蹂躙する闇
「全員警戒しろ!入り口を固めるんだ!」
ブランの確信に逸早く反応したのはノールだった。
さすがは職業軍人、瞬時に的確な指示を飛ばして武器屋の入り口に見事な防衛の陣を敷く。
各々が担当する方角に構え緊張を新たにする。
「・・どこだ? いったいどこから仕掛けられた?」
「・・・前回いつの間にか奴は“いた”。襲って来たとか現れたとか、そういう事じゃなく・・認識もさせずにただ“いた”んだ・・・」
ブランの説明は言葉としては分かり難いのに感覚的に分かり易い。
そんな事を言っていると、一人の戦士が防衛の陣に参加していない事に気が付いた。
冒険者の中にはこのように集団で戦闘する事を嫌う者もいる。
今回のように兵士も交えて兵士が指示を飛ばす状況を気に入らないと考える輩も少なくはないのだ。
そんな訳でランドもその戦士はその類なのかと思った。
しかし注目して目を疑う。
彼は動かないのではなく、『動けない』のだ。
何故ならその戦士は屈強な体で戦斧を持った状態の“石像”となっていたのだから。
「な! 石化してる! ブランさん、あの人石化してますよ!? 敵が使うのは魅了魔法だけじゃないんですか!?」
「なんだと!石化!」
ブランは仲間の戦士が石化した事実よりも『敵が石化を使う』事に恐怖を覚えた。
「バカな・・石化なんて吸血鬼の範疇じゃねえ、吸血鬼にとっては“生き血を吸えなくなる能力なんざ意味がねぇ・・」
ブランの呟きは吸血鬼という存在を生物として正確に捉えていた。
若い女性が好みである事は一般的に知られている吸血鬼ではあるが、あくまでコレは好みの問題だ。
栄養摂取としてはどんな人間であれ『血が吸えれば』いいのだ。
つまり血が吸えなくなってしまう『石化』は吸血鬼には生物的に意味がない。
「まさか・・敵は単独犯じゃないのか?」
「いいや?私一人だけだよ?」
「「「「「!!!!」」」」」
ブランだけでなくその場にいた連中は急に間近から聞こえた声に寒気を覚えた。
その声はほとんどの者が聞き覚えがなく、ブランのみ聞き覚えがあった。
今の今まで確かにそこには仲間以外の者はいなかったのに。
ブランは咄嗟に小瓶に入れた聖水を剣に伝わせ、背後を確認もせずに横薙ぎに薙いだ。
「おおっと・・」
剣は手ごたえもなく空を切る。
声の主は慌てた様子もなく宙を舞ってブランの剣をかわし、今度は防衛網の眼前、通りの石畳の上に音も立てずに着地した。
その者は背格好は男性である事は分かる長身、しかし頭からフードを被って顔の確認が出来ない。しかし口元が薄ら笑っているのは見て取れた。
「・・お初にお目にかかる、私は『反逆の闇』。今宵『純度の高い聖女』をいただきに参上いたしましたが・・・・予告してあげたのに意外と今回は少なかったかな?」
恐らく前回に比べての事だろう。
しかし全員が剣や槍に聖水を流し始めたのを見て『反逆の闇』は更に口角を上げた。
「ほう・・聖水を用いて『聖剣』とするか・・・」
『反逆の闇』は集団の中に一番殺気立っている人物に目を留めた。
「なるほど・・そこのデカブツの戦士君、確か君は前の『晩餐』の護衛だったね・・」
「!! てめえ!」
「落ち着けブラン、挑発だ」
禿頭の戦士はブランを手で制した。
そうこうしている内に裏口を固めていた陣営も表に回ってきた。
約二十人はいる戦士たちは一斉にフードの男を囲む。
あっさりと全員に囲まれた『反逆の闇』を前に全体から『こんな物か?』と気の抜けたような雰囲気が漂い始める。
しかしその中においてもブランは警戒を解かず、全身から冷や汗を流していた。
「お前ら気を抜くな!コイツの本番は“ここから”だ!」
ブランの怒号に『反逆の闇』は嘲笑を強める。
「ククク・・よーく分かってるじゃないか・・。さすがあの娘を守れなかっただけはある」
「!!こ・・この野郎・・」
「君たち・・何故私が血の刻印で迎えに来る事を教えてあげるのか・・分かるかい?」
『反逆の闇』は芝居がかった口調で全体を見回して両手を上げた。
「・・それはね・・」
その瞬間『反逆の闇』は姿勢を極端に低くして右手を横に薙いだ。それだけで頑丈な鎧を着込んだ歴戦の戦士が三人吹っ飛んだ。
「なに!」
「ガ!」
「ごあ!」
反応できなかった三人の戦士は石畳に叩きつけられてからようやく呻き声を上げる。
