最高の肴
そろそろ日が沈む頃、夕日に照らされた公園は遊び疲れて家路に着く子供たちの姿がちらほらと見え始めた。
そんな中、背中合わせのベンチに怪しい人物が他人のふりをして座っていた。
「どうだ?ダークストマック、そちらは?」
「順調だ、もうすぐ結果が出るであろう・・おそらく計画通りに・・」
「クククそうか、そいつは愉快だな・・」
「ふふふ、ええデスフォーチュン、我らの手の平で全ては踊る・・」
邪悪な笑みを浮かべた両者は忍び笑う。
「確かに物証から連想、妄想させる作戦は愉快だったな。彼の悶絶具合といったら・・」
「そうだろう、こちらも中々の乙女っぷりを見せてくれた・・。最もそちらの提案した作戦『朝チュン計画、起きたら全裸でご対面』も面白そうだったが・・」
「フフフ・・まあそれは次回のお楽しみに取っておこうぜ・・」
「ウフフ・・そうだな・・」
二人の妖しい人物は実に楽しそうに笑った。
「・・・なるほど、そういう事だったのか・・・」
「おかしいとは思ったんだよね・・幾らなんでも『二人とも酒場から全く記憶が無い』のは余りに出来すぎていたしね・・」
「「!!」」
両者共に声は真隣から急に掛かった。
各々が聞いた声に潜む静かな怒りを感じ取って全身から大量の冷や汗が噴出した。
「ミリン・ショーユの酒場兄妹はグルだった事をゲロした・・アタシらが来たらこう言えって指示されていったってね・・・・あんたらが犯人だった訳だ・・・」
「さすがに悪戯にしても度が過ぎてないかい?・・リリィちゃん?インガ君?」
真犯人、インガはランドに肩を組まれて、リリィはエリィに頭頂部を片手で鷲掴みにされていた。犯人二人は同じ事を思う。
『脱出不可能・・』
「あ・・・あの?お姉ちゃん?・・・これはね?・・・その・・」
夕日に照らされた姉は笑っていた。
いつもは直情的な姉がこの事態に笑っているのだ。
何とか言い繕おうにも、いつもと違う姉への恐怖で口が回らない。
「わざわざアタシが履いていた下着を彼に持たせて・・なおかつアタシには彼の下着を履かせるとはね・・・。考えて見れば調査に行こうって言い出したのもアンタだったし・・」
ミシミシ・・・姉の握力は尋常ではなく、リリィは頭蓋からしてはいけない音が聞こえた。
「あの・・・お姉ちゃん・・・痛い・・・」
対するランドはインガに肩を組んだまま無表情、いつもニコニコ営業スマイルの彼からは想像できない光景である。
「店の商品から『過敏草』が無くなってました。アレは人間の感覚を鋭敏にする事から、酒との併用を禁じられています。一緒に飲めば確かに僕らも2~3杯で潰れるでしょうね」
「え~~~~っと店長・・・目が怖いんですが・・・」
そうするとランドとエリィは同時に立ち上がった。
ランドは肩を極めて吊り上げるように。
エリィは妹を鷲掴んで握力のみでぶら下げていた。
「じゃあランド君、私はこれで・・。今日はちょっとこれから殺る事あるから♪」
楽しげに言う姉のニュアンスにリリィはゾッとする。
「ちょっと!?今殺すと書いてヤルって言わなかった!?ねえ!?」
ランドも張り付いた笑顔を返した。
「そうですか、僕も今日は戦場になりそうなので・・これで失礼しますね」
「戦場!? 店長! それは忙しいって意味の戦場だよね!? そうだよね!?」
「・・・・・・・・・・」
「!! なんで返事しないの!? 店長!!」
真犯人共はそれぞれの方角へと引きずられて行く。
やりすぎに今更気が付いた所でもう遅い。
行き先はどちらも家路で地獄なのは間違いなさそうである。
「「イヤ~~~今夜は帰りたくな~~~~い!!」」
「「ハハハハハ・・・・今夜は寝かせないぜ・・・・・」」
酒の無い所で言っても色気の無い台詞であった。
*
数日後の事、サンライト町の酒場『ファイア・ワイン』に新名物が誕生した。
ただ名物と言っても食べ物や酒の類ではない。
「ママ~聞いてよ、俺は真面目に仕事しているだけなのに・・」
「あら~可哀想ねぇ、そんなにひどいの、その上司は・・」
中年男がそれに向かって仕事上の愚痴をこぼしていた。
そこには誰もいないのだが、『紫の』刀身の剣が飾ってあった。
それは数日前にエリィが「何か失敗作が出来たけど・・いる?」と酒場に寄付した剣だ。
その剣はかつては『惨殺の裂傷』と言われていたらしいのだが、打ち直してみても呪いは消えておらず、そればかりかやたらと喋るオマケが付いてしまった。
だが元々は殺意に満ちた使い手を操る呪いの魔剣だったはずなのに、製作段階で“何かの異物”が混入されたせいで性格が丸くなってしまった。
と言うかオネエっぽい。
仕事上の愚痴を聞いてもらうのに丁度良いと店内に『愚痴こぼしコーナー』が設けられて、本日も中年男が酒を飲みながら愚痴をこぼしていた。
そんな店内ではいつものカウンターの端っこで、エリィは一人で飲んでいた。
あれから、ちょっとランドは店に来るのを控えているようである。
別にエリィを避けているとかではない、単純に恥ずかしいからのようだ。
「今日も相方きませんね~エリィさん・・」
軽口を叩くミリンをエリィは憮然と睨み付けた。
「アンタらが変に苛めるからでしょ!・・・ったく・・」
「あはははは!ゴメーン、つい面白そうで・・」
舌を出しておどける姿に反省は見受けられない、どうやら懲りてないようだ。
「でもさ、エリィさん?」
「・・・・・あによ?」
「アレだけの事があったんだからさ、何か無かった? 心境の変化とか・・イベントとか?」
「・・・・ノーコメント」
野次馬根性丸出しのミリンにエリィは素っ気無く言ってワインを傾けた。
言われたミリンは「ケチねぇ」と呟くと再び業務に戻って客対応に追われ始める。
エリィはワインを飲み干し物思った。
実はある、エリィにとって大事件が一つだけ。
教えればミリンだけじゃない、悪戯に参加した妹やインガですら驚きそうな事だ。
でもエリィは教えてあげない。
それはしばらくの間は自分だけの酒のつまみとして楽しむつもりだから・・。
自分の意地の悪い質問に、聞き取り難かったけどはっきり言った彼の言葉。
『正直・・・やった・・って思っちゃいました・・』




