのおかげで回避できた揉め事は片手では足りない。

 全て娘の為に用意されていた『修行の場』、冷静になるとどれほど自分たちが恵まれているのか思い至るエリィ。


「何てこった……アタシは未だに師匠に及んでいなかったらしい……」

 嬉しいような悔しいような……微妙な表情を浮かべてエリィは天井を仰いだ。

「エリィさん?」

「はあ~~あ……鍛冶職人じゃないランド君の方がよっぽど『神鍛冶アルゴス』の事を理解しているよ……」

「????」

 ランドは何を言われているのか分からずエリィを直視してしまい、思いっきり目が合った事で二人とも勢い良く顔を背けた。

 その瞬間、隣の男から非常に不機嫌である事を主張する咳払いが聞こえる。

 妹であるリリィは男の態度にあからさまに眉を潜めてランドに対して紹介する。


「ランドさん、さっき言った通りお父さんには多数の弟子がいるんだけど、彼もその中の一人でね……」

 そこまで言うと金髪を短く揃えた碧眼の、所々に上品な所作が感じられるが、あからさまに『ランドに対して不快感』を隠そうともしない態度で男は立ち上がった。


「お初にお目にかかる。神鍛冶師アルゴスの一番弟子にしてアビゲイル男爵家三男、ジム・アビゲイルと申す……」

「アビゲイル……男爵家!? 貴族の方ですか?」

 ランドがそう言って驚くと、ジムは気を良くしたように、そして明らかに見下し優越感に浸る目をランドへと向けた。

「ええ、栄えあるアビゲイル一族の一員にして『神鍛冶アルゴス』の娘、エリシエル嬢の婚約者でもある……以後お見知りおきを……」

「「「は!?」」」




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