聖なる力の邪悪な用法
「てめええええ!」
ランドをやられた事でエリィは当然の如く逆上して『反逆の闇』へ襲い掛かった。
しかし現実は非情なもの、当然の如く『反逆の闇』を貫いたと思われた槍は体内に埋まった柄の部分まで喰われた。
「・・あ・・・」
「くくく・・・ダメですねぇ、ちゃんと彼の戦いを覚えていなければ・・」
逆上したエリィは対峙している敵に手持ちの武器が通用し無い事を忘れていた。
そして、もう一つの大切な事を忘れていた彼女は本能的に睨みつけてしまった。
「ほうら、ま~た忘れた・・・“目を合わせるな”って聞いてなかったっけ?」
「!!」
現場から離れる際に“ランドがノールたちに言った事”を思い出した時には既に遅い、石化の眼光はエリィを一瞬で石像に変えてしまった。
「お姉ちゃん!」
「エリィさん!」
姉が目の前で石にされた事で、リリィの中で初めて恐怖よりも怒りが上回る。
護身用に姉から授かった短刀を抜いて逆手に構える。
「ゆるせない・・・・」
眼光鋭く見据える目付きは姉のエリィを髣髴させる。
だが『反逆の闇』は小馬鹿にしたように笑うと思いもよらぬ事を言った。
「中々の迫力だ、流石は姉妹・・だが、まあ止めておけ、もう一人の聖女よ・・」
「・・・もう一人?」
だがリリィが言っている事を飲み込めずにいると『反逆の闇』はおもむろに石像と化したエリィを担ぎ上げた。
「この・・お姉ちゃんをどうする気!?」
「・・まあ心配するな、本日の獲物はこっちの方だからな・・」
「え・・・まさか!」
この時ようやくリリィは自分たちが根本から履き違えていた事を理解した。
『しくじった!そもそも最初から奴は“純度の高い聖女”と言っていた。年齢が若い事で自分だと思い込んでいたけど・・そもそもお姉ちゃんもそう言う意味では“純度の高い聖女”』
「・・早くランドさんに貰ってもらえば良かったのに・・・」
リリィのつぶやきは聞き様によっては、かなりアレな発言である。
だが普段であれば大笑いする所なのにこんな状況では心の底から笑えない。
「させない!」
リリィは短刀を手に飛び掛かる。
だが『反逆の闇』が軽く手を振ったのみでリリィの体は吹っ飛ばされて壁に激突した。
「がは!」
「・・余り薄汚れてくれるなよ?次のターゲットは君かも知れないのだから・・」
余裕の笑みでそう言うと『反逆の闇』は石像と化したエリィを再び担ぎ上げた。
その時元々達人でもない『道具使い』である『反逆の闇』、相当油断し忘れていた。
この場にもう一人の人間が控えていた事を。
その事を思い出したのは『反逆の闇』の右腕に剣が突き立った瞬間であった。
「イッ・・・・!!」
そこには趣味の悪い剣を携えたインガの姿があった。
「イダアアアアアア!何だ!何なのだこの痛みは!」
『反逆の闇』は味わうはずの無かった激痛に襲われる。
聖剣ですら取り込んだ自分にダメージを与えられることなど有り得ない事態である。
その事はむしろ本人より攻撃したインガと倒れこむリリィの方が驚いていた。
「あ・・・・当たった?」
「うそ・・・何で?」
「キサマアアアアア!」
『反逆の闇』は初めて怒りを露わにしてインガを膝蹴りで吹っ飛ばした。
「グアアアア!」
床に転がるインガを忌々しげに睨み付け、『反逆の闇』は自分に突き立った剣を引き抜く。
それはエリィがミノマイから託された趣味の悪い彼の剣、彼にとっての恥の象徴。
「チ、こんな物で私に手傷を負わせるとは・・」
決まらない捨て台詞を残して『反逆の闇』は宵闇へと消えて行った。
*
「なるほど・・そんな事があったのね・・・」
昨夜の戦闘での負傷者は多数、内分け毒傷を食らって時間がたっていた者は現在も療養中、今も動けない状態だが、幸いのも死者は出ていなかった。
しかし心の傷の方が重症のようで、特に今回二回目の失敗となる戦士のブランはすっかり意気消沈して、石化を治療した現在も石のように動かなくなっているとか。
現在仲間たちが看病に当たっているそうだが。
現状のランドたちは『エリィの捜索』と『敵の撃退法の発見』が急務となっている。
ランドたちは一縷の望みを掛けて、『剣の事は剣に聞けば良い』と結論付け、酒場『ファイア・ワイン』に訪れていた。
今やおっさん達の愚痴聞き役になってしまった『殺戮の裂傷』に相談する為に。
「ブランさんの情報では攫われた少女が殺されるのは、決まって満月の夜だったそうです。満月までは後三日しかない、それまでにエリィさんを取り戻さないと!」
店の隅に飾ってある紫色の剣にランド、リリィ、インガの三人は向かっていた。
昨日の今日で三人とも満身創痍なのだが、そんな事言ってはいられないようだ。
「ふ~ん・・なるほどね、でも相手が何処に行ったか分からなければ・・」
「大丈夫、それについては抜かりありません」
そう言うとランドは懐から巾着に入った白い粉を取り出して見せた。
「それは?」
「追尾光粉です、実は最悪に備えて『ソードアイランド』の店内に撒いておいたんです」
追尾光粉、一度それを踏んだ者は一定の距離足跡を残してしまうアイテム。
本来は獲物の巣を見つける為に狩人が使うものなのだが、対となる『追尾光鏡』を使うと光る足跡を見る事が出来る。
現在は駐在兵士ノールたちや、ガルスたち冒険者連中が待ちの中を捜索している最中だ。
