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襲来 意外すぎる珍客

 本日見習い修道士ミノマイのお仕事は教会内部のお掃除である。

 現在は教会内で聖堂といわれる場所を彼は同僚と一緒にモップがけしている最中だ。


 都市部の教会の大聖堂と比べると圧倒的に狭い聖堂なのだが、少人数での掃除は結構重労働であり、一日はかかる作業となってしまう。

 だが、そんな雑用作業が彼を違う意味で大いに苦しめていた。

 別に作業が辛い訳ではないのだが、『掃除が大変』という事実が彼を苦しめるのだ。


『・・部屋の掃除をするメイドを『遅い』とか『雑だ』と蹴飛ばした事があったっけ・・』

 モクモクと床を拭いていると当時の自分がドンドン脳裏に浮かんでくる。

『バケツをひっくり返して本が濡れたからって、田舎に返した娘もいたな・・本を床に散らかしていたのは自分なのに・・・』


 徐々にミノマイの手が止まっていく。


『極めつけは自分の服装を笑ったメイドを手打ちにしようとして・・執事が止めてくれなければ今頃・・・・・あんな服装・・笑われて当然ではないか・・』

 ついにミノマイはモップを持ったまま、床にしゃがみ込んで頭を抱えてしまった。

 そんな様子を見ていた眼鏡を掛けた同僚の修道士が近付いてきた。


「なんだ?ミノマイ、また思い出し葛藤かい?」

 最近のミノマイは常時こんな感じである。

 草刈をしては悩み、風呂掃除をしては悩み、炊き出しをしては悩みと、同僚としては最早慣れっこであった。


「・・すみません、自分の罪深さでやるべき事をやらないのは更に罪を重ねてしまう愚かな行いですね・・・」

「いや、そこまで言う気は無いよ・・・」

 むしろ軽く話したつもりの同僚は恐縮してしまう。

「・・まあ、作業さえしてくれれば葛藤しようと思い悩もうといいけどね・・」

「はい、すみません・・」

 彼はミノマイが教会に来るよりも前からいた言わば先輩なのだが、そんな事も気にしないかのように気さくに話しかけてくれる。

傲慢で金回りの良い時には取り巻きは幾らでもいたが、実質孤独であったミノマイにとって、本当に初めて友人と呼べる人物であった。


「ところで、本日の清掃はココで終わりですか?」

 一応教会の掃除箇所は曜日で決まっている。神父や修道士、シスターたちの居住区、台所、聖堂、中庭などなど。

「あ~、後は各部屋の掃除点検くらいかな?」

 言いながら彼は思い出したように付け加えた。

 「ただ、分かってるだろうが神父様の部屋だけは入れないよ?例えどんな用事があってもあそこだけは神父様以外『立ち入り禁止』なんだから」

「はい、分かっています」

 数ヶ月間で教会のいたる所を掃除で回ったミノマイも唯一『神父の部屋』だけは見た事がなかった。

 そうこうしていると、聖堂の正面扉が勢い良く開いて「失礼しまーす」と数人の冒険者が入ってきた。

 中には町民の姿もあるのだが、皆手に樽を抱えている。

 そして別に断りを入れるでもなく、聖堂の脇にある水場から樽に水を汲み始めた。


 それは一般的にはお祈りや洗礼に使われる『聖水』なのだが、聖なる力を秘めた聖水は魔物に対して切り札にもなりえる。

 その為、冒険者などがお守りに持って行く者までいる。


 だが、さすがに樽に汲んでいくのはやりすぎだ。


 実際ただで手に入れた聖水を商売に使う輩がいた事があるのだが、商売に使った途端、聖水は神通力を失ってただの水になったという。

 そんな訳で大量に汲むイコール商売に使うと思ったようで、さすがに見かねて嗜める。

「あなた方、幾らただで汲めるとしても限度がございますよ? 神の御威光である聖水は皆の為にあるのですよ?」

 ようするに『独り占めしないで自嘲しろ』と言っているのだ。

 そうすると集団の中で唯一の女性が申し訳無さそうに頭を下げた。


「あ・・すみません、修道士さんですか?実は・・・」

 遠巻きに見ていたミノマイはその女性に見覚えがあった。

 その女性の説明に「・・分かりました・・では仕方がありません」と引き下がる。

 そして再び女性は聖水を汲み始めた。


「どうかしたんですか?」

 戻ってきた彼にミノマイが聞くと彼は渋い顔で答えた。

「う~ん、いや・・詳細は分からないけど、深刻な事態ではあるらしいな。独り占めや悪用の類ではないようですが・・」

 確かにミノマイの目にも樽に聖水を汲んで運び出す者たちは女性も含めて一様に必死な眼差しである。

 それはその女性が自分を糾弾した時の目と同じような物に見えた。


