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魔人からの予告状

 最近サザナミ店長ラインフォード氏は酒を控えている。

 今までは毎日のように飲んでいたというのに・・。


 それもそのはず、ここ最近彼は酒場に行っていないから。

 基本的に家飲みをしないランドはそれだけでアルコールから遠ざかってしまう。

 別に健康に気を使って控えている訳ではないのだが・・。

 理由を知っているインガはニヤニヤしながら突っかかった。


「店長、最近飲みに行きませんねぇ」

「!!・・・・」

 コーヒー豆をカリカリ引いていたランドの手がピタリと止まった。

 

「ミリンさんに聞いた話じゃ、昨日も彼女は特等席で飲んでたそうですよ? お一人で」

 言いながらインガはホイップクリームでケーキをデコレーションしている。


 最近では喫茶の菓子類をインガが任される事が多くなっていた。

 常人であれば数年の経験が必要な作業なのだが、インガは手先がやたらと器用で、特に見た目を重要視するケーキなどは都市部で店を出しても遜色ないくらいの出来栄えであった。

 そんな緻密な作業を無駄話をしながらこなすインガをランドはジト目で睨んだ。


「・・・いったい誰のせいで僕は行き難くなっているんでしょうね!」

「ウオウ・・おっかね・・・」


 先日の『パンツ事件』以来、ランドはエリィの事を過度に意識してしまい、酒場に行かないのではなく『行けなく』なってたのだった。

 要するに気まず過ぎて、どんな顔で会っていいのか分からなくなっているのだ。

 勿論彼も行きたくない訳ではない、彼にとってもエリィと飲み交わす酒は一番の楽しみなのだから。

 しかし一度『一夜を共にした』事を意識した彼は『命をかけて償う』事から『一生かけて償う』事まで考えてしまった。

 仮にあの場で駐在兵士のノールが現れなければ、間違いなく『一生かけて』の決定的な言葉を口にしていた事だろう。

 実際あの時のランドは台詞まで考えていたのだ。

 だからこそランドはあの日以来エリィと顔を合わせる事が出来なくなっていた。

 だがインガは店内の一部を見つめて溜息を付いた。


「でもよ店長、そろそろ二週間だぜ?そろそろ切り替えてくんない?」

 元凶の片割れがよく言うとランドも思わなくは無いのだが、悔しい事に正論である事は彼も自覚していた。 ・・・・なぜなら・・・。

「どうやった所で『呪いの武具』に関しての取引は店長とエリィさんでやってもらうしかないんだからよ」

「・・・・・・・」


 そう、実質的な問題はそれ。

 普通の武器や防具であればリリィでも対応できるのだが、プロの鑑定眼を必要とする『呪いの武具』に関しては他の者では難しいのだ。

 特にランドとエリィの間では、ほぼツーカーな感覚が確立されていたせいで他者には理解不能な独特な世界が出来上がってしまっている。

 そんな訳で売りに持っていけない呪いの武具が最近サザナミに溜まって行く一方なのだ。


「さすがにそろそろ武器屋で処分してもらわないと呪いのアイテムで店のスペースが無くなるぜ? 呪いのアイテム屋でも始める気なら別だけど」

 道具屋のカウンターの脇、そこにそれらは山積むされていた。

 おまけにこれらは倉庫からあぶれた品、実際にはもっと一杯あるのだ。


「そこの骸骨杖なんかは夜になるとやたらと喋るしよ・・、『一緒にこの世を支配しよう』とか・・指輪の化身の俺に何言ってんだかよ・・」

「・・・・・」

 ランドが視線を向けると杖の先に付いた骸骨がカクンと口を開いた、なにやら自分をあざ笑っているようにも見えて少々ムカッとする。


「分かってますよ、そんな事は・・」

 気を入れ替えようとしても数秒後には何やら真っ赤になって首を振っている、最近の店長は常時こんな感じである。