「昨夜町から出た者はいません。未だに町の中に潜伏している事は間違いないです」
微弱ではあるのだが、大抵の町や村には獣避けに『結界』が張られている。
『サンライト』も例外ではなく微弱な『結界』があるのだ。
だが微弱であるがゆえに少々でも魔術をかじっている者であれば易々と破れてしまう。
しかしそれでも『破られた』という結果だけはどうしても残ってしまう。
昨日の駐在の記録では結界が破られた報告はない。
ランドの結論は理にかなっていた。
「・・・でも、見つけたとしても対抗手段が無ければどうしようもありません・・」
「でも!ランドさんはアイツを投げ飛ばしたってお姉ちゃんから聞いたよ!?」
リリィは勢い込むがランドは顔を上げずに手を振る。
「いやリリィちゃん、確かに僕は『反逆の闇』に物理的な攻撃を何度も加えた。でも恐らく物理的な力、つまり正攻法は通用しないんだよ・・」
リリィはぐっと息を詰まらせる。
「・・でも、そう考えて『聖剣』で対抗したのに効果が無かったんでしょ?」
「そう・・何か別の手を考えるか・・それとも、もっと強力な・・上級の聖剣を手に入れるか・・」
ランドの呟きに今度はリリィが溜息と共に否定した。
「そんなの無理に決まってるじゃない、聖水を使った『聖剣』だって十分強力なのよ? だからこそお姉ちゃんも準備したんだし。それ以上となると本当に伝説級の聖剣が必要になってくる。そんなの3日以内にどうやって手に入れるってのよ!?」
そうしていると今まで黙っていたインガがカウンターに一振りの剣をゴトリと置いた。
それは全体を金で装飾してコレでもかと宝石を散りばめた、ミノマイの剣である。
「でもさ店長、コイツは奴に喰われずにダメージを与えたぜ? もしかしたら黄金を使うと聖剣のランクが上がるとかあるのか?」
インガの言葉にリリィは首をかしげた。
「う~ん魔を打ち払うって意味合いだと、むしろ銀が尊重されるのよね・・。お姉ちゃんが以前言ってたけど『黄金は聖魔問わずに媒体になる』って言ってたし・・」
「だとすると黄金を媒体に『聖なる力』を集めて・・」
「はぁ~~~あ・・・」
そんな事を言っていると急にカウンターの向こうから溜息が聞こえた。
いい加減あさっての方向の仮説に飽き飽きしていたようである。
「まーったく、揃いも揃って坊やねぇ~あんたたち・・」
「一応・・俺は二百歳は超えてるんだが・・」
指輪の化身であるインガは少しムッとした。
「あら、ごめんなさい? でも考え方はまだまだ若いわね」
どういう事です?『惨殺の裂傷』さん!」
ランドはカウンター越しに身を乗り出した。
「呼び難いでしょうから『レッシィ』って呼んで?」
流石にフルネームでコミュニケーションとるのは気になるようだ。
「・・そもそも“純潔な聖女の生き血”を求めたから“吸血鬼”って発想が違ったでしょ?」
「・・・・確かに、吸血鬼じゃなく『道具使い』でした・・」
最初のミスはまさしくそこ、だがそこから何を自分たちが履き違えていたのか分からない。
「じゃあ軽く質問するわよ?何で魔の者が“聖女の生き血”を欲しがると思うわけ?」
「・・それは・・」
三人とも口を開こうとするが具体的な事は浮かんでこない。
『そう言われて来たから』としか言いようがないのだ。
「・・私が代わりに答えてあげると、『行為そのものが邪悪』だからよ。皆に愛され崇められている年端の行かない少女を攫って殺すなんて邪悪もいい所。『神に反する者、魔物の仕業だ』と思われるのは、まあ仕方が無いわね・・」
「・・・・確かにそうですね」
「だけど“行為”が邪悪だからって魔と決め付けるのが早計なのよ」
「「「は?」」」
レッシィは納得しかけた三人に不正解の駄目出しをした。
「・・火は水で消える、水は火で蒸発する。光と闇の相関図なんてそれと一緒よ?」
「・・・・・?」
「魔に属する者にとって“聖なる”なんて栄養どころか毒にしかならないわ。聖なる者を堕落させたって言うなら箔にもなるけどね・・」
「・・・・・・あ!!」
「何!?ランドさん」
「店長どうかしたか?」
ランドは急にカウンターに手を付いて立ち上がった。
「・・・火は水で消える、水は火で蒸発する・・・。でも火は火で消えない、水は水で蒸発しない・・・・そういう事ですか・・・」
「「はあ?」」
理解の及ばない二人はマヌケな声を出すが、レッシィは感心したように光り輝いた。
「流石道具屋の店長、飲み込みが早いわね」
「どういう事だ店長!」
「僕たちは目の前で正解を何度も見ていたんだ!聖剣でダメージが与えられず“喰われる”んだから・・・」
「だから、それは相手の魔力が高いから喰われたように消滅して・・」
反証を唱えるリリィにランドは首を振った。
「違う、レッシィさんが言ったのはそう言う事じゃない、額面通りに見ろって事ですよ」
「額面どおり?」
「火は水で消える、水は火で蒸発する。でも火は火で燃え盛る、水は水で濁流になる。それと同じだと言うなら“聖なる生き血”を努めて望むのはいったい何?」
「・・・・・・・・・え?」
「店長・・・まさか・・・・」
ようやく二人とも理解できた、『惨殺の裂傷』ことレッシィが何を坊やだと言ったのか。
「そう、聖剣なんて代物を文字通り“喰える”のは同じ力を使う者だけ・・」
正解の解答をレッシィはハッキリと言った。
「敵さんが使っているのは〝聖なる何か"ね」




