買取希望、呪いの指輪
そんな日の昼下がり、店によろめきながら歩く一人の男が入店した。
「いらっしゃいま・・・せ・・」
さすがにその姿に言葉が詰まる。
ランドの声が聞こえていないかのように顔を上げない男はボロキレのように使い古されたマントを羽織り、元々は金髪だったであろう頭髪はボサボサに伸び放題、色も白茶けてる。
そる暇が無いのか、手間が惜しいのか、どうでも良いのか顔面は無精ひげが覆っていた。
一瞬言葉に詰まったランドだが、こんな客はたまに見る事がある。
浮浪者の類に見えるがマントにはどこかの家紋が縫い付けてある。そんなマントをボロボロになりながらも羽織っている事で過去の栄光を引きずっている事が分かる。
『高貴な身分から没落した貴族・・・とかかな?』
そんな予想をしていると足元のしっかりしない状態で男はカウンターに寄りかかり、おもむろに懐から布製の小さな袋を取り出した。
「・・・こいつを・・買い取って貰いたい・・」
その声は掠れていて、まるで何かに怯えているかのようだ。
男が布袋から取り出したのは青く大きな宝石に周囲が緑と赤の小さな宝石を設えた銀色が輝く指輪であった。
宝石については素人であるランドでもそれが町の道具屋に持って来るような代物ではない事は分かる。
「ちょ!ちょっと!こんなのウチでは買い取れませんよ?」
ランドは『こんな高価な物は買い取れないから他に持って行け』と揶揄しているのだが、そんなランドに男は急に声を大にして詰め寄った。
「頼む!二束三文で構わん!こいつを、こいつを引き取ってくれ!」
「二束三文って・・・」
ランドは思いっきり引いていた。
ここで普通の商人であれば『ラッキー』とばかり、言う通り二束三文で買い取って高値で売ろうと考える所だ。
しかしこの男、ラインフォードはバカだった。
道具屋としてプライドを抱くほどの・・・。
「お客さん、幾らなんでもそれは出来ませんよ。確かに商品の値を決めるのは所有者の貴方ですけど、買い手も納得する値段じゃなければ・・・」
「しかし!」
「そんな指輪を僕が納得する値段で買い取ったら店が無くなりますって・・」
つまりはそれ位の金を払えなければ買い取る事は出来ない、ランドは困った笑顔ではっきりそう言った。
「・・二束三文・・・ワシは喜んで買い取ったのに・・・」
男はランドの顔を何故か直視できず呟いた。
「え?」
「ならば・・・ならば金などいらん!いらんから引き取ってくれ!」
「は?」
「頼む!頼んだぞ!」
「ちょっと!お客さん!」
それだけ言うと男は店を飛び出して行った。来た時とはまるで違う素早さで。
「なんだろう、まるで『逃げる』みたいに・・」
客にしか注目していなかったランドは気が付かなかった。カウンターに置かれた指輪が淡く光っていた事に。
男が本当に『逃げた』んである事に。
*
『不幸の指輪』約2百年も昔から自分はそう呼ばれている。
昔から所有者に不幸が起こる事からそう呼ばれているのだが、それには条件がある。
ただ持ったり、身に付けたり、近くにあったり、見ただけではダメなのだ。
ある種それは悪魔契約と似ている。自らの意思で契約しない限りは呪いは成立しない。
当然だが指輪である自分自身が契約を持ちかける訳じゃない。
人間が自らの意思である契約をする瞬間があるのだ。
それは『自らの意思で指輪の所有を認める事』である。
この指輪は自分の物だと思ったその瞬間から呪いは始まるのだ。
さて、今回はこの男か。人の良さそうな顔をしているが、その顔がどのように歪んでいくのか・・・。契約は声にする必要はない、心で思うだけだ『自分の物』と・・。
さあ、主張しろ!指輪の所有者は自分だと!
「う~ん、困ったな・・・。こんなの商品に出来ないし、何より受け取れないよ・・」
指輪は人知れずズッコけた。
『な、何だと?この男、何を言っているんだ!?』
所有者自身が手放して、しかも「金も要らない」と言った代物だ。
しかも相当に高価な指輪、大金になると思うのが普通であるのに『所有できない』と言う。
「う~~ん、とりあえず駐在さんに持って行ってみるかな?落し物って訳でも無いけど」
『うお~~~~~い!』
指輪の心情など知る由も無くランドは店の札を“一時閉店”にして駐在所へと向かった。
不幸の指輪、誕生から初めて『たらい回し』の屈辱を味わっていた。