「何が起こったのでしょうか?」


                   *


 ブランの情報では、刻印の空欄が全て埋まった日の夜、夕刻の鐘が鳴った頃に前回は魔人が現れたという。

 当日の夕刻、武器屋ソードアイランドはまるで要塞のような厳重な防衛網が敷かれていた。

 店の表と裏に人員を割いて、現在武器屋の正面口にはランド、エリィ、ブランら冒険者連中、そしてノールたち駐在兵士が完全武装で守りを固めていた。


 ブランやノールたち職業戦士たちはフルプレートの重たい甲冑を着込んで、各々が剣、槍、斧、ハルバードなどの武器を手に持っていた。


 対して商人のランドとエリィは軽装である。

 それでもエリィは軽めのチェストメイルを着込んで手に槍を持っている。

全ての武器に精通している彼女が一番得意としているのが槍術なのだ。


 それに比べてランドは皮の手袋はしているが、それ以外はただの布の服である。

「ランド君、何か防具をつけた方が・・」

 場合によっては店の商品を彼に宛がおうと考えていたエリィだったが、ランドは丁重に断っていた。

「僕の体術は身軽さが利点なんです。僕にとって防具は重荷にしかなりません」だそうだ。


 既に日は沈んで夕刻過ぎ、段々と濃くなる闇に入口を防衛する者の緊張感は高まっていた。

「リリィちゃんはどうしました?」

 ランドがエリィに何気なく聞くと、彼女は槍の柄で肩を叩きつつ答える。

「・・今は店の地下倉庫に匿ってる。『ここ暗いんだから早く終わらせてよね』って強がってはいたけどな」

 歯噛みしながらそう言うエリィを見てランドも彼女の心情を察していた。

 これから起こる事が不安でしょうがないのだ、恐らく姉も妹も自分の事よりも相手の事が。


「ゴメンね、ランド君・・」

「・・何がですか?」

 ランドが振り返るとエリィは心底申し訳なさそうに呟いた。

「妹の・・リリィの為に君にまで協力させて・・こんな危険な・・・む?」

 そこまで言った所でランドはエリィの口に何やら突っ込んで二の句を封じた。

 サザナミ自慢の動物クッキーである。

 口の中にさっくりとした歯応えとバニラエッセンスの風味が広がる。

 そしてランドは心配無用とばかりにニッコリと微笑んだ。


「言いっこなしですよ、リリィちゃんはうちのお得意様です。お客の安全を守るのは商人として当然の事ですよ」

「ランド君・・・」

 口に突っ込まれたクッキーを見ると、歯形で欠けた三毛猫の形だった。


「あの~すみません・・・」

「「「「「「!!!!」」」」」」

 その声は突然夕闇の中から聞こえた。


 松明の明かりはそれほど広く照らしてくれない、そのせいで声の主の顔までははっきりと確認できなかった。

 だがその者は両手に一振りの剣を携えている。

 厳戒な防衛網を敷く屈強な戦士諸君は一斉にそちらに向かって構えた。


「来たか!こらあああああ!」

「かかってこいやあああああ!」


 その中でも特に過去の恨みがあるブランの怒号が凄まじく、辺り一面に響き渡って・・・・

「ひいいいいいい!」

 暗闇からやたらと気弱な『悲鳴』が返ってきた。


「・・・・?なんだ?」

「・・生き血を狙ってきた魔人にしては妙だな?」

 そんな余りの気弱オーラを感じ取ったエリィはランドを伴ってその人物に近付いて見る。

 そこにいたのは修道服を着た気弱そうな男が一人、腰を抜かして動けなくなっていた。


「ひ・・ひぃ・・何なのですか?この物々しさは・・」

「ん?」

「おや?」

 二人はその男の顔を見て首を捻る。


「どこかで見たような・・そうでないような・・?」

 基本的に人の名前と顔を忘れないランドだが、目の前の男性の顔が自分の記憶の中では一致しない。

「あ! この剣!」

 しかし、武器専門のエリィは本人の顔よりも抱えている剣の方に見覚えがあった。


 黄金をコレでもかと使って竜やら鷹やらペガサスやら、とりあえず思いついた格好良さそうな物をゴテゴテと鞘から柄にかけて付けまくり、更に散りばめた宝石に統一感が無く、むしろ全体のバランスを崩している。

 実戦の武器として使えないのは当然だが、装飾品としても問題外である事は素人目にも鑑定が出来てしまう。

 エリィの記憶の中でここまで趣味の悪い剣を所有者は一人しか思い当たらない。


「あんた! 領事長んとこのバカ息子!」

「ええ!!」

 言われてランドもようやく記憶の中の人物像と一致した。


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