 それがエリィの事を考えているのは他人の目からも丸分かりであった。

「これほど分かり易い男もねーな、本当・・あいつにそっくりだ・・」

 インガは自分が今何を口走ったのか、自分で良く分かっていなかった。


                    *


 それでも行かねばならぬが道具屋の定め~♪

 残念ながら彼の葛藤と道具屋の儲けは関係ない~♪


 ランドは様々な葛藤を繰り返して台車に呪いの武具を積んで引っ張っていた。

 とは言っても元々武器屋『ソードアイランド』の場所はサザナミのはす向かい、距離と言えるほどの距離もない。

 したがって、あんまり長々と葛藤も出来ない。

 ものの数分でランドは見慣れた店の前に到着した。


 んが、そこにはランドに見慣れない光景が広がっていた。

 武器屋の前に人だかりが出来ているのだ。

 武器屋は基本的に戦いを生業とする者たちの専門店、繁盛したとしても人だかりが出来る事はまずありえない、『バーゲンでもやってんのか?』と思えてしまう。


 そんな感じで人垣を分けてランドが武器屋の前に行くと、そこには駐在兵士のノールが部下と一緒に何やら調べている。

 聴取もしているようで、部下の一人が話を聞いている人物にランドは見覚えがあった。


『あの大きな体格の男性は・・』

 ランドは職業柄人の顔をすぐに覚える特技を持っている、その為男がこの前酒場で自分が投げ飛ばした男と瞬時に合致する。

 あの時は酔っ払ってミリンに絡んでいた状態とは比べ物にならないほど真剣な表情で兵士に何やら話している。


 そんな集団の中央に武器屋の姉妹、エリィとリリィが戸惑ったような表情でいた。

 真っ先に姉のエリィがランドの存在に気が付いた。


「あ・・・ランド君・・」

「え?」

 姉の呟きでリリィもこっちに気が付いて手招きをした。

「あ! ランドさん! こっちこっち!」

「・・なんかあったの?この人だかりは」

 周囲の只ならぬ気配に『バーゲンとか楽しげなイベントではない』事は予想できた。

「・・・コレ見てよ・・・」

「ん? 何ですか・・・コレ?」

 変な話だが、そのおかげでランドもエリィも気まずさを忘れて接する事ができる。


 ランドがエリィの指差した方に目をやると、武器屋のドアに血で書いたように紅い奇妙な模様が描かれていた。

 それは円を五分割した形で、その内の三つが何やら複雑な模様で埋まっていて、あと二つは空欄であった。

 まるで何かのまじないの様に見えなくもない。


「なんかのまじないか何かですか? 商売繁盛的な?」

 ランドは違うとは分かりつつ、そんな事を聞いてしまう。

「・・そんな訳ないでしょ・・・」

「そうよ! それだったら、こんな血文字みたいにオドロオドロしい模様にするもんですか! もっと客受けの良い物を考えるわよ!」

 こんな状況でも商魂逞しい妹である。


 そんなやり取りをしていると、聴取を終えた傭兵の大男がランドたちの前に歩み出た。

「これは、俺が前の町で遭遇した事件と同じ刻印だ・・」

「「刻印?」」

 武器屋姉妹の声が重なる。


 ランドは彼の『前の仕事』に聞き覚えがあった。

「前の仕事って・・・もしかして・・」

「ああ、俺が前にしくじった事件だよ・・」

 大男は敵の如く、扉に描かれた刻印を睨み付けた。

「こいつは魔人からの予告状、血の刻印の空欄が一日ごとに埋まって行く。そして全てが埋まる日、つまりは二日後に『聖女』をいただきに来る、そう言ってんだよ!」

「なんだって!」

「そんな!」

 驚愕の声を上げるランドとリリィ、しかしエリィは表情を硬くして聞いた。

「・・・詳しく・・教えて貰えるか?その魔人について・・」


*



 さすがにあの場で立ち話も宜しくない、という結論に至った一行はサザナミの店内に集まっていた。