「そうした方が集まってくれるでしょ?勇気溢れる戦士たちが不幸な少女を助けてあげようってね・・」
「く・・・・」
その場にいる全員が目の前の『反逆の闇』の性質を正確に理解した。
コイツは楽しんでいるのだ、この状況を。
守ろうとする者たちを屠り守れなかった事実を突きつけてプライドをへし折る行為を。
「外道め・・・」
「おお外道、良い響きだ、実に良い響きだ」
ブランの言葉が気に入ったようで『反逆の闇』は何度も反芻して悦に入っている。
その間にランドが慌てて三人の戦士に駆け寄ると、息はしているものの急速に顔色が悪く全身が震えだしてきた。
同様の症状を過去に見た事のあるランドはハッとして戦士の鎧を剥がして、貫通してついた傷口を見てみる。そこにはドス黒く流れ出る血液の他に、そこからドンドンと体内に侵食していく青い何かが見て取れた。
ランドは自分の予想が当たっている事に目を疑った。
「ブランさん! 『毒傷』です! 傷口から毒が侵食しています!」
「なんだと!」
ブランはますます訳が分からなくなった。
吸血気は捕食の為に毒を使う生物とは根本的に違う、その為血液に不純物が混じる事を嫌う傾向があるのだ。
『その吸血鬼が毒を使う? いや・・・まさか!』
「おや?気が付いたかな?」
さっきまである程度の距離があったはずなのに『反逆の闇』は既にブランの懐に“いた”。
「く!なめるなああ!」
ブランは眼前の『反逆の闇』へと剣を振り下ろした。聖水を用いて『聖剣』と化した対魔族用に準備した兵器を。
しかし『反逆の闇』は避けようともせずに振り下ろされる剣を“受け入れた”。
「な・・なに!?」
ずぶ・・とも、ぐにゅ・・ともつかない妙な手ごたえ、周囲からは肩から掛けて剣が埋まったように見えて「やった!」と歓声を上げる者もいる。
しかしブラン冷や汗が止まらない、この感触に彼は覚えがあった。
「ば・・・ばかな・・聖剣だぞ?聖水を使った聖剣が・・・なぜ・・」
「なぜ“喰われるか”って?」
両断したかのように見えたブランの剣は、半分近く溶けたように無くなっていた。
ショックを受けたブランの手からほとんど柄だけになった剣がガラリと落ちる。
「なぜ・・なぜ・・」
「なぜかって・・それはね・・・」
『反逆の闇』はショックで動けないブランの前髪を掴みあげて、顔を覗き込む。
「君が浅はかだからさ」
一瞬目が合った瞬間、ブランは既に石像と化していた。
「私は一度も吸血鬼ですって自己紹介した覚えはないのだがね・・」
『反逆の闇』は自ら答えを言った。
行動から『吸血鬼』と決め付けていた事が間違っていた事にランドとエリィは今さらながら冷や汗を流す。
「・・どうするランド君?石化解除の道具や毒消しは今ある?」
「・・店に行けばありますけど・・・そんな時間をくれますかね?この方・・」
悪い事に位置的に道具屋『サザナミ』ははす向かい、現状目の前に『反逆の闇』がいる状況で、すんなりと通過できるものではなかった。
「くう~こんな事ならもっと色々準備しておくべきでした・・」
「言ってても仕方がない・・・わあ!」
喋っているエリィに戦士が吹っ飛んできた。
とっさにかわして飛んできた方を見ると既に防衛網は崩されていた。
気まぐれに腕を振るえば4~5人の戦士たちが宙を舞う。
目を合わせると一瞬で石化する。
立ち上がろうにも『毒傷』で動けない。
よしんば武器を何とか当てても刀身ごと“喰われて”しまう。
攻撃の手立てがなければ幾ら精鋭であっても烏合の衆、戦士たちは既に半数以下に数を減らし、呻き声の方が多くなっていた。
「くそ・・幾らなんでも反則だろ・・こんなの・・」
エリィは愛用の槍を握って歯を食いしばる、恐らく自分が今仕掛けてもダメージが与えられ無い事を理解しているから、つまり攻撃の手段が見当たらないのだ。
一頻り暴れると『反逆の闇』は息も切らさずにフッと息を吐いた。
「ふーむ、少しは考えたようですが・・まだまだですね・・どれ・・それでは目的の娘を・・」
『目的の娘』その言葉でエリィは槍を持つ手を強める。
『妹を守りたい、でもどうやって!?』
しかし悩むエリィに構わず、掛かってくる戦士たちにも目もくれずに『反逆の闇』は嘲笑を崩さずにゆっくりと歩みを進める。
『どうする!? どうやって!?』
しかしそんなエリィの前にランドは歩み出た。
「・・・そうは行きませんよ・・」