 喫茶店の丸テーブルにランド、エリィ、リリィ、インガ、駐在兵士ノール、そして傭兵の大男ブランが座っている。

ちなみに店の方は『臨時休業中』である。

全員が固唾を呑む中、ブランは静かに語り始めた。


「・・そこの駐在さんには大体話したけどよ、あれは前の町で俺が単独で受けた依頼だったんだ。依頼主は結構な貴族で、単純に『いい金になる』と思ったんだけどな・・」


 ブランは目を伏せて溜息を付いた。


「依頼内容は『今年で10歳の娘を守ってくれ』単純に言えばボディーガードだ・・。その事件は一回目ではなかったらしくてな、意味を知っていたその子の両親は血の刻印が家の扉に現れた翌日から財産を投げ打って傭兵を雇った。その中に俺も含まれていたんだが・・」

 ブランは唇を噛み締める、その表情は結果の全てを物語っている。

「結果はたった一人のフードを被った男に惨敗、傭兵連中は半数以上が殺されて・・娘さんは・・・」

 そこからはもう言葉になっていなかった。

 仕草だけで彼の無念さが伝わってくる。


「・・ブランさん? それで・・その娘さんが攫われた理由って何でしょう?」

 現在の彼に投げかけるのは酷である事はランドも理解しているのだが、聞かない訳には行かない。何故ならば現在同じような脅威が身近に迫ろうとしているのだ。

「・・・多分だが、何かの儀式・・いや、補給なのかもしれないな・・」

「補給?」

「俺たちが攫われた娘を発見したのが数日後の満月の夜、それだけだと魔術的に見えるし、儀式か何かをしたようにも思えるけどよ・・」

 ブランは歯をギリッと食いしばって言葉を搾り出した。


「月光に晒された彼女は心臓を貫かれて、流れ出た血液を集める細工もあった。まるでそれを後から飲むつもりでもあったようにな・・・・」

 ブランの話にその場の全員が嗚咽を噛み殺す。


 やっている事の猟奇加減が尋常ではない、まるっきり吸血鬼のようだ。

 そんな物を見てしまえば、それは昼から酒に溺れたくもなるであろう。


「・・・そんなサイコ野郎にウチが目を付けられたのか・・」

 エリィは一番大事な事を半分確信して聞いた。

「ブランさん、それで・・狙いはどっちだと思う? 私か・・リリィか・・」

「!!お姉ちゃん!?」

 ブランはエリィの質問に姉妹を一瞥すると再び俯いた。

 とても直視して言えないのだ。


「言ったろ?貴族の娘は10歳だった。多分だけど奴の言う『聖女』ってのはザックリ言うと『若い純潔の少女』だと思う・・・そうなると・・・」

「・・・・・・」

 その答えは残念ながらエリィの予想通りであった。

 エリィは現在20歳、より若い方となると・・・・・


「・・・・私・・・ですか・・・」

 リリィは途端に真っ青になり全身が震えだした。

 無理もない、幾ら大人顔負けの経営手腕で武器屋を切り盛りしていても彼女は16歳、現実的に自らに命の危険が迫っていると急に言われて平静でいられるわけがない。


 体が、心がふるえる。

 急激に口の中がカラカラに渇いて行く。

 意識もしていないのに涙が溢れ出してきた。


『怖い・・・・怖い・・・怖い!・・・何で私が!?』


 リリィは耐え切れなくなって叫びだしそうになる。

だがその瞬間、エリィは妹の震えを強引に止めるように力一杯抱きしめていた。


「・・大丈夫、大丈夫だ・・リリィ・・」

「・・お・・・おねえ・・ちゃん?」

 エリィはあくまでも安心させるように、ぶっきら棒だが優しい言葉を妹に投げかけた。

「あんたは姉ちゃんが絶対守るから・・・」

「・・・ねえちゃあああん・・」

 リリィはエリィの胸で泣きじゃくった。